第七十三話 身代金交渉
「ルシャーティー侯爵家以下、交渉の使者たちがやって来ました」
「私が対応するのか……」
「せいぜいビビらせればいいのです」
「交渉を有利に進めるために?」
「さすがは、余の夫君です」
ゾフ王国の王城にある謁見の間で、私は先日紛争に負けたサクラメント王国貴族有志ルシャーティー侯爵家以下、参加した貴族たちの使者たちと顔を合わせることになっていた。
私は相変わらず、『ゾフ王国の黒王』という姿格好を貫いている。
さすがに彼らもグラック卿の顔は知っているはずなので、その方が色々と都合がいいからだ。
黒いマスクに、黒いマントと鎧型のプロテクター姿。
まるでアニメの悪役のようないで立ちだが、これも顔を隠すため。
顔を隠す王というのはどうかと思うが、そこはアリスがシナリオを設定していた。
ゾフ王国は新しい王と共に王都に帰還したが、いまだ政情は安定せず、王の顔を隠すのは暗殺を防ぐためだと。
その存在は、連合軍の見ているところで要塞クラスの異邦者を落としたから疑われておらず、各国はその諜報力をゾフ王の正体を探ることに使うようになった。
そこでアリスが、ゾフ王を狙うゾフ王国反体制派の存在をリークする。
国によっては、その反体制派と連絡を取るようになるはずだ。
もっとも、その反体制派はアリスが用意したフェイク、逆スパイなわけだが。
こうして各国は、無駄な労力を使うわけだ。
私と同じ年なのに、アリスは大した政治力を持っていると思う。
魔晶機神も動かせるし、姫様には負けるが、操者としての腕も悪くない。
血筋も直系の王族なのに、それでも王は名乗れなかった。
真のゾフ王とは、王城地下の紫水晶柱に魔力を篭められる者のみで、だから私が王というわけだ。
そして、アリスが私の妻になるという。
郷士から、一国の王(入り婿)になる。
エルオールの体に乗り移ってから、人生がスリリングすぎる。
早く、プチリッチなスローライフ生活に戻りたいものだ。
私は無事にサクラメント王国からゾフ王国に転籍できたので、あとはアリスに任せよう。
私よりも統治の才能があるし、入り婿が変に気合を入れて出しゃばっても争いの元になる。
私は、傀儡くらいの扱いでちょうどいいのだ。
その割には、ルシャーティー侯爵家などとの交渉をやらされる羽目になっていたけど。
「(でも、これが終われば安寧の日々になるはずだ)して、ルシャーティー侯爵家からの条件は?」
他にも十数家いるが、その中で一番家柄がよくて力があるのがルシャーティー侯爵家なので、そこの使者と話を進めることにする。
彼と条件で折り合いがつけば、自然と他の家とも交渉が成立するからだ。
「お館様の身柄の返還と、せめてルシャーティー侯爵家が代々所有していた魔晶機神の返還を……。身代金の額はここに……」
「話にならないな」
ルシャーティー侯爵の身代金は、相場よりもかなり多めだったので問題ない。
あそこまで無様に負けると、多少増額しないと余計に恥をかくという考えがあるそうで、使者はその条件を守っていたからだ。
ところが、魔晶機神の代金は相場どおりで、これでは返還できない。
うちで、修理、改良して運用した方が得だからだ。
現在、魔晶機神には売買の相場はあっても、市場に出回ることが滅多にないので、その金額で手に入るわけがない。
紛争を仕掛けた迷惑料も合わせて、もっとお金を出してもらわなければ。
「返還した途端、再び攻められては困るのでな」
「それはあり得ません! ルシャーティー侯爵家以下、どこの貴族家もそんな余裕は……」
紛争、実質戦争なので金がかかったから、もう一度出兵する財力はないか。
彼らは敗退時に本陣も放棄しており、そこにはグラック領から購入した食料や物資、それに現地調達用に金銭も置いてあった。
全部、ゾフ王国に鹵獲されてしまったが、返してくれなんて口が裂けても言えない。
魔晶機人も全機喪失なので、これも再び手に入れなければならないと考えると、確かにもう一度こちらを攻める余裕なんてないか。
わかってはいるが、余計な手間をかけさせてくれたのだ。
搾り取れるだけ搾り取ってやる。
幸い、サクラメント王国側は彼らの没落を期待しているので、限界まで搾り取っても大丈夫なはずだ。
「提示した金額の五倍出せば、魔晶機神も返還しよう」
十数家のうち、上級貴族家は家の象徴たる魔晶機神を失った。
上級貴族として、これ以上の恥はないのだから。
「五倍……三倍でしたら……」
「まあよかろう。魔晶機神は返そう。魔晶機人は返さないがな」
魔晶機人がなければ、諸侯軍も様にならないからな。
なにしろ主戦力がないのだから。
「交渉を受け入れていただき、ありがとうございました」
「二度と攻めてこないでくれ。相手をするこっちも大変なんだから」
私は、捕らえた貴族や操者たちの身代金に、魔晶機神の返還代金、さらに鹵獲品などで、紛争にしては珍しく収支を黒字にすることに成功するのであった。




