第七十話 ルシャーティー侯爵
「エルオールって、将来女性を翻弄しそうよね」
「私は、真面目にやっているだけなんだけど……」
「姫様と同じ十三歳とは思えないわよ。大人っぽくて。私よりも、精神年齢高そう」
「もうすぐ十四歳になる」
「十四歳にしても大人っぽいわよ。それで、どうするの?」
グラック領に戻ると、私たちはゾフ王国領に攻め込んでくる貴族有志の諸侯軍に対する作戦会議を開いた。
屋敷奥の部屋にある魔法通信機により、アリスたちとも話し合いができるようにして、対策を協議することになっていた。
『夫君がいなくても、防衛は可能という結論が出ているぞ』
『まあ、負けることはまずないと思います』
アリスの意見に、イシュバントも太鼓判を押した。
サクラメント王国軍と戦うのならともかく、相手は諸侯軍だ。
数も練度も比べものにならない。
「そんなんでよく戦うよな」
「上級貴族には一定数いるわよ。どういうわけか、根拠のない自信に満ちあふれているのよ」
私よりは上級貴族を知る、リンダの発言であった。
生まれガチャでレアを引いたので、自分はなにをしても成功すると思っているわけか。
せっかく高等教育を受けたのに、大変残念なことだ。
『陛下が出陣すると甘えが出るので、犠牲が増えても、今回はグラック卿のフリをしてそこにいてください』
イシュバントは、できる限りゾフ王国の操者たちに実戦を経験させたいのであろう。
ところがそこに私が出ると、操者たちが私に甘えてしまう。
長期的に考えるとそれはよくないので、多少犠牲が増えても私に出撃するなと言ってきた。
「それは正しいんだが、あまり戦死者を出してほしくないんだよなぁ……」
もし操者に犠牲者が多いと、王国軍の好戦的な派閥がハッスルするかもしれないからだ。
そこで私は、紛争ではよくある、なるべく操者を殺さない戦いを提案した。
『陛下、それは相手があってのことですよ』
『そうだな。操者たちに無理はさせられないな』
私の提案に、イシュバントもアリスも反対のようだが、ただ普通に生け捕りを命じれば犠牲が増えることは承知している。
なにしろ向こうは、紛争に見せかけても、ゾフ王国の占領を目的としている。
こちらの操者を殺すつもりで、攻めてくるのだから。
「それについては、新しい武器で対応する」
『新しい武器ですか?』
「ああ、ヒルデが説明してくれるさ。今、アマギで作業しているはず」
イシュバントがアマギで作業するヒルデを呼び出すと、魔法通信機越しの彼女は、私が頼んでいた新兵器の説明をしてくれた。
『非殺傷の特殊拘束弾です。この尖った方を、敵機の操縦席がある場所に投げつけます』
すると、まずは火薬の爆発で操縦席前のハッチに穴を開ける。
続けて、特殊拘束弾の中に入っていた発泡剤が操縦席中に広がり、空気で固まって操者の動きを完全に封じてしまうのだ。
『操者を動けなくしてしまうのか。しかし、魔装晶機人の操縦は思考でおこなうもの。効果があるかな?』
『ありますよ。だって、突然操縦席が白い物体で埋め尽くされるのですよ。装者からの思考コントロールは乱れます。それに、視界が完全に塞がれますし、操者の思考を受信する装置も壊れますから』
『なるほど。それで、身動きが取れない操者を捕らえればいいのか』
この方法なら、敵操者の犠牲は少なくなる。
「もう一つ、敵からあまり損傷していない魔晶機人なり、魔晶機神を奪える」
それは、戦に勝利した者への正当な権利だ。
味方の操者が奪った機体はゾフ王国のものとなるが、当然褒美で報いる予定だ。
「さらに、貴人、操者は身代金が取れる」
殺すよりも、生かしたまま捕らえた方が金になるのだ。
ゾフ王国開発のため、金は沢山あった方がいい。
貴人と操者を捕虜にした者にも褒美を出すと言えば、みんな喜んで生け捕りを目指すはず。
特殊拘束弾は、十分な数を用意してくれとヒルデには伝えてあった。
「勇ましく殺しても、相手に余計に恨まれるだけ。効率よく捕らえてくれ。その道具はヒルデに沢山用意させるから」
『なるほど。了解しました』
『貴人の身代金は、樽一杯の金貨……さすがにそこまでは無理だが、上級貴族ともなればか……』
彼らにはプライドがあるので、安い身代金で済ますわけにいかない。
意地でも、高額な身代金を支払わなければいけないのだ。
『自分の家で所有していた魔晶機人と魔晶機神を失い、身代金で大金を失いか……』
「他にも金を失うけど」
『そうなのか?』
「私はグラック卿でもあるんだ。グラック卿として上手く立ち回るさ」
私はアリスにそう言ってから、作戦会議を終えたのであった。
「ルシャーティー侯爵閣下におかれましては、この度の出陣おめでとうございます。これは、ほんの贈り物でして……」
「おうおう、グラック卿の志。麿は忘れないぞえ」
「それと、ゾフ王国侵攻のために張られた結界は、グラック領にも近いです。もし水や食料などのご要望があれば、我らにお任せいただければ……」
「それも許す」
「ありがたき幸せ」
どこの世界にも、身分の高いバカはいるものだ。
私がちょっと謙って挨拶したら、もうルシャーティー侯爵はご機嫌だった。
贈り物……水と食料だけど……を喜んで受け取り、もし追加でご用命なら、お安く販売しますよと言ったら、喜んで受け取っていた。
こういう人は、ちょっと下手に出ておだてれば、簡単に籠絡できるから楽だな。
「遠征であり、本陣も結界を張ったばかり。グラック卿の補給物資の数々、麿はありがたく受け取るぞ」
もう私を配下にでもしたような言いようだが、勝手に補給係だと思ってくれたのなら、食料や水を売りやすいのでありがたかった。
「早速、搬入させていただきます。それで……代金の方ですが……」
「すぐに支払ってやれ」
「畏まりました」
ルシャーティー侯爵が担当の家臣に命じると、その人物は恭しく頭を下げた。
これで、水と食料を売って金にできるな。
「それでは失礼します」
「グラック卿、頼むぞ」
ルシャーティー侯爵のお墨付きを得たので、私たちは早速結界が張られたばかりの本陣に水と食料を運び込んでお金を得ることに成功した。
「相場ですか?」
「あまり欲張るのもよくない」
一緒に水と食料を運んできたラウンデルに、私は説明する。
「戦場で食料を仕入れると高くなるからな。そこに、私が相場で食料を運び込んだ。ルシャーティー侯爵はどう思う?」
「自分たちに気を使っていると」
「それがわかれば、彼らも気をよくするだろう? 私たちが疑われる心配はない。どうせ近くから運んでいるから輸送費なんて安いものだし、魔物の肉やその加工品も多いんだ利益率は高いよ」
魔晶機人の操縦訓練を兼ねて狩りをしているので、グラック領では魔物の肉はかなり安かった。
相場で売っても、大儲けなのだ。
「それに、どうせ大半が戻ってくるさ」
「あっ!」
「負けて逃げる連中が、重たい食料や水を持って逃げないだろう?」
「そうですね……」
豊富な食料と水を入手したルシャーティー侯爵たちは、そのまま意気揚々とゾフ王国領内に侵入する。
だが、イシュバント指揮のゾフ王国軍に惨敗し、本陣を捨てて逃げるしかなくなるだろう。
逃げられる人はそんなに多くないか。
貴人は身代金を得るため、特に狙われるだろうからな。
「さらに、念のため用意もしてある」
「用意ですか?」
ルシャーティー侯爵たちがいる本陣に食料と水を売却した帰り。
私は、グラック領から少し南下した場所にラウンデルを案内した。
「これは、若様の機体……」
「もし見逃した敵がいたら、少し働いて戦果を稼ぐさ」
あくまでも念のためだけど。
さて、これで仕込みはすべて終わった。
あとは、ルシャーティー侯爵たちが戦を仕掛けるのを待つばかりだ。