第六十九話 ゾフ王国出兵
「リンダ、私は一つ気がついた」
「なにに気がついたの?」
「学校、意外と落ち着く」
「まあ、平穏なのは確かね……」
夏休みが明け、私たちは学園生活をノンビリと過ごしていた。
校内で生徒をやっていれば、グラック領のことも、ゾフ王国のことも、短期間で二度も発生した大異動のことも、突然隣国が復活して大変なサクラメント王国のことも気にせずに済むからだ。
学生は、学校のことだけ考えればいい。
放課後は色々と仕事があって大変な人たちもいるが、ただの箔付け、上級貴族の子弟だからという義務的な理由で通っている連中は、外の世界がどうなろうと気にせず、普段どおりに学園生活を送っていた。
正直なところ、彼らは無能である。
下手に関わってこられるとかえって迷惑なので、校内で遊んでいてくれというのが、国を回している有能な貴族や王族たちの本音なのであろう。
「放課後、どこに遊びに行こうか?」
「新しいレストランができたんだ。値段も相応で、庶民や下級貴族には通えない値段だけどね」
「試しに行ってみようか?」
「いいな。まあ、貧乏な下級貴族は大変だよな」
教室でそんな話をする上級貴族のドラ息子たちだが、彼らの言う『貧乏な下級貴族』とは、当然私のことである。
私は、校内でも数少ない下級貴族なので浮いているのだ。
しかも姫様の推薦で通学しているので、特に目立つという事情もあった。
他にも少数、王族や上級貴族の推薦で学校に通っている者たちもいたが、私とはほとんど交流がない。
彼らは有能で賢いため、わざわざ私と接触して目立とうとは思わないからだ。
推薦してくれた人たちに迷惑になるので、ひっそりと学園生活を送るか、校内の実力者にくっついて家臣みたいに振る舞うか。
ここは、下級貴族にとっては過ごしにくい場所であった。
それでも、下級貴族で学園に通ったという事実は、将来の経歴に大きなプラスとなる。
推薦を断る者など皆無であり、みんな覚悟して通っているというわけだ。
「(相変わらず、どうしようもない連中ね)」
「(リンダ、言ってやるな。ようは、彼らは『子供扱い』なのだから)」
私のように、学園に通っていても領主としての仕事が……そこまでいかなくても、放課後に実家のために働いている生徒たちも少なくなかった。
放課後に遊ぶ相談をしている連中は、父兄などから『邪魔だから、その辺で遊んでいてくれないかな?』と言われているに等しかったのだ。
もしくは、『学園時代くらいは遊んでおけ』という父兄もいるけど、少なくともそういう人たちは、あんなレベルの低い嫌味は言わない。
「(あんな穀潰しでも、魔力があるからな)」
魔晶機人や魔晶機神を動かせないわけではない。
水晶柱に魔力も込められる。
だから、遊んでいても勘当まではされないのだ。
その代わり、飼い殺しにされているに等しいが。
「(彼らはともかく、普段よりも登校している生徒が少ないわね)」
「(それも、色々とあってね……)」
当然だが、国際社会に復帰したゾフ王国はサクラメント王国への諜報活動を怠っていない。
アリスによると、『国を憂う、サクラメント王国貴族有志』なる連中が、独自にゾフ王国侵攻を目論んでいるのだと言う。
「(えっ? 勝てないんじゃあ……)」
「(勝てないね)」
勝てるわけがない。
小国とはいえ、ゾフ王国は国なのだから。
確かに保有している魔晶機人の数はサクラメント王国の半分以下だが、操者は大異動以降、精鋭として知られるようになった。
国を挙げて攻めても勝てるかどうか怪しいのに、一部貴族たちが戦力を出しただけで勝てるわけいがないのだ。
「(王国軍は動けないよ。連合軍に批判されるから)」
絶望の穴から湧き出す異邦者に対処するため、各国は国同士の戦争を禁止している。
それでも同じ国の貴族同士、もしくは領地を接する異国の貴族同士の紛争は完全に防ぎようがないので黙認状態だが、彼らはそこに目をつけたのであろう。
「(王国軍は手を出さず、貴族たちの諸侯軍でゾフ王国を攻め落とす。さすれば、連合軍も黙認すると)」
「(だから、勝てるわけないじゃない……)」
「(少なくとも、参加する貴族たちは勝てると思っているみたいだな)」
世の中には、ろくに情報も集めず、勝手に自分でそう思い込む輩が一定数いるからな。
『復活したばかりの新興国で、絶望の穴に派遣した戦力も少なかった。我々だけでも勝てる!』と思ったのであろう。
多くの人たちが勘違いしているのだが、上級貴族だから全員が優秀で、的確な判断ができると思ったら大間違いというわけだ。
ただ、そんな彼らのアホな判断につき合わされる下々の人たちは不幸だな。
そんな奴が、自分の主君や領主なのだから。
「(それに参加する準備をしているんだろうなと思う。ここにいない連中は)」
「(姫様も?)」
「(彼女は参加できるわけがないし、本人も陛下も認めないだろう)」
もし姫様がゾフ王国領侵攻に参加したら、連合軍から『王国主導で戦争か!』と批判されてしまうからだ。
陛下も姫様も、そんなミスをするとは思えないな。
「(止めないのかしら?)」
「(その辺の事情は……本人に聞いたら?)」
とそこに、姫様がライムとユズハを連れて現れた。
とっくに授業は終わっているので、顔見せのみで来たものと思われる。
クラスメイトたちの視線が、一斉に彼女に向いた。
「なにが紛争だ! あいつらは頭がおかしいのか?」
「国を憂う、愛国の士たちの出兵が決まりましたか?」
「耳が早いの、エルオールは。ああ、いくら父上と王国軍上層部が諫めても無駄だった。紛争という体なら連合軍も口を差し挟まないからな。彼らはそれを見事に利用したわけだ」
「勝てれば、見事に利用したですけど……」
負ければ、いくら上級貴族でも家が傾くのではないか?
紛争なんて仕掛けなければいいのに、人間の欲とはキリがないものらしい。
「でも、強引にでも止めないんですね」
「ううっ、それは……」
無謀な出兵を、どうして王様や軍は止めないのか?
諸侯軍の指揮権は各貴族に属し、そこに王家や軍が口を出すと面倒なことになるのと、王国軍にもゾフ王国征服賛成派がいて、陰から彼らを支援している。
もしくは、ゾフ王国の力量を見てみたいというのもあるか。
もし諸侯軍が全滅しても、王国軍はノーダメージでゾフ王国の力を確認でき、言うことを聞かない大物上級貴族たちの力を削れるという利点もあった。
だからサクラメント王国は、無理に止めることをしなかったのだと思う。
姫様としては、そんな裏の事情は言いづらいわけだ。
態度で出てしまっているが、彼女は正直だと思う。
「それで、誰が兵を出すんですか?」
「ルシャーティー侯爵が主導しておる」
「どんな人ですか?」
「侯爵家の当主に生まれてよかった。周囲は大変だろうが……という人物だな」
つまり、かなり困った人というわけか。
それと、貴族としては無能だと。
「なまじ侯爵なのでな……」
爵位が高いため、それに同調する貴族たちが多いわけだな。
「そんなわけで、上級貴族だけで十数家は参加している」
「多いですね」
バカでも、腐っていても、侯爵というわけか……。
ちゃんとそれなりの数、賛同者が集まるのだから……。
類は友を呼ぶとも言えるけど。
「公爵は参加しないんですね」
「公爵は元は王族なのだ。下手に旗頭になると、連合軍から『実は国が絡んでいるのでは?』と疑われてしまう。さすがのルシャーティー侯爵も公爵に声はかけぬよ。もし声をかけようとしたら、周囲が止めるだろう」
できれば、出兵自体を止めてほしかったと思う。
「なるほど。では、私はしばらく学校を欠席しないといけませんね」
「そうだな……」
貴族有志の諸侯軍がゾフ王国に攻め込もうとしている以上、グラック領になにも影響がないわけがない。
もしかしたら、ゾフ王国に攻めると見せかけて、彼らの狙いはグラック領なのかもしれないのだから。
「さすがにそれはないと思う。実は、グラック領とゾフ王国の間に、水晶柱を置いて結界を張ったのでな」
そこを拠点に、ゾフ王国に攻め込むわけか。
下手にグラック領にまで手を出すと、私たちが補給線の分断を図るかもしれない。
フィール子爵も怒るだろう。
あそこも侮れない戦力を持っているので、妨害でもされたらなんのための出兵かわからなくなってしまう。
それなら手を出さず、食料などを購入して補給を楽にした方がいいか。
「国を憂う、先祖代々、国家のために貢献してきた高貴な方々ですが、末端の連中はわかりません。治安維持のために、私はグラック領に詰めますよ」
「それがいいな。妾が手伝えればいいのだが……」
姫様がグラック領に入ると、連合軍にあらぬ疑いをかけられるかもしれない。
今回は、大人しく学園生活を送ってもらうことにしよう。
「では、私たちはこれで」
「エルオール、無事を祈っているぞ」
「ごっ、ご安心を。私は老衰で死ぬ予定なので」
姫様の憂う表情は色っぽいな。
口に出すとリンダに叱られそうなので、私は邪な気持ちを隠し、領地へと戻るのであった。