第六十八話 まだ焦る時間じゃない
「陛下、代理で勲章を貰ってきましたぜ」
「貰えるものは貰っておくけど、そんなにありがたくはないかも」
「まっ、勲章なんて名誉が主ですからな。欲しくても手に入らない貴族も多いので、素直に貰っておきましょうや」
「イシュバントも貰ったのか」
「ええ、連合軍司令部の連中、俺たちには渡しやすいので、大盤振る舞いでしたよ」
短期間で発生した二度めの大異動は無事に収まった。
今はその反動か、絶望の穴から湧き出る異邦者の数は極端に少ない。
普段駐屯している部隊だけでも、余裕で対処できるほどだ。
それでも異邦者が湧き出す法則は自然災害並に読めず、警戒を怠るわけにいかないのは辛いところだが。
それに、連合軍も暇というわけではない。
落とされた機体から操者を救出し、損傷した機体を回収する作業があったからだ。
落とされた魔晶機人や魔晶機神は、半数以上が修理可能で、完全破損と判断された機体でも使える部品などがある。
勝手に他国の機体や部品を持ち去ることは禁止されており、ゾフ王国でも三体の魔晶機人改が落とされてしまったので、回収作業にあたっていた。
そんな最中に、連合軍司令部が各国の操者たちに勲章を授与することになった。
前回もあったのだけど、エルオールは郷士なので、一旦グレゴリー王子が代理で受け取り、サクラメント王国から出た勲章と共に授与されたので、授与式の様子はよくわからない。
今回も、いかに連合軍とて一国の王に勲章を授与するのは難しく……目上の者に勲章を授与するなどあり得ないらしい……というかこれまで王が自ら出陣し、戦功を得て勲章が授与された例はないそうだ。
そこで、イシュバントが代わりに貰ってきてくれた。
私に勲章を出さないわけにいかないが、王様を叙勲者たちの列に並べ、名前を呼んで壇上にあげ、勲章を渡すわけにいかないからだろう。
彼らも活躍して叙勲対象者だったので、もののついでというわけだ。
当然ゾフ王国からも勲章と褒美が出るが、これはアリスに任せているので問題ないだろう。
「褒美が楽しみですな」
「みんな、本当にお酒でいいのか?」
「なにを仰います! あの酒以上の褒美がありますか」
「そうなんだ……」
「陛下も成人すればわかりますよ」
ゾフ王国の魔晶機人改部隊は大活躍し、ゾフ王国の名をあげることに成功した。
そこで、勲章と褒美を出そうという話になったのだが、イシュバント以下全員がお酒を所望していた。
アマギの食料プラントで製造した、ワイン、ブランデー、ウィスキー、焼酎などで、人工造成酒なんだが、味は本物のお酒と変わりないし、アルコール度数は当然高い。
この世界ではお酒が、それも強いお酒ほど貴重なので、功績に対し褒美を出すと言うと、男性の大半がお酒を所望するのだ。
お酒は保存が利き、贈答用や客人をもてなす時にも重宝されるそうで、実質現金と価値に差がないそうだ。
そういえば、グラック領でもエールですら高級品扱いだったな。
結界の中でしか農業ができないので、どうしても穀物を材料とするお酒が貴重品になってしまうのだ。
「早く家に帰って、一杯やりたいですな」
「飲み過ぎないように」
「飲み過ぎるほど酒精分が強い酒が、なかなか手に入らないのですよ。もったいなくて、一度に飲み干せませんよ」
これから、ゾフ王国領内の開発が進めば少しはマシになるのかな?
広大な畑で穀物を作る必要があるけど。
「ところで、明日には代わりの駐屯部隊が来るそうで、陛下はお戻りになられますか?」
「そうだな。戻ろうかな」
あまりゾフ王ばかり演じていると、今度はエルオール不在が長すぎて疑われるかもしれない。
姫様は、後処理を素早く終わらせてグラック領に戻ろうとしていると聞いた。
私がいないと疑われるかもしれないので、ここは一旦戻ろうと思う。
「夏休みはまだ残っているからなぁ……」
「二重生活も大変ですな」
どうしてこういうことになってしまったのか謎が多いが、ゾフ王国が安定するまでは、この二重生活を送っていた方が安全であろう。
まだ学校も残っているからな。
「イシュバント、あとは頼む」
「お任せください」
私は、ゾフ王国に戻る部隊の指揮をイシュバントに任せ、先にゾフ王国の王都へと戻ってから、すぐに魔晶機人改に乗り換え、グラック領へと移動したのであった。
「リリー様、お久しぶりです」
「久しいな、エルオール」
「また大異動が発生したそうで。この前発生したばかりなのに、絶望の穴でなにか起こっているのでしょうか?」
「今は逆に、ほとんど異邦者が湧き出てこなくなったそうだ。損害が大きかったので、戦力補充の時間が与えられて幸運であったが、またいつ異邦者が大量に湧き出るやもしれぬ。大異動は数十年に一度という法則も崩れてしまった。以後も警戒が必要じゃ」
「それは大変ですね」
現地の様子は当然知っているが、まさか姫様に私がゾフ王だと言うわけにもいかず、白々しく現地の様子を聞いたりしてみた。
今は絶望の穴から湧き出る異邦者の数が少ないのは、もしかしたらこのところ大量に湧き出たせいかもしれない。
いわゆる、ネタ切れというわけだ。
「まだ夏休みは残っておる。頼むぞ、エルオール」
「お任せください」
私は、夏休みの残りの期間も姫様たちに魔晶機人の操縦を教えた。
絶望の穴での実戦もあり、また少し腕前が上がったようだ。
実戦を経験しても、よく落とされるグレゴリー王子は別として。
「エルオール、王国はなにか言ってきたか?」
「そうですね……今のところは様子見だと」
姫様は、突如復活した南の仮想敵国に対応すべく、サクラメント王国がグラック家に対しなにか言ってきたのではないかと心配したようだ。
「グラック領と、ゾフ王国領は結構離れていますからね」
その間に、サクラメント王国が結界を張って対応する……のは、もしかしたらゾフ王国を挑発してしまうかもしれない。
ゾフ王国は今回の大異動で大活躍し、王である私も大要塞クラスを落としてその力を世界にアピールできた。
一方、サクラメント王国軍は損害が大きい。
連合軍に派遣する戦力を減らせない以上、ゾフ王国に対しては様子見しかできないはず。
ただ、これは父の推察であったが。
もし両国が戦争になったら、まず犠牲になるのはグラック領と考えられている。
サクラメント王国からすれば、広大な土地の開発許可を出したとはいえ、所詮は郷士でしかないグラック領よりも、フィール子爵領を最終防衛ラインと思っている節があり、フィール子爵領がピンチになった時点で動けばいいと思っている可能性が高いと。
「(所詮は郷士だから、犠牲にしても構わないって考え方だろうな……)今のところ、ゾフ王国とはなにも接触がないんですけど、これからグラック領はどうなるのでしょうか?」
「難しい話よ」
私がゾフ王である事実を誤魔化すため、殊更新たなる仮想敵ゾフ王国に対し、零細郷士はどう対応すればいいのか、と姫様の前で悩んでおいた。
彼女は、難しい問題であると考えたのと同時に、ある懸念を持っているのだと思う。
それは、『貴族の二重従属問題』というやつだ。
国境沿いの貴族の領地など、もし国同士が戦争になれば簡単に荒されてしまう。
そこで、密かに両国に服従してしまうのだ。
本当に戦争になってしまうと話がややこしくなるのだが、国境沿いの貴族なんて、小領主ほど藁にも縋る思いで両国に所属してしまう。
これを卑怯というか、生き残るために必死なのだと見るかは、その人次第だろうなと思う。
「(姫様は、すでにグラック家が密かにゾフ王国にも所属したのかもしれないと、疑問を抱いたのか?)」
あながち間違っていないけど。
まさか、グラック家の当主とゾフ王が同一人物だとは予想もしていないだろうが。
「リリー様、ご安心を」
「エルオール」
「ここは私の領地なのです。もしなにかあれば、魔晶機人で守ればいいことなのですから」
普通に考えて、グラック領の操者三名でゾフ王国の侵攻を防げるわけがないが、逆にゾフ王国がグラック領に攻め込む可能性は微塵もない。
ここは、サクラメント貴族の端くれとしてサクラメント王国への忠誠心を示し、姫様とその背後にいる王や王子たちを安心させた方がいいだろう。
「エルオールでも、多勢に無勢だとと思うが……」
「ですが、一秒でも長く守れば、必ずやサクラメント王国が援軍を出すはず。リリー様も助けてくださるのでしょう?」
「おおっ、任せてくれ」
こう言っておけば、私が王国の援軍をあてにしている、可哀想な零細貴族だと思ってくれるはずだ。
姫様にそう言っておけば、私が彼女の援軍をあてにしていると思ってくれるはず。
「(どうにか誤魔化せたかな。やはりゾフ王国の開発を急がせよう。最悪、グラック領は放棄して逃げればいいのだから)」
そして、あとの統治はアリスに、技術的なことはヒルデとフィオナに。
優れた操者であるリンダとマルコもいるから、将来はプチリッチな生活が保障されたわけだ。
「(つい王様になってしまったけど、まだ人生の目標からは外れていない。まだ大丈夫。私は地方で、プチリッチに生きていくんだ……)リリー様、どうかなされましたか?」
「なっ、なんでもないぞ! 妾はもしもの時、エルオールを救わなければならない。腕を上げなければな。さあ、教えてくれ」
色々とあった夏休みであったが、どうにか切り抜けた?
領主と王様と、二足の草鞋を履くことになってしまったけど、きっと大丈夫なはずだ。
将来私はきっと、前世とは違いノンビリと……今のところはノンビリと過ごせていないけど大丈夫。
必ずや、プチリッチな半隠居生活を送れるようになるはずなのだから。