第六十七話 無双
「やはり来たか……」
『陛下は、短い間隔で、再び大異動が起こると予想していたのですか?』
「そういうことにしておけば、私に先見の明があるとか、未来の人たちが勝手に思うかなって」
『なるほど……。確かに未来の歴史学者たちが、勝手に勘違いしてくれるかもしれませんな。それにしても……』
「大要塞クラスに、要塞クラスも……見えるだけで七体。兵士クラスから将軍クラスまで、続々と湧き出ているな」
『こりゃあ、最悪のタイミングで連合軍に参加してしまったかな?』
「戦功は稼げるぞ」
『死んじまったら意味ないですな』
前回の大異動など、せいぜい小異動でしかない。
そう思えるほどの大発生だった。
絶望の穴から次々と異邦者たちが湧き出し、それに連合軍に参加している魔晶機人と魔晶機神が応戦している。
前回の損害で損失した機体は回復していたが、魔晶機人はともかく、魔晶機神の補充は容易ではない。
自然と魔晶機人の比率が上がっており、その分大型の異邦者たちに苦戦していた。
それに加えて、落とされる魔晶機人の数が前回よりも多いような気がする。
『我こそは、サクラメント王国のグレゴリー王子なり! 異邦者め! 神妙に……わぁーーー!』
『『『『『グレゴリー殿下!』』』』』
『陛下……』
「あの人、やる気はあるんだよなぁ……」
昨日、魔晶機神を落とされてしまったグレゴリー王子は、予備機の魔晶機人で参戦していたが、またもすぐに異邦者によって落とされてしまった。
彼の場合、とても悪運が強いので死んではいないと思うが……。
彼の親衛隊数機が墜落したグレゴリー王子の回収に向かい、残りは姫様が指揮を引き継いだようだ。
他に方法がないので、当たり前といえばそれまでだが。
「陛下、いかがなされますか?」
「時間はかけていられないな」
長期戦になればなるほど、落とされる味方が増えてしまう。
もし今回も勝利できたとしても、損害が大きければ、次の攻勢で異邦者たちに負けてしまうかもしれない。
「こうなれば、出し惜しみはなしだ。イシュバント、魔晶機人改隊の指揮を任せる。大要塞クラス、要塞クラス以外は落とせるだけ落とせ」
「了解しましたが、陛下はいかがなさるので?」
「私が、大要塞クラス、要塞クラスを落とす」
「さすがに無謀では?」
「そうでもないさ。知っているか? イシュバント」
「なにをですか?」
「大昔のどこぞの武将は、八艘の船を次々と飛び越え、戦で大活躍したそうだ。それと同じだ」
「それって、船は沈めていないではないですか」
ちっ!
イシュバントの奴、そこに気がついてしまったか。
しかし、同じようなものだ。
「要塞クラスをすべて落とし、最後に大要塞クラスを落として終わりだ! あとは頼むぞ、イシュバント」
『あとでアリス様に叱られますよ。……仕方がないですな』
イシュバントの許可を貰ったので、私は高周波ブレードを構えてから一番近い位置にいる要塞クラスへと突撃を開始した。
すでに多数の魔晶機人が取り付こうとしているが、全方位から吐き出すタンによって次々と落とされていく。
金属製のタンの芯が銃弾のように魔晶機人を破壊し、タン自体が魔晶機人の関節の動きを阻害し、飛行パーツのノズルを覆って飛行不能に追いやってしまう。
装備している剣などでタンを振り払おうとすると、タンが剣に絡んで振り回しにくくなってしまい、そこにトドメのタンが命中して機体は墜落していった。
高高度から落下している割には操者の死者は少なく、負傷者は治癒魔法で比較的早期に復帰できるとはいえ、すでに前回の損害を超えたはず。
戦況は、前回よりも厳しいと言わざるを得ない。
「やはり急がないと! まずは一体目だ!」
一体目の要塞クラスに取り付いた私は、そのまま高周波ブレードを深く突き立て、そのまま異邦者を切り裂いていく。
先日と同じくかなり斬り口を広げたところで、要塞クラスはそのまま地面へと落下していった。
「次!」
要塞クラスはあと六体もあり、まだ私以外誰も落とせていない。
さらにその奥には大要塞クラスも待ち構えており、急がねば犠牲が増えるばかりであろう。
私はさらに自機の速度を速めた。
「二つ!」
続けてもう一体の要塞クラスを落とす。
残った要塞クラスたちが、私を自分たちを落とせる脅威と見なし、タンを乱射してくる。
念波で未来視したタンをかわし、高周波ブレードで斬り払い、新しい標的に接近して得物を突き立て、切り口を広げてダメージを与えていく。
三機目、四機目、五機目、六機目……。
まだ体が成長しきっていないので、念波を使い続けると頭が痛くなるが、そんなことを言っていられない。
一秒でも早く、異邦者たちを落とさなければ。
『陛下……さすがですな……』
「イシュバント、雑魚は任せたはずだぞ」
『しっ、失礼しました! 陛下御自ら獅子奮迅の活躍をしているのだ! 我らも負けるな!』
『『『『『了解!』』』』』
ちょうどよい加減で気合が入ったようだ。
イシュバントたちも、次々と異邦者を叩き落としてスコアを稼いていた。
「それにしても……」
他の国の操者たちは駄目だな。
個人では奮闘している者も多いが、かなりの数を落とされて、すでに部隊としては動けていない。
それはそうだ。
半分以上の機体が落とされてしまえば、それは広義の意味で部隊の全滅を意味するのだから。
「姫様も苦戦しているなぁ……」
最後に残った要塞クラスに攻撃を仕掛け、見事に一体落とすことに成功していたが、残っている味方はさほど多くない。
ワルム男爵たちなど、親衛隊の精鋭はほとんど残っていたが、グレゴリー王子以下、家柄で選んだ連中は多数落とされてしまったようだ。
やはり、操者を家柄で選ぶものではない……とはいえ、基本的に家柄がよくないと魔力も高くないからなぁ……。
家柄がいい候補者の中から、ちゃんと選抜くらいはしてほしいという意味だ。
「(姫様も大変だな。消耗も激しいし、まずは部隊再編や落とされた者たちの救助もあるから退くはず……なっ! さすがにそれは無謀だろう!)」
なんと姫様は、たった一機で大要塞クラスに攻撃を開始してしまった。
前も飛行ブースターを壊されて失敗したというのに……もしかして、私との特訓の成果を見せるためか?
どちらにしても、無謀にもほどがある。
「(止めなければ駄目か……)」
姫様自体は、要塞クラスを一体落として戦果は十分なのに、もしかしてまた落とされてしまったグレゴリー王子の尻拭いのためか?
どちらにしても、一体でしかも姫様は魔晶機人に乗っていた。
機体が小さい分、大要塞クラスから夕立のように放たれるタンを避けるには有利かもしれないが……。
ただ、今の彼女の腕前と、彼女の乗る魔晶機人は従来のもので改良されているわけではない。
このままだと、すぐに落とされてしまうだろう。
それがわかった私は、レップウ改を全速力で彼女の下に飛ばした。
やはり姫様は次々と放たれるタンの回避で精一杯のようで、そう長くは保たないであろう。
「間に合えぇーーー!」
駄目だ!
今念波でわかったが、大要塞クラスと連動するように、大隊長クラスが姫様に向けてタンを放った。
しかも、彼女には完全に死角で見えていない。
このままでは飛行パーツに命中して、彼女も墜落してしまう。
間に合うかどうかギリギリのところだが、私は全速力で彼女の機体と放たれたタンの間に割り込んで。
『えっ?』
やはり彼女は、この一撃に気がついていなかった。
突如、自分の後方に飛び込んできた私の行動が理解できず、ただ驚いていただけなのだから。
「(どうにか間に合ったか……)リリー王女、後ろに目をつけろとは言わないが、この混乱した戦場では死角からも攻撃されるのだという事実に気がついてほしいものだな」
『陛下……』
「なにを焦っているのかは知らないが、今のあなたでは大要塞クラスは落とせない。残念だろうが、代わりに行かせてもらう」
彼女へのタンの命中は、高周波ブレードで斬り払うことに無事成功した。
とはいえ、これで大要塞クラスが落とされたわけではない。
私は姫様に注意をしてから、そのまま単独で大要塞クラスへと突撃した。
「(久々に、全力全開で行くぞ!)」
魔晶機人よりも高性能なコンバットスーツならば、単機で大要塞クラスも落とせるはずだ。
前回は魔晶機人のみで落としたのはいいが、最後でしくじって姫様に救助されてしまったからな。
ああいうミスは、今度はしないようにしよう。
大要塞クラスに突撃を開始すると、大要塞クラスは標的を姫様から私に変えた。
タンを五月雨のように放ってくる。
それを順番に避け、念波で把握してしないタン攻撃にも備える。
頭が痛いが、死ぬよりはマシだ。
そしてそれが間に合わなければ、高周波ブレードで斬り払っていく。
やはり、タンがこびり付かない高周波ブレードを持参して正解だった。
「(またも底部かぁ……)」
今回も大要塞クラスをよく見ると、底部の中心部に生身の皮がこんもりとしていて、ドクドクと鼓動していた。
破壊され停止した宇宙艦艇と生物が融合したような造りも同じで、もしかしたら絶望の穴は別の世界に繋がっているのかもしれない。
宇宙艦艇は、私が見慣れた前世のものとは少し形状が違うので、私がいた世界とよく似た世界の宇宙空間で撃沈されたものかもしれなかった。
そんなものが、どうしてこの世界で化け物と融合して異邦者なんて呼ばれ、人間の脅威になっているのかは知らなかったけど。
『陛下、妾も一緒に……』
「それは駄目だ!」
なぜなら、今の彼女では大要塞クラスの底部にある心臓部分に辿り着く前に落とされてしまう可能性が高いからだ。
落とされるとわかっているものを、わざわざ攻撃に参加などさせられない。
もし彼女になにかあると、ゾフ王国の責任にされそうだからな。
しかし、素直にそう言っても祖国の名誉のためか、兄の尻拭いのためか、焦っているように見える彼女は納得すまい。
そこで、彼女を騙すことにした。
嘘も方便というやつだ。
「もし二人同時に攻撃して共に落とされてしまったら、もうこいつを止められる者はいない。共同作戦にするしかないが、リリー王女の機体は魔晶機人だ。このまま底部の中心部にある心臓部分には辿り着けない。そこで、大要塞クラスへの挑発をおこない、タン攻撃の一部を引き受けてもらいたいのだ」
ちょっと離れたところから大要塞クラスを挑発して、タン攻撃の一部を引き受ける。
このくらいなら、今の彼女ならそう簡単に落とされないはずだ。
私の負担も減るし、共同作戦だったということにすれば、サクラメント王国も面目を保てるはずだ。
「わかっていると思うが、独断専行はナシにしてくれ。それが私をも危険に導く。見たまえ」
観察してみてわかったのだが、この大要塞クラス。
前のやつに比べると一回り大きく、しかも放つタンの数が多い。
実際、前回よりも落とされてしまった機体が多かった。
多数吐き出されるタンに恐れ戦き、なにもできず遠方から見守ってる機体も多かった。
操者としてはどうなのかと思わなくもないが、損失は防げるので間違ってはいないのか。
他の異邦者とは、ちゃんと戦闘はしているのだし。
「では、突入を開始する。リリー王女、いいかな?」
『了解した』
「少しでも多くのタン攻撃をひきつけてくれ」
合図と同時に、私は大要塞クラスの底部に潜り込んだ。
すると、前回よりも多くのタンが飛ばされてくる。
相変わらず汚い攻撃だが、命中箇所によっては致命傷になるし、コンバットスーツは魔晶機人よりも大きいので、それも計算して攻撃を回避しなければならない。
せっかくのコンバットスーツなのだが、それほど楽でもないな。
「これもあってよかったな……」
高周波ブレードのみならず、標準装備の大型ナイフもあってよかった。
一つ回避も斬り払いも間に合わないタンがあったのだが、大型ナイフで斬り払うことに成功したからだ。
ちょっと手にタンの粘膜がついて手首が動きにくくなったが、まだ大型ナイフは使えるので問題ない。
「どうやら、命令どおりにやってくれたようだな……」
姫様は、私の言うことを聞いてくれたようだ。
大要塞クラスを上手く挑発し、タン攻撃をある程度引き受けてくれた。
もしかしたら、一緒に突撃してしまうかもと思ったのだが……杞憂に終わってよかった。
「ようし、いい子だ。もうすぐ心臓部分に到着する」
大要塞クラスの底部中心部にある、ドクドクと鼓動する心臓部分。
異邦者は真っ二つにしたり、バラバラにすれば死ぬが、大型になるほどそんなことは不可能なので、ここを一撃して殺す必要があった。
なぜ表面部分に心臓があるのか不思議だったが、元は撃沈された宇宙艦艇に気持ち悪い生命体が取りついていたので、中心部に心臓を置けないのであろう。
こんな摩訶不思議生物なので、彼らの生態や、ましてや心情なんて理解できるはずもないので、私の推察が正しいとは思わないけど。
そして、いよいよ心臓部分が目視できるようになった途端、ここを攻撃させまいと、タンの数が劇的に増えてきた。
私は今回も激しい頭痛と戦いながら、念波も用いてタンを回避していく。
やはりまだ成長しきっていない体では、長時間の念波の使用は避けるべきだな。
今は命に係わるので、死ぬよりはマシだと念波を使い続けているけど。
「もうすぐだ!」
あとは、目前のドクドクいっている心臓部分に高周波ブレードを突き立てればいい。
そう思った瞬間、脳裏に回避に間に合わないで飛行パーツに命中してしまうタンのイメージが浮かんできた。
私は、慌てて大型ナイフを投擲する。
大型ナイフは、タンの芯に命中してそのまま一緒に落下していった。
「大型ナイフを持ってきてよかった。おりゃぁーーー!」
これですべての障害がなくなり、私は目標に高周波ブレードを突き立てた。
まるで、熱したナイフがバターの塊を切るかのように、高周波ブレードが心臓に突き立てられ、そこから真っ赤な血が大量に噴き出し、私の機体を真っ赤に染めた。
「ぎゅわぁーーー!」
そして、前回と同じく悲鳴とも、断末魔の声とも区別がつかない大声が大要塞クラスからあがる。
「任務終了!」
串刺しにした心臓から高周波ブレードを抜くと、私は全速力で落下しつつある大要塞クラスの底部から脱出する。
今回は、魔晶機人よりも高速なコンバットスーツなので、余裕をもって脱出できた。
私の目の前で、大要塞クラスは絶望の穴へと落下していく。
かなりの巨体なのにゆっくりと落下しているのは、まだ大要塞クラスが生きているからか?
絶望の穴に落下した大要塞クラスのみならず、異邦者はどうなってしまうのか?
謎は深まるばかりだな。
『陛下』
「リリー王女か。手助け感謝する」
『はい……』
姫様が、なにがなんでも自分も攻撃に参加すると言わないで助かった。
彼女を助けていたら、大要塞クラスは落とせなかったはずなのだから。
そこは、やはり一国の王女として冷静に動いたということかな。
他国とはいえ王の指示なので、これに従わなければと思ったのだろう。
王の権威も案外役に立つものだな。
とにかく、またも出現した大要塞クラスを落とせてよかった。
『リリー王女か……手助け感謝する』
せっかくゾフ王がお礼を言ってくれたのに、妾は短い言葉しか返せなかった。
本当はもっと話をしたかったのに、ゾフ王の異邦者の血で赤く染まった機体を見ると、胸が高まってなにも言えなくなってしまったのだ。
最初は、彼を出し抜いて大要塞クラスを落とし、その功績でエルオールを傍に置き、将来は夫にしようとしていたというのに……。
ゾフ王の戦いぶりを見ていたら……。
いやいやいや、確かに彼はエルオールにも負けない優れた操者であり、魔力で言えばもっと上であろう。
だが、だからと言ってそれだけで彼に……妾はそんなはしたない女だったのか?
しかしながら、妾が気がつかなかった死角からのタン攻撃を、間に入って叩き落とした時。
無謀にも、彼と一緒に大要塞クラスに突撃しようとしたら、強く諫められた時。
妾の胸は再び高鳴ってしまった。
エルオールに続き、ゾフ王に対しても妾は……。
一国の王女であり、淑女たらねばならない妾が二人の男性に懸想した?
そんなことはあってはならない……ならないのじゃが……。
「(妾は、いったいどうすれば?)」
もし、父上からゾフ王に嫁げと言われたら……それは嫌ではないところか嬉しい。
そのまま国に残ることになり、エルオールを傍に置けたら、それもとても嬉しい。
二人の男性を同時に好きになってしまう。
そんなことは決して許されないわけで、とにかく今はこの気持ちを隠さなければ。
じゃが、妾はエルオールもゾフ王も知ってしまった。
……とにかく、これからどうなるにしても成人してからのこと。
今はこの気持ちを隠して、サクラメント王女として振る舞わねば。
ゾフ王の活躍により、大要塞クラス、要塞クラスは全滅し、他の異邦者たちも駆逐されつつある。
またも短期間で大異動がなければいいが……あれば、またゾフ王の雄姿が見られる……そんな個人的な希望を望んでいる場合ではない。
「機体を落とされた者の救援を手伝わなければ……」
それにしても、ゾフ王国の魔晶機人部隊は強い。
ゾフ王によって相当鍛えられており、我が国の親衛隊よりも平均練度は上であろう。
今回の戦闘で落とされた者はほとんどおらぬし、これは機体自体の性能も改良によりアップしていると思われる。
ゾフ王国で、この高性能な魔晶機人が導入されている可能性は高く、今後サクラメント王国は厳しい舵取りを迫られるであろう。
妾が、ゾフ王に嫁ぐという可能性がかなり高くなった。
……それを嬉しいと思っている場合ではない!
今は、落とされた味方の救援に向かわなければ。




