第六十六話 リリーの気持ち
「今日の異邦者討伐ですが、ゾフ王国の大活躍もあって犠牲も少なく済みましたな」
「もっとも、中には機体を墜とされてしまった方も……」
「サクラメント王国軍のリリー姫殿下の活躍は、いつもどおりというということで、やはりさすがと言いますか……」
「……」
今日の迎撃が終わり、連合軍司令部は参加国に対し戦果の報告と明日からの作戦確認も兼ね、会議をおこなっていた。
これは毎日おこなわれているものだが、話題の中心は、特別あつらえの魔晶機神で多くの異邦者を叩き落とし、トドメとばかりにイレギュラーで出現した要塞クラスを一人で落としてしまったゾフ王のことで持ちきりであった。
「あの変わった外装の魔晶機神に、刃が魔力により高速で振動し、通常の刃物など比べものにならない切れ味を再現した剣により、要塞クラスをものともせず落としてしまった」
「話題にならないわけがないが、ゾフ王本人に色々とお聞きできないのが残念だな」
ただ、この席にゾフ王は出席していない。
あの方は王であり、普通連合軍に一国の王が参戦するなどまずあり得ない。
会議に参加してほしいと要請するなど、連合軍司令部の貴族たちでも、ましてや妾たちのような王族でも不可能じゃな。
妾は王女で、グレゴリー兄も王子だ。
王に対し、『会議に参加してくれ』なんて言えるわけがない。
実際、ゾフ王国からはイシュバントという将軍とその幕僚たちが会議に参加していた。
「ゾフ王国軍のおかげで、イレギュラーにも余裕を持って対処できております。これはありがたい」
「お役に立ててなによりです。我がゾフ王国も連合軍に参加した身。それに相応しい活躍をしませんと」
「……っ!」
妾の隣に座るグレゴリー兄の顔が歪んだ。
それはそうだ。
突如復活した隣国は、我が国を出し抜いて国際社会に復活をはたし、さらに異邦者との戦いでその精強ぶりを示したのだから。
我が国も妾たちが頑張って面目を躍如したが、グレゴリー兄はまたも機体を墜とされてしまった。
グレゴリー兄がよく墜とされるのと、悪運強く死なないのは、すでに連合軍でも周知の事実となっており、他国の王族みたいに絶望の穴に来ただけでなにもしない者もいるので、悪くは言われていない。
じゃが、ゾフ王と比べてしまうとな……。
見劣りするのは確かなので、グレゴリー兄もいい気分ではないのであろう。
「これならば、もし大異動があっても対抗できそうではあるな」
「ゾフ王国軍が頼りになってよかった」
「ただ……色々と難しいな……」
軍人や貴族たちが悩んでいるのは、精強な魔晶機人部隊を持つゾフ王国との外交であろう。
多分、本国から言われているのだと思う。
じゃが、一国の王を自軍の駐屯地に招待するというのは、身分差から考えても難しい。
最初は妾以外誰も行かなかった、ゾフ王国の本陣を表敬訪問するにしても、相手は王なのだ。
訪問者には格が必要であり、連合軍にその資格がある者は非常に少ない。
かと言って、このまま無視するわけにもいかず、本国から表敬訪問するに相応しい身分の人物を呼び寄せる必要があった。
「ふんっ!」
「グレゴリー兄?」
「いったいどうしろってんだ!」
そして我が国だが、実はもうゾフ王と面会は難しいであろう。
実は本国から連絡があり、現在王都では大規模な動員が進んでいると聞く。
この再び大異動があるかもしれないこの時期に、父上はなにを考えて……どうせ貴族たちに押されてしまったのであろう。
さすがにゾフ王国と戦端は開かないと思いたいが、かの国に対する明白な挑発行為なので、妾たちはゾフ王国と外交もできなくなった。
妾たちは、本国から梯子を外された気分だ。
他国も、我が国の浅はかさを批判するであろう。
もっとも、他国が我が国と同じ立場にあったら、ほぼ間違いなく動員を開始する。
国の防衛意識とは、非常に厄介なもの。
『もしゾフ王国が攻めてきたら?』という危険性を完全に否定はできないからじゃ。
「陛下や王太子殿下は、本当にゾフ王国を攻めるつもりでしょうか?」
「そんなわけあるか。大方、王城にいる貴族たちに騒がれたからであろう。第一、どうやってゾフ王国に攻め込むのだ? 橋頭保がないではないか」
「なくもないですが……」
「フィール子爵領やグラック領に大軍を入れるのか? 彼らがゾフ王国に寝返って離脱したらどうする? 他国との国境沿いに領地がある貴族たちも、その様子を知って同調する可能性があるぞ。貴族の領地に軍勢を入れるなど、無理に決まっている」
ゾフ王国の王都から人が消えたあと、魔物や無法者のせいで多くの貴族領や直轄地が消えてしまった。
ようやくフィール子爵家とグラック家、その他少数の貴族たちが領地を維持しているが、いくら王国とてそこに手を出せば……所属国家を変えるくらい、特に国境沿いの貴族は平気でやる。
彼らは王国に上納金を納めているのだ。
彼らの領地に軍を入れるなど、確かに現実的ではないな。
領地にこだわりを持つ貴族たちが反発する。
多数がフィール子爵領やグラック領に王国軍を入れるのを反対するはずだ。
なぜなら、一度でもそういう前例を作ってしまえば、次は自分の領地に王国軍が入り込むかもしれないからだ。
「ではどうなさるのですか?」
「とにかく、本国がどうするかわからなければな。もし戦争になれば、私たちはいい面の皮だ!」
今にも大異動があるかもしれないのに、本国が勝手に戦争を始めるのだから、他の国につるし上げにされても文句は言えない。
あくまでも牽制、備えのみで終わってくれることを祈っている。
「それで、ゾフ王とはどんな奴なのだ?」
先日、ゾフ王を訪問した件はグレゴリー兄に話したはずだが……。
聞いていなかったのか?
「無論、聞いていた。腕のいい操者で、どういうわけか黒いマスクをしているとな。暗殺を防ぐためか? 現時点で他国がそんなことをする可能性は低いので、ゾフ王国内部の問題なのかもしれない。もしくは影武者か?」
本物の王は、他にいるというわけか。
「どちらにしても、絶望の穴の状態が落ち着いたら、我々は第四の仮想敵国に対応しなければならない。戦うか、結ぶか。リリー、覚悟しておけよ」
「覚悟ですか?」
「婚姻で同盟を結ぶという選択肢もある。お前はその最大の候補者だ」
「妾が?」
「ふんっ、操者としては優れているが、そういうことには疎いな」
「……」
妾が、ゾフ王と結婚する?
王族に生まれた以上、政略結婚は覚悟していたが……。
ゾフ王は腕のいい操者で気が合うかもしれない……などと思っていたら、突然脳裏にある人物の姿が浮かんだ。
「(エルオール……)」
同じく凄腕の操者で、妾に魔晶機人の操縦を教えてくれている者だ。
郷士家の当主という最下級の貴族なのに、操者として驚異的な実力を誇っている。
ゾフ王に魔力では負けると思うが、技量はそう劣っていないはずだ。
それに、エルオールはまだ十三歳で妾と同じ年じゃ。
彼が成人したらもっと腕前を上げるはず……って!
「(妾は、今どうしてエルオールを思い出したのだ? もし妾が嫁ぐ場合、もう魔晶機人の操縦を教われないから? いや、最低でも十五歳にならなければ……学校は出ないと嫁ぐことはないはず。しかし、そこで終わるのか……)」
エルオールは自らの腕がいいばかりでなく、教えるのも上手だった。
多少スパルタではあるが、それは妾の実力を認めてのこと。
エルオールに教わってから、妾はまた一段、魔晶機人の操縦が上手になった。
グレゴリー兄と余計に差がついてしまったが、これは彼に才能がないので仕方がないことだ。
「(そんな楽しい時間が、エルオールが妾に操縦を教えてくれる時間がもうすぐ終わってしまう……)」
それは嫌じゃが、もし父上からゾフ王に嫁ぐように命令されたら、妾は断りようがない。
ゾフ王国に嫁いでしまえば、もう二度とエルオールから魔晶機人の操縦を教われなくなってしまうのだ。
「(妾は、それがとても嫌なのだ。とても楽しい時間だから? エルオールが、得難い優れた操者だからか?)」
エルオールのことを考えれば考えるほど、妾は胸が苦しくなってきた。
今まで生きてきて、こんなことは初めてじゃ。
とにかく妾は、ゾフ王国になど嫁ぎたくないのだけはわかった。
このまま、エルオールから魔晶機人の操縦を教わりたい。
「(なんとしてでも、ゾフ王国に嫁ぐことだけは避けたい。グレゴリー兄の予測だから外れる可能性も……)」
じゃが、絶対にないとまでは言えない。
どうすれば……。
「(そうか! 妾が操者として巨大な武勲を立てればいいのじゃ!)」
そうすれば、父上も妾を他国に嫁に出すような真似はすまい。
国内に留め置くはずだ。
それが叶えば、ずっとエルオールを傍に置くこともできる。
彼はグラック家の当主じゃが、妾が優れた操者として国内に留まるのであれば、どこにいても構うまい。
国になにかあれば、魔晶機人で駆けつければよいのじゃから。
「(また大異動が発生した場合、とにかく武勲を立てればいいのじゃ)」
その功績を盾に、エルオールを傍に置けばいい。
妾が普段王都にいなくても……その許可を出せるのは父上だけだからこそ、異邦者退治で他国からの称賛も受けて名を上げねば……。
「(そうだ! その時に、妾の操縦の師匠がエルオールだと言ってしまえば)」
ワルム卿の例もある。
エルオールを、これまでの功績込みで男爵くらいにできれば、妾の夫にもできる!
なんだ、これでいいではないか!
そして今、その考えに思い至った瞬間、妾は胸が苦しい理由が理解できた。
妾はエルオールを師匠として尊敬しているのみならず、男性として好きになり始めているのだと。
だから、他国に嫁いで彼と離れるのが嫌だったのだ。
「ならば、妾がなすことがわかったな」
それは、これまでエルオールに教わった操縦技術を生かし、すぐに起こるであろう大異動において大活躍をする。
前回出た大要塞クラスがいれば、これを妾が墜として功績を得る。
「やる気が出てきたの」
「私とて!」
グレゴリー兄は、せいぜい妾の足を引っ張らないでほしいものだ。
なぜなら、今回の大異動で妾はさらにその名を上げ、エルオールを夫にするという遠大な目的があるのだから。