第六十五話 ゾフ王国軍初陣
『ふう……これで一体目。今日は絶好調ではないか』
『……姫様、だそうです』
『グレゴリー兄は落とされなければいいのだ。ただ困ったことに、いくら注意しても落とされる時は落とされてしまうがな……』
『でも、戦死しないから悪運は強いですよね? グレゴリー様は』
『案外、王に向いているかもしれぬ』
『姫様! ゾフ王国の魔晶機人隊が出撃しました! 先頭に、ゾフ王国の紋章をつけた魔晶機神が一体! ゾフ王の機体かと』
操者としては微妙なグレゴリー兄が、珍しくすぐに一体目の異邦者を落とした。
こんなこともあるのだなと、密かにライムとユズハと通信していると、いよいよデビュー戦となったゾフ王国軍魔晶機人隊の姿が確認できた。
ただ、ゾフ王の魔晶機神はかなりスリムで余計な装飾がないように見える。
重量を減らして速度を増やしてるのか。
防御力が落ちてしまうが、それだけ腕前に自信がある証拠だ。
『随分と速いな……』
『はい』
重量軽減のせいだけでなく、飛行パーツの整備、改良技術がサクラメント王国よりも優れているのであろう。
彼らは綺麗な編隊を組んで飛んでおり、続けざまに剣を抜いて異邦者の群れに突っ込んだ。
両者がすれ違った瞬間、次々と異邦者が落ちていく。
落とされた魔晶機人はゼロか。
当然じゃが、ゾフ王の搭乗する魔晶機神は落とされるどころか無駄な動き一つなく、進路上の異邦者を確実に落としていた。
「いい腕だ……(ゾフ王に至っては、エルオールと互角か……)」
サクラメント王国なら、全員親衛隊にスカウトされるレベル……実は、グレゴリー兄の親衛隊にはコネで入った上級貴族の子弟がいるので、そいつらは下手だから例外じゃ。
『ゾフ王国では、ちゃんと腕で選ぶのだな』
『それが当たり前なんですけどね』
その当たり前が通用しないのが、この世界の多くの国々なのだ。
特に魔晶機神を動かすとなると膨大な魔力量が必要だから、魔力が多くても下手な操者も選ばなければならないことも多い。
その結果、魔晶機神に乗れる上級貴族が選ばれやすい傾向にある。
下手でも魔晶機神を動かせるとなれば、戦闘力がないわけでもないし、他国の操者事情も似たようなものじゃからの。
ゆえに下手な上級貴族やその子弟が親衛隊に、前回の大異動の際には多くが討ち死にしてしまった。
異邦者は、その操者が王族でも、上級貴族でも、下手でも容赦してくれぬからの。
それなら、無理に魔晶機神を動かさなければ……操者が不足しているから無理か……。
『それで、ゾフ王じゃが……』
『これは凄いですね……』
『圧倒的です』
本格的に異邦者の集団と戦闘に入ったゾフ王の戦い方じゃが、他の者たちを圧倒する強さであった。
特別誂えの大剣を抜き、まるで剣豪のように異邦者を落としていく。
今日は兵士クラスのみじゃが、とにかく大量に湧いてでてくるので、その分、ゾフ王国軍は撃墜スコアを恣に稼いでいた。
『王が一番強いとは、グレゴリー兄も肩身が狭いな』
実は、操者としてはかなり未熟。
ハッキリ言えば下手な王族というのは意外と多い。
それでも魔力が多いので、結界の維持には重要な存在ではあった。
じゃが、操者としても優秀な王族も沢山いるわけで、彼らは結界の維持に貢献していないわけもなく、王族出の下手な操者は鬱屈した感情を持つ者も多かった。
復活した仮想敵国の王が優れた操者だった。
小規模の紛争や戦争だと、一人の優れた操者が勝敗を左右することも多く、ゾフ王の存在はグレゴリー兄にとって大きなプレッシャーとなるであろう。
かと言って、ゾフ王に手を出すわけにもいかない。
『……』
『どうした? ユズハ?』
『まるでグラッグ卿を見ているかのようですね。ゾフ王は』
『確かに、操者としての癖や実力は似ているな』
しかしながら、ゾフ王がエルオールのはずがない。
なぜなら、彼は魔晶機人しか動かせないからだ。
今、ゾフ王が動かしているのは魔晶機神であり、エルオールが動かせるはずがなかった。
『エルオールは、これから大変だな』
『最前線ですからね』
距離は大分離れているとはいえ、グラック領とゾフ王国は隣同士だ。
これからのエルオールは、常にゾフ王国の侵攻に気をつけなければならないのだから。
『無理をしないでほしいものだ』
領地を守るために命を落とすよりも、王都に逃げ込んで妾を頼ってくれれば……。
ある程度出世もさせられるし、ずっと妾に魔晶機人の操縦を教えてくれるようになる。
じゃが彼は、グラック領発展のために一生懸命でもあった。
だからそんなことは、口が裂けても彼には言えなかった。
もし紛争になっても、死なずに逃げてきてくれることを願うしかない。
『(技術は互角でも、魔力を含む持久力で負けるな。エルオールは……)』
『姫様、我々も』
『ゾフ王国に負けるのはどうかと思います』
『そうよな。見学はこれで終わりにしよう』
妾たちも異邦者の撃墜に全力を尽くすが、残念なことに撃墜数では、今日が連合軍参加初日のゾフ王国軍に大きく差をつけられてしまうのであった。
「六十七機目!」
『俺は、やることがないですな』
いよいよ始まった異邦者との戦いだが、ゾフ王国軍の精鋭たちは多くの戦果を稼いでいた。
損害も、撃墜された機体は今のところゼロである。
ただ、数は多いが兵士クラスだけなので、本番は明日以降であると思われる。
できれば、落とされずに……操者さえ無事ならいいけど。
うちは、魔導炉が破損した魔晶機人も修理、改良できる。
優秀な操者の方が、魔導機人の何倍も貴重なのだから。
「イシュバント、大異動はそう遠くない時期にあるかな?」
『ある可能性が高いですね』
「私もそう思うよ」
この前大異動があったばかりなのに、また大異動が発生する可能性が高いなんて……。
前回をしのげば、あとは老人になるまで連合軍に参加せずに済むと思っていた私の喜びを返してほしい。
それにしても、この世界でなにか異変でも起こって……私の存在自体がそうか。
「あまり無理をさせるな。長期戦になる」
『陛下も、今日は魔晶機神なのでお気をつけてください』
「無理はしないよ」
実は、魔晶機神じゃないけど。
コンバットスーツの方が操縦に慣れているし、魔力も使わずに済む。
アマギの艦内工場で改良した魔晶機神にも乗ってみたが、私はあまり好きではなかった。
そこで他の魔晶機神乗りに譲り、私は魔晶機人改か、レップウ改に乗るようにしていた。
どうせ私とフィオナ以外は、魔晶機神とコンバットスーツの差がよくわからない。
せいぜい、コンバットスーツを変わった外装や装備の魔晶機神だなと思うくらいであろう。
『及第点ですかね?』
「いや、なかなかのものだろう」
数は少ないが、ゾフ王国の魔晶機人改隊は多くの異邦者を叩き落とし、戦場で主役となっていた。
改良により機体自体の性能が優れているというのもあるが、操者たちが実力最優先で選抜された者たちばかりなので、効率的に異邦者と戦えているというのもある。
これが他国だと、忖度、コネで参加した『お客さん(上級貴族か王族)』の安全を優先しなければならないので、凄腕ほどお守の仕事が増えて戦えないという矛盾が発生していた。
『なんなんですかね? よその国って……』
王族や貴族というのは、ヤクザと同じで舐められたら終わりという仕事なのだ。
絶望の穴に出撃して異邦者を落としました、という功績が必要になる。
箔付けとも言うか。
百年以上も王都を失っていたゾフ王国では、それどころではないという事情もあるのか。
ヘボを魔晶機人に乗せている余裕がないのだな。
「ゾフ王国も余裕が出てきたらそうなるかも」
『勘弁してほしいですな』
それでも、キャリアーの船長に回すという手もあるので、アリスにキャリアーの船長の格を高くするように言っておこうかな。
『出たぁーーー! 要塞クラスだぞ!』
順調に異邦者の討伐は進んでいたのだが、ここで戦場に一気に緊張が走った。
突然、絶望の穴から要塞クラスの異邦者が湧き出してきたのだ。
大異動でもないのに、絶望の穴から要塞クラスが湧き出してくる。
確かに、この世界では異変が起こりつつあるのかもしれない。
『出たな! 要塞クラス! サクラメント王国のグレゴリー王子が落としてくれようぞ!』
「あちゃぁ……」
要塞クラスを落とせれば大手柄だが、同時に死ぬ確率も高い。
姫様なら落とせるだろうが、操者としての実力が微妙なグレゴリー王子には手に余る代物だ。
それなのに本人は、魔法通信で堂々と周囲に宣言してから要塞クラスに攻撃を開始した。
無謀にもほどがあるが、きっと姫様に対抗するためなんだろうなと思う。
『陛下、大丈夫ですか? アレ』
「大丈夫なわけないじゃん」
イシュバントはグレゴリー王子の操縦を見て、彼は駄目だと即座に気がついたようだ。
多少腕に自信がある人なら、グレゴリー王子の実力など一目瞭然だから、特に珍しいことではないのだけど。
『例の姫様は止めなかったんでしょうか?』
「聞く耳持たなかったんじゃないの?」
王位継承のライバルに忠告されて、それを素直に聞くほどグレゴリー王子も素直ではないと思う。
『ついて来い! 我が親衛隊の諸君!』
『『『『『『『『『『おおっーーー!』』』』』』』』』』
グレゴリー王子の命令にテンションの高い声で答えながら、彼と一緒に要塞クラスに突撃する親衛隊であったが、彼らも一定数家柄と魔力量だけで、操縦は下手っぴという者が混じっていた。
それをフォローする凄腕の負担も大きい。
『うわぁーーー!』
『落ちるぅーーー!』
案の定、要塞クラスが吐き出すタンが命中し、次々と落とされていく。
全員が戦死するわけでもないし、そう簡単に機体が全損することはないが、整備関係者が見たら頭を抱える光景だな。
だからこそ、余裕がないゾフ王国は下手っぴを機体に乗せないのだが。
『陛下、失敗したようですよ』
「今回は、ダメージも少ない方だな」
十数機ほど落とされてしまったが、グレゴリー王子以外は魔晶機人ばかりなので、そこまでの被害ではないだろう。
『一国の王子が戦死していたら、大変じゃないですか』
「大丈夫だよ」
『なにか根拠が?』
「彼は悪運が強いから」
私の予想どおり、すぐに軽傷を負ったグレゴリー王子が墜落した機体から回収されたそうだ。
他の操者たちにも死者はいないそうで、グレゴリー王子は運がいいのだと思う。
『悪運ですか……これでもう少し腕前がマシなら……と思いますよ』
「マシだったら、悪運もなかったかもよ」
『確かに……。ですが、他の国は攻撃を仕掛けませんね』
グレゴリー王子がしでかしたことの後始末があるようで、姫様は要塞クラスに攻撃をしていなかった。
他の国の魔晶機人隊はやはり似たようなお家事情があり、グレゴリー王子の失敗にビビって要塞クラスへの攻撃を控えていた。
「じゃあ、行くかな」
『陛下、お供いたします』
「悪いが一人で行く」
私は、イシュバントの同行を拒否した。
『しかし、陛下……』
「悪いが、かえって動きを阻害するんだ。一人の方がかえって安全だったりする」
それに、魔晶機人改になっても、コンバットスーツに性能では歯が立たないからな。
単独で攻撃した方が、かえって自由に動けて安全だった。
「行こうか」
私は、コンバットスーツが装備している特別装備『高周波ブレード』を抜くと、そのまま全速力で要塞クラスへの突撃を敢行する。
通常、高周波を利用した近接装備の類はナイフしか装備していないが、特別装備では刀型も存在する。
火器の類を使うと警戒されてしまうので、今回装備に加えて持参していたのだ。
「当たるか!」
要塞クラスから大量のタンが飛んでくるが、コンバットスーツの機動力と、私の念波を利用して次々とかわしながら距離を詰めていく。
「っ!」
試しに真正面から飛んできたタンを一つ斬ってみるが、タンは高周波ブレードの刃にまとわりつかなかった。
タンの芯にある金属は真っ二つになり、タンは通常刃に纏わりついて、操者たちの悩みの種となっていたが、高周波ブレードの振動が弾き飛ばしてくれた。
この装備は、これからも使っていこう。
「そろそろ落ちてもらおうか」
要塞クラスは、接近する私に慌てたかのようにタンを次々と飛ばしてくるが、すべてかわされ、高周波ブレードで斬り払われてしまった。
そしてついに要塞クラスの至近に接近して、その本体に高周波ブレードを突き立てることに成功した。
高周波ブレードは要塞クラスの本体に、まるで豆腐のように深く刃が突き刺さった。
私は要塞クラスの本体に高周波ブレードを突き立てたまま移動して、その切り口を広げていく。
そしてほぼ一周したかという時、ダメージが限界を超えた要塞クラスはそのまま地面に落下していった。
「一丁あがりだ」
『さすがですな、陛下。魔力を用いた刃ですか』
超科学の産物である高周波ブレードの説明を、イシュバントにしても理解してもらえないだろう。
軽々しくも話せないので、この刃の振動は魔力でそうしているのだということにしておいた。
その方が、警戒されずに済むだろう。
「他のみんなは無事か?」
『多少、損傷した機体もありますが、操者はみんな無事です。他国は知りませんが……』
グレゴリー王子の機体が落ちてたけど、私はゾフ王なので自国の操者だけ心配すれば……私はグラック卿でもあるのか……。
ただ、彼らも下級貴族に心配なんてされたくないだろう、と思うことにした。
「異邦者もいなくなったし、戻るとしよう」
『撤退しますか』
私たちは、多くの戦果を出して意気揚々と駐屯地に帰還していく。
初陣としては上出来どころか、これだけ大きな戦果を出したのだ。
連合軍も、ゾフ王国を侮らなくなるであろう。