第六十四話 表敬訪問
「陛下、その格好なんとかならなかったのですか?」
「仕方がないんだ。向こうには知り合いもいるから」
「それはわかるのですが、ゾフ王国の王が黒ずくめというのは……」
「えーーーっ! 黒は格好いいじゃん! 黒衣に身を包んだ、黒王ゾフ一世。おおっ、語呂もいいな」
「一国の王が、仮面で顔を隠すのってどうなのでしょうか?」
「ラウンデル、そんなに悩むとハゲるぞ」
「そうだぞ、警護隊長殿。陛下が元サクラメント王国の郷士で……」
「イシュバント殿……陛下は今も郷士だが……」
「細かいことは気にするなって。とにかく、絶望の穴には顔見知りも多いと聞いた。ならば、陛下は顔を隠すしかあるまい。最初に仮面で出てしまえば、みんな『そんなもの』だと思うものさ」
「そんなものなのかなぁ?」
「そんなものだよ、ラウンデル」
絶望の穴の近くにある、連合軍駐屯地の隣。
整地されたばかりのゾフ王国軍本陣において、ラウンデルは一人考え込んでいた。
アリスがしっかりと指示を出し、ゾフ王国はサクラメント王国には内緒で、連合軍に参加している各国と外交交渉を終えていた。
ゾフ王国は復活します。
連合軍にも魔晶機人部隊を派遣するので、正式に国として承認してねと。
もっとも、アリスに言わせるとさほどの難事でもなかったそうだ。
なぜなら、現在ゾフ王国と国境を接しているのは、サクラメント王国のみだからだ。
そして、サクラメント王国と国境を接している国は、ゾフ王国以外に三つもあり、国家同士はともかく国境沿いの貴族領ではたまに小競り合いも起きていた。
その三つの国からすれば、ゾフ王国があった方がサクラメント王国との紛争が有利になるので好都合だったのだ。
そのため、ゾフ王国はすぐに承認された。
最後に話がきたサクラメント王国は、もう嫌とは言えない。
もしゾフ王国と戦争状態に入ってしまえば、連合軍の結束を乱すことになってしまうからだ。
連合軍に参加している国々は、国境沿いの貴族たちが紛争をしている状態までは容認するが、国同士の戦争は断固として認めなかった。
サクラメント王国がゾフ王国に戦争を仕掛ければ、連合軍から総スカンにされてしまう。
こんな国は許容できないと、他国から逆に攻められてしまう可能性もあった。
「そんなサクラメント王国の人たちからすれば、私は殺したいほど憎い男ということになる。正体は晒せないな」
「ラウンデル殿、陛下の仰るとおりだぜ」
「姫様に知られたら、殺されるかもね」
「否定できませんなぁ……」
そんな話があって、ラウンデルは私の黒ずくめの格好を容認した。
黒いフルフェイスのマスク、黒い甲冑に似せたパイロットスーツ、防弾機能もついているマント、軍靴でもある黒いブーツ。
この世界の王様が出陣する際の軍装に似せてあるが、すべてアマギで製造されたものなので非常に軽量で動きやすくなっている。
加えて、マスクにはボイスチェンジャーもついていた。
姫様たちに、声で私だとバレてしまうかもしれないからだ。
「王様が自ら絶望の穴に出陣するケースは稀ですが、どうしてエルオール様は自ら出陣なされたのです?」
「新参者こそ、こういう時に気合を入れないとね」
どうせ連合国に所属してる国々は、復活したばかりのゾフ王国が派遣する戦力など高が知れていると、我が国を完全に舐めているはずだ。
出ることに意義があるくらいに思っているはず。
「そこで王自らが出陣し、戦力も多くした。ゾフ王国の復活に気がついたサクラメント王国は、すでに監視を強化しているはずで、もしゾフ王国が弱そうだと思ったら、軍を南下させかねない」
国同士の戦争はタブーとはいえ、ゾフ王国が弱ければ、他国から文句を言われる前に併呑してしまおう。
そんなことを企むかもしれない。
そこで、派遣軍を王自らが引き連れ、戦力も多くした。
サクラメント王国の連中はこう思うはずだ。
『これだけの戦力を絶望の穴に送り出せるということは、本国はさらに戦力を整えているはずだ』と。
「戦争防止のためですか」
「もしサクラメント王国が攻めてきても、アリスたちで十分防げるはず。だから、初顔見せのゾフ王国が舐められないようにしないと。何事も最初が肝心だ」
なにより、私が一番警戒している姫様はここにいるというのもあった。
アマギのおかげで魔晶機人改への改修を終えており、現在王都に集中的に配備している。
もし戦争になっても負けはしないだろう。
「大型キャリアーも就役したし、戦力的にも兵站能力でも負けないと思う」
だから私たちは、発掘後に修理、改良された大型空中船『ゾフ』に旗艦を置き、その他十隻の小型キャリアーで遠征艦隊を編成していた。
小型キャリアーには、魔晶機人改が六機ずつ。
大型キャリアーには、魔晶機人改が七十二機に、私はレップウ改と予備機の魔晶機人改を搭載してあった。
他国の連中は、いまだ小型キャリアーすら燃費の問題で実用化できていない。
なのに世界で唯一、艦隊をここまで航行させてきたゾフ王国の力は侮れないと思うはずだ。
実用的なキャリアーが気になるだろうから、他国はこちらに顔を出すはずで、それを機に交流や外交交渉が進めばアリスも喜ぶだろう。
そのために、外交官も同行しているのだから。
「さて、どこの国が最初に顔を出すかな?」
「国のメンツ的には、ゾフ王国側が挨拶に来てほしいはずですが、キャリアーという餌がありますからね。どこが我慢できず、最初に訪問してきますかね」
ゾフ王国の外交責任者とそんな話をしていたら、予想よりも早くゾフ王国の陣地を訪ねてきた者がいたという。
しかもその人物は……。
「えっ? 姫様が?」
まさかサクラメント王国の王女が最初にやって来るとはな……。
グレゴリー王子の命令……ではないな……。
彼はよくも悪くも保守的なので、どうにかゾフ王でなくても、ゾフ王国側が最初に挨拶に来ることを望んでいるはずだ。
他国はともかく、サクラメント王国は仮想敵国でもあるのだから。
だがリリーが、素直に兄の命令を聞くとは思えない。
「ラウンデル、お前は姿を見せるなよ」
「わかりました」
「俺は顔を出しても問題ないので。噂に聞くお美しい王女様のご尊顔が、はたしてアリス様に匹敵するかどうか、個人的に興味がありますな」
「タイプは違うけど、アリスとそん色ないと私は思う」
「なるほど。ヒルデ殿、リンダ殿、マルコ殿。お傍にお美しい方ばかりいらっしゃる、女性の審美眼に優れた陛下のお言葉なれば信用できますな」
「イシュバント、マルコは私の弟で男だ。あとで本人が聞いたら怒るぞ」
マルコが女装したらかなりの美少女になれるはず、とは私も思っていたけど。
「それはわかっておりますが、マルコ様が俺に怒るには、俺に魔晶機人改の操縦で勝ってからでないと効果がありませんよ。それにマルコ様は、将来はさぞや美少年になられるでしょうから、間違ったことは言っていませんとも」
「イシュバントらしい言い方だな」
イシュバントは、男爵なのに普段かなりぞんざいな口を利く。
だが、ゾフ王国への忠誠も能力もピカ一だ。
今回、魔晶機人改部隊の指揮は、アリスが推薦した彼が担当している。
日に焼けた赤銅色の肌に、鍛え上げられた肉体が目立つ人物で、操者としても優秀な人物だ。
年齢は四十前後で、魔晶機人の操縦のみならず、軍勢の指揮にも長けていた。
アリスは将軍クラスの権限を与えており、私の下でキャリアー艦隊と魔晶機人改の部隊を統率している。
私にも非常に好意的で……それは、以前に手合わせをした時にかなりボコボコにしてしまったから……拳で理解し合う的な出会いだったからかもしれない。
私も舐められると困るのでつい本気を出してしまったのだが、イシュバントは私の操者としての腕前にえらく感心したようだ。
元々ゾフ王国が、王都を放棄してからは特に実力重視の国になってしまったがゆえに、私はすぐに受け入れられていた。
私がいないと、王城地下の紫水晶柱を維持できないからという理由も大きかったけど。
「今回、サクラメント王国の王女様に顔を知られているという理由もありますけど、あの二人の今の実力だと、今回は補欠レベルですので連れて行けませんから」
「魔晶機人を動かすようになって間もないマルコはともかく、リンダもか」
「あと少し鍛えれば問題ないですけどね。今回はどのみちお留守番でしたよ」
「だろうな」
今回、グラック領とゾフ王国領の防衛のため、ヒルデ、リンダ、マルコは留守番をしていた。
訓練も続けているから、そのうちこういう機会があったら参加させるつもりだけど、今は精鋭たるゾフ王国軍の操者たちが優先だ。
実は、姫様に顔を覚えられているというのが一番大きかったのだけど。
マスクで顔を隠すのは私だけにしないとおかしい、という話にもなったのだ。
だが、随行員が全員ゾフ王国の人間だけという件に、グラック家組のラウンデルが噛みついた。
せめて一人くらい、私の護衛にグラック領関係者から出したいと。
そこで、艦内から出ない条件で、ラウンデルが私の警護役としてついてきたのだ。
「噂の姫様がいらっしゃいましたよ」
「では、行こうか」
私は、イシュバントと屈強な護衛兼操者を連れ、姫様の待つ貴賓室へと向かった。
この部屋は、旗艦ゾフの艦内に作られた来客用のもので、早速役に立ったわけだ。
「サクラメント王国の第三王女であるリリー・アストン・サクラメントです。以後お見知りおきを……」
姫様は王女で、私は黒ずくめでマスクで怪しいけど王である。
彼女の方が先に頭を下げて挨拶をした。
「(気がつかないようだな……) ゾフ王国の国王ゾフ一世である」
意外かもしれないが、これまでゾフ王国の王でゾフを名乗った者は一人もいなかったそうだ。
そこで、百年以上ぶりに王都を取り戻した記念も兼ねて、私はゾフ一世を名乗ることになった。
簡単に名乗るが、ボイスチェンジャーのおかげで私だとバレていなかった。
操者である自分の師匠で、自分の国の郷士が、まさかゾフ王国の王様になっているなんて、普通は想像できないから当たり前か。
「本国から確認が取れました。確かに、ゾフ湖と王都が復活しておりましたな」
「恥ずかしながら、百年以上も王都に結界を張れる者が出なかったのだ」
「陛下は広大な領域に結界を張れると? 本国によれば、とてつもない領域が魔物から解放されたと」
「そう生まれてしまったものは仕方がない」
これも運命というやつだ。
「一つお伺いしたき儀が」
「なにかな?」
「ゾフ王国は、連合軍に参加しました。つまり、サクラメント王国と戦端を開く意図はないと?」
「ないな。我らには解放された広大な領域がある。ここを開発する手間を考えたら、戦争などしてもなに一ついいことはない。そちらが攻めてくれば、防衛せざるを得ないが……」
「そうですか……それはよかった」
姫様は、ゾフ王国に戦争の意思がなくて安心したようだ。
やはり、操者同士で戦うのは嫌なのかな。
「貴族同士の争いという名目で、我が国の国境沿いを狙うこともありませんな?」
「ないな」
実は、ゾフ王国は貴族が領地を持っていなかった。
王都を捨てて避難地に逃げた際、そこが誰の領地かなんて争っている場合ではなかったからだ。
全員が家禄と職禄を貰う法衣貴族で、イシュバントもそうであった。
「つまり、ゾフ王国の貴族が領地や利権を狙って、小規模な紛争を仕掛けることもないと?」
「今のところはな。グラック領だったか。郷士にしては随分と大きな領地だが、開発途上でもあるし、我が国の領土とは少し離れている。手を出す気はない。その手間は、自領の開発に向けた方がいいだろう」
「そうですか……」
姫様は安心したようだ。
まだ夏休みが終わっていないので、お忍び滞在がしたいからかな?
でも夏休み中に、絶望の穴への対策が終わるのであろうか?
「リリー姫殿下におかれましては、そのグラック領に『良い方』がいらっしゃるのでしょうか?」
ここで、爆弾を投下した者がいた。
私の横にいたイシュバントである。
「いや、妾は臣下であるグラック卿が紛争に巻き込まれないか心配したのだ。彼は魔晶機人の操縦も上手でな」
「そうなのですか。優れた操者は、どの国でも喉から手が出るほどに欲しいもの。なるほど、納得しました」
とか言いつつ、イシュバントは姫様を見てニヤニヤとしていた。
一応、この場ではゾフ王国におけるナンバー2なのだから、姫様をからかって遊ぶんじゃない。
「ただ、サクラメント王国は頻繁に我が国を偵察もしているという報告が入っている。もしそのグラック領を最前線の拠点として我が国を狙うのであれば、我が国としても対策は取らなければならない。そこは理解してくれ」
「ご指摘、ごもっともです」
とはいえ、今のサクラメント王国がそう簡単にゾフ王国に手を出すとは思えないな。
問題は、この件を餌にグラック領が奪われる可能性の方がある点だ。
父も母も、最悪グラック領は捨てるという判断をしていた。
これまで開発した分は惜しいが、ゾフ王国領の開発に集中した方が効率がいいのだ。
防衛も非常に楽になる。
「対応は本国に任せているし、我が国の操者は精鋭揃い。そうおかしなことにもならないと思っている。それに、この絶望の穴においては、まずは異邦者の排除が最優先。我らは戦友なのだから、共に頑張ろうではないか」
「そうですね。明日、陛下のご活躍を楽しみにしております」
話を終えると、姫様はゾフを退艦して自国の基地に戻っていった。
明日から私たちも異邦者と戦う予定なので、ゾフ王国の操者たちの実力拝見ということであろう。
「イシュバント、ゾフ王国派遣軍は大丈夫だよね?」
「ええ、精鋭を選抜していますので、他の国に引けを取るつもりはないですね」
「ならいいんだ」
「我々が、この絶望の穴にいるサクラメント王国軍よりも弱いと、本国の方が舐められてしまいますからね。ヘボはいませんよ」
結局、姫様以外は誰も様子を見に来なかったな。
明日、私が討ち死にするかもしれないので、無駄なことはしないというわけか。
「このマスクいいよね。全力でやれるから」
「サクラメント王国の上級貴族ってのは、本当にしょうもないことで……バカなんですか?」
「危機感がないんだろう。それで致命的なダメージを受けたわけでもないし」
「なるほど」
そして翌日。
ゾフ王国軍の魔晶機人隊は、絶望の穴から湧き出てくる異邦者を倒すべく、次々と出撃していった。
私も、ゾフ王国の紋章をつけたレップウ改で飛び立ち、久々のコンバットスーツでの実戦を始めるのであった。