第六十三話 ゾフ王国参戦
「ゾフ王国が援軍に来た? あの国は、古に滅んだのではないのか?」
「実際には滅んではいなかったのであろう。王都を放棄して他の土地に避難していたが戻ってきた。サクラメント王国が気がついていなかっただけであろう?」
「それはそうだが……」
「たとえ貴国が気がつかなかったとしても、ゾフ王国は連合軍を派遣してきた。連合軍司令部としては、これを認めないわけにはいかないな」
「しかし……ゾフ王国は……」
「ゾフ王国が戦争状態にあったのは貴国のみだ。しかも百年以上も昔と聞く。現在、絶望の穴から湧き出る異邦者への対応が各国共通の課題である以上、戦力を派遣してくれたゾフ王国に対し隔意などあろうはずがない。それともサクラメント王国は、再びゾフ王国と戦端を開くのかね? もうこの世にいない先祖のために。それも今のこの状況で」
「いや、それは……」
さすがのグレゴリー兄も、連合軍司令部に対しては強気に出られないか。
突如、絶望の穴に駐屯する連合軍にゾフ王国が参加することが決まった。
ゾフ王国……我がサクラメント王国の南にあった、すでに滅んだとされる国。
一晩で、王都が無人となったと聞く。
以後は隣接するゾフ湖と共に、魔物の巣となっていたはずだ。
それが、突然王都を魔物から解放し、広大な領域を結界で覆った。
さらに軍備も整えていたようだ。
密かに我が国以外と外交交渉を重ね、妾たちが気がついた時には、ゾフ王国の部隊が連合軍に参加することが決まってしまった。
いくらグレゴリー兄が騒いでも、すでに後の祭り状態だ。
サクラメント王国のみがゾフ王国の連合軍参加に反対し、今すぐ軍を南下させて戦争をするわけにもいかず、これは我が国の外交上の大失態であろう。
グレゴリー兄の機嫌が、よろしかろうはずがない。
「リリー! お前はグラック領にいて気がつかなかったのか?」
連合軍司令部の決定が覆せないことを知ると、グレゴリー兄は妾を標的としてきた。
ゾフ王国領は、グラック領に近い。
突然一国が湧き出るわけもなく、それに気がつかなかった妾を責めたい理由は、まあわからないでもない。
じゃが、一回だけ様子を見に行った時には、本当にゾフ王国の王都は魔物の巣だったのだ。
それ以降は、偵察すらしていない。
そんな必要はないからだ。
「密かに準備を進めていたとしか……そもそも、すでに無人となった魔物の巣ということで、王国自体がとっくに偵察をやめていたのでは?」
「……それは事実だが……」
もうゾフ王国の復活はない。
勝手にそう判断して、定期的にゾフ湖などを偵察しなくなったのは王国の方だ。
ならばその責任は、父上やラングレー兄ということになる。
もっともグレゴリー兄に、それを指摘する勇気はあるまい。
「どちらにしても、今の状況で戦争をするわけにもいきますまい」
「当たり前だ!」
異邦者の存在が、建前のみだが国家間の戦争をなくした。
もっとも、同じ国の貴族同士の領地の奪い合い、貴族間の紛争に見せかけた国家間同士の小競り合いは日常茶飯事じゃが。
ただ、国家間の全面戦争には連合軍から待ったがかかる仕組みになっている。
元々我が国は、ゾフ王国と戦争ができないのだ。
あるとすれば、貴族間の紛争を利用したグラック領や隣接するゾフ王国領の奪い合いくらいか。
「リリーよ。これは私の先見の明なのだ! グラッグ卿がいれば、そう易々とゾフ王国に攻め込まれることはない」
「なるほど」
ただの偶然だと思うが……。
だが確かに、エルオールがいれば小規模紛争ならゾフ王国も容易に勝利できないはずだ。
リンダとマルコも、エルオールに鍛えられてかなりの腕前だからの。
「リリー、ここにグラッグ卿を呼び出すなよ」
「わかっています」
先日の恨みか……。
それなら、自分が先にエルオールを呼び出すという手もあったはずなのに、親衛隊の上級貴族たちに気を使ってそれができなかった。
先日無法者退治で、先んじて彼を呼び出した妾に対する嫌味か……。
「ゾフ王国など復活したばかりで、せいぜい魔晶機人数機の派遣が限界であろう。我らがここで活躍して、ゾフ王国が目立たないようにすればいいのだ」
間違ってはおらぬが、どこか鬱屈したというか、捻くれた考え方というか……。
しかも、グレゴリー兄では魔晶機人に搭乗しても大した活躍は期待できない。
つまり、妾に頑張れということか……。
「存分に異邦者を落とし、サクラメント王国の名を知らしめてご覧にいれましょう」
「頼むぞ。我が妹よ」
どうせ妾が活躍したらしたで、グレゴリー兄は嫉妬するくせに……。
とはいえ、妾とてサクラメント王国を代表してこの絶望の穴に居る身。
エルオールとの特訓のおかげで、大いに腕を上げた。
新入りになど負けておられぬ。