第六十二話 新規参入国?
「グラック卿を? 駄目だ」
「しかし、グレゴリー兄よ」
「彼は郷士にしては広大な領地に対し責任があるのだぞ! いくら戦力を整え、異邦者を多数倒しても、後方が安全でなければ意味がない。グラック卿に南方の留守を任せる。我らも安心できるというものだ。それとも、リリーは彼がいなければ要塞クラスなどに対抗できないのかな?」
「そんなことは……ない」
「では、今日も湧き出続ける異邦者の討伐を共におこなおうではないか」
「……」
まさかこんな短期間に、再び異邦者たちの活動が活発になるとは……。
東部における無法者の討伐を終え……実際に倒したのはエルオールだったが……一週間ほどグラック領で彼から魔晶機人の操縦特訓を受ける楽しい日々だったというのに、再び絶望の穴に呼び出されるとは……。
しかも今回は、グレゴリー兄からエルオールの招集を拒否されてしまった。
公式の理由としては、エルオールはグラック領の統治に責任があるので、頻繁に呼び出すなどもっての外、というものだ。
実際、領地持ちの下級貴族が、絶望の穴に呼び出されるケースは非常に少ない。
彼らは領地の保全に責任があるし、こういう時に大貴族、下級問わず、法衣貴族の軍人や、普段操者として訓練を続けているその一族の者たちが戦いに参加しなければ、ただの穀潰しと呼ばれても文句は言えない。
こういう時に命を賭して戦ってこそ、貴族の操者というわけだ。
そんなわけで、実はエルオールを呼び出した前回はかなり異例のことであった。
そのせいもあって、二度目はグレゴリー兄に拒否されてしまったわけだ。
ただ彼の真意は、先日無法者退治の手柄を妾に奪われたという、極めて個人的な理由もあるのだろうが。
もっとも妾も、エルオールの手柄を奪った点ではグレゴリー兄と同じじゃ。
こんなに悔しいことはなかったが、それは妾がその無法者を倒せなかったことではない。
エルオールの真の実力を、世間に公表することができないことじゃ。
なぜそれが許されぬのか?
妾までもが無法者を退治できなかったという事実は、サクラメント王国の権威を著しく落としてしまう。
だから、妾が倒したことにしなければならない。
そんなくだらない理由でだ!
エルオールは妾よりもはるかに優れた操者なのに……。
とはいえ、彼をプライドばかり一人前の大貴族やその子弟たちの嫉妬の標的になどできない。
妾は、エルオールが正当に評価されないのが悔しいのじゃ。
じゃが、父上からもその件では我慢してくれと頼まれてしまい、グレゴリー兄に従うしかなかった。
とはいえ、やはりグレゴリー兄の下手さには変わりはないがの。
今回も魔晶機人で異邦者と戦っているが、危なっかしくて見てられない。
あれでも腕を上げたのはわかるが、妾はエルオールの操縦を毎日見て、毎日模擬戦をして叩きのめされていたので実感するようになっていた。
人は妾を天才操者と言うが、本物の天才とはエルオールのことを指すのだと。
それなのにサクラメント王国は、彼が郷士という最下級貴族だからという理由でそれに報いていない。
しかし、妾があまりにもエルオールを重用すれば、上級貴族たちに嫌がらせをされ、最悪殺されてしまうかもしれない。
彼をその能力に相応しい地位に引き上げられないので、ただ歯がゆかった。
「姫様、仕方ありませんよ」
「これもエルオール様の安全のためです」
「姫様の代わりに、私とユズハがグラック卿に嫁入りしますから」
「ふんっ、フィール子爵に嫌われるぞ」
グレゴリー兄の下を辞し、ライムとユズハを従えながら、駐屯地内にある駐機場へと歩いていく。
フィール子爵はエルオールを気に入り、三女とはいえ娘のリンダを彼に差し出した。
王都では、そんなフィール子爵を批判する者たちも少なくない。
本物の貴族が、少しばかり腕がいいからといって、郷士に娘を差し出すなどあり得ぬと。
極めてバカらしいが、上級貴族の中には絶望の穴にも出陣せずに、家柄がどうの、血筋がどうのとうるさい奴が多いのだ。
リンダは操者としても腕が良く、美しいので、妻として欲しがっていた上級貴族の子弟あたりが批判の大本などというくだらない真実も存在したが。
そして、そんな連中の操縦に四苦八苦しているグレゴリー兄。
彼の周囲にいる上級貴族たちは、それでも操者として出陣するだけマシよな。
下手なのでよく撃破されるが、それも貴族の義務の内だ。
とはいえ、この前は多くの死傷者が出たが、今回は一人でも犠牲者が少ないことを祈る。
「まあよい。異邦者を減らさなければな」
「ところで姫様、連合軍で変な噂があるのです」
「変な噂?」
「連合軍に参加する新しい国があるとか」
「新しい国?」
「もしかして、アーベルト連合王国が連合軍に参加するとか?」
いや、それはあり得ない。
あの国は長年の鎖国政策により、いくら連合国からの要請があっても、絶望の穴に魔晶機人部隊を派遣しない。
それでも連合国から承認されているのは、鎖国をする前にすでに各国から承認されていたからじゃ。
なんでも、鎖国前はサクラメント王国と張り合う魔晶機人、魔晶機神大国だったそうで、もし本当に連合軍に参加してくれたらありがたいのは事実であった。
「姫様、さすがにアーベルト連合王国はあり得ません」
「そう簡単に、あの国の国是である鎖国を解くとは思えませんよ」
「では、他に連合軍に参加できる国などないぞ」
他に国はない……。
魔物と無法者のせいで、滅んだり、規模が小さくなり過ぎて国として認められていない領地もあると聞くが、はたしてどの国かの。
「連合軍に参加している国々に対し、使者を送ってきたとか来ないとか」
「はて、グレゴリー兄と父上からそんな話は聞いておらぬぞ」
まさか、これから異邦者と戦う妾に知らせぬはずはない。
ということは……。
「その使者とやらが、サクラメント王国には来ておらぬということか?」
「はい。どうやら、情報統制されているような気配はあるのです」
「我が国だけがか?」
「はい」
「で、ユズハよ。その幻の国に対し、グレゴリー兄はなんと?」
「戦場でよく流れる、与太話の類であろうと」
そんな事実かどうかもわからない噂話よりも、先日の失態を返上するため、異邦者の撃墜スコアを稼ぐ方が重要というわけか……。
もし本当にその国があったら……グレゴリー兄は第二王子……それが事実でも、実際に対処するのはラングレー王太子、妾たちの一番上の兄というわけか。
もしラングレー兄が王太子としてしくじれば、グレゴリー兄にも王位継承の目が出てくる。
父上を見れば王様は大変だというのが容易にわかるのに、グレゴリー兄はそんなに王になりたいものなのか。
妾には理解できん。
「どちらにしても、そういう問題の対処は、王都ではラングレー兄、ここではグレゴリー兄の担当だ。妾が手を出す問題ではない」
「しかしながら、姫様も王族なのでは?」
「だからじゃ。もし妾がその問題に手を出せば、グレゴリー兄は嫌がるからな」
妾が、王位に野心があると思われると困るのでな。
妾は王女なのでまず王になるなどあり得ない……ということもない。
以前我が国には、女王もいたのでな。
しかも優れた操者だった。
妾と条件が似ているので、くだらぬ妄想に浸る貴族たちも少数ながら存在する。
妾が女王となり、息子を王配として送り込めれば……。
そんなバカなことを考える連中を活気づかせるわけにはいかぬ。
女王になるという野心があるのであれば動くかもしれぬが、生憎と妾にそんな欲望は存在せぬのでな。
「そういう問題は、グレゴリー兄にやらせておけ」
「お得意だからですか?」
「得意かどうかは知らぬが、操者だけをやるよりはマシであろう?」
兄が操者のみに徹しても、その成果はたかが知れている。
それなら、王子として政治に関わっていた方がマシというもの。
我ながら意地が悪いと思うが、操者としての兄が下手なのは事実なので仕方がない。
「そんなことに頭を使うよりも、妾たちは一体でも多くの異邦者を倒した方が、結局はサクラメント王国のためになるのでな」
もし連合軍に新しい国が参加したとして、だからなんだと言うのだ。
共に異邦者に対抗する事実に変わりはない。
背中から撃ってくれば反撃させてもらうが、今は一機でも魔晶機人が多い方がいい。
妾は操者なので、そう考えるのみよ。
「もし本当に新しい国が連合軍に参加するとして、操者の腕前がどうであるか気になるな」
「姫様は、操者ですね」
「そうだ。妾は、一体でも多くの異邦者を落とすことで国に貢献しておる。他のことは、王になりたい者がやればいい」
さて、今日も一体でも多くの異邦者を倒さねばな。
グレゴリー兄の分も含めて……。