第六十一話 承認
「フィオナ、どうだ?」
「サル型の無法者の筋肉、骨、関節ですが、これまでの人工筋肉や人工関節の原料よりも、耐久性、柔軟性、対劣化性能が数段上ですね。魔晶機神並の巨体を、従来の魔晶機人以上のスピードとパワーで動かせるはずです。食肉培養プラントを利用して、この筋肉を量産しましょう。骨も同様に人工培養します」
「それを、私と父が人工筋肉などに加工するわけですね」
「ヒルデ様、加工に使う原料や工程のデータをいただきましたので、効率のいい量産ラインを艦内工場に構築しています。じきに大量生産が可能なはずです」
「人工筋肉と人工関節の交換は、定期的に新品でおこなうのが、一番手間がかからなくていいのでしょうか?」
「そうなりますね。ただ、しばらくは生産量が少ないので、人工筋肉の様子を見て交換、でしょうか」
「これでまた、魔晶機人改の性能が上がるな」
「試作品ができたら、エルオール様の機体で交換して、性能試験をしてもらいます」
「エルオール様なら、機体の性能をほぼ引き出せますからね。適任ですよ」
アマギの艦内にある食肉培養プラントにおいて、フィオナがサルの無法者の筋肉をコピーしていた。
そしてその様子を見学する私とヒルデ。
前世では、一部の特殊な例を除き、牧畜というものがほぼなくなっていた。
肉を得る際には、人工的に肉を培養するプラントで生産するのが普通だったのだ。
動物を殺さなくてもよく、人手も時間も餌代もかからず、添加物や体に悪い成分を含まない肉が安価に大量に手に入る。
観光牧場や、牧畜で育てた肉を売りにした超高級店くらいしか、牧畜は残っていなかった。
この技術を応用し、魔晶機人を動かす人工筋肉の材料である魔物の筋肉を人工培養する。
さらにこれをヒルデ協力の下、人工筋肉に加工する生産ラインを作り、魔晶機人改のさらなる性能アップと稼働率の向上を目指す計画だ。
「明日までに、予備機に新しい人工筋肉と人工関節を取り付けておきます」
「頼むよ、フィオナ」
そして翌日、私は新型人工筋肉と人工関節を用いた魔晶機人改の性能試験をおこなった。
「これはいいな」
あのサルの筋肉が元になっているので、操縦反応、力、スピードなどが大幅に上がっていた。
「量産体制ができあがったら、すぐに全機体の人工筋肉を交換した方がいいだろう」
「古い人工筋肉ですが、これも培養プラントで分解し、新しい人工筋肉に合成し直すという方法もあります」
すでに猿の筋肉や骨、関節は、アマギのスーパーコンピュータを用いて原子レベルでデータ解析されてるため、他の魔物の肉や骨を材料に再合成可能となっていた。
わざわざ猿の無法者を見つけて倒す必要がなくなったのだ。
「それでいこうか」
「急ぎ始めます」
現在、魔晶機人を次々と魔晶機人改に改良していたが、同時にすでに稼働している魔晶機人改の人工筋肉と人工関節を新型に替える作業も並行して行うようになった。
改良が終わった機体は、早速ゾフ王国の軍人たちが試乗する予定だ。
「うわぁ、これはよく動くな」
「古い魔晶機人なんて目じゃないよな」
「魔晶機人改も凄いと思ったが、これはそれ以上だ」
「操縦が上手い奴なら、魔晶機神にも勝てそうだな」
「陛下ならやれるんじゃないのか」
数日後。
ゾフ王国軍の操者たちも、新型人工筋肉装備の魔晶機人改の性能に満足し、それをもたらした私の支持が上がっていく。
さらに、廃村や遺跡などに放置されていた魔晶機人の回収と修理も進んでいた。
これにより稼働機数を増やし、サクラメント王国に対抗できるようにする。
戦争は望まないが、抑止力というやつだ。
「小型のキャリアーの就役も順調です」
やはり、高性能な魔導炉の量産ができると便利だな。
魔晶機人乗りでも操船でき、魔晶機人なら十機以上運べるタイプの小型キャリアーが続々と再生されて再就役し、人や荷物の運搬にも役立っていた。
魔力はある程度あるが、操者としての才能はない。
そんな人が、キャリアーの操船を担当するようになった。
現在、中型~大型のキャリアーも修理中で、これは魔晶機神に乗れる魔力がなければ動かせないが、やはり操者としての才能がない人が訓練をしていた。
これらの船が再就役すれば、ゾフ王国の流通網は大分強化されるはずだ。
魔物の棲みかだらけで、多くの木々が生い茂る森が多いので道を作るのが難しく、空中船の方が移動も輸送も便利という現実があった。
「夫君、ゾフ王国の復興は順調だぞ」
「問題は、いつゾフ王国の復活を他国に宣言するかだな」
サクラメント王国と戦争にならなければいいが……。
最前線がグラック領で、私がもし招集されたら、これ以上の茶番はないか。
なぜなら、今の私はゾフ王にしてグラック卿なのだから。
「最悪、グラック領を奪われるかも」
ゾフ王国に対抗するため、他の貴族に与えますとか。
直轄地にされてしまう可能性もあるのか……。
父は危機感を覚えており、今はあまり領地を開発していなかった。
魔晶機人なども、こっちに大分移したからな。
もしもの時は、移民を希望する領民たちや水晶柱を持ってゾフ王国領に逃げる算段をしていた。
父や母としても、ゾフ王国領でやり直した方が……という気持ちがあるようだ。
「余裕が出たので、あちこちに人を送り出して情報を集めているが、各国の連合軍が集まる絶望の穴にて、また異邦者が湧き出す頻度が上がってきたらしい。大異動ではないかと、連合軍は臨戦態勢にあるそうだ」
「間隔が早すぎる」
普段なら数十年おきの大異動が、一年と経たずにか……。
なにか異変が……私とアマギか?
いや、それは関係ないか……。
「もし大異動が起こった場合、これが契機となるかもしれないな」
大異動ともなれば戦力が必要だ。
だから国同士の争いを禁止し(貴族はその限りではないけど……)連合軍を組んで絶望の穴に駐屯しているのだから。
「大異動になりそうになったら、『ゾフ王国は復活しました! 絶望の穴に魔晶機人隊を送ります』と宣言するわけか」
「各国がゾフ王国を認めてしまえば、サクラメント王国も文句は言えまい」
「なるほど」
大異動で絶望の穴から異邦者たちが湧き出しているのに、サクラメント王国だけが連合軍に参加すると宣言したゾフ王国を敵対視したら。
総スカンとなるのは確実だな。
「割と悪辣な策だよね」
「国とはそんなものだ。もしサクラメント王国がとち狂って攻めてきても、夫君のおかげで防衛体制は整いつつある。我らゾフ王国は、王城地下の『紫水晶柱』が作り出した広大な結界下にある土地を開発すればいいので、サクラメント王国の領地に野心などない。そこを強く他国にアピールして、我が国の存在を認めてもらえばいいのだ」
アリスは、姫様よりも操者としての腕は劣るが、為政者としての能力は高いな。
「夫君に執着していると聞く、サクラメント王国のリリー姫殿下。なかなかの腕前と聞くので、絶望の穴がザワつけば必ず呼び出される。その時がチャンスだな。余たちはそれに備えればいいのだ」
と、語るアリスであったが、本人がどう思っていたか知らないが、それからそう時が経たずして、時代は彼女を予言者としてしまう。
絶望の穴から湧き出す異邦者の数が増え、連合軍本部は再び各国に戦力の増強を呼び掛けたのだから。




