第五十九話 作戦会議
「よく来てくれた、エルオールよ」
「ご命令に従い参上しましたが、そんなに手強いですか?」
「とにかく捕まらないのだ。こうなったら、もっと機数を増やして包囲、複数であたるしかあるまい。しかも奴はズル賢くもあり、腕のない操者が挑むと……あのように撃破されるな」
私たちは、東部にあるシザー男爵領にいた。
東部中心部にあるシザー男爵領の近くには多くの貴族領があり、無法者はそこに出入りして農作物を食い散らかしているそうだ。
最初、グレゴリー王子が魔晶機人で戦いを挑み、すると無法者は反撃して彼の機体を撃破してしまったそうだ。
さすがに、魔晶機神で負けたというのが誤報か。
姫様の視線の先にいるグレゴリー王子は、ちょっと所在なさげだ。
先日の雪辱を果たそうと勇んで出撃したのはいいが、また撃破されてしまったのだから、冷静ではいられないよな。
彼の場合、妹と比べられてしまうのが不幸だと思う。
操者としてはよくて人並でしかない彼が、天才と張り合う。
無謀としか言いようがないし、王子なのだからもっと別のこと、つまり政治的な才能で存在感を示せばいいと思うのだけど、この世界の人たちは優れた操者である王族や貴族を支持する。
いつ魔物や無法者に住んでいる土地を追い出されるかわからない暮らしをしているため、仕方のない部分もあるのだけど。
そして相変わらず、彼の親衛隊はあまり役に立っていなかった。
実力よりも、家柄で隊員を選ばなければいけないからだ。
姫様は、操者としての実力あれば下級貴族出身者も多く使っており、最初はそれで散々批判されたと聞く。
それでもなんとかなったのは、彼女が王女という点も大きかったと思う。
とはいえ、もう少し人選をなんとかできないか、とは思うのだが。
「被害は農作物だけですか?」
「ああ、野菜が好きなようだな」
草食動物型の無法者なのか?
「ちなみに、無法者の大きさや特徴は?」
「大きさは、魔晶機人と大差ない。目撃した者たちの意見を参考に姿絵を描かせた。見てくれ」
そう言われて姫様から無法者のイラストを受け取るが、どう見てもサルだよな。
この世界で初めて見るサルが、魔晶機人並に巨大だとは思わなかった。
サルだとすれば、勝てそうなグレゴリー王子は倒し、勝てそうにない姫様たちから逃げる知能はあるのであろう。
サルだから、素早いだろうし。
「網を張って待ち伏せればいいのかな?」
上空から探すという方法もなくはないが、拓かれた領地ならともかく、結界の外側にある森などでは上手く隠れてしまって見つからないかもしれない。
「餌を仕掛けて、サルをおびき寄せるしかないのでは?」
「その方法ならとっくにやっているのだ。どういうわけか引っかからない」
サルは、思ったよりも頭がいいようだ。
餌を用いた罠に引っかからないのだから。
「さて、どうしたものか……」
その後、サルの襲撃情報などを地図で確認しつつ、次の襲撃場所を予想し、そこで待ち構えることにした。
「一度襲撃した場所は、今のところ二度と襲撃していない。やはり警戒心が強いのじゃろう」
「となると、待ち伏せは難しそうですね」
「しかも、この近辺には貴族の領地があちこちにあってな。荒らす場所は沢山あるし、ほとぼりが冷めたら、また同じ場所に来るやもしれぬ」
「こちらの機体数は少ないので、あちこちに分散配置するのも無理がある。ある程度、無法者が次に来そうな場所を予想する必要があるでしょうね」
「次の襲撃場所を予想……。外れるかもしれぬが、分散配置が愚ならば、そうするしかないの」
もっと援軍がくれば分散配置が一番確実なんだけど、どうやら姫様は、これ以上の援軍が期待できないから私を呼んだみたいだ。
「まだ畑を荒らされていない領地は多く。しばらく一度襲撃した場所に来ないと想定し、これまでの襲撃個所と時系列を線で繋ぐと……ここかな?」
私は、とある郷士の領地を指差した。
サルの無法者は、時おり横に逸れて畑を襲撃しているが、基本的には北上……東北部へと移動しているように感じたからだ。
地図を元に、敵の移動先を予想する。
こんなもの、士官でなくても少し考えれば誰にでもできるはずなんだけど……。
「北上してどうするのでしょうか?」
姫様の隣にいたはずのライムが、地図に見入りながら私に顔を近づけてきた。
若い女の子にその整った顔を近づけられると、元非リア充で、女性慣れしてしない私は体温が上がり、心臓の鼓動と脈拍が……。
いい加減、私も女性慣れしたいものだ。
「……そこまでは、ちょっとわからないな。相手は無法者だから」
魔物は比較的動物寄りなのでその行動パターンは予想しやすいのだが、無法者は動物の形をした、なぜか生物のように動く無機物、マジッククリスタルなんて個体もおり、ただの魔物の上位種というだけでは説明がつかなかった。
彼らがなにを考えて行動しているのかはサッパリなのだ。
水晶柱の結界も通じないので、もしかしたら異邦者に近い生き物……以前、絶望の穴の周囲に水晶柱を置き、結界を張って出現を封じる作戦をしたことがあったそうだが、効果はなかったらしい。
つまり、無法者と異邦者には共通性があった……なのかもしれない。
「どちらにしても、早く倒さなければならぬのだ」
「姫様……ずるいですよ」
「なにがだ? 意味がわからん」
私とライムの間に入って二人を引き剥がすように、姫様が地図に顔を近づけた。
近くで見ると、やはり姫様は美しいな。
「この郷士の村の隣にもう二ヵ所、やはり郷士の村がある。念のため、そこにも魔晶機人を配置した方がいい。なにしろ相手は無法者。そうこちらの都合どおり動いてはくれぬ」
「それもそうですね」
というわけで、本命の村には私と姫様、残り二つの村にはリンダとマルコ、ライムとユズハが二チームとなって配置された。
私と姫様が本命で、この二人でやればサルの無法者も簡単に倒せるはず……という考えなのであろう。
「エルオール、褒美はある程度無理を聞くぞ。なにしろ今回の応援は、妾の無茶から出たものだからな」
「それでしたら、無法者の死体とマジッククリスタルをください」
「そんなものでいいのか?」
「ええ、珍しい無法者なので……」
無法者なのでマジッククリスタルの質はいいが、本命はそこではない。
素早く動くサルの筋肉だ。
魔晶機人と魔晶機神には、魔物か無法者の筋肉を特別に加工した人工筋肉や人工関節が用いられている。
科学由来ではなく、魔法技術に由来した特別な加工技術で魔導機人のパーツにしているのだが、使える魔物の種類はそんなに多くない。
大型で強い魔物や無法者が多く、しかもなるべく無傷で倒さなければ、パーツに加工できる素材がなくなってしまうこともあり、実はマジッククリスタル以上に入手が困難なのだ。
酷使しなければそんなに頻繁に交換する必要はないが、実戦になれば人工筋肉と関節は交換頻度が上がる。
ちゃんとパーツを交換しなければ性能が大幅に低下するし、最悪この前の姫様みたいに魔導機人が立てなくなることもあるのだから。
そんなわけで、これら人工筋肉や関節、その他部品やパーツ類などの備蓄は大切なことであった。
魔導機人の稼働率に大きく影響してしまうのだ。
そんなわけで、バルクとヒルデはパーツ類の生産も頑張っていたが、材料が個体差のある魔物や無法者ということで、パーツの品質管理にえらく苦心していた。
グラック領ではないが、人工筋肉と人工関節を新しい物に交換したら、低品質品でかえって魔導機人の性能が落ちてしまった、なんてことも珍しくないらしい。
作る人や、材料の質により、同じパーツなのに当たり外れが大きいというわけだ。
これも、この世界がまだ工業化していないからだろう。
そこで、アマギの技術を用いて品質の安定した人工筋肉と関節の生産を開始していた。
魔物の筋肉を原子単位で解析し、食料を生産するプラントで人工筋肉の材料を作らせたのだ。
これなら、原子単位までほぼ同じ魔物の筋肉を量産できるので、これを材料とすれば品質が高く、安定した人工筋肉が供給できる。
これまでの研究の結果、人工筋肉の性能は、魔物の種類にも依ることが判明した。
強く早い魔物の筋肉の方が、いい人工筋肉に加工できる。
となればだ。
サルの素材を手に入れれば、さらに性能が高い人工筋肉や関節が製造でき、魔晶機人改はさらに性能が上がる。
さらに、一度実物を手に入れて原子構造を分析できれば、その魔物なり無法者の筋肉がなくても同じものを作れるという利点もあった。
サルの死体だけで、十分にお釣りがくるというわけだ。
「エルオールがそれでいいと言うのであれば。正直なところ、妾も困っていてな。向こうが攻撃してくれば倒すこともできるが、逃げられてしまうのでな」
勝てない相手とは、戦わずに逃げてしまう。
魔物ではあり得ないが、無法者ならいてもおかしくはないか。
そして、そういう変則的な無法者に、正統派の姫様は弱かったというわけだ。
グレゴリー王子は……今回もご苦労様といった感じだ。
また恥をかいてしまったのだから。
「では、決めたとおりに待ち伏せするとするか。無法者が現れたら魔法通信で連絡してくれ」
「「「「了解!」」」」
作戦会議が終わり、ライムとユズハ、リンダとマルコは別の村に向かい、私たちも本命とされる村へと移動したのであった。