第五十七話 報告
「えっ? それはなにかの冗談でなくてか?」
「冗談でこんなことは言えませんが……」
「だよな。ううむ……ゾフ王国の王都帰還に、エルオールがゾフ王国の新しい王に認められたというのか……なあ、夢じゃないよな? イテテ」
「父上、頬を抓って現実逃避をしている場合ではありません」
「そうですよ、旦那様」
「エルオールは色々とやらかしてくれるわね。常識外れの婚約者だわ」
「私は凄いと思いますけど……さすがはエルオール様」
「こういう時は、女性の方が動じないですね。父上」
「マルコ、いざとなると女性の方が強いものだ。子供を産むからね」
屋敷に戻り、これまでの経緯を家族とリンダ、ヒルデに説明すると、一番動揺していたのは父だった。
それはそうだろう。
郷士家の当主が、いきなり他国の王に推戴されたというのだから。
リンダやヒルデは、多少驚いたくらいか。
マルコも当事者意識がないのか、かなり冷静に見える。
母上も同じような感じだ。
「どうせゾフ湖なんて、サクラメント王国は百年以上も様子すら見に行っていないし、これからも同じだろうから、ゾフ王国の態勢が整ったら、半ば奇襲的に連合軍に参加して国家承認を得ればいいじゃない。サクラメント王国が怒っても、戦争なんて仕掛けたら他国から総スカンだから」
リンダの考えは、あっけらかんとしたものだ。
絶望の穴から出てくる異邦者への対処を連合国体制でおこなっている以上、いくら昔の敵国とはいえ、サクラメント王国が勝手にゾフ王国に対し戦争なんて仕掛けたら、『それどころじゃないだろうが!』と、他国から集中砲火を浴びてしまうか。
「しばらくは、二足の草鞋状態で誤魔化すしかないわ」
「リンダ様、姫様はどうしますか?」
「ああ……あの人は、エルオールを連れてゾフ湖を偵察したわね……でも、彼女一人であそこをどうこうできないから、もう出かけるなんて言わないはず」
「その可能性は高いですけど、夏休み中は姫様たちはグラック領にいますよ。彼女たちにゾフ王国の件を悟られないようにしませんと」
いつも思うんだが、マルコは年齢にそぐわない冷静さだな。
「それはみんなで誤魔化すとして……エルオール?」
「なんだ? リンダ」
「なに勝手に、ゾフ王国の姫様と婚約してるのよ! 私がいるじゃないの!」
「そこ?」
「そこしかないわよ! ゾフ湖の様子を見に行って十日ほどで、サラっと奥さんを増やすな!」
それは……断れる空気じゃなかったんだよ!
アリスは最高執政官を名乗っているけど、実際には姫様だ。
いくら私が王城地下の水晶柱に魔力を注入できたとはいえ、余所者が王様になるんだ。
軋轢がないわけではない。
そこでアリスが私の妻になれば、彼らの不満も解消されるというわけだ。
私だって、勝手に結婚させられることに文句がないわけではないけど、あの状況で『嫌です』って言える人は存在するのか?
元日系人の私に、『空気を読むな!』って言うのは、呼吸するなというのと同義語なのだから。
アリスも美少女だしな。
「とにかく、私も顔を出すわよ」
「そうなの?」
「私はもうフィール子爵家に戻れない身なのよ。一蓮托生なんだから、責任を持ってエルオールの奥さんにしてもらうわよ。いい? エルオール」
「はいっ!」
リンダのあまりの迫力に、私は躊躇することなく了承の返事をしてしまった。
元エースパイロットの野生の勘で、そうしなければいけないと感じたからだ。
「問題は、姫様たちですよね」
「……」
ヒルデ、確かにそうなんだけど、それを聞くと気が重たくなってくるな。
せめて来年の夏休みに来てくれていたら……そうしたら、今度はグラック領がゾフ王国に対する最前線になっていて、それどころではないか……。
「とにかく、しばらくは誤魔化す」
「それしかないわね……」
というわけで話し合いは終わり、私は姫様に約束どおり模擬戦形式で稽古をつけることになった。
「エルオールがいない間、腕を上げた自覚はあったのじゃが……」
「強くなってますよ、リリー様」
最初に比べたら、見違えるほど腕前は上達している。
力の入れすぎで稼働時間を短くしてしまうこともなくなったので、今の姫様はこの世界でも有数の実力を持つ操者のはずだ。
「私もまだ全然、エルオールに勝てないけど……」
リンダも相当腕を上げていたが、姫様が天才すぎるので仕方がない。
「まだ夏休みは残っている……妾は必ずや……」
ところがここで、またも姫様に対し非常招集がかかった。
「東部に無法者だと?」
「なんでも、グレゴリー様たちが討伐に向かい……」
「状況は理解した」
東部にかなり強い無法者が出現し、グレゴリー王子がそれを退治して戦功を稼ごうとしたら失敗してしまった。
その尻ぬぐいが、姫様に回ってきたようだ。
「王族の恥は、王族がそそぐですね」
「グレゴリー様、少しは腕前が上がったと聞きましたけど……」
「本当に少しだったようじゃ。ライム、ユズハ。行くぞ!」
「グラック卿、すぐに戻りますから」
「グラック卿、お土産はなにがいいですか?」
「お主ら! エルオールを誘惑するな!」
「ええっーーー、それは姫様の誤解ですよ」
「考えすぎですって」
「うるさい! 行くぞ!」
またも夏休みを中断され、姫様は不機嫌さを隠しもせず、東部へと魔晶機人で飛んでいった。
「エルオール、これは好都合ね」
「確かに、測ったかのようなタイミングだな」
姫様がグラック領を離れたため、私たちはゾフ湖へと出かけることができるようになったのであった。