第五十六話 ゾフ王国再建開始
「なに? エルオールの帰還が遅れるだと?」
「はい、なんでも現地でトラブルがあったそうで……」
「仕方がないの。エルオールはグラック領に責任がある身だからのぅ」
昨晩、エルオールからグラック領への帰還が遅れるという通信が入ったので、それを姫様に伝えた。
それにしても、アマギに搭載された通信機は性能がいいわね……。
受信機も指輪型でとても小さいし……指輪だから、これは婚約指輪みたいなものね。
私は義弟のマルコ並に信用されているから、エルオールからこの指輪を貰えた。
だから上手く姫様を騙さないと。
だって私は、実家よりもサクラメント王国よりもエルオールを優先することに決めたのだから。
彼によると、ゾフ王国の人たちはまだ動かないらしい。
エルオールが来襲したら動きがあると思ったのに、向こうの考えは私たちにはわからないから仕方がないわね。
それよりも、ここはエルオールの婚約者として姫様たちをいかに誤魔化すかが大切よ。
それができてこそ、私はエルオールの正妻に相応しいはずなのだから。
「自習の時間が増えたということは、その分、エルオールを出し抜ける可能性が上がったということね」
「それもそうだな。妾ももっと鍛錬して腕を上げなければ」
姫様の場合、こう言えば誤魔化せるからそこまで大変ではないか。
ただ、あまり長いと誤魔化すのが難しくなる。
エルオールには、なるべく早く帰ってきてほしいわね。
「稼動できる魔晶機人は四千六百八十七機、魔晶機神は二百五十七機。人口、経済力等を加味して、ゾフ王国はサクラメント王国の三分の一の国力しかない。ゆえに、やっと王都を再奪還できたとはいえ、かの国との争いは極力避けたいところだ」
「現時点で、王都はなんの役にも立たないからね」
「多くの貴族と民が、王都より遥か南方に多数ある、大小の『避難地』からの帰還を目指しているが、魔物が多数生息する土地を通らねば帰還できないので、これは時間がかかります」
どうしてゾフ王国は、王都を放棄する際に近くに臨時の首都を置かなかったのか?
それは大きな水晶柱を運用できないため、首都の機能を分散して置くと、サクラメント王国に攻められると思ったからだそうだ。
遥か南方の土地なら、避難地を分散しても魔物か無法者だけを相手にしていれば済む。
それに、放棄した王都に対しサクラメント王国が欲を出せば、かの国の消耗を狙えると思ったから。
実際、サクラメント王国は、旧ゾフ領の支配に失敗していた。
南方の放置っぷりは、無理しても割に合わないと感じたからであろう。
「すまぬの、エルオール。みなに食事まで出してもらい、魔晶機人の修理と整備までしてもらって。訓練もだ」
「もう乗りかかった船だから」
こうなってしまった以上、私はほぼサクラメント王国を敵に回すことが確定した。
いきなり郷士風情が、大昔に戦争までした仮想敵国の王になってしまったのだ。
私がサクラメント王国の人間でも意味がわからないし、怒ると思う。
そんなわけで、今の私が生き残る道はただ一つ。
私が少しは役に立つ王だと思われ、たとえお飾りでも置いてもらうことだ。
政治は、アリス最高執政官と貴族たちに任せればいいよな。
私は元軍人だから、政治とかよくわからないのだから。
アリス最高執政官が指揮していた魔晶機人部隊が王都に入って避難民の受け入れ準備や警備を始めたので、私はアマギで人工合成した食事やお菓子、飲み物、酒などを提供し、魔晶機人の改良や整備も艦内工場で請け負った。
私の魔晶機人のように、性能アップを行ったのだ。
予備部品等もあったので、一日に三十機ほど、新しい魔晶機人である『魔晶機人改』を配備していった。
さらに、ゾフ王国の操者の腕を見るため、訓練などにも参加している。
避難生活を百年以上も強いられていたせいか、サクラメント王国の操者よりも平均練度は高いと思う。
サクラメント王国で使用可能な魔晶機人は一万五千機ほどとはいえ、実際に使用されているのは半分くらいだ。
ゾフ王国は四千六百機ほどの魔晶機人のほぼ一〇〇パーセントを動かしているので、意外と両国の戦力差はないかもしれない。
軍人視点で見ると、予備機がないというのは戦争になると不安になるだろうが、戦争は避ける方向なので今のところは問題ないはず。
王都を失ってしまったからこそ、ゾフ王国の操者は実力者揃いになったとは、これ以上の皮肉はないだろう。
ゾフ王国の場合、アリス最高執政官の直属部隊にも郷士や騎士が沢山混じっていた。
操者が、実力本位で選ばれている証拠であろう。
サクラメント王国のように強く身分に拘っていたら、国を保てなかったということでもあるのか。
「みな、エルオールの腕前に舌を巻いていたぞ」
アリス最高執政官が連れてきた三百機は、魔晶機神にも乗れる精鋭揃いだそうだ。
今回戦闘を想定していなかったのと、やはり魔晶機神の運用コストが高いせいで、全員魔晶機人に乗ってきたそうだ。
もし不測の事態があっても、彼らなら魔晶機人で逃げられると踏んでの部隊選抜であった。
そんな三百名は、みんな腕に自信がある。
分散して連携が取りにくく、無法者が定期的に侵入してくる避難地で、国民たちを守り続けた。
彼らは爵位よりも腕前で操者を評価する傾向があり……まあ、いわゆる脳筋というか体育会系なのであろうが……私に訓練と称して勝負を挑んできたのだ。
こういうのは姫様で慣れているし、ここで手を抜く必要はないので、古い魔晶機人で彼らをボコボコにしてやった。
姫様には劣るが、やはりゾフ王国の操者たちの平均練度が高い。
間違いなく、姫様とグレゴリー王子の親衛隊よりも腕はいいだろう。
「サクラメント王国の操者よりも腕はいいよね」
「でなければ、戦に負けるからな。避難地は安定した場所とは言い難く、強くならなければならなかったのだ」
避難地は、無法者の出現率が多かったそうだ。
そこで、一日でも早く王都やその周辺に移住したいらしい。
「水晶柱も移動させて、王都周辺の土地を拓かせたい」
「無法者かぁ……」
せっかく結界を張ってこれまで暮らしていた避難地だそうだが、狭くて暮らしにくいそうだ。
女性、子供、老人も多く、一日でも早く王都に帰還したいのであろう。
もっとも、王都を放棄した人たちは全員老衰で亡くなっており、彼らはその子孫なのだけど。
「避難地が、人口過多であるという問題もあるのだ。我が夫君よ」
私はもうアリス最高執政官の夫確定らしい。
呼び方が、『我が夫君』に変わってしまった。
「うーーーん、フィオナに相談してみるかな……」
「我が夫君の副官殿か。彼女は頼りになるな」
優秀なアンドロイドだから、下手な人間よりも優秀だからね。
私はフィオナのもとに向かい、一度に多くの人を運ぶ方法を相談してみた。
「前に姫様が乗ってきたキャリアー。壊れていますけど、ゾフ湖付近で何隻も見つかっています。これを改良するのはどうでしょうか?」
「そんな計画もあったな」
もっとも、グラック領では一隻も見つからなかったので計画だけであったが。
「魔導炉の仕組みですが、壊れたものの解析で判明しました。アマギの艦内工場で品質管理をして魔導炉を作り直せば、性能が大幅に上がりますよ」
魔導炉は魔力を用いた動力源だが、生産技術は科学的なものを応用できるそうだ。
艦内工場の設備なら炉の素材の不純物が取り除け、魔導炉本体の工作精度の低さから、稼働時に魔力が漏れてエネルギー効率を落とすこともほぼなくなるそうだ。
「中型までの船なら、魔晶機人乗りでも動かせるようになりますし、マジッククリスタルの消費量も大幅に減らせます。結局のところ、魔晶機人と魔法道具の燃費の悪さはすべて、炉や重要部品の素材純度と工作精度が低くて、動かすと魔力が漏れるのが原因でしたので」
「工業力と技術力の低さが、燃費の悪さの原因だったのか」
「はい」
ならば、それを解決すればゾフ王国の民たちの帰還を早められるか。
発掘品である空中船キャリアーを、アマギの艦内工場を用いて改良し、それで人と荷を運ぶ。
これなら、効率よく王都への引っ越しができるはずだ。
私は、発掘品が置かれた場所までアマギを移動させた。
王都に結界が張られた影響で、すでに魔物はいない。
長年放置された空中船キャリアーは、その多くが草木やツタで覆われていた。
「まずは、邪魔者をどかすか」
多くのゾフ王国の操者たちにも手伝ってもらい、まずは草木を刈って平地を作り、さらにキャリアーに絡みつく木々やツタを切り払って、船体が見えるようにしていく。
「そっと外してくれ。アマギの甲板の上に乗せるんだ」
「わかりました、陛下」
「陛下は、このような魔晶機人による作業も得意なのですね」
「こういう作業で練習すると、器用さが上がって打てる手が増える。操者としての腕を上げるのに、なにも模擬戦だけしていればいいというわけではない」
「なるほど! そうだったのか!」
「頑張ります!」
いきなり十三歳の子供が王ですと言われて不満がないのかと思ったが、彼らは操者なので腕がすべてだそうだ。
訓練で彼らを圧倒したことが、私の支持に繋がっていた。
体育会系だよな。
軍隊って、そういうところだけど。
草木やツルを切り払ったキャリアーの外装を慎重に取り外し、内部の魔導炉を外してアマギの甲板に乗せると、フィオナが重機を操縦して艦内へと運び込んだ。
あとは、彼女のオペレーションで魔導炉が作り直される。
魔導炉の素材だが、鉄と鉛と数十種類の希土類、レアメタル類の合金だそうだ。
仕組みは不明だが、この合金の炉の中で魔力が飛び回ると未知のエネルギーが発生するそうだ。
ただ、超古代文明の技術でも合金の攪拌や工作精度が荒いらしく、それが性能の大幅な低下をもたらしていた。
それを作り直す。
古い炉を鋳溶かして、もう一度炉を形成するそうだ。
他にもキャリアーの動力パイプ、装甲材なども作り直して、軽量なのに頑丈で、燃費のいいキャリアーに改良する。
完成したら、避難地との往復に使われる予定であった。
「結界範囲を全然調べていなくてな。キャリアーや魔晶機人があれば回収して再就役させよう」
魔導炉の製造ができるようになったので、多少壊れているキャリアーや機体でも再就役は可能になった。
これならそう遠からず、ゾフ王国の魔導機人保有数はサクラメント王国と差がなくなるはず。
両国の戦力差が縮まって、戦争は犠牲が多いだけだと理解してくれれば、戦争の危険は減るはずだ。
こうなれば一日でも早く、サクラメント王国に知られないようにゾフ王国を復活させ、連合軍に参加させてしまう。
そうすれば、絶望の穴から湧き出る異邦者に対処している同士なので、小競り合いならともかく本格的な戦争はなくなるはず。
もっとも、アリス最高執政官も私と同じようなことを考えていたが。
「さすがに一度戻らないと駄目だな。問題は……」
結局、かなりの数のキャリアーを改良して再就役させたが、かなり日数をオーバーしてしまった。
一度グラック領に戻らないと、姫様がおかしいと勘繰るかもしれない。
あとは……。
「問題は、家族やグラック領の関係者に、今回の件を語るべきか……」
ゾフ湖に様子を見に行ったら、ゾフ王国の王様にされてしまいました。
客観的にみて、こんなアホな報告はないよな。
前世なら、エイプリルフールだと思われるだろう。
「どう思う? アリスさ……「最高執政官はいらない。我が夫君はこの国の王にして、余の夫なのだから。アリスと呼び捨てにするがよい」」
「わかった、アリス」
私は知っている。
ここで無理に最高執政官と呼ぶと、全然話が進まないのを。
実際、ここにいる連中は、私以外、みんな私をゾフ王国の王だと認めているからな。
一番実感がないのが本人という不思議な状況なのだ。
「難しい問題だが、それは我が夫君の思うがままに」
「いいのか?」
私が、ゾフ王国の存在をサクラメント王国に報告する危険もあるのに。
「もし我が夫君が、貴族としての責務からサクラメント王国にゾフ王国復活を伝えたとしよう。最悪、グラック領が戦争に巻き込まれると思うが……。他にも……」
「私が裏切り者として、サクラメント王国に処罰される可能性もある、か?」
「さすがは我が夫君。操者としての才能だけでなく、王に相応しい思慮深さよ」
「それは私を評価し過ぎでは?」
とはいえ、私がよほどのバカでなければ、まず黙っているよな。
私の身の安全のためにも、ゾフ王国の体制が整うまで、口を噤んだ方がいいのは確実だ。
「両親と、リンダ、ヒルデ、マルコには話さないとなぁ」
これから私はちょくちょくグラック領から抜け出さないといけないので、家族の協力は必要不可欠だ。
詳しい事情を話さないと、アリバイ作りもできないのだから。
「問題は、姫様たちだよなぁ……」
一番知られるとまずい方々だ。
なんとか誤魔化さないと。
視察名目で出かけて長引いているので、一端戻って姫様の相手をするとしよう。
模擬戦を多めにやれば満足するはずだ。
「では、一度戻らせてもらう」
「我儘は言わないつもりでいたが、できれば一日でも早く共に暮らせるといいな。我が夫君」
「そうだね」
いきなり結婚することになってしまったが、アリスは美少女だし、話してみると可愛いところもあるので、そう悪い気がしない私であった。
「留守は任せてくれ。余は妻なのでな」
「心配はしてないよ。だって、私よりも為政者としては優秀なのだから」
「お早いお帰りを」
私はアリスの見送りを受け、グラック領へと魔晶機人を飛ばすのであった。