第五十三話 猛特訓
「ほほう、野戦料理みたいで楽しいな」
「姫様、お肉が焼けましたよ」
「いただくとしようか。美味いな」
「魔物の肉と、グラック領で採れた新鮮な野菜を焼いていますから。さあ、まだありますよ」
姫様たちが緊急任務から戻ってきたので、私たちと休日を兼ねてレドノ湖へとピクニックに出かけた。
レドノ湖はグラック領内にある小さな湖で、領民たちの貴重な水源となっている。
その畔で、私たちはバーベキューをしていた。
魔物の肉は沢山あるので、串に野菜と共に刺して焼く。
タレは……アマギで人工合成した醤油と味噌はあるのだが、勘繰られると困るので塩とハーブ、野菜などを用いてオリジナルのタレを作った。
「エルオールは、料理もできるのだな」
「普段はやりませんけど、こういう時くらいは」
料理ができるのは、前世の記憶からだな。
一人暮らしが長かったので、自然と自炊することを覚えたからだ。
軍人になってからは、軍は衛生面と健康を考えて人工合成した食事ばかり出すのでほとんど料理をしていなかったが、意外と覚えているものだな。
今は郷士でも貴族なので、他の人の仕事を奪うことになってしまうからほとんどしない。
定期的に、ヒルデがお弁当を作ってくれるというのもあった。
私がなるべく料理に携わらない方が幸せな人が多い以上、普段は料理をしない方がいいのだ。
別に趣味にするほど好きというわけでもないし。
「美味ではないか。王城では、上品なフルコースしか出ないのでな。こういう料理もたまには食べたくなるというものよ」
姫様が気に入ってくれてよかった。
食事のあとは、釣りをしたり、チェアーで寝転びながらジュースを飲んだりしていた。
上流階級の人は、休みというとちゃんと休むよな。
私のような貧乏性だと、休みになるとなにかしなければ、という強迫観念に晒されることも多いのだが。
なお、せっかくのレドノ湖であったが、みんな水着は着ていなかった。
そう簡単に、配偶者以外の異性に肌を晒さないのであろう。
ちょっと残念な気持ちだ。
「(ねえ、エルオール)」
夕方になり、そろそろ屋敷に戻るかという話になった時、リンダが小声で聞いていた。
「(えっ、なに?)」
「(今日はお休みで誤魔化したけど、このあとどうするの? まだ夏休みは長いわよ)」
もし旧ゾフ領のことが気になった姫様が、もう一度現地を見たいなどと言いだしたら?
まさか断るわけにいかず、そうなれば魔物が駆逐され、結界が張られている事実が姫様たちに知られてしまう。
その対策はあるのかと、リンダが聞いてきたのだ。
「(なくはない)」
「(あるんだ! 対策)」
「(つまりだ。姫様たちが、色々と余計なことを考えられないようにすればいい)」
「(そんな方法あるんだ)」
「(任せなさい)」
と、リンダに自信満々に答えた翌日。
私は、魔晶機人を用いた模擬戦闘で姫様を圧倒していた。
「グラッグ卿、まさかここまでとは……姫様!」
「甘い!」
「ライム!」
「人のことを心配している場合か?」
「うっ、いつの間に後ろに?」
姫様の不利を悟り参戦したライムとユズハであったが、こういう時に助太刀に入ると、かえって場を乱して敵の隙を突けるので、私には好都合だった。
私に攻撃を仕掛ける三機を、時間差でかわし、その際に一撃を加え、彼女たちはわけのわからないまま地面に倒れ伏していた。
実は、私の魔晶機人。
アマギで改造して性能が大幅に上がっていたので、余計に姫様たちは歯が立たなかったのだ。
「エルオール?」
「いいアイデアだろう?」
姫様たちが、再びゾフ湖に興味を持たないようにする方法。
それは、それ以上に興味を惹くことを見せればいい。
私が姫様たちを一方的に倒してしまう。
さすれば、姫様はどう考えるか?
それは、私に追いつきたいと願うはずだ。
姫様の性格なら、確実にそうなるだろうな。
これまでのつき合いで、それは理解したつもりだ。
あのグレゴリー王子には通用しない作戦だけど。
「まさか……ここまでとは……妾は、エルオールの実力をまだ見誤っていたのか……」
「姫様、いや、リリー! 私に勝てるよう厳しい修行を積む覚悟はあるか?」
「勿論だ! エルオール、ライムとユズハ共に厳しく鍛えてくれ」
「わかった。修行の第一段階だが、夏休みが終わるまでに終わるかどうかだ。厳しくやるがいいか?」
「是非頼む!」
これで、姫様はゾフ湖のことなど気にならなくなったであろう。
今は、一日でも早く私に勝てるよう修行に励みたいと思っているのだから。
「(他の衝撃的なものに目を逸らさせるわけね……まあ、確かにゾフ湖のことは気にならなくなるはずだけど……これから毎日、エルオールが稽古をつけるのよね? 大丈夫?)」
「あっ!」
確かに、リンダの言うとおりだ。
この腕のいい三人を、私が毎日ゾフ湖のことなんて思い出せないよう、厳しく鍛錬させる。
とてもいいアイデアだと思ったんだが、私がとても大変じゃないか!
「(私も興味あるし、一緒にやるから。マルコも姫様たちばかり鍛えると、『ずるいです! 兄様』とか言って来るかもしれないわね)
「えっ? マルコってマゾ?」
「そんなわけないでしょう! 慕っているお兄さんに少しでも追いつきたいのが人情じゃないの」
「そうなのか……」
世の中には、酔狂な人が多いな。
思えば前世で、私はかなりの訓練嫌いだった。
大学卒業後、仕方なしに軍人になった私は、『楽な後方任務がいい』と常に思っていたからだ。
それがなぜか、給料の査定を上げるために上官に努力しているフリを見せようと、必ず落ちると思っていたコンバットスーツパイロットの適性試験を受けたら合格してしまうわ。
念波が使えるようになったり、そのせいで余計に軍を辞められなくなったりと、私は自ら好んで特務隊にいたわけではないので、姫様やマルコのようなストイックな人たちがいまいち理解できなかったのだ。
「こうなれば仕方がない。姫様たちを厳しく鍛えている間は、旧ゾフ王国領のことも話題にならないだろう。ようは、士官学校や新米将校の頃の感覚だ」
段々と田舎郷士として、プチリッチな生活というものから離れていくような気がするが、まだ修正は可能だ。
姫様たちを鍛えて強くすれば、彼女たちはさらに世間の注目を集めることになるだろう。
腕のいい操者だが、たかが郷士の存在など世間は気にしないはず。
この件が片付いたら、旧ゾフ王国への対応を本格化させる。
今は、フィオナに一任しておけば大丈夫だ。
「時間がそれほどないので、実戦形式で教える! 脱落者についてはそのまま放置する! 才能がなかったということだ! 諦めろ!」
確か、私たちにコンバットスーツの操縦を教えてくれた教官がこんな感じだったな。
ついてこれない者は、パイロットの特性ナシという評価で、次から次へと脱落していったものだ。
どういうわけか、パイロット候補生試験には合格はしたものの、あまり期待されていなかった私が最後まで残ってしまったことから、特務隊への道が始まったわけだが。
「どこからでもどうぞ」
「いくぞ! うわっ!」
「ちゃんと私を見て攻撃していますか? 何度でもどうぞ」
「クソッ! エルオール! お主はまだ実力を隠していたのじゃな!」
「相手の実力を推し量れる者こそが優れた操者である! 実力を隠していた敵に敗れ、死んだあとに幽霊にでもなって恨み言を言うのか? 滑稽ですね」
「そうだな……エルオールの言う事は正しい! 操者は強いことが正義だ! そこに、生まれも身分も関係ないのだから」
私は、たとえ相手が姫様でも容赦なく模擬戦形式で叩きのめした。
魔晶機人はよく壊れたが、予備機があったし、アマギの艦内工場のおかげで消耗部品にはまったく不足しなくなったのが大きかった。
マジッククリスタルに関しては、完全独自採算性にした。
訓練してほしければ、魔物を狩って確保してこいということだ。
姫様たちに関しては、魔晶機人の運用コストは向こう持ちなので、あまりによく壊すようになったから修理、整備費用も急上昇してしまい、それもマジッククリスタルで支払うようになった。
一秒でも早く、長く私と訓練したければ、効率よく魔物を狩らなければならない。
それも訓練のうちというやつである。
「私たちは、姫様の護衛役に選ばれたほどの実力者なのに! まったく歯が立たないなんて!」
「別次元の敵と戦っているみたいですね」
ライムとユズハだが、確かに才能はあるようだ。
だが、現時点で姫様に勝てない二人が、その姫様が勝てない私に勝てるわけがない。
この二人も、余計なことを考えられないように容赦なく叩きのめしていた。
「私も負けていられないわ!」
「兄様は凄いです! 僕も遠慮なく鍛えてください!」
最初は、姫様たちの目を旧ゾフ王国領に向けさせないための、徹底的なシゴキだったのだが、なぜかそれに嬉々として参加しているリンダとマルコ。
まさか姫様たちと差をつけるわけにいかず、同じように模擬戦形式でボコボコにしているのに、なぜかリンダもマルコもとても楽しそうだ。
訓練が厳しすぎて、いわゆるランナーズハイのような状態に入ってしまったのであろうか?
「まあ、とにかく夏休みが終わるまではこれでいいんだ」
これなら夏休みが終わるまで、旧ゾフ王国領の件を誤魔化せそうだ。
私のシゴキに集中し過ぎて、それどころではないだろうし。
私とのスパルタ訓練、狩猟、グラック領の開発の手伝い、たまに休暇。
あまり夏休みらしくない夏休みは続くが、これも将来私が田舎郷士としてプチリッチに暮らすため。
なぜか私も忙しいが、これも将来のためだと、割り切って日々を過ごすのであった。




