第五十一話 ゾフ王国開放
「これは……ナンマンダブ……ナンマンダブ……安らかに成仏してください」
地下室への入り口を守っていた無法者を倒し、その中に入っていく。
魔晶機人なら普通に歩ける階段を降りていくと、またも大きな扉が見えてきた。
閉まっているようだが、その理由が判明した。
扉の前で、一機の魔晶機人が立ち塞がっていたからだ。
当然かなり昔の機体なので、すでに活動は停止している。
そしてなにより、操縦席の部分に魔晶機人用の大剣が突き刺さっていた。
どうやら、あの無法者がやったようだ。
操者は大剣に貫かれ、確実に死んでいるであろう。
あとで供養しようと思い、まずはその魔晶機人を扉の前から端に寄せ、閉っていた扉をこじ開ける。
鍵はないようで、魔晶機人のパワーで簡単に開いてしまった。
「やはり無事か……」
これは推測でしかないが、ゾフ王国は私が先ほど倒した無法者のせいで、王城と城下町を放棄したようだ。
無法者は水晶柱があるこの部屋に入ろうとしたが、あの魔晶機人に阻止された?
しかし、あの魔晶機人の操者は死亡している。
無法者は、どかしてこの中に入ろうとしなかったのか?
大抵の無法者は水晶柱に興味などないので、それはないのか?
謎は多いが、まずは水晶柱の確認だ。
「大きいな……」
これまで見たどの水晶柱よりも大きい。
さすがは、小国といえど一国の首都を守る結界を張れる水晶柱というわけか。
「どのくらいの魔力で結界が張れるんだ?」
これは、現在グラック領に結界を張っているデカグラム水晶柱よりも使用魔力が多いかもしれない。
色も通常の水晶柱とは違って、薄い紫色をしていた。
サクラメント王国の水晶柱とは、なにかが違うのかもしれない。
「さて、どうしたものか……」
無法者のせいであろう。
この地下室に魔物は存在せず、ならばと私は急ぎ魔晶機人から降りて水晶柱に近づいた。
全高十メートルを超える水晶柱は、太さもあって、ちっとやそっとでは倒れないように思えた。
「頑丈そうだな。透明度も悪くないか」
周囲を探ってみると、ちょうど裏側に石板が置かれていた。
なにか文字が刻まれているが、ゾフ王国でも日本語が使われていたようだ。
積もった埃を払うと、石板にはこう刻まれていた。
「『なになに……水晶柱に魔力を注入できる者。その者こそ、ゾフ王国の王に相応しい。血の継承を我らは否定する』か……」
血縁は関係なく、ただこの水晶柱に魔力を注入できるかどうか。
それが王の証だと、石板には書いてあった。
王政国家にしては、随分とファンキーな考え方を持つ連中だな。
もしかすると、ゾフ王国の人たちはこの水晶柱に魔力を注入できる人がいなくなったから、ここを出たのであろうか?
無法者の乱入は、あくまでもきっかけに過ぎないと。
無法者は、この水晶柱が設置された部屋に入った形跡がない。
ただ地下室への入り口付近を縄張りにしただけで、この部屋を守ろうとした魔晶機人と戦いになり勝利した。
魔晶機人の形状に変化したのは、その強さを獲得するため?
「謎が多いな」
水晶柱であったが、別に触るくらいならなんの影響もない。
これまでがそうだったので、無意識に『ポン』と手で軽く叩いたら、まるで張り付いたように手の平が離れなくなってしまった。
さらに、自分でもわかるほど多量の魔力が吸われていく。
「オートなのかよ!」
まさか、水晶柱に触れただけで魔力が吸われていくなんて……。
もし私の魔力量が足りなければ、すべての魔力を吸われた私は、そのままここで気絶してしまう。
その状態で魔物の乱入されたら、私は食い殺されてしまうだろう。
「抜かった!」
この水晶柱を稼働させるには、どれほどの魔力が必要なのか?
段々と意識が失われていくなか、私はただ自分の迂闊さと、死ななければいいなと思いながら意識を手放したのであった。
「……あれ? ここは?」
「エルオール、大丈夫?」
「兄様、心配しましたよ」
どれほど意識を失っていたのであろうか?
目を覚ますと、リンダとマルコが心配そうに私の顔を見ているのがわかった。
天井を見ると、どうやらまだあの水晶柱が置かれた部屋にいるようだ。
自分の状態を確認すると、なんと私はリンダに膝枕をされていた。
リンダのフトモモが柔らかい……じゃない!
もっと大切なことがあるだろうが!
「私は、どれほど寝ていた?」
「二時間くらいね」
その間に、少し魔力が回復したのか。
夢も見ていないので、完全に魔力が枯渇して深く寝入っていたのであろう。
私の魔力をすべて吸い尽くすなんて、とんでもない水晶柱だな。
「それで、王城や城下町の様子は?」
「私たちが魔物を駆除していたら、突然この地下室から光の柱が上がったのよ。そして魔物たちは一斉に逃げ出したわ。極少数逃げなかったのもいたけど、それらはみんな駆除し終わっている」
「今のところ、ゾフ湖とその沿岸部分は安全圏みたいです。王城と城下町からも魔物が消えました」
「そうか……」
私が意図せず、その水晶柱に魔力を注入してしまったので、結界が張られたのか。
そして、少なくともゾフ湖周辺の魔物は完全に逃げ出してしまったと。
「水晶柱が、光り輝いているな」
紫色の水晶柱は、かなり眩く光り輝いていた。
長々と見つめると、目が悪くなりそうだ。
「リンダとマルコは、この水晶柱に触らなかったか?」
「ごめん、つい触ってしまったけど」
「別になにもなかったですよ」
二人は、この水晶柱に触ってもなにも起こらなかったのか……。
一定以上の魔力量がなければ、魔力は吸われないのか?
結界を作動させられる者にしか用事がないってことか。
ゾフ王国から、この水晶柱を作動させることができる人間がいなくなり、さらに無法者の襲撃で……。
「この部屋の外にある魔晶機人の操者を確認しよう」
「気が進まないけど……」
「骨だけでしょうからね」
リンダとマルコの懸念どおり、先ほどの無法者に敗れた魔晶機人のハッチをこじ開けて操縦席の中を確認すると、そこには無法者に殺されたと思われる操者の人骨が残っていた。
よく見るとかなり豪華な服装を着ており、かなり身分の高い人物のようだ。
「ゾフ王国の王様かもしれないわ」
「兄様、王様が討たれてしまったから、みんな逃げ出してしまったんですね。他にこの水晶柱に魔力を籠められる人がいなかったのもあって」
「多分、そんなところだろうな。しかし、どうしてこの人は魔晶機神に乗っていなかったんだ?」
あの水晶柱に魔力を籠められるのだから、魔晶機神を動かせないはずがないのだから。
「ああ、そうか! ここで魔晶機神は運用できないからか!」
以前の無法者がどんな形状だったのかは知らないが、王様は水晶柱を守ろうと、魔晶機人に搭乗して地下に入った。
そして、無法者に殺されてしまったのだろう。
そして水晶柱に魔力を注入できる王を失い、ゾフ王国の人たちは逃げ出してしまった。
私の推察が絶対に正しい保証はなく、他にも色々と謎は多いが、これだけは事実だ。
私は意図せず、ゾフ王国の王都に結界を張ってしまった。
「兄様は凄いです! 僕は兄様を誇りに思います」
「もしかしたら、エルオールはこの世界の英雄になれるかもしれないわね」
「少し大げさでは?」
私はただの郷士なんだが、さてこれからどうしたものか。




