第五十話 虹色の魔晶機人
「フィオナ、どうだ?」
「まずは、魔晶機人についてですが。魔力なるエネルギーで動く、簡易版コンバットスーツのようなものですね。性能は、旧式コンバットスーツとでも比べるまでもありませんけど……。設計はそう悪くないですけど、出力はかなり低いですし、装甲や部品の強度を保つために不用意にぶ厚く重く、これはこの世界の冶金技術が低いからですね。それらが原因で、かなり機動力を落としていると思います」
「だよね」
「ですが、とりあえず性能を上げるのはそう難しくありません」
フィオナ曰く、魔晶機人の動力である魔導炉は特殊なので改良に時間がかかるが、まずは魔晶機人の装甲や他の部品も、アマギ艦内の工場で生産できるものから順番に替えていくそうだ。
「魔導炉の出力はそのままでも、機体の重量は30パーセント減なので機動力が大幅に上がっています。軽量化で燃費もよくなっているはずです。それでいて、装甲や関節の強度は30パーセント増なので、悪くないと思います」
「フィオナ、頼むよ」
「わかりました」
コンバットスーツでの訓練はここで再開しているけど、普段は魔晶機人に乗るので、ここに機体を持ち込んで順番に改良することにした。
魔導炉は造りが特殊なので解析に時間がかかるけど、アマギが持つ優れた素材精製、加工技術を利用した魔晶機人の改良で大幅な性能アップができる。
「魔導炉ですが、これもエルオール様が持ち込んだ壊れたサンプルで解析、研究をしているので、じきに低出力のものなら製造できるはずです」
魔導炉の燃費と出力が上がれば、もっと魔晶機人の性能を上げられる。
そこで、以前に廃村などで手に入れた、壊れた魔晶機人の魔導炉を持ち込んでいたのだ。
「飛行パーツはどうだ?」
「これも素材や設計の見直しをしています。もっと高速で飛べるようになりますし、整備性と安全性も上がりますよ」
フィオナによる分析の結果、飛行パーツは軍では考えられない頻度で故障して墜落するそうだ。
そのため、優秀な整備士が必須なのは、ヒルデの活躍を見れば言うまでもない。
グラック家には、その父親であるバルクもいるから安心だけど。
「魔晶機人と飛行パーツの性能が上がれば、ここまでの往復にかかる時間も減るな」
現状、アマギはゾフ湖に置いておくしかない。
ここに通うのに、時間を短縮できるに越したことはないのだから。
「早速第一号となる、魔晶機人の改良が終わりますので、明後日にでも試乗してみたらいかがですか?」
「そうさせてもらうよ。次は、水晶柱はどうだ?」
「解析してみましたが、極めて変わったものですね」
フィオナによると、水晶柱はいくつかの水晶を繋ぎ合わせて柱にしたものだそうだ。
そして結界とは、水晶の中に特別な分子体で描かれた集積回路、立体魔法陣のようなものらしい。
「肉眼では見えませんが、水晶の立体キャンバスに、特別な分子体で描かれた魔法陣です。篭めた魔力を留まらせ、魔法陣に少しずつ流し続けて結界を張るのですね」
「改良とかはできるのか?」
「新しく作ることはできませんが、既存品の改良は可能です。元々、この水晶柱は非常に性能が低いはずです」
水晶の中に魔法陣を描くので、水晶はできる限り不純物がない方がよく、同時に複数の水晶を繋いだものは原子の配列がズレているので、水晶柱としての性能が落ちてしまうそうだ。
「これなら、艦内工場で人工的に不純物がない水晶を作った方がいいです。それと、魔法陣を描いている分子体ですが、素材である水晶の透明度の問題でかなりのズレがあります。これも、性能低下の理由です」
その分子体は作れないが、既存の水晶柱に使われている分子体の再配置はできる。
それにより、分子レベルで正確な配置を行い、魔法陣の効果を増加させるそうだ。
魔法陣の設計図は、すでに電子顕微鏡で解析されていた。
「改良すると、どのくらい性能が上がるんだ?」
「比較的新しい水晶柱でも、篭めた魔力の30パーセントくらいしか有効に活用されていません」
「そうだったのか」
「結界の発動時に、魔力が無駄に消耗されているのに気がついていないのでしょう。これは水晶と魔法陣の質の悪さから来ていると解析されました」
「なるほど。で、再構成した水晶柱はどのくらいの性能になるんだ?」
「効果範囲は、再構成前の三倍ほど。結界を維持する時間も三倍ほどになるかと」
最低魔力が300必要な郷士用の水晶柱で、これまでの三倍の広さの土地に結界を張り、一度魔力を篭めると三倍保つのか。
これは便利だな。
余っている水晶柱を再構成してもらい、これを結界に利用するだけで開発可能な土地が増えるのだから。
「今は開発する土地が余っているので、予備の水晶柱を再構成して保管しておこう」
あまり結界を広げすぎてもな。
どうせ開発する人がいない。
だが、アマギがあるこのゾフ湖と畔にある旧ゾフ王国の城と城下町。
ここは一日でも早く結界で覆った方が、アマギで色々とやるのに便利だ。
「となると、やはり問題になるのは……」
大型の魔物がひしめく城下町を突破し、王城のどこかにあると思われる水晶柱が置かれた場所を解放するしかない。
水晶柱が安置されている場所があるはずだが、そこがどうなっているかだな。
ゾフ王国は一晩で滅んだとされるが、この地に人の死体……時が経っているので骨か……がなかった。
となると、ゾフ王国はここを放棄した可能性が高いわけで、水晶柱が強大な無法者によって破壊されたか、魔力を注入できなくなったかのどちらかであろう。
「ゾフ王国にこの地を捨てさせる判断をしたほどの無法者が、王城内にあると思われる水晶柱を設置した部屋にいると思われる。水晶柱が無事かどうかは不明だ」
それはどちらでもよかった。
古い水晶柱を用いて性能のいい水晶柱を再構築中なので、これを再設置すればいいからだ。
「それよりも問題なのは、王城に至る城下町にひしめく魔物たちだな」
グラック領周辺にいる魔物よりも巨大で強いため、これらを排除して水晶柱がある王城に辿り着けるか。
そこに、作戦が成功するかどうかがかかっているわけだ。
「フィオナ、魔晶機人用に改修したシミュレーションの様子はどうだ?」
「二人とも、喜んで訓練していますよ」
アマギには、コンバットスーツ用のシミュレーションマシンが設置されていた。
実機のみで訓練をおこなうと、コンバットスーツも修理、整備経費が嵩んで仕方がないので、シミュレーションマシンを用いた訓練が推奨されていたのだ。
予備のマシンをフィオナに命じ、これを魔晶機人用にして、試しにリンダとマルコにプレイしてもらっていた。
シミュレーションルームに行くと、二人がとても楽しそうに戦っていた。
まだリンダに分があるが、やはりマルコは覚えがいい。
才能があるのであろう。
「本当に実機に乗っているみたい。経費を削減して訓練時間も増やせるからいいわね、これ」
「リンダさんは、凄く強いですね」
「マルコ君に、もの凄い勢いで追いつかれつつあるけどね。それに、エルオールには勝てないわよ」
「兄様は強いですからね。姫様を子供のようにあしらっていましたから」
ちょっと前はそうだったが、姫様は天才の類なのだ。
コツさえ掴めば、私だってじきに簡単に勝てなくなるはず。
マルコも同類らしいけど。
「シミュレーションマシンは使えるみたいでよかった。で、これからだが……」
ヒルデは現在、アマギの艦内工場で改造中の魔晶機人について、フィオナから貰ったマニュアルを懸命に勉強していた。
性能が上がった分、修理や整備の方法に違いがあるからだ。
新しい武器なども開発中で、そのデータの確認もあってこの場にいなかった。
フィオナ曰く、この世界の言語が日本語で、ヒルデ自身も頭がいいので覚えはいいそうだけど。
もし覚えが悪ければ、最悪睡眠学習もあるけど。
「王城に強い無法者がいるわけね」
「兄様はそれを倒すことを考えてるのですね?」
「そうだ」
二人の訓練が一段落したあと。
私は、リンダとマルコに王城にいるであろう無法者を倒す計画を告げた。
「勝算はあるのかしら?」
「その作戦の一環で、二人にはシミュレーションマシンで訓練してもらっているのさ」
現在、フィオナは艦内工場で、魔晶機人の予備機の改造をおこなっている。
これが完成したら、さらに新しい武器なども装備して、まずは城下町の魔物たちで腕試しと訓練をおこなう。
大丈夫そうなら、王城内にいるであろう無法者に挑む計画を伝えた。
「だから、このシミュレーションマシンとやらの魔晶機人はスルスルと動くのね。こんなに性能が上がるなんて……」
「新しい武器も加われば、作戦は成功する可能性が高いと思います」
「まずは魔物たちで腕試しだ」
翌日。
いまだ姫様は戻ってこないので、私たちはアマギで改良した魔晶機人に乗って、城下町に巣食う魔物たちへの攻撃を開始した。
「ボウガンも威力が大幅に上がって、携帯できる矢の数も増えたのがいいわ。狙いもつけやすいし」
私たちが操縦する三機の魔晶機人は、まるで城下町に配置されたかのように見える魔物たちに攻撃を開始した。
まずは新型のボウガンで魔物を上空から狙撃し、その数を減らしていく。
本体の部品の素材から見直し、矢尻の先を合金製にして貫通力を増したクロスボウから発射された矢は次々と魔物の頭部に深く突き刺さり、倒れた魔物は暫く体を痙攣させたのちに、その動きを完全に止めた。
やはりリンダは、射撃の才能があるようだ。
「兄様、よく斬れる剣ですね」
マルコは、アマギの艦内工場で作られた特殊合金製の刀で、次々と魔物を斬り倒していく。
彼は近接戦闘の方が得意なようだ。
シミュレーションの成果もちゃんと出ていた。
次々と魔物を斬り倒していく。
魔晶機人の改造は、見事成功した。
軽量化したにもかかわらず、力、スピード、防御力、燃費がすべて上昇し、武器の性能も上がったのだ。
この二人なら、下手な魔晶機神の操者よりも強いはずだ。
「ちょっと偵察してくる」
王城のどこに、水晶柱が置かれた場所があるのか。
まずはそれを確認しなければ。
魔晶機人で入れるのならいいが……入れないとじゃあどうやってそこに大きな水晶柱を入れたんだ? という話になってしまうので、どこかから入れるはず……と思ったら、シンプルに王城の正面門をくぐった中央庭園に地下へと通じる金属製の扉があった。
それは空に向かって開け放たれ、ここから無法者が入り込んだ可能性が高い。
「っ! なにか出てくる!」
開け放たれた扉から、虹色に輝く巨人が、それも魔晶機人クラスの大きさのものが飛び出してきた。
そいつは、私を見上げているように見える。
同時に、どう見ても友好的には見えなかった。
それは戦いになりそうだ。
「マジッククリスタルでできた魔晶機人? 前の狼と同じか……」
魔物とは違って、無法者の形状は生物の摂理から大きく外れている。
動くマジッククリスタルの塊で、生物のように骨格や筋肉、関節、臓器などがないにも関わらず、まるで生物のように動くのだから。
かと思えば、普通に巨大な魔物の延長みたいな奴もいる。
よくわからない生命体だ。
「やるのか? 無法者」
「……」
魔晶機人型の無法者は、静かに腰に装着された剣を抜いた。
その剣も虹色に輝いており、やはりマジッククリスタルで形成されているものと思われる。
私も、フィオナに頼んで作ってもらった特殊合金製の刀を抜いた。
私は元日系人なので、やはり刀の方が性に合う……というほど、剣術に自信があるわけではないけど。
「一対一か……。勝てば、その地下室に入れるわけだな」
無法者に返答など期待していなかったが、それに答えるかのように無法者は飛び上がりながら斬りかかってきた。
どうやらマジッククリスタルでできた飛行パーツも装備されていて、自在に飛べるとは驚きだ。
体が全部虹色なので、後ろの飛行ユニットがよく見えなかったのだ。
「剣技を覚えている?」
私も刀で応戦するが、この無法者。
元になっている魔晶機人と操者でもいるのか?
形だけだと思ったら、巧みな剣術で私に攻撃を仕掛け続けた。
しかも、かなりの腕前だ。
私は、まずはかわすことに集中しなければいけなかった。
「王国軍の連中に動きが似ているな」
つまり、元となった魔晶機人の操者は、正規に剣術を学んでいる腕のいい身分の高い人。
操者であった、ゾフ王国の貴族か王族の動きを真似ている可能性が高かった。
その人物が搭乗していた、魔晶機人をその動きごとコピーしたのであろうか?
「しかし不思議だな……」
今度はこちらから斬りかかってみるが、私の一撃を無法者は剣で防いだ。
マジッククリスタルなのに、剣の部分だけがとても頑丈というのは、これはいったいどういう仕組みなのであろうか?
「あまり時間をかけたくないな……」
王城の外で魔物を駆逐している二人が心配だし、あまり時間をかけると姫様たちがグラック領に戻って来るかもしれないからだ。
「(どう斬り込むか……そうか!)」
相手は、正規の剣術や操縦を習った操者の動きを真似ているだけだ。
綺麗に真似されても、所詮は真似事なので臨機応変には対応できないはず。
「くらえ!」
まずは上空に飛び上がり、そこから背中に装着していたクロスボウで矢を連打した。
無法者は、巧みに矢を剣で弾いていく。
やはりいい腕をしているな。
真似の精度は完璧に近い。
それがわかったのでクロスボウを背中に戻し、太陽を背に刀を構えて無法者と睨み合いを始めた。
人間の操者なら光で目が眩むはずだが、無法者にそれは期待できない。
だが、視界を妨害するくらいはできるだろう。
私は、事前に用意していたものを無法者に向かって放り投げた。
予想どおり、自分に命中しそうなので剣で斬り落とそうとするが、容器は剣に触れただけで破損して中に入っている液体が無法者の体にかかった。
最初は水に近い液体であったが、徐々に固まって関節など可動部に入り込んで固まっていく。
「ほら! まだまだだ!」
続けていくつか同じ容器を投げつけると、無法者は律儀にすべてを剣で叩き落とそうとして液体に塗れ、さらに動きが取れなくなっていった。
「やはりな……」
無法者は、表面上の見た目や動き方は魔晶機人と操者を真似ていたが、こういう予想外の事態に対応できないようだ。
初期のAIによく似ている。
もしかすると、あの地下室を守っていた魔晶機人の見た目を真似し、操者と戦いながらその動きを学習したのかもしれない。
ということは、あの無法者に敗れた魔晶機人が地下室にあるのかも。
「あれを倒せば確認できるか。どうだ? もう動けまい」
なまじ魔晶機人に似せたために、無法者は私が投擲した容器に入った瞬間接着剤で大半の関節や駆動部を固められ、立っているだけの状態になっていた。
「討たせてもらう」
動けない相手なので、よほど油断しなければ負ける心配はない。
私は刀を構え、上空から勢いよく振り降ろした。
縦に真っ二つにされた無法者は完全に活動を停止し、地下室への道が開かれたのであった。