第四話 郷士という中途半端な身分
「そうか。エルオールは記憶喪失なのか……いや、それでもお前が生きていてくれたからいいんだ」
「そうですとも。生きてさえいれば、また学び直せばいいのですから」
どうやら夢でもなんでもなく、私は宇宙で活動する軍人から、見たこともない世界の子供になっていた。
なんでもここは、サクラメント王国の領地で、父は辺境の郷士家の跡取りだという。
郷士とは、貴族の中でも最下級で、実質半貴族みたいなものだそうだ。
貴族でブービー賞扱いである騎士の従者を務め、平時は所有する村の統治や徴税を行う土着の半貴族。
武装した名主みたいなもので、平民でもないが貴族と認めない人も多い。
ちょうど半々くらいの身分らしい。
そのためか、私の……乗り移った子供の実家グラック家は、そこそこ裕福みたいだ。
……とてもそうは見えないけどな。
きっと私が、星間国家育ちのシティー派(死語)なので、のどかな田舎の農村風景に慣れていないからだと思う。
……そう思うことにしよう。
「エルオール、もう起き上がって大丈夫なのか?」
「はい、ご心配をおかけしました。父上」
「大丈夫そうだな。馬から落ちて何日も意識を失っていた前よりも、えらくしっかりしたように見えるな」
「そうですね。もうすぐ十歳になる身とは思えません」
それは、私の中身が二十四歳だからであろう。
まさか、それを両親に話すわけにいかないけど。
「しばらくはゆっくりとしながら、家のことやグラック村のことを思い出せばいいのだ」
「わかりました。少し時間をいただきます」
「ううむ。急にしっかりしてきたな。エルオールは。一人だと不都合もあろうから人をつけよう。ラウンデル!」
「はい。なんでしょうか? 旦那様」
父が大きな声で人の名前を呼ぶと、そこに若い男性が入ってきた。
かなり体が大きく、とても鍛えられているように見える。
名前は、ラウンデルだったな。
「坊ちゃま、よくぞ目を覚ましてくださいました。このラウンデル、とても心配しておりましたぞ」
「兄様!」
続けて、一人の少年が部屋に飛び込んで俺に抱き着いてきた。
年齢は七~八歳だと思う。
年齢的に見て、私の弟かな?
金髪碧眼で、とても可愛らしいというのが一番しっくりと当てはまる少年であった。
「エルオール、あなたの弟のマルコですよ。覚えていますか?」
「いえ、申し訳ないのですが……」
「えっ? 兄様は、僕のことを覚えていないのですか?」
涙目で私にそう尋ねてくるマルコ。
そのあまりの可愛さに、私はとてつもない罪悪感を覚えてしまった。
「すまない、マルコ。でも、もう覚えたから。マルコは、私の大切な弟だとも」
「兄様っ!」
目を潤ませながら笑顔を浮かべるマルコ。
私は一人っ子だったので、弟という存在に新鮮さを感じてしまった。
「とにかくも、エルオールが無事でよかった。お前は、このグラック家の大切な跡取りなのだから。お前は魔力も多く、我が家伝来の魔晶機人を動かせるかもしれない。来週、エルオールが十歳の誕生日を迎えたら、『搭乗の儀』を行う予定だ。それまでは、体を回復させることだけ考えればいいさ」
「兄様が魔晶機人の操者……凄いですね。僕も乗れるといいな」
「ラウンデル、エルオールを頼むぞ」
「わかりました。旦那様」
急に子供になってしまった件については、これはもう仕方がない。
私にどうこうできる話ではないからだ。
とにかく今は、グラック家の嫡男エルオールとして生きていかなければ。
記憶喪失ということにしておいてよかった。
「お坊ちゃま、なにかしたいことなどございますか?」
「記憶がないので、ラウンデルには色々と教えてもらうことになるだろう。頼むぞ、ラウンデル」
「お任せください。お坊ちゃま」
まずは情報収集だ。
私は落馬したらしいが、体はなんともないし、どうせ眠くもない。
私付きになったラウンデルから情報を得ようと、一緒に屋敷を出ることにしたのであった。




