第四十八話 艦長復帰
「エルオール様、この遺跡って金属でできていますよ、それに、継ぎ目が少ないですね。どういう技術なんでしょうか?」
サメ型の無法者の討伐に成功し、再びアマギを目指して水中に潜っていく。
ようやくゆっくりとアマギの船体を確認できたが、間違いなくアマギだ。
一番の証拠として、『あまぎ』と船体に記載されているからな。
ヒルデは、流線形で溶接面が少ないスペースチタニウム合金製の船体を見て一人興奮していた。
多分、我がグラック領においてその点で興奮できるのは、彼女と父のバルクだけであろう。
「どこから入れるのでしょうか?」
一秒でも早くアマギの内部を見たいと、ヒルデは一人興奮していた。
内部には、外部以上のお宝がある……特に技術的な面で……と想像したからであろう。
「入り口を探す」
実は知っているが、問題は私たちを入れてくれるかどうかだな。
なにしろ今の私はケンジ・タナカの体ではなく、エルオール・グラックなのだから。
フィオナは気がつくかな?
その前に、転移の影響で壊れていないといいが……。
そんなことを考えながら、船体下部にあるコンバットスーツ専用のハッチ付近まで移動すると、なんと何もしないのにハッチが開き、私たちを受け入れるつもりがあるようであった。
「行くぞ」
「エルオール様、大丈夫でしょうか?」
ここで、ヒルデが怖気付いてしまった。
上手くいきすぎだと思ったのであろう。
「入ってみなければなにも始まらないさ」
「それはそうですけど……ええい! ある超古代文明の新しい技術のためです!」
ヒルデも覚悟を決め、私は機体を船内に移動させた。
すると、すぐにハッチが閉じてしまう。
私たちは閉じ込められた……そんなわけがない。
すぐに排水がおこなわれ、次のハッチが開いたからだ。
「なるほど。先に水を抜いてしまうのか。船内の重要ヵ所に水が入ってこないようにする仕組みだな」
「便利な機能ですね。そしてそれにすぐに気がつくとは、さすがはエルオール様」
元から知ってたけど、ヒルデにそれを言うわけにいかない。
さも気がついた風に説明したら、ヒルデから尊敬の眼差しで見られてしまった。
なんのことはない。
水中でも機体を収容するための機能だ。
もっともケンジ・タナカとしても、あまり水中で仕事をした経験はないけど。
元々私は、宇宙軍の所属だからな。
「おおっ! 随分と変わった魔晶機神ですね」
「そうだな」
当然魔晶機神でなく、コンバットスーツであったが。
私の愛機が鎮座しているのを見ると、戻ってきたなと感じてしまった。
予備機も見え、他にもこの世界に飛ばされる前に反乱軍から鹵獲したコンバットスーツもそのままだ。
こちらは要修理だけど……と思ったら、すでに直っていた。
「(フィオナが修理させたのか?)っ!」
人の気配を感じたのでそちらを見ると、そこには三年ぶりに見るフィオナの姿があった。
三年前とまるで変わらない……アンドロイドだから当たり前だが……。
「人ですか?」
「私はこの船の管理を任されております。フィオナと申します」
警戒して続けるヒルデに対し、フィオナはいつもどおり冷静な表情と声で答えた。
「ここは……」
「汎銀河共和国軍特務隊所属特殊航宙強襲艦『アマギ』です。私はその管理を任されております。ケンジ・タナカ上級大佐、お帰りをお待ちしておりました」
「ケンジ・タナカじょうきゅうたいさ? エルオール様がですか?」
これは驚いた。
私の体はエルオールだというのに、フィオナが私の正体に気がつくとは。
どういう仕組みなのかな?
「エルオール様?」
「(ヒルデ、そいうことにしておこう)」
「(ですが……)」
「(理由はよくわからないが、彼女は私をケンジ・タナカ上級大佐という人物だと思い、船に入れてくれたのだ。否定する理由はないではないか)」
ヒルデには、向こうが勝手に間違えて入れてくれたのだから、これはラッキーだと思えばいいと言っておいた。
ここで違うと言ってもなにも話が進まないし、私の中身がケンジ・タナカ上級大佐なのは事実であったからだ。
「ようやくのお戻りですね。艦長室へとどうぞ」
「そうだな」
フィオナが、どうして私をケンジ・タナカ上級大佐だと理解しているのか、聞いてみたいというのもあった。
彼女の案内で艦長室へと向かおうとするが、それを止めたのはヒルデであった。
「(エルオール様、危険です)」
「(ヒルデが心配してくれるのはありがたいが、これはこの船を掌握する絶好のチャンスではないか。ここは危険の冒しどころだと思うな)」
「(しかし……)」
「(大丈夫だ。それに、ヒルデもこの船の中を見てみたいだろう?)」
「(それは勿論)」
「(なら、静かに待っていてくれ)」
「お連れの方は、客室にご案内します」
そんなわけで、私は久しぶりにアマギの艦長室へ。
ヒルデは、フィオナに客室へと案内されたのであった。
「随分と小さく……そうでもないですか……」
「元日系人では、あれくらいが平均だったんだ。今はこれでも成長途上だけど」
先にヒルデが客室に案内され、次に私が艦長室に入るや否や、フォオナから子供になっている割には背がさほど小さくなっていないと言われてしまった。
ケンジ・タナカは元日系人で、平均的な身長と体格。
エルオールは西洋人っぽいからか、十三歳にして前世の身長とさほど変わりがないのだから。
「それにしても、なぜ気がついた? あのブラックホールにアマギごと呑まれたあと、私はどうなったのだ?」
「本来でしたら、アマギと私ごとブラックホールに飲まれて原子レベルにまで分解されるはずでしたが、なぜかここに飛ばされてしまいました」
そして、アマギに乗っていた私ケンジ・タナカだが……。
「首の骨が折れていまして。ショックで座席から放り出されたのでしょう」
「死んじゃった?」
「それはもう見事に」
見事に死んだってなんだよ!
「というわけでして、軍の決まりによりすでに火葬しました。ここにその骨灰を入れた容器があります」
まさか、自分の死体が火葬されて、その灰を入れた壺を直接この目で見る羽目になるとは……。
人生なにがあるかわからないな。
「ご苦労だった。それで、ケンジ・タナカは死んだはずなのに、どうしてこのエルオールの中身がケンジ・タナカだとわかったんだ?」
「そういえばどうしてでしょうか? 理由はわかりません」
アンドロイドなのに、理由はわからないけど確信しているというのは、ちょっとあり得ない事態だな。
ケンジ・タナカとエルオールのDNAには大きな違いがあり、そこで同一人物だと判断するわけがないし、アンドロイドに魂や意識の判別は難しいというか不可能であった。
「ですが、事実ですから。艦長、正式な軍人コードは?」
「FSRT111639745のSだ」
「正解です。アマギの基礎コードは?」
「AMAGI、D785645、ハの4567だな」
「正解です。今の体の艦長を、アマギの指揮官として認めます」
呆気ないアマギの艦長及び、特務隊指揮官への復帰であった。
復帰してなにをするのかという疑問はあるけど。
「アマギは別世界へと転移し、艦長はこのように少し小さく、幼くなられ。見事に迷子となりましたが、原隊への復帰を諦めるわけにはいかないのです」
「無理じゃないか?」
フィオナは私に気がついてくれたが、汎銀河連邦軍の融通の利かないお偉いさんが、日系人の青年から西洋系の子供になった私を認めるとは思わない。
その前に、別世界へどうやって移動するのであろうか?
ワープ……では無理だよな。
「という名目は守りつつ、私たちアンドロイドは指揮官がいないと艦の維持しかできません。これは問題です」
早々に人間の指揮官が復帰しなければ、ただ待機するだけでなにもできない。
アンドロイドの欠点であろう。
勝手に色々とやられると困るし、某SF映画のようにロボットやアンドロイドが反乱を起こしても困る。
人間が命令を出さないと船を維持することしかできないのは、間違ったことでもないのか。
「とはいえ、そう毎日ここには来れないけど……」
少なくとも、夏休みが終わるまでは。
姫様たちも、西部の仕事が追わったら戻って来るだろうし。
「それは構いません。そのための私ですから。なにかしら命令を与えてくだされば、こちらで勝手にやっておきます」
「それは楽でいいな」
それなら、魔晶機人や水晶柱、マジッククリスタルなどの解析と、もしできたら改造を頼んでおこうかな。
幸いどれも余っているから。
「あと、今の私はグラック家の当主エルオールだ」
「出世しましたね」
「そうなのか?」
軍の特務部隊指揮官で上級大佐と、郷士家の当主。
前者の方が社会的な地位は高いような……。
別にどっちでも構わないけど。
「つまり、私はエルオール様の家臣を名乗ればいいのですね」
「そう話を合わせておいてくれ。さて、そろそろヒルデのところに戻るかな」
私が無事、このアマギを完全に指揮下に置いたと言えば、今一人で別室にいるヒルデも安心するだろう。
そう思い、私は急ぎ彼女が待つ客室へと向かうのであったが……。
「このジュース美味しい! おかわりしようっと。このクッキーもサクサクで最高! 持ち帰っていいのかしら? ひゃっ! エルオール様?」
「あ、うん……。楽しそうでなにより」
「すみません、ここで出されたお菓子とジュースがとても美味しかったのでつい」
「別にいいんじゃないかな? 私たちは客なんだし」
ヒルデが、客室で出されたジュースとお菓子に夢中になっており、私は彼女も普通の女の子なんだなと改めて気がつかされたのであった。




