第四十七話 サメ
「結局、機体の水密処理は失敗したのか……」
「結合部の隙間すべてを埋めるのに時間がかかるので、今回は外部に水中用のスーツを装着した方が早いと判明したんです。そのうち、水中戦仕様の魔晶機人を一から製造してみたいですね」
「むしろ、水中用のスーツを試作する方が時間がかかりそうな気がする」
「それは、父が昔お遊びで試作していたので。微調整だけで終わりました」
「お遊びって……」
『通常、魔晶機人を水中で運用しないもの。面倒なだけだし』
『兄様、リンダ義姉さんがいてよかったですね。水中で活動できるスーツですが、もの凄く重たいので二機で運ばないと不安定ですよ』
姫様たちが西部に向かってから三日後。
私たちはゾフ湖を目指していた。
飛行パーツ装備のリンダ機とマルコ機が、水中用スーツを装着した私の機体を、まるで『捕まった宇宙人』のように抱えて飛行している。
湖に沈んだ遺跡の探索という名目なので、ヒルデも私の機体に同乗していた。
私の機体に飛行パーツをつけると水中用スーツが装着できないので、行き帰りはマルコとリンダに運んでもらう計画だ。
湖面の上から私の機体を水中に離し、戻ってくるまでゾフ湖の上空で待機する。
最悪、私とヒルデは機体を捨てて、二人に回収してもらう作戦まで立てていた。
『新しい武器、どんな感じなのかしら?』
「今回は使わないに越したことはないんだが……。次の狩猟で使ってくれ」
魔晶機人には飛び道具がない。
そんな状況を解決すべく、私はつたないながらも図面を引いてバルクとヒルデに試作を頼んでいた。
魔晶機人専用の『クロスボウ』で、残念ながら魔晶機人にはさしてダメージを与えられないが、魔物相手なら結構使えると思う。
今回の作戦では、リンダとマルコがゾフ湖上空で二時間ほどは待機してもらう予定だ。
飛行型の魔物は元々数が少なく……その代わり、異邦者はすべて飛べるので、厄介さは同じだけど……前回の偵察では、少なくともこのエリアでの生息を確認できなかった。
魔物はいないとは思うが、もしもに備えて持たせることにしたのだ。
ただ試作品なので、矢を撃ち出す時のエネルギー効率が少し悪かった。
大型の魔物は一撃で倒せないし、これを用いて狩りをすると赤字というのが欠点だな。
矢を撃ち出す動力に、マジッククリスタルも使用して貫通力を高めていたからだ。
『見えたわ。ゾフ湖よ』
『本当に、巨大な遺跡が沈んでいますね』
私でなければ、これが宇宙船とは思わないだろうな。
それにしても、どうしてここにアマギが?
それは、これから確認すればいいか。
『エルオール、水中に魔物はいるのかしら?』
「前回見た感じ、魔物はいなかったかな」
ただ、無法者はいるかもしれない。
そこは注意が必要だな。
「リンダ、マルコ。降ろしてくれ」
『わかったわ、気をつけて』
『兄様、ご無事のお帰りを』
水面ギリギリのところで、リンダ機とマルコ機は私の機体をパージした。
『ドブン』という音と共にゾフ湖に沈んでいくが、バルクとリンダが作ったスーツは水漏れ一つなかった。
試作品にしては性能が優れているな。
「ヒルデ、水中の様子はどうだ?」
「透明度が高いので、視界は悪くないですね」
長年人間が住んでいなかったからか、環境汚染とは無縁なゾフ湖の透明度はかなり高く、魔晶機人の魔眼だけでも水中の視界は良好だった。
魔物の姿はやはりなく、水中には多くの魚が泳いでいた。
しばらく潜り続けると、アマギの船体が見えてきた。
巨大なゾフ湖だからこそその水底に横たわれたであろう、宇宙用艦艇の表面はほとんど汚れていない。
当然錆びなどもなく、これはアマギがゾフ湖の水底に着底してさほど時間が経っていない証拠であった。
「(私がエルオールの体に憑依した三年前に、アマギもこの世界に?)」
しかし、だとすると、ケンジ・タナカの肉体はどうなったのだ?
もしかして、アマギの中で死んでいるとか?
そして私の魂が、やはり落馬で死んだエルオールの体に乗り移った?
「(それを確認するためにも……)危ない!」
念のため、念波を使って探索を続けていてよかった。
陸地が大型魔物の楽園なのに、ゾフ湖には魔物が一匹もいない。
おかしいとは思ったが、やはり無法者がいたな。
私はアマギの船体にへばりつき、奇襲しようとした無法者の一撃をかわすことに成功した。
だが、やはり水中なので動きが鈍い。
かなり余裕をもって回避しないと、そのうち攻撃が当たってしまうかもしれない。
「ヒルデ、見えたか?」
「大きな魚ですか?」
「どれどれ……」
無法者は、再び高速で私たちに接近してきた。
歯の鋭い大きな口を開け、水中用のスーツを装着した魔晶機人ごと呑み込もうとする。
「(サメだ! それも巨大な!)」
間違いなく全長が三十メートルを超える巨大なサメが、無法者の正体だった。
なぜ淡水のゾフ湖にサメが?
そんな疑問よりも、まずはこいつをなんとかしないと駄目か。
「ろくな武器がないですよ、エルオール様」
「そうだった!」
水中用のスーツを装着する時に、小型のナイフ以外の武器は取り外していたのだった。
小型ナイフで全長三十メートルを超えるサメと戦う。
映画でもないし不可能だな。
「ならば!」
私は機体を上昇させ、水面から顔を出した。
『エルオール?』
「無法者だ! 私を襲おうとするところをクロスボウで攻撃してくれ。急所は鼻先だと思われる」
普通のサメは、鼻先にある吻と呼ばれる出っ張りにある急所であった。
ここを攻撃すれば、サメの動きを止めることができる……あくまでも知識だけの話だし、この世界のサメに通用するかはわからないが、同じ形なのでそうだと思うことにしよう。
「ほら! こっちだ!」
クロスボウで狙撃する以上、サメは水面付近にいてもらわなければならない。
私の機体が囮役となり、サメをおびき寄せる必要があった。
「魔晶機人でも美味しそうに思えるのでしょうか?」
「素材まではわからないんじゃないか?」
水中なので機動性には難があるが、念波を用いてサメの攻撃をかわしていく。
一向に私たちを食べられないので、サメはかなりイライラしているようだ。
最初は上空のリンダ機とマルコ機を警戒していたが、徐々に私たちのみに意識がいって、上空の二機を気にしなくなった。
『今よ!』
『当たれ!』
そこに、上空からクロスボウで撃ち出された矢が降ってくる。
残念ながら、まだ操者としては未熟なマルコは外してしまったが、リンダの矢がサメの鼻先に突き刺さった。
「どうか?」
「ちょっと動きが鈍ったみたいです」
ただサメ自体が大きいので、完全に動きを止めるまでには至っていないようだ。
引き続き私たちを呑み込もうとするが、その隙を狙われて第二射が放たれた。
今度は両者とも、矢がサメの鼻先に突き刺さった。
さらに続けて矢が放たれ、今度はリンダの矢がサメの片目に突き刺さる。
サメは、痛みのあまり大暴れを始めた。
「エルオール様、頑丈ですね」
「フラフラはしてきたな」
サメの鼻先には、電流や磁場を感じる器官があるそうだ。
ここがダメージを受け、片目もやられたとなれば、かなり行動に制限が出るはずだ。
「もっと撃て」
『はい! 当てます!』
マルコは最初、慣れないクロスボウに苦戦していたようだが、次第に命中するようになってきた。
鼻先、目の間などに矢が次々と命中し、痛みのあまりサメは暴れまわっている。
『当たれ!』
続けてリンダが、サメのもう片方の目に矢を命中させた。
どうやらリンダは、飛び道具の方に才能があったようだ。
「エルオール様、大分弱りましたよね?」
両目はすでに矢で射抜かれて見えず、鼻先にも複数の矢が刺さった影響でサメは自分の居場所が把握できなくなったようだ。
水面近くの同じ場所をグルグルと回り始めた。
私たちを見失っているようだ。
『あとはトドメよ!』
『僕もいきます』
「二人とも。頭だ。頭を狙え!」
リンダとマルコは、これでトドメとばかりにクロスボウの矢をすべて放ち、剣を抜いて上空から全力で水面近くを回り続けるサメに突き刺した。
すると、どうやら上手く脳を破壊したようで、サメはその場で動けなくなってしまう。
「エラに剣を入れて斬ってくれ」
『わかったわ』
念のため、リンダにトドメを刺させる。
サメのエラの部分に剣を入れると血管が切れたようで血が噴き出し、透明度の高い水中に赤い色が広がっていく。
これで失血死するはずだ。
しばらく血が流れ出ていたが、じきにそれも止まってしまい、サメは完全に死んだようだ。
「ふう……もういないよな?」
『こんなの、二匹もいらないわよ』
「それもそうだ。さて、例の遺跡を探索しよう」
もう邪魔者は出ないはずだ。
私は二人にサメからマジッククリスタルを回収するように命じると、再び水底へと機体を潜らせるのであった。