第四十六話 水中装備
「(姫様の視察が終わるまで、下手に行動できないな。学校に関して言えば、あそこは出席なんて適当だし、夏休みのあとで探索を始めよう)」
一旦アマギのことは忘れ、私と姫様はシルバーエイプの死体を解体所に持ち込んだ。
私たち魔晶機人隊と、グラック領の警備隊隊長兼猟師隊として魔物を狩っているラウンデルたちが持ち込んだ魔物は、このグラック領直営の解体所で解体され、素材とマジッククリスタルになる。
肉や内臓などは、解体所に巨大な冷蔵庫、冷凍庫があるので悪くならないよう保管され、毛皮は鞣され、他の素材も洗浄、加工などがされて保管される。
集めたマジッククリスタルと素材は、相場が有利な時に放出されるのだが、それは母が担当していた。
母は、そういうことが得意なのだという。
なんでも実家が貧乏郷士家だったそうで、自然とそういうことを覚えたのだそうだ。
この世界の下級貴族の女性は、経理ややり繰りが上手な人が多いらしい。
そうでなければやっていけないというか、下級でも貴族なので見栄は張らなければならない。
その経費を捻出するためだそうだ。
先日ダイヤの指輪をプレゼントしたら、『他に経費を回せる』といってとても喜んでいたな。
母曰く『郷士でも下級貴族なので、できればダイヤの指輪が欲しかった』そうだ。
一度手に入れれば、あとは代々大切に使うらしい。
もし本当に財政的に苦しくなれば、最悪現金化もできるというわけだ。
「(ダイヤの指輪が、セーフティーネットって……。下級貴族って世知辛い)」
なお、ヒルデとリンダにペンダントを、姫様にイヤリングをプレゼントしたことはいいそうだ。
『貴族なら、そのくらいの甲斐性を見せるのも必要』だそうだ。
拾ってきたアクセサリーをプレゼントして甲斐性があることになるんだ……。
あげないよりはいいんだろうけどさ。
「姫様、これはシルバーモンキーではないですか」
「かなり人里離れた場所にいかないと生息していないと聞きますよ」
「倒そうとして、逆に魔晶機人を傷つけられたり、撃破される操者もいますし」
「これの毛皮を使ったコートが、貴族令嬢の間で流行していまして」
「いいですね。シルバーモンキーの毛皮のコート」
ライムとユズハが、鞣されているシルバーモンキーの毛皮を見てうっとりとしていた。
コートが欲しいのであろう。
この世界に、毛皮を使うなと過激な抗議活動をする方々はいないようだ。
結界の中でしか農業ができないので、服などの素材は魔物や採集物頼りなので、そんなことを言っていられないのだろうけど。
「妾はそんなに興味ないがな。高く売れるのであればよいではないか」
「姫様、姉王女様たちはシルバーモンキーの毛皮のコートを持っていますよ」
「それは知らなんだ」
「姫様も、そういうことに興味持ちましょうよ」
姉たちが持っているから妹も持てとは、王族とは難儀な生き物だな。
「うわぁ、質のいいマジッククリスタルね」
リンダは、シルバーモンキーから取り出されたマジッククリスタルの方に興味があるようだ。
マルコと一緒に見ている。
今日リンダたちは、私たちと別行動で魔物狩りをしていた。
私がいないとそんなに儲からないけど、赤字ではないし、操縦の腕は磨ける。
必要なことであった。
「兄様、あの地図に記載されたゾフ湖まで偵察をおこない、シルバーモンキーまで狩ってくるなんて凄いですね」
「マルコももう少ししたらできるようになるさ」
「本当ですか?」
「本当だ。毎日の訓練を忘れないようにな」
「はいっ!」
マルコはいいなぁ……。
可愛くて、実に癒されるよねぇ。
「ゾフ湖はどうだったの?」
リンダに聞かれたので、私はその様子を説明した。
「大型で強い魔物の天国かぁ……遠いし、結界を張るのは無理なのね」
「そんなに甘くなかろう」
姫様がそうひと言つけ加え、以降は誰もゾフ湖の話題を口にしなくなった。
見つけた地図に記載されていたので念のため偵察してみたけど、今のところはどうにもできない。
という結論に至ったからだ。
「(しかし、アマギは気になる……。できれば、一日でも早くゾフ湖に潜って確認してみたい……)」
だが、姫様がいる状態ではそれも難しい。
夏休みが終わるまでは仕方がないのかなと思う私であった。
『なぜ妾が呼び出されるのだ? はあ? 討伐隊が敗れただと? グレゴリー兄の親衛隊がおろう。本人はともかく精鋭ではないか。なに? 絶望の穴で小規模な異邦者の集団発生があって、急遽そちらに向かっているだと? ワルム男爵たちもか? わかった。妾がなんとかしよう』
姫様たちがグラック領に視察に来て一ヵ月が経った。
基本、魔物狩りとグラック領での開発の手伝い、私が操縦を教えるくらいであったが、大分腕前は上達したと思う。
元から才能があったからな。
大分力の強弱の切り替えが上達し、自然と稼働時間も増えたので、総合的な戦闘力はかなり上がったはずだ。
いくら強くても、燃費が悪くてすぐに動けなくなる操者などいくらでも対策が可能なので、その弱点を克服できた姫様はますます世間から評価されるであろう。
頑張って、王国のために働いてね。
私はグラック領から見守っているから。
などと思っていたら、突如姫様たちが仕事で出かけることになった。
現在、王国で一番開発が進んでいる西部地区。
そこに、かなり強い無法者が現れたそうだ。
最初に送り出された王国軍有志の討伐隊が敗北し、死者まで出たらしい。
そこで急遽、姫様に白羽の矢が立ったわけだ。
グレゴリー王子とその親衛隊と、ワルム男爵が纏めている姫様の親衛隊は、また絶望の口で異邦者の小規模な連続発生が確認されたので、そのフォローに向かったそうだ。
結果、姫様くらいしか対応できる人がいないらしい。
「一週間……二週間はかかるかもな。西部地区の開発がコケると、またスラム町の住民と避難民が増えてしまうのでな」
魔物を駆除して結界を張っても、無法者に侵入されて滅び。
後継者が結界の維持に失敗して廃村にしてしまう。
この世界における可住領域の開発は、『三歩進んで二歩下がる』を地でいく行為であった。
そんななかで、順調な西部開発を頓挫させるわけにいかないのだろう。
「姫様が必要とされている緊急事態なので仕方がないですよ」
「夏休みはあと二ヵ月ある。妾は必ず戻ってくるぞ。エルオールに習うことはまだあるのじゃから。ライム、ユズハ。行くぞ」
「了解です」
「私、このグラック領はのどかで気に入っているので、必ず戻ってきますから」
姫様はライムとユズハと共に、飛行パーツを装着した魔晶機人で西部へと飛んでいった。
「(これはチャンスだな)」
今から準備すれば、例のゾフ湖の底に沈んでいるアマギを探索できるはずだ。
しかしながら、魔晶機人はそのままだと水中において著しい性能低下が起こってしまう。
改造等の準備が必要なので、私はヒルデを呼び出して相談してみた。
モノがモノなので、フィール子爵の娘であるリンダには相談できず、ヒルデの父親であるバルクも呼んで三人での相談となった。
「湖に沈む巨大な遺跡ですか。それは確かに興味ありますな」
宇宙船と言うと怪しまれるので、あくまでも超古代文明の遺産ということにしておいた。
同じようなものだから問題はないであろう。
「魔晶機人の密閉って可能なのかな?」
魔晶機人を水中で運用させる場合、まず問題になるのは機体の密閉性だ。
装甲の隅間から人工筋肉がある内部に水が入ると、元々水中の抵抗力で機動力が落ちてしまうのに、ますます動きが遅くなってしまうからだ。
しかも、使用後に機体からちゃんと水を抜かないと、人工筋肉の耐久性が著しく落ちてしまう。
水でふやけてしまうのだ。
マジッククリスタルの燃費も極端に悪化するが、これは私の場合、自分の魔力で動いているのでそこまで考えなくていい。
どうせ水中仕様に改良しても、稼働時間は一~二時間が精々というのもあったからだ。
「改造は可能ですぜ。沢山ある予備機を水中仕様に改造すれば、普段の活動も妨げませんし」
「できるのか」
「ただ、飛行パーツはどうしますか? アレを装備していると、水中に潜れなくなりますから」
確かに、飛行パーツのウィングは邪魔だよな。
だが、現状ではゾフ湖まで飛んで行かねばならない以上、飛行パーツを外すわけにいかない。
となると……。
「エルオール様、作戦に参加する機体がもう一機必要です。もう一機が飛行パーツを装備していない水中仕様機を運んでゾフ湖に着水させてから上空で待機。探索後は、水中戦仕様機を回収して戻るわけです」
「となると……マルコに頼むかな」
マルコは私の弟で、グラック領のためなら秘密を守ってくれるはず。
あの子は賢いから、外に情報を漏らさないはずだ。
「それがいいですね……「待ってよ!」」
「リンダ?」
しまった!
三人だけで話していたはずなのに、リンダに聞かれてしまったとは。
「私は除外されるの?」
「ほら、この手のことは秘密の方がいいかなって……」
オーパーツの探索なので、もしこれがリンダ経由でフィール子爵に漏れると、王国にも漏れるかもしれない。
結界を広げたり、廃村から魔晶機人やパーツ類を集めたことには文句を言わないと思うが、もしアマギが稼働状態にあったら……色々と面倒なことになってしまうだろう。
「リンダはフィール子爵の娘だ。どうしても実家の都合が優先する……「そんなことはないわ! 私は……私は信用されていないの?」」
リンダが泣き出してしまった。
女の子を泣かせてしまったのはよくないが、事情が事情なので仕方がない。
「私は、マルコやヒルデよりも信用がないの?」
「マルコは私の弟で、ヒルデは私の家臣だからだ。バルクもそうだ」
バルクとヒルデの親子は技術持ちだからだが、グラック家が好待遇で雇い入れている。
裏切る可能性はかなり低い。
今回の探索は、姫様たちがいない隙を狙っておこなうくらい、外部に情報を漏らしたくなかった。
リンダが参加しなければ、もしアマギが使用可能だったとしても……俺は、かなり可能性が高いと思っている。外部の状況からそう判断した……それを隠すことができるからだ。
今の王国でも、ゾフ湖に水中仕様の魔晶機人を派遣して調査するのは骨だろうから。
なので、余計にリンダを参加させるわけにいかなかった。
一人での探索は不可能だ。
ならば、同行者は慎重に選ばなければならない。
「あら、私はついて行く権利があるわ!」
「ここで強気ですか?」
ヒルデが驚くのは無理もない。
リンダが泣くのをやめて、強硬に探索への参加を明言したからだ。
「エルオール、私は前にあなたに命を救われた。お父様は、私をあなたの妻として差し出したのよ。だからもしグラック家とフィール子爵家が揉めた場合、私はグラック家の人間としてあなたにつく。無用な心配ね。もし連れて行かないのなら……」
「連れて行かないのなら?」
「それでも強引について行くからね。こうなれば一蓮托生よ。今さら私は実家に戻れないの。エルオールはその辺の理解が薄くて困るわ。操者や領主としては優れているのだけど……。あと、女心を理解していなさ過ぎ」
「それはありますね」
「それはあるな」
「ええっ! ヒルデとバルクにも言われた!」
なぜだ?
私は、田舎郷士として平穏な人生を歩みたいのに……。
リンダに叱られた私は彼女も連れて行くことを了承し、すぐに水中探索の用意を始めるのであった。