第四十四話 宝箱とアクセサリー
『おおっ! 南方には巨大な魔物が多いな!』
『姫様、真正面から迎撃しないように。こうです』
グラック領の南、昔に放棄された廃村において、私たちは魔物と戦っていた。
魔晶機人の部品があったので回収していたら、サイに似た巨大な魔物が突進してきたのだ。
姫様は真正面から迎撃しようとしたが、私はそれを窘めて、代わりに巨大なサイと戦う。
サイは、一直線にしか突進できないようだ。
予想進路がわかれば、最小の動きでかわして横合いから剣で首を斬ればいい。
私の一撃を食らったサイは、首から血を噴き出しながら倒れてしまった。
暫く痙攣していたが、一分ほどで完全に動きを止めてしまう。
『効率重視だな』
『魔物と人間は体の作りや行動パターンが違います。人間相手にこの戦法が通用することは少ないですが、魔物なら効果的です。このように相手によって臨機応変に戦術を変えているのです』
魔晶機人は、魔物、無法者、異邦者、魔晶機人及び魔晶機神と、相手によって戦術を変えて戦う必要がある。
魔晶機人と魔晶機神との戦い方は、現状決闘か、地方貴族の小競り合いくらいでしか必要なかったが、操者は国の守りだ。
すべてに備えるべく、日頃から訓練を怠らないことが大切だ。
グラック領は日々発展しているので、他の貴族に狙われないとは限らない。
それに備えた訓練も、私は定期的におこなっていた。
『リンダ、大丈夫か?』
『任せて』
さすがにもう三年も教えているので、リンダも大分効率よく魔物を狩れるようになっていた。
機体に負担のかからない、燃費のいい戦い方をする。
ちょっとセコイと思う人もいるだろうが、これができると地方貴族は大分財政的に楽になることが多かった。
塵も積もれば……いや、それ以上に魔晶機人関連の経費を削れるのだから。
とはいえ、そればかり意識しても魔物や無法者に不覚を取ることもあるので、バランスの取り方が難しいかもしれない。
地方貴族の中には、ただ魔晶機人や魔晶機神を動かせるだけで、本当に下手な人が多いのだ。
訓練するにも部品やマジッククリスタルが必要で、そこをケチッて一向に上達せず……そういう悪循環に陥っている貴族も多かった。
『グラック卿、この近辺の魔物は掃討しました』
『明日には回復しているけどね』
結界を張らなければ、すぐに魔物の数が回復してしまう。
困った話だが、こればかりはどうしようもなかった。
『兄様、今日も大猟ですね』
『急ぎ、解体所に運びます』
サイの魔物は巨大で強いので、体内から質のいいマジッククリスタルが取れる。
同時に、その角が魔晶機人の関節部品の、筋肉も人工筋肉の材料になった。
捨てるのはもったいないので、飛行訓練がてら、今日はマルコとユズハが倒したサイを運搬する役割だった。
この役割は毎日交代しているが、私だけは常に現場にいるようにしている。
ここまでグラック領から南下すると、なにがあるかわからないからだ。
飛んでいる分には、この近辺には飛行型の魔物も少なく、元々飛べる魔物はそんなに強くない。
マルコたちに獲物の運搬を任せても大丈夫であった。
「エルオール様、魔晶機人の部品を見つけました」
『じゃあ、それは私が運ぶよ』
廃村に放置されていたものなので、まだ使用できるかどうかはヒルデにしか判定できない。
さすがに私も、部品の強度などは詳しく判別できないからだ。
そこで、私の機体にヒルデが乗り込み、魔物が駆逐された廃村の格納庫らしき場所で、魔晶機人の部品をチェックしている。
使えるか、再利用できるものだけを選んで運ぶわけだ。
運搬手段が魔晶機人だけなので、そうでもしないと運びきれないという事情もあった。
「あれ?」
『どうした? ヒルデ』
「宝箱? いや、鍵付きの箱ですね」
『お宝かしら?』
「リンダ様、そう都合よくお宝なんて見つかりませんよ」
『ヒルデは現実的なのね』
「だから整備士なんです。これはちょっと鍵が複雑なので、工房で開けたいですね」
『じゃあ、私の機体に積み込もう』
私は、ヒルデが見つけた鍵付きの箱を操縦席に積み込む。
そして今日の狩猟と探索を終えたのち、グラック領へと帰還したのであった。
「どうだ? ヒルデ」
「……」
「罠の解除が難しいの?」
「もしかして、お宝なのでは?」
「姫様も意外とお好きですね」
「ワクワクするではないか」
「それ、私もわかります」
「そうであろう? ユズハ」
「なにが出てくるかワクワクしますね」
「ヒルデ、大丈夫か?」
「今、開きました」
格納庫の端で、ヒルデが針金を鍵穴に突っ込んでいたが、無事に鍵を開けることに成功していた。
ヒルデは、盗賊の才能も?
というよりは、鍵屋さんの才能か。
「お宝あるかしら?」
「リンダも意外と強欲?」
「エルオール、こういうのはロマンなのよ。お宝なら金額の多寡は関係ないの。あっそうだ。アクセサリーなら私にプレゼントしてね」
「いいよ」
私はアクセサリーに興味がないので、うら若き女性であるリンダにプレゼントするのもいいだろう。
ヒルデにも、普段世話になっているからあげようかな。
などと願ったからかは知らないが、箱の中には本当にアクセサリーが入っていた。
「エメラルドとルビーのペンダントが一つずつ。ダイヤのイヤリングが一つ。ダイヤの指輪が一つだな」
宝石の質も大きさもかなりよく、資産価値も高いと思われる。
これまで廃村を探っていて、初めて価値のあるお宝に出会えたな。
廃村を領有していた領主の夫人の持ち物だったとか?
それらを取り出すと、さらにその下に羊皮紙が何枚か入っていた。
「お宝の地図ですかね?」
「ライム、そんなに都合よくはいかないですよ。お宝は箱に入っていたではないですか」
もし他にお宝があれば、この箱に入っているはずだからな。
「地図かな?」
羊皮紙は、地図のようだ。
よく見てみると、この箱があった廃村を中心とした地図で、私たちがこれまで探索した廃村と、村の位置がほぼ一致していた。
そして、地図の南側に大きな湖とお城と城下町があると記されていた。
「国? サクラメント王国以外の?」
「ああ、ゾフ王国だな。すでに滅んだ国だ」
姫様によると、ゾフ王国は数百年前に滅んでしまった南にある国だそうだ。
「小国であったが、軍が精鋭で優れた操者も揃っていたらしい」
「それでも、滅亡から逃れられなかったのか……」
「魔物、無法者、異邦者、他国。この世界には敵が多すぎるのだな」
ようやく国家間の戦争は止まっていたが、貴族同士の領地、利権を巡る小競り合いは今も続いている。
魔物に故郷を追われる人たちがいるというのに……。
私が前にいた世界でも同じようなものだったので、人間とは因果な生き物だなと感じてしまう。
「サクラメント王国は探索しなかったのかな?」
「したと思うが、すでに結界が解けて魔物の巣になっていたのかもしれないな」
そうなればもう放棄するしかないのか。
グラック領よりもさらに南だからな。
田舎すぎて、領地化しようとは思わなかったのであろう。
「それよりも、アクセサリーよ」
「リンダとヒルデにプレゼントするよ。どれがいい?」
「私はペンダント。指輪は操縦の邪魔になるから」
「私も整備の邪魔になるので、ペンダントがいいです」
リンダはルビーのペンダントを、ヒルデはエメラルドのペンダントを選んだ。
「似合うでしょう? エルオール」
「似合いますか? エルオール様」
二人ともかなりの美少女なので、基本的になにを着てもつけても似合っていた。
その昔、前世で私が大学生だった頃、当時の彼女にアルバイトをして購入したアクセサリーをプレゼントしたことを思い出した。
「おほん……」
とここで、なぜかとても残りのアクセサリーが欲しそうな顔をする姫様がいた。
公式な場ではともかく、普段は邪魔になるからといってアクセサリーなどほとんどつけていないのに、どういう心境の変化なのだろう?
「イヤリングはどうでしょうか? これなら操縦の邪魔になりませんし」
「悪いな、エルオール」
と言いながら、私がプレゼントしたダイヤのイヤリングをつける姫様。
その美しさでも近隣諸国にまで知られた人なので、とてもよく似合っていた。
「エルオール、指輪はどうするの?」
「そうだなぁ……」
ライムとユズハがもの凄く欲しそうな顔をしていたけど、姫様にイヤリングで、どちらかに指輪って、のちに禍根が残りそうな気がする。
どちらが貰うかで、二人の仲が深刻になりかねないというのもあった。
「(どうしようかな?)えっ?」
突然ヒルデから脇腹を突かれたので何事かと思ったら、彼女の視線の先、格納庫の扉に隠れるようにして母上がこちらの様子を窺っていた。
しかも、とても物欲しそうな表情で指輪を見ている。
「(ヒルデ、ナイス!)」
よくぞ気がついてくれた。
「マルコ」
「はい」
私は、マルコと二人で母上の下に行き、最後に残ったダイヤの指輪をプレゼントした。
「ありがとう、二人とも。こんなに大きなダイヤの指輪って初めて貰ったわ」
「「……気に入ってもらえてなによりです」」
母上。
嬉しいのはわかるけど、そんな母上を見て涙を浮かべている父上がいるのですけど……。
父上は、領民たちのために大きなダイヤの指輪を買えなかったわけで、そこはある程度斟酌してあげましょう。
そういえば前世で、懸命にアルバイトして購入した指輪の石が小さくて、彼女に鼻で笑われ、すぐに別れたのを思い出した。
いつの世の女性も、大きな宝石が好きなんだなと思う私であった。
あっ、そうだ。
あとで、羊皮紙の地図もちゃんと見ておかないと。