第四十三話 操縦しては駄目だ!
「訓練とはいっても、そんなに難しいことではない。ただひたすらこの地を開墾し、畑を作り、道を整備し、用水路を掘るだけだ」
「エルオール、その訓練の目的は?」
「まずリリー様は、『力の入れ方の強弱』を体に叩き込んでいただきます。作業は一日続くので、昨日までのようになんでも全力で機体を動かしていたら、すぐに機体が駄目になってしまいます。マジッククリスタルの消費量も嵩む一方です」
「しかし、常に全力を出せば魔晶機神は圧倒的なパワーを出せる。その方がよくないか?」
「これは、意外と難物かな?」
翌日から、私は姫様とライム、ユズハの訓練を始めることにした。
姫様については、別に下手ではないのだ。
むしろ上手なんだが。力の入れ方に問題があった。
いつも『よーいどん!』で、機体を全力で動かしてしまう。
いきなり全力なので、これもパっと見では姫様の操者としての評価に繋がっているのだが、当然こんなことをしていては機体の修理の頻度が上がってしまう。
マジッククリスタルの消耗も激しいだろう。
それでも問題にならないのは、彼女が王女で費用を気にせず、最高の運用環境にあるからだ。
しかしながら、いくら強くても稼働時間と耐久力に弱点があれば、敵はそこを突いてくるだろう。
今のところは起こっていないが、将来、姫様相手にそこを突く作戦で彼女を倒す操者が出るかもしれない。
こういう弱点は、ベテランほど気がつくものだからだ。
「必要がない時には無駄な力を抜いて動かし、ここぞという時に全力を出す。そうすれば、今ほど頻繁に機体の整備が必要なくなるはずです。開墾や道路工事において、戦闘で強敵に出会ったように全力を出す必要はありません。むしろ稼働時間が下がって害悪です。いつでも全力を出せばいいというものではなく、その時々によって適切に切り替える。その訓練なのです」
「なるほど。よくわかった」
「お二人はそれができているのですよ。ですよね?」
「まあ、実家が貧乏騎士爵家なので、無駄な動かし方をすると怒られるので……」
「マジッククリスタルも部品も高いですからね」
やはりライムとユズハは、下級貴族家の出か。
姫様の護衛である以上、魔晶機人の修理、メンテナンス費用とマジッククリスタル代は王国持ちのはずだが、姫様並に費用がかかれば文句か嫌味を言われるのであろう。
なにしろ彼女たちは、下級貴族出身だからだ。
ゆえに、最初から機体に負担のかからない動き方ができていた。
「魔晶機人は動かす経費が高いのよねぇ……」
リンダの実家は子爵家であるし、地方貴族なのでそう羽振りがいいわけではない。
最初から機体に過度の負担をかけないように動かしていたし、私が指導したのでさらに改善していた。
マルコに至っては、最初から私がちゃんと教えているし、彼は才能があるので真綿が水を吸うかのように操縦技術を会得している。
「妾だけか……」
「なにも考えず、計画通りに作業をすればいいんですよ。どの程度で無駄に力を入れなくなるかは、それは姫様の才能次第です」
「ううっ……頑張る……」
こうして早朝から、姫様はひたすら魔晶機人で整地、開墾、道路工事などこなすようになった。
私たちは、魔物狩りや、グラック領南部にある放棄された村の探索を行い、魔晶機人やパーツ類、その他使えるものの回収もおこなっている。
数本の水晶柱の回収にも成功していた。
夕方、グラック領に戻ると、姫様は真面目に作業をこなしていた。
根が真面目なのであろう。
「エルオール、大分作業が進んだぞ」
「じゃあ、チェックしてみますか」
作業を終え、格納庫に機体を入れると、ヒルデが姫様の機体のチェックを始める。
昨日修理したばかりの機体なので、どの程度関節部分などが磨り減っているか確認し、私が与えた課題をこなせているか判断するわけだ。
「ヒルデ、どうだ?」
「このままだと、一週間と保ちません」
「まだまだですね」
最低でも、一ヵ月は保たせてくれないと。
もし実戦なら、二~三日でパーツ交換が必要なレベルだな。
「しかし、魔晶機人とはパワーが出るものだ」
「出ますが、その力は異邦者を屠るには必要でも、木を斬り倒し、根っこを抜くのに必要でしょうか? 土地を耕すのには? 必要に応じて力を出したり抜いたりする。人間だってそうです」
私は、近くにある小石を拾った。
「この小石を拾うのと……」
次に、私は端に置いてあったもう使えないパーツを持ち上げた。
かなり重たいので、持ち上げるのに苦労する。
「このパーツを持ち上げるので、同じ力を出したらおかしいでしょう?」
「そうだな……小石を持ち上げるのに、そこまでの力は必要ない」
「リリー様は、魔晶機人を操縦していないかな?」
「魔晶機人は操縦して当たり前ではないか。エルオール、お主はなにを言いたいのだ?」
「ぶっちゃけ魔晶機人も魔晶機神も、魔力があって念じれば動きます。では、その腕前の差はどこから出てくると思いますか?」
「腕前の差か……弛まぬ訓練だ」
「当然それもあります。ただ我武者羅に動かして訓練しても、上達の効率が悪い。こういう時は、魔晶機人がどういうものなのか本質的に理解することが必要なのです」
「本質を理解だと?」
「念じれば動くということは、魔晶機人とは人間に近いものではないでしょうか? 人間も自分がそう思えば、腕が動く。足が動く。魔晶機人も似ているとは思いませんか?」
「そう言われてみるとそっくりだな」
「つまりだ。魔晶機人の操縦が上手になるコツは、いかに魔晶機人と一体化するかが大切になる。これは魔晶機人ではない。巨大化した自分をいかに効率よく動かすかなんだ」
断言してしまったが、この魔晶機人はコンバットスーツにとてもよく似ていた。
コンバットスーツには古い時代からの名残で操作レバーなどが残っていたが、実は脳波で動かした方が高性能だった。
機動兵器が高性能化、あげくに人型となったため、操作が非常に複雑になり、操作に集中し過ぎて敵に落とされるという間抜けな事案が昔に発生し、それを改めるため脳波コントロールが可能になっていた。
私は好都合だと思っていたが、中にはレバーやボタンも操作した方が上手く動かせるというパイロットもいて、彼らは脳波コントロールと併用していた、
本当は脳波のみで操縦した方が効率がいいのだけど。
魔晶機人は特にそういう傾向が強いので、とにかく『操縦している』という感覚をなくした方がいいと思うのだ。
魔晶機人と一体化し、大きくなった自分の体を自然に動かす感覚で。
姫様がそれを会得したら、もう私が教えることはないな。
「なるほど。自分の体を動かす感覚だな」
「(エルオール、えらく親切ね。丁寧に教えちゃって)」
これまでと方針を変え、私が姫様たちに魔晶機人の操縦を教えるようになった理由。
それは、とにかく姫様を目立たせるためである。
元々彼女は、この世界で一番の操者と言われている。
それが事実かどうかは知らないが、少なくともそういう評価だ。
そんな彼女の操縦技術がさらに上手くなれば、彼女に注目が集まる。
ライムとユズハもそうなるであろう。
そしてそんな状況において、彼女たちに指導した郷士がいる。
うん、邪魔だな。
身分制度が硬直しているこの世界において、私の存在はなかったことにされる。
さらに評価を得た姫様は忙しくなる。
私どころではなくなり、グラック領でプチリッチな田舎貴族生活が送れるというわけだ。
私は、リンダに自分の考えをそっと語った。
「(エルオールも大概ね……でも、それはいいわね。エルオールはこの領地に責任があるし、私はそれを支えるから中央での栄達に興味ないし。いいアイデアよ)」
リンダの機嫌が妙によくなったような気がするが、彼女もいつまでも姫様たちがいると堅苦しいだろうからな。
きっと、私に協力してくれるはずだ。
ヒルデに関しては言うまでもない。
「ヒルデ、どうだ?」
「機体に無理な力がかからなくなりましたね。マジッククリスタルの消費量も抑えられつつあります」
「合格かな」
やはり天才とはいるものだな。
私が少し指導したら、姫様は一週間で課題をこなしてしまった。
「エルオール、基礎はこれでいいんだな?」
「合格ですね」
普通は、月単位でかかる課題なんだけどなぁ……。
「では、次は模擬戦闘をしてくれ!」
「模擬戦闘は真剣にやればやるほど機体が壊れるので、一週間に一度ですよ。あとは、魔物などを狩る時にコツみたいなものを教えます」
「そうか。この夏休み期間中は頼むぞ」
私にも色々と予定があるんだが、別にグラック領の開発を邪魔しているわけでもなく、むしろ訓練と称して仕事を頼むと進んで引き受けてくれるので、夏休み期間中は構わないか。
姫様たちの魔晶機人は持ち込みで、経費はすべて負担してくれるのだから。
全体で見れば、黒字だからいいか。