第四十二話 エルオールという男
「姫様?」
「妾も、ライムもユズハも、見事に負けたな」
「はい……」
「まるで別次元の相手と戦っているようでした」
それは妾も感じていた。
妾は幼い頃から魔力量の多さで将来を嘱望され、十歳になり行われた搭乗の儀で、無事魔晶機神の起動に成功してすぐに操縦を覚え、
天才操者と称されるようになった。
そんな妾と同じく、魔晶機人の操縦をすぐに覚え、魔物狩り、無法者の討伐で戦果を出した郷士の子供がいると聞き、王都で待っていたら姿を見せた。
思えば、それがエルオールとの出会いであった。
周囲の者たちは彼の才能に気がつかなかった……いや、彼は郷士だ。
妾の周囲にいるのは上級貴族が多く、彼らからすれば最下級の郷士に操者としての実績で負けているなどとは、意地でも認めたくなかったのであろう。
エルオールもそれは理解していたようで、最初に模擬戦をした時、見事に手を抜かれてしまった。
このままでは、エルオールが少なくとも妾の前で全力を出すことはない。
それが悔しかったので、大異動の際、親衛隊に推薦して戦わせた。
彼は、魔晶機神でも落とせるかわからない、大要塞クラスを魔晶機人単機で落としてしまった。
この瞬間、妾は理解したのだ。
エルオールは、妾を遥かに上回る操者であると。
だから学校に推薦し、先日も決闘で二機の魔晶機神を戦闘不能にして勝利した。
大異動の際にはグレゴリー兄が実利と引き換えに功績を隠し、決闘の時には相手が未熟者ということになったが……。
エルオールもそれに手を貸してしまうので、いまだ彼の実力に気がつかない者も多い。
しかしながら、彼がグラック家の家督を継ぎ、領地を順調に拡大、発展させていることに、国王たる父上が気がつかないはずがない。
だから妾は、極秘の視察と称してグラック領にやって来た。
エルオールが本気を出すところを見たかったからだ。
そして妾は、本気を出した彼に呆気なく敗れた。
足の関節が駄目で、いつ倒れるかわからないハンデのある機体を使い、妾を一方的に翻弄したのだ。
それが妾への不敬だと、続けて模擬戦を挑んだライムとユズハも、やはり子供のように弄ばれ、敗れ去ってしまった。
この二人は、下手な魔晶機神乗りでは歯が立たないレベルの操者だというのに。
妾の機体の足が限界を迎えるまで一方的に翻弄され、妾は思ったものだ。
これまでの賞賛や実績など、いったいなんの役に立つのだと。
そして同時にこうも思った。
妾は他者に敗れたのに、どうしてこんなにドキドキしているのかと。
「もしやこれは……妾にも対等な友ができるということか?」
妾は王女であり、周囲に人は多いが友は一人もいなかった。
なぜなら妾は王女であり、そんな妾と対等な者など一人もいなかったからだ。
そんな中で、エルオールは妾を遠慮なく叩きのめしてくれた。
彼は妾の心の憂いを理解して、ライムとユズハの機嫌を損なうリスクを恐れず、全力を出して妾に全力を出してくれた。
「妾は、エルオールに少しでも追いつかねば。それこそが、妾と彼との友情を現すものなのだから」
幸い、視察は三ヵ月もある。
彼に一から操縦を教わり、将来共に強敵に対し轡を並べる日を楽しみにしようではないか。
エルオールは天才で、そんな彼を出自で差別して評価しないのはおかしい。
妾は王女なので、彼を正当に評価し、世間にその名を知らしめることができる。
今、妾は王女に生れて心からよかったと思える瞬間であった。
とにかく今は、エルオールからもう一度一から操縦を習うとしよう。
「ユズハ、彼は……」
「ええ、紛れもない天才ね」
あの姫様が興味を持つくらいだから一角の才能はあるのだと思っていたが、まさかここまでとは。
故障寸前の機体で姫様を翻弄し、そのあと私たちも容易く倒してしまった。
私とユズハは、姫様の護衛に選ばれたくらいなので腕に自信があったのだけど、そんな自信を一気に喪失させられるほどの腕前をグラック卿は持っていた。
あの腕前で、姫様と同じ歳の十三歳だなんて信じられない。
多分、王国軍のトップエースでも彼には勝てないはず。
どうして姫様が彼に興味を持つのか、その理由がよく理解できた。
同時に、少し安心もした。
もし嫁入り前の姫様が、異性として郷士に興味を持たれたら困ってしまうが、優れた操者として興味を持たれるのなら、これは仕方がないの範囲で済む話。
私たちは姫様の護衛なので、姫様と男性との過度な接触を避けるのも仕事で、それを回避できなければ処罰の対象になってしまうのだから。
「姫様が、そういうのに疎くて助かったわ」
「それはあるわね」
グラック卿を、操者としてのライバル、異性の友人くらいに見ているのであれば安心でしょう。
「もしもの時は、私がグラック卿と……とか?」
「ライム、リンダ嬢に殺されるわよ」
「そうね」
事前に調べておいたが、フィール子爵は愛娘を三年以上もグラック卿の傍に送り出している。
グラック領の様子を見れば、彼がグラック卿にツバをつけたと見て間違いないだろう。
三女で三つ上。
上級貴族でも、下級貴族に嫁に出して不自然と思われないはず。
ここで、私たちも下級貴族だから……とか、余計な野心を抱かない方がいいだろう。
「私は年下はちょっと……」
「それもそうね」
私たちは共に十五歳なので、十三歳のグラック卿とはなぁ……というわけだ。
「それに、整備のヒルデって娘もそうだろうし」
「グラック卿は年上が好きなのかしら?」
「たまたまじゃないの?」
とにかく今は、姫様が夏休み中グラック領に留まる以上、私たちも姫様から離れるわけにいかない。
それに、ついでに操縦を習ってしまえば……。
悪い話ではないのではないか。
「(もしかしたら、グラック卿が私を見初めるかもしれないし)」
明日からの訓練が楽しみね。




