第四十一話 教導
「始めるぞ」
「どうぞ」
これから畑の造成をおこなう予定の空き地で、私と姫様の模擬戦が始まった。
これは性格なのであろう。
早速姫様が、模擬戦用の木刀で私に斬りかかってくる。
まるで百メートル走のスタートダッシュみたいに速いが、とにかく常に全速力なので、足の関節への負担はとんでもないことになっているはずだ。
さらに攻撃が一直線で、回避行動の予想がしやすい。
普通の操者ではあまりの素早さなので回避できないが、名人クラスなら回避できる人はそれなりにいるはず。
『この機体は要修理なので、あまり負担はかけられないな』
私は、機体の特に膝に負担がかからないよう、最低限の動きで姫様の一撃をギリギリで回避する。
「まだだ!」
以後も、姫様は機体に過度の負担をかけながら、ゼロダッシュ攻撃を連発した。
私は機体に負担をかけないよう、ギリギリで回避していく。
ギリギリでなんとか避けているように見せて、姫様の攻撃を誘っているのだ。
『当たらぬ……』
「当たらないように回避していますので。それよりも、膝と股関節の部分は大丈夫ですか?」
『リリー様! もう機体を動かさない方がいいです!』
魔晶機人には、コンバットスーツみたいに自己診断装置などという便利なものはついていない。
外側から機体を見たヒルデは、もうその機体を動かさない方がいいと姫様に忠告していた。
私の機体と同じく、要修理状態になってしまったのだ。
それは、ずっと私への全力攻撃を続けていればそうなる。
短時間で仕留められればよかったが、残念ながら今の姫様にそれは不可能であった。
『まだやりますか?』
『攻撃が当たらねば、エルオールに勝てん!』
自分の機体の状態を察してか、これが最後と渾身の一撃を繰り出してきた。
並の操者ならそれで終わりだが、私はやはり機体に負担をかけないよう、その攻撃をギリギリで回避した。
『また避けられた! あれ?』
そして、ここで姫様の機体の膝の関節が死んだ。
人工関節に皹が入ってから砕け、姫様の機体はバランスを崩してそのまま倒れ込んでしまう。
『痛たた……無念……』
私は、倒れた姫様の機体の頭上に木刀を置き、これにて私の勝利となった。
『私はなにも攻撃していません。それなのに、姫様は負けました。どうしてなのかは、ご自分で考えてください』
『それは……』
姫様が、私になにか言おうとしたのを遮るように、二体の魔晶機人が乱入してきた。
先ほど私に怒っていた、ライムとユズハの二人が突然私に挑んできたのだ。
『姫様を転倒させるなど!』
『これ以上に不敬は許すまじ!』
姫様への忠誠心に溢れる二人は、姫様を魔晶機人ごと転倒させた私にお仕置きをしたいようだ。
共に模擬戦用の木刀を装備していたが、私を倒す気満々にしか見えない。
「二人とも! エルオール様の機体はもう限界なんです! 模擬戦なら機体を交換するまで待ってください!」
「そうよ! エルオールの今の機体に二対一で勝って、それで本当に姫様の護衛なの?」
外からヒルデとリンダが文句を言うが、二人は聞く耳を持たず私に斬りかかってくる。
私はそれを回避しながら、二人の腕前を冷静に観察していた。
『二人は、機体に負担がかかりにくい乗り方をある程度マスターはしているのか』
ただ二人の場合、姫様ほどのスピードも力もないようだ。
ちゃんと訓練をしているので、技術的な面はそう悪くないかな。
『ちょこまかと!』
『当たらない!』
『そりゃあそうだ。姫様が当てられないのだから。二人は根本的な速さが足りないんだ』
聞けばこの二人、魔晶機神には乗れないそうだからな。
下級貴族の家の娘を抜擢して、姫様専属の護衛にしているのであろう。
ゆえに忠誠心が強く、姫様を倒した私が許せない。
同時に、彼女たちは陛下より抜擢された身なので、同じ下級貴族ながらも郷士でしかない私にぞんざいな口を利くのであろう。
騎士爵家か、準男爵家の出だろうな。
生家の家格が本能で刷り込まれているから、郷士である私に反発する。
私が姫様を倒した件もあるので、こうして勝手に戦いを挑んできたわけだ。
『(まあいいけど……)』
どうせ二人の魔晶機人の修理代は姫様持ちだ。
私が損をするわけではない。
先に喧嘩を売ってきたのはそちらだ。
どうなっても責任は持てないな。
『どうして当たらない!』
『またかわされた!』
二人は姫様よりもスピードがないので、さらに機体に負担をかけずギリギリで回避できてしまう。
同時に斬りかかってくるのだが、この二人は息が合いすぎるゆえに、だいたい、同じ箇所を同時に攻撃しようとする癖が出てしまい、事前に対処できるのだ。
念波を使うまでもない。
『(とはいえ、もうそろそろ機体が限界かな……)』
要修理の機体を騙し騙し使っているので、突然ガタがくるかもしれない。
ここで負けるのも嫌なので、もう決着をつけるとしよう。
『今だ!』
『残念』
まずはライムの木刀による一撃を最小限の動きでかわすと、同じく模擬戦用に作った小型ナイフを抜き、腕と手の平の装甲の隙間に突き入れた。
模擬専用の木製ナイフでも、人工筋肉にはダメージがいくので、ライムの機体は木刀を落としてしまう。
『えっ! どうして!』
機体の手首の部分に木製のナイフが突き刺さり、利き腕が動かせなくなったライムは動揺してしまい、その隙を突いて私は足払いをかける。
派手に倒れたライムの機体は、しばらく動けないはずだ。
『よくもライムを!』
相棒を倒されてしまい、これまでは協力して私と戦っていたユズハは激高して私に襲いかかってきた。
私はライムの機体が落とした木刀を素早く手に取り、機体をしゃがませたまま木刀を上部へと斬り払う。
その一撃がユズハの機体の手の甲を強く叩き、同じく木刀を飛ばされてしまった。
武器を失ったユズハ機の首筋に木刀を添え、これで勝負あったとなった……とか思ったら……。
『まだまだ!』
先の転倒させたライムが立ち上がり、後ろから殴りかかってきた。
『後ろからなら!』
『残念!』
さすがにこの状況では念波が働き、私は数秒後のライムの機体の動きが手に取るようにわかった。
ユズハの機体の首筋に突きつけていた木刀を瞬時に逆手に切り替え、そのままライムの機体の頭部めがげて突き入れる。
さすがは姫様の護衛というべきか、ライムは自分の機体の頭部が破損することを未然に防いだ。
ギリギリのところで突進を止め、その場に立ち尽くしていた。
これ以上、どんな攻撃をしても私に届かないと理解したのであろう。
『もういいかな?』
『参りました』
『私たちの負けです』
『まだ格納庫までは歩けるようだな。本当にギリギリだったな』
「エルオール様、普通の操者なら、戦っている最中に機体が保ちませんでしたよ。リリー様の機体は……もう膝の関節がボロボロですね。運搬するしかないかな?」
『私たちが運びます』
幸い、転倒したままの姫様の機体は、まだ普通に歩けるライムとユズハの二人が運んでくれた。
久しぶりにまともな模擬戦をしたわけだが、たまにはいいものだと思ってしまう。
私はできればもう軍人はやりたくないのだが、人型兵器を動かすのは大好きなのだと再確認できた瞬間であった。