第四十話 意見
「なるほど。エルオール様が学校で知り合ったお嬢様なのですか」
「そうなんだよ、ラウンデル」
「妾は、グラック卿の操者としての腕前に感動してな。夏休みに訓練してもらうことにしたのだ」
「それは御熱心ですな」
さて、お忍びで来ている姫様の素性をそう晒すわけにもいかず、両親、マルコ、ヒルデ、リンダ以外の人たちには、姫様はとある騎士爵家のご令嬢で、私が学校で知り合いになった。
夏休み中、魔晶機人の操縦訓練のためグラック領にやってきた。
ということにしておいた。
ラウンデルは、姫様の説明を信じたようだ。
「(若様も意外とやりますな。ヒルデやリンダ様に続いて、こんなにお美しいご令嬢を実家に誘うなんて)」
「……」
なっ?
信じてくれただろう。
私がプレイボーイだと。
まさか、郷士である私が王女殿下をナンパするとは思わないはずなので、ラウンデルは信じてくれたよ。
「というわけで、客人はいるが、普段と予定を変更するつもりはない」
下手に予定を姫様シフトにすると、領民たちに姫様の存在がバレてしまうかもしれない。
それに、私には領地を開発し、プチリッチに田舎生活を楽しむという人生目標がある。
たとえ姫様でも、それを邪魔してほしくないのだ。
表向き、騎士の令嬢が魔晶機人の操縦を習いに来たのだから、姫様にも働いていただこう。
「つまり、普通に狩猟ですか」
「当たり前だ。魔晶機人など、動かさなければ上手にならないのだから」
私、リンダ、マルコ、姫様、ライム、ユズハ。
合計六機の魔晶機人と共に、ラウンデルが指揮する猟師隊も結界の外へと向かった。
「昨日沢山倒したばかりなのに、もう元通りだな」
「結局、結界を張らないとどうにもならないのよ」
リンダの言うとおりだなと思いつつ、私たちはそれぞれに魔物を狩り始めた。
教えるといっても、姫様に教えることなんて……なくはないが、それに自分が気がつくかは別問題だな。
ちょっと横から見ていると、とにかく姫様は素早く強い。
それはいいと思うのだが、あまり機体への負担などは考えていないようだ。
よほどの強敵が相手でなければ、常に全力で戦わず、適度に力を抜いて機体への負担を和らげた方が、機体の持久力という観点では戦闘力が上がるのだから。
いくら強くても、すぐに機体にガタがきて修理が必要になれば、長期戦闘になると途端に不利になってしまう。
あと姫様は、マジッククリスタルの消耗も激しいと思う。
機体への負担も合わせて、彼女は王族でバックアップは万全だから、あまりそういうことを考えないで済んだからであろう。
実際、それで今のところは問題ないし、三ヵ月間の魔晶機人に関するコストは王国持ちだ。
うちが損をする話ではないし、姫様に注意するとあの二人がうるさそうというのもあった。
ライムとユズハであるが、どうやら彼女たちは下級貴族の出のようだな。
腕前は少し姫様に劣るが、機体の動かし方の効率がいい。
マジッククリスタルの消費量にも気を配っており、彼女たちは理想の操者といえた。
「エルオール、沢山倒せてよかったな」
狩猟は大成功で、沢山の魔物の素材とマジッククリスタルの入手に成功した。
使用した魔晶機人を格納庫に入れると、早速バルクとヒルデが機体のチェックを始めている。
「リリー様の機体ですが、両足の関節がもうそろそろ限界ですね。早めの交換をお勧めします」
「そうか。どうも最近、関節部分の部品の消耗が激しいな」
それは、姫様が常に最大限の負荷をかけて機体を動かしているからだ。
だが、それが必ずしも悪いとは言えないので困ってしまう。
ライムとユズハは、決して姫様にそれを言わないだろうな。
彼女たちからすれば、姫様に意見するなどあり得ないからだ。
それが賢い生き方でもある。
この世の偉い人たちが、全員素直に目下の者たちの忠告を受け入れるとは限らないからだ。
姫様の場合、すぐに修理できてしまうので、そこを気にする必要がないのも確かであった。
機体に負荷をかけすぎない操縦とか、燃費を考えた操縦は、いわば貧乏人の知恵の類なのだから。
一秒でも長く機体を使えるように訓練して、総合的に戦闘力を上げていく。
こちらも別に間違ってはいない。
それで生き残れることだってあるのだから。
「エルオール」
「はい」
「妾になにか言いたいことでもあるのか?」
ちょっと考え込んでいたら、少し顔に出てしまったか?
これは不注意だったな。
「いえ、特には……」
この世界で一番の操者と称される姫様に、魔晶機人の操縦についてなにか言えるわけがない。
ましてや私は郷士なのだ。
もし差し出口を利いたら、王族や上流階級の人たちになにを言われるか。
実際、ライムとユズハの二人が『姫様になにか文句でもあるのか? オラ!』という表情を私に向けていた。
「エルオール、お主もなにも言ってくれないのか?」
特に言うことはないですと言ったら、姫様にとても悲しそうな顔をされてしまった。
美少女のそういう表情は、男性にとって卑怯だと思う。
「妾は、この世界で一番強い操者だと言われている。とてもそうは思わぬが、我がサクラメント王国からすれば、そうでなければ困るということじゃ。だから妾は、常に研鑽を怠らないようにしている。これまで妾に勝てるかわからぬが、優れた操者たちと出会ってきた。彼らに妾の弱点などを尋ねてみたが、全員ないという。そんなわけがない。みんな、妾が王女だから妾の弱点など言えば不敬だと思ってしまうのだ」
もし姫様に操縦のアドバイスなどしたら、姫様の最強伝説に傷をつけてしまうという理由もあるのかな。
あと、ライムとユズハが怖すぎ。
あんなに睨まれて言えるか。
それと、ワルム卿ですら姫様に操縦のアドバイスはできない空気なのか……。
親衛隊、怖っ!
「しかしながらエルオールは、魔晶機人で大要塞クラスを落とすわ、決闘で魔晶機神を倒してしまうわ。王城にいる連中は妾の方が腕前は上だと言うが、とてもそうは思えん。今回の極秘視察。妾は楽しみにしていたのだがな……」
そこまで言うと、姫様は完全に落ち込んでしまった。
叱られたい、操縦技術について注意されたい王女様かぁ……。
考えてみたら、この人はまだ十三歳だ。
気丈に振る舞っていても、世間の名声と期待でストレスを感じているのかもしれない。
「(さすがに、ここで特にないですとは言えない……仕方がないか……)ありますが、口で言うよりも実際に経験してもらいましょう」
「エルオール!」
「ヒルデ、あの機体を借りるぞ」
「ええっ! あれはもう駄目ですよ! 膝と股関節が限界で、これからパーツを交換するんですから」
俺が乗ると言った機体は、昨日まで酷使し続けて姫様の機体以上に関節が疲弊しており、すでに稼働停止を命じられている機体だった。
これからヒルデが修理する予定で、私はこれに搭乗すると宣言した。
「今すぐ転倒してもおかしくないので」
「大丈夫だ。私なら、あと三十分くらいは普通に動かせる」
ここで、腕前の差が出てしまうのだ。
ただ魔晶機人の性能を全力で引き出そうと動かした場合、特に腰や足の関節、人工筋肉に過剰な負担がきて、極端に稼働時間が短い操者が少なくない数いた。
瞬発的に強くても、相手にかわされて時間を稼がれれば、機体にガタがきて動けなくなったところで攻撃されてしまう。
戦争でもなければあり得ない負け方だが、魔物、無法者、異邦者が知恵を働かせてそういう戦法に出てくる可能性はゼロではなかった。
軍人たる者、万が一に備えるのも仕事というわけだ。
「姫様はご自分の機体にどうぞ。模擬戦闘をしましょう」
「やってみればわかるというわけか。いいだろう。エルオールとはまた戦ってみたかったのだ」
こうして私は今にも故障寸前の機体で、やはり同じくもうそろそろ部品交換推奨の機体と模擬戦闘をすることになったのであった。