第三話 気がついたら、別の世界の子供だった件について
「さすがは、汎銀河共和国軍で名高い特殊部隊。素晴らしい戦闘能力ですな」
「お褒めに与り光栄です……」
廃鉱山にあった反政府軍の基地は陥落した。
現在、サントナムの政府軍が陥落した基地の中に入って調査や残敵の回収を行っているが、そこに軍高官が来て、私に媚びるようにお礼を述べている。
彼がとても嬉しそうなのは、このまま基地を落とせないで無能扱いされずに済んだからであろう。
ただし、コンバットスーツの全損六機、損傷十一機、航空機の損失三十七機、戦死者八百七十九名を出して、世論やマスコミからなにも言われないで済むかどうか……私はかなり分の悪い勝負だと思うけど。
ついでに言うと、これだけの規模の反政府軍が生まれてしまうサントナム惑星政府の統治能力に大きな問題があると、マスコミなどから叩かれてしまうかもしれないな。
「それで、反政府軍の捕虜などは?」
「いません。苛烈に抵抗したものですから」
いくらなんでも、捕虜がゼロなのは怪しい。
兵器の横流し疑惑などもあるので、全員の口を塞いだとしか思えなかった。
そしてその件が、私に漏れるのを軍高官は恐れているようだ。
「(まあ。安心しな)」
常に数十の惑星反乱やテロ組織への対処を抱えている共和国政府に、各惑星国家上層部の汚職程度で口を出す余裕などなかった。
その都度、起こった反乱に対処するのが精一杯であったからだ。
「ところで、汎銀河共和国軍法にある武器の没収事項ですが……」
「はい。それは問題ありません」
反乱の鎮圧などを汎銀河共和国軍に協力を要請した場合、鎮圧した組織が所持していた武器を共和国軍が接収する。
こういう法があり、それを順守するつもりがあるのかと、私は軍高官に聞いていた。
たまに鹵獲品が惜しいのか、共和国軍に隠して問題になるケースがあるのだ。
「それで、これは純粋な武器やその残骸というわけですよね?」
「そういうことになります」
もう一つ、この法は少し解釈の面で曖昧な点がある。
例えば、銃や、コンバットスーツのように誰が見ても武器だとわかるものはいい。
では、トラックはどうするのか?
武器ではないが、軍事作戦を行うにあたって、この時代でもトラックは非常に便利だ。
武装していれば武器としてカウントしても、非武装だと兵器ではないという人も大勢いる。
ではどうするのかと言うと、それは現場で各々交渉してくれという、無駄な仕事を増やす原因となる、大変にバカらしい指示が出ていた。
臨機応変、ケースバイケースと、言い方は色々とあるが、一番当たっているのは『現場に丸投げ』。
この一言に尽きるであろう。
「食料、服、生活用品、軍資金などがありますよね?」
「それはそちらでどうぞ」
私に対し、媚びるような態度で聞いてくる軍高官に対し、それら鹵獲品の接収はしない旨を伝えていた。
別に没収してもいいのだが、それで私のボーナスが増えるわけでもない。
持ち帰るのも面倒なので、現地政府に渡しても構わないであろう。
「ありがとうございます」
軍高官はとても嬉しそうだ。
少しでも軍費の足しになればいいと、いやもしかすると、自分のポケットに入れるつもりなのかもしれない。
「(毎度毎度、バカらしくなる)」
実は共和国側にも、これらの戦利品を誤魔化して自分のポケットに入れる者がいる。
私の場合は独身で、家族も……母を除けば一人もいない。
気楽な独り身だから、戦利品で少しでも稼ぎを増やすという方法に執着を見せないのであろうと、自分で冷静に計算したりもしていた。
「その代わり、コンバットアーマー三機を含む武器の類はすべて接収です。新たなるテロを産まないための処置だとお考え下さい」
「それはわかっていますとも」
とは言いつつも、軍高官はあからさまに嫌そうな表情を浮かべている。
どうやら、旧式ながらもコンバットアーマーが欲しかったようだ。
「わかっていらっしゃるとは思いますが、武器等の隠匿は重大な違法行為ですので」
「それは勿論わかっておりますとも」
まだ不満そうな表情が残っていたようだが、それもフィネスがロボット兵たちを惑星軌道上から降ろすとなにも言わなくなってしまった。
黙々と武器の回収をおこなうロボット兵たちを見て、これに勝つのは容易ではないと知ったからであろう。
運よく一度特殊部隊と戦って勝利したところで、共和国軍の面子を潰してしまえば今度は自分たちが討伐されてしまうので、さすがに無理はしないはず。
「結構、溜め込んでいたな」
下は小銃から、上は輸送機やコンバットスーツまで。
輸送機は軍高官が欲しそうな顔をしていたが、生憎と防衛用のビーム機銃が付いていたのでアウトであった。
他にも、同じ理由でエアジープやトラックなども接収されてしまったので、彼は徐々に機嫌が悪くなっていく。
「(本当に、ポケットに入れるつもりだったようだな)」
仕事だから黙々とこなすが、こういう仕事をしていると、軍人や政治家への評価が低くなってしまって困る。
そういえば、これまで選挙の投票に一度も行った記憶がないことを思い出してしまった。
汎銀河共和国では十五歳から投票が可能であったが、そこまで有権者を増やしても投票率の低下が問題になっているほどだ。
反政府軍の決起が起こるほど統治状態が悪い惑星国家では、軍高官の質などお察しというわけだ。
「上級大佐殿はこれからの予定は?」
「武器の回収が終わったら、本星に戻ります」
特に長居をする理由もないので、武器の回収が終われば本星に戻るだけであった。
反政府軍が決起するような惑星で観光など危険だし、そもそもこの惑星に有名な観光スポットなどなかった。
「わかりました。任務ご苦労様でした」
極めて簡単なやり取りで終わってしまったが、私の場合、大半がこんなものだ。
他の特殊部隊の軍人には、現地政府主催の慰労パーティーに出席したり、現地で休暇を取って遊ぶ者もいる。
ところが、なんとなく軍人になり転職も考えている私からすると、将来を見越して惑星政府の首脳と知己になっておくという感覚は存在しない。
移住も考えていないので、さっさと終わらせて本星に戻りたいというのが、私の偽らざる心情であった。
「それでは失礼します」
降ろしたロボット兵たちに回収させた鹵獲兵器や残骸を積み、私は惑星サントナムを離れる。
次第に小さくなる惑星サントナムを見ながら、私はアマギのブリッジで記録用の端末に指を走らせていた。
今回の鎮圧作戦の概要を、報告書に記載していたのだ。
「上級大佐殿、はかどりますか?」
「いつも通りだから、普通にもうすぐ終わるな」
汎銀河共和国において、この程度の内乱やら大規模テロなど珍しくもない。
小規模のものは惑星政府のみで処理してしまうし、今回のようなケースでも私一人とアマギ一隻を派遣すれば済む問題だ。
報告書とは言っても、汎銀河政府や軍のお偉いさんはこの手の報告書を適当に斜め読みするのが普通である。
書式さえ揃っていれば、あとは鎮圧さえしていればなにも言われないのが常であった。
「本星に戻ってから休暇で、それが終わればまた別の反乱鎮圧ですかね?」
「そのループで、私たち特殊部隊は仕事をしているからね。そろそろ飽きてきたけど」
共和国軍から出撃命令が下り、それを鎮圧して本星に戻る。
ここ数年ほど、私の生活はほぼこのループだけで占められていた。
「休暇には、どこかにお出かけになられますか?」
「いや、艦内で過ごす」
特殊航宙強襲艦『アマギ』。
全長は一キロほどで、火力と速度は若干低めだが、千を超えるロボット兵たちに、各種装備を大量に詰め込んで敵地に向かい、一気に敵を制圧することを目的に作られている。
特殊部隊用の艦はすべて一人の隊員と高級アンドロイドの副官によって運用され、単独での作戦に支障を来さないように修理・生産施設なども整っていた。
艦の内部に小さな工業都市を抱えているようなものなのだ。
娯楽・生活空間も人間の乗組員が一人なので、とても充実しているように見える。
念波に目覚めたせいで他の人間が苦手になってしまった私からすると、艦内の映画館で映画を見たり、プールで泳いだり、トレーニングをしたり、料理やガーデニングでもしていた方がよほど心が休まるというわけだ。
「そうですか。本星に早く戻ってよい休日を」
「その前に、これ書き上げないとな」
私は、小型端末の画面に映った書きかけの報告書に視線を送る。
面倒だがこれも任務だとキーボードを走らせようとするが、突然艦内に甲高い警報音が鳴り響いた。
「フィネス、何事だ?」
「イレギュラーです! アマギの機関部に異常発生!」
「修理と整備は完璧なんだろう?」
あれだけのロボット兵たちが常時整備と修理をしているので、アマギの機関部が故障するなんてことは、本当にイレギュラーであった。
「さらにイレギュラー! 目前にブラックホールが確認できました」
「探知できなかったのか?」
「不思議です。これもイレギュラーです」
私が前を見ると、目視で確認可能なくらいに巨大な暗黒の渦が広がっていた。
これがブラックホールか……と、感心している場合ではなかった。
航行技術の発展で、今では宇宙船がブラックホールに飲み込まれることは減っていたが、ゼロではない。
年に二~三隻は行方不明になるが、全銀河系を航行中の船の中からその数なので、被害に遭うのは宝クジに当たるくらい難しいとされていた。
今、私はそれに当たったわけだが。
「ちなみに、ブラックホールに飲まれるとどうなるんだ?」
「不明です。なにしろ戻ってきた人がいないので」
「そりゃあそうだ」
ブラックホールに飲み込まれると別の世界に飛ばされるという説もあったが、従来どおり一瞬で原子に還元されてしまうという説もあった。
フィネスが言ったとおり、これまでブラックホールに飲み込まれて生還した人がいないので、これらはすべて、学者たちの推論にしか過ぎないのだが。
「いきなり現れたよな?」
「はい」
「フィネス! 全力で回避だ!」
突然至近に現れたので、残念ながらこの位置からでは脱出は困難であったが、それでも万が一の可能性をかけて、私とフィネスはアマギの核融合エンジンを最大限にまで吹かして回避を試みる。
だが、無情にもブラックホールは目前にまで迫っていた。
「本当に他の世界に行ければいいな」
「そうですね。対ショック防御」
すべての手を尽くし終わった私とフィネスの二人は、シートに座ってベルトをかけてからブラックホールを見つめていた。
もう他にどうしようもない。
人生とは、案外こんなものなのかもしれないな。
「ああ、でも……」
「どうかしましたか? 上級大佐殿」
「いや、なんでもない……」
もしこんな私が他の世界に行っても、なにをしていいのかわからないな。
いや、これまでが色々とありすぎたのだ。
もし別の世界に行けたなら、私は軍人なんて辞めてノンビリと過ごそうと思う。
そんなこと考えながら、私たちはブラックホールに呑まれ、私はそのショックで気を失ってしまうのであった。
銀河共和国暦五百六十七年七月七日。
惑星サントナムの反政府組織本部鎮圧に貢献した汎銀河共和国軍特殊部隊所属のケンジ・タナカ上級大佐は、その帰途で次元宙流に巻き込まれてその乗艦であるアマギと共に行方不明となった。
銀河共和国軍は彼の殉職を認定し、彼に准将の地位を与えたのであった。
「……おおっ! 無事でよかった! 我がグラック家の跡取りであるお前を失ったら私は!」
「旦那様、エルオールが生き返ってよかったですね。これも神の思し召しでしょう」
「そうだな。エルオール、私のことがわかるか? お前の父だぞ」
「エルオール! 私ですよ。あなたの母です」
「はい?」
任務を終えて帰還中、突如出現したブラックホールに呑み込まれた私ケンジ・タナカ上級大佐であったが、なぜか目を覚ましたら、両親を名乗る金髪中年男性と女性からえらく心配されていた。
さっぱり状況が掴めない。
フィネス、状況の説明を求める。