第三十八話 決闘後
「ヒルデ、どうかな?」
「修理はもう終わりましたよ」
「早いね、さすがはヒルデだ」
「エルオール様の攻撃が的確で、必要な部分以外はまったく壊れていなかったので、人工筋肉と人工関節及び、一部部品の交換と最終チェックだけで済んだからですよ」
「何事も効率よくだ」
「で、この二体の魔晶機神はどうするの?」
「どうもこうも、元の所有者に返すよ。そういうルールだ」
「向こうが、とんでもない大金を支払うことになるけどね」
決闘の翌日。
学校に隣接する格納庫には、私たちの魔晶機人の他に、戦利品の魔晶機神二体が置かれていた。
すでにヒルデが修理を終えており、あとは元の所有者がこの二体の魔晶機神を買い取るだけであった。
公式のルールでは、勝者が敗者の機体を獲得できるのだが、一人の操者があまり沢山の機体を所有していても意味はないので、敗者は勝者から機体を買い取るわけだ。
貴族にとって決闘とは神聖なものとされるので、金が介在する機体の買い取りは、あくまでも水面下で非公式にということになっている。
その代わり、物が魔晶機神や魔晶機人なので、敗者は相当な金額を支払わなければならなかった。
「学校での決闘はたまにあるが、闘技場を見れば魔晶機神を使用できないのは明白だ。それなのに、魔晶機神を使えば勝てる、たとえ決闘自体が引き分け扱いでも恥をかかずに済む。そんなバカな話があって堪るか。しかも、その二体の魔晶機神。実家に無断で借用したそうで、二人の実家は大騒ぎだそうだ」
格納庫に姿を見せた姫様が、現在の状況を教えてくれた。
なんでも、あの二人は勝手に実家が所有していた魔晶機神を持ち出したそうで、さらに決闘で魔晶機人に魔晶機神を持ち出す卑怯な行為に、あろうことか魔晶機人に負けて機体を没収されてしまった。
その買い取り金額は多額であり、今、両家は大騒ぎしているそうだ。
確か、あの二人の実家は子爵家なので、魔晶機神の買い取りは手痛い出費であろう。
「裏から力をかけて、安く返還させるかしら?」
「ありそうだね。私は郷士だからな」
「ないだろう」
「そうなのですか? 王女殿下?」
「リリーでいいぞ。グラック卿」
「そういうわけにはまいりませんよ」
あなたはそれでよくても、郷士風情が姫様を名前で呼んだなどと知れたらなにを言われるか。
そういうことにも気を配らねば、私の田舎でプチリッチ生活の実現は困難になってしまうのだから。
「二人きりの時はリリーでいい。妾もお主をエルオールと呼ぶからな。妾が、勝手にそう呼ぶだけだから気にするな」
「王女殿下、私もいますけど」
「ほう、リンダはエルオールが不利になるような告げ口をするのか」
「しませんけど。どこに耳があるかわからないのでご注意を」
しかし、姫様は私とフレンドリーに接することに拘るな。
お姫様だから、そういうのに憧れているのか?
「妾の親衛隊のメンバーは口が堅いのが自慢なのでな。安心してくれ」
姫様の親衛隊……ワルム卿が不用意に漏らすことはないか……。
「そんなわけで、細かいことを気にするな。魔晶機神の買い取りだが、裏から手を回すといっても、現在グラック家の当主はエルオールだからな。お主の父上に手を回したところで、『判断は、当主であるエルオールがします』と言って終わりであろう」
そういう心配はないのか。
「向こうがバカ過ぎるというのもある。ここで機体の買い取り代金を値引きしたなんて、しかも郷士相手にしたなんて知れたら、両家とも大恥どころの騒ぎではない。払うしかないだろうな」
「あの二人はどうなるのです?」
「しばらく休校して、ほとぼりが冷めた頃に戻ってくるのではないか? 親から因果を含められてな」
それでも退学にならないのは凄いな。
「それが上級貴族や王族というものだ。あんなのでも、魔晶機神を動かせるので追放や処罰はない。ゆえにますますああいうのが出てくる。どうにもならんな」
姫様は、この世界の硬直した身分制度に憤っているようだが、私からしたら都合がいい。
姫様が、私を引き上げにくいからだ。
「買い取りだが、これもある程度儀式化されていてな」
敗者の使者が、ここに買い取り金を持参するそうだ。
それを、私は黙って受け取り、使者たちが機体を持ち帰る。
「その間、なにも喋ってはいけないぞ」
「無言ですか」
「余計な言葉というわけだ。本来、エルオールが決闘で獲得した戦利品だ。買い取るということ自体が公にできない行為なのだから」
なるべく簡素に、買い取りの儀式を終えるのが常識というわけか。
「向こうがはした金を出した場合、文句も言えないんですね」
「それもないな。これ以上恥を上塗りしてどうするのだ?」
なにも言わなくても、あの二人の実家は大金を持参する。
私はなにも言わずに黙って受け取ればいい。
買い取りの相場は決まっており、今回は不祥事もあったのでかなり増額されているはず。
もしここでも決まりを破って安金で買い取ったら、いよいよ両家の評判は地に落ちてしまうそうだ。
「大凡の流れを理解できました」
「おっと、来たな」
本当に、両家の使いらしき人物がやって来て私の前に立った。
彼らはそっと、大きめの袋を差し出す。
お金が入っているものと思われるが、かなりの大金のようだ。
私が受け取ると、彼らは軽く一礼してから、格納庫に操者らしき人たちを呼び出し、戦利品であった魔晶機神に搭乗して持ち帰った。
魔晶機神を動かせるので一族の人なんだろうけど、状況は状況なので自己紹介はナシか。
「なんか儲かったかも」
私はなにもしていないのに上級貴族の子弟たちに喧嘩を売られ、決闘を経験し、大金を得ることに成功したのであった。
これもグラック領の開発に使って、もっとリターンを得ることにしよう。