第三十七話 決闘
「リンダ、決闘のルールを教えて」
「私も本で見たことしか知らないわよ。基本的に、生身で戦うのは下品とされるわ」
お互いのプライドをかけ、貴族同士が戦う決闘は、必ず魔晶機人か魔晶機神を用いるのが決まりとなっていると、リンダが教えてくれた。
私が屋敷の書斎で見た本にもそう書かれていたな。
「決闘において、操者を殺すのはタブー。お咎めはないけど、たとえ決闘に勝利できても、以降は周囲から後ろ指を差されるわ」
決闘相手を殺すのは禁止なのか。
人死にが出ないのはいいな。
「もう一つ、勝者は敗者からなにか一つ奪える。一番多いのは、搭乗していた魔晶機神なり、魔晶機人を貰えるのね」
「それ、もし魔晶機神なら困らないか?」
上級貴族は、魔晶機神を持っていることこそが、自分の身分を証明する証のようなものなのだから。
「魔晶機神を用いるわけないわ。だって、エルオールは魔晶機人乗りだもの。魔晶機人には魔晶機人。魔晶機神には、魔晶機神を当てるのが常識よ」
機体の性能差で戦力に開きがあると、不公平感が出るからかな?
魔晶機神は動かすのにコストがかかるので、滅多なことで用いられないのかもしれないけど。
「勝者が敗者の機体を奪うとはいっても、あとで買い取り交渉の使者が来るのよ」
敗者は、勝者から奪われた機体を買い取る。
つまり、勝者は大金を得るわけだが、あまり表立って金のやり取りをすると、貴族としてどうなのだという話になってしまう。
そこで、あとで機体を買い取るという名目で、敗者が勝者に金を払うわけか。
「あとは、決闘は完全公開だから、勝者は称賛され、敗者は評価が落ちるわね」
貴族は、魔晶機神や魔晶機人を上手に動かし、領民たちを魔獣や異邦者から守ってこそ評価される。
決闘に負けてしまうと、『こいつは大丈夫なのか?』と思われてしまう。
貴族としての存在意義を疑われてしまうので、決闘で負けること自体が大恥なのか。
「よく理解できた」
しかしながら、難しいものだ。
勝つのは簡単なんだが、あまり派手に勝つと余計に姫様が執着してくる。
私の、ほどよい位置で生きて行くという人生目標を失いかねない。
しかしながら、負けるのも駄目だ。
私が学校に入れたのは、姫様が推薦してくれたからだ。
決闘で負けてしまうと、姫様の顔に泥を塗る行為になってしまう。
いち郷士としては、のちの人生が辛くなってしまう。
「(苦戦し過ぎもよくないが、ほどよく勝たないと駄目だ。難しいな……)」
「エルオール様、魔晶機人の調整ですけど、なにかご希望は?」
「普段どおりでいいよ」
「明日、決闘ですよね? いいのですか?」
「別にいつも通りでいいよ」
下手にピーキーに調整されてしまうと、不慣れであいつらを殺してしまうかもしれない。
それは悪手なので、普段どおりの調整でいいのだ。
「確かに、エルオール様が負けるのが想像できないので、このままでいいですね」
「変に構えない方がいいわね。あいつら、魔力量が多くて魔晶機神は動かせるけど、操縦訓練をサボってばかりの雑魚だから」
「それはすぐわかった。あんなんで、姫様に目をかけてもらおうとは」
せめて努力くらいしてから言え。
「そんな理由でエルオール様に決闘を申し込んだのですか?」
「ヒルデ、上級貴族の中には、なんら根拠もなしに下級貴族よりも優れた操者だと思い込む人がいるのよ」
「魔晶機神を動かせるからですか?」
「そうね。もっともそんな腕前だと、起動確認しかさせてもらえないけど。だって、魔晶機神を動かすにはコストがかかるから。正規の操者にもしてもらえないから、結局魔晶機人を動かすの」
「下手だと駄目ですよね?」
「ヘタクソで恥ずかしいから、余計に訓練をサボるのよね。『俺は、魔晶機神に乗れるから問題ない!』って」
有事になっても乗せてもらえないから、乗れても意味ないけど。
つまり、鍛錬をサボる口実にしているわけだ。
厳しい訓練が嫌というのもある。
「じゃあ、エルオール様は楽勝ですね」
「油断はしないようにするよ」
ヒルデによる機体の調整を受け、私は翌日、学校の近くにある魔晶機人専用の闘技場で彼らを待っていた。
この時間があったら、領地に戻って開発したい。
私がプチリッチに暮らすためにも、領地は富ませなければいけないのだから。
本当は、バカな上級貴族の子弟たちなんて相手にしている暇はないのだ。
「観客が多いな……」
決闘は公開されるため、闘技場には多くの生徒たちが集まっていた。
そんなに決闘が珍しいのであろうか?
「グラック卿ではないか。準備は万端なようだな」
「ええまあ」
姫様と戦えと言われたら色々と準備もあるのだろうけど、戦う相手はあいつらなので、自分の準備よりも、あいつらのイカサマの心配でもした方がいい。
「あれ? 来ないか? 対戦相手が欠席による不戦勝というのはありなのですか?」
「それは、対戦相手が来なければグラック卿の勝ちだが、自分から申し込んだ決闘を休むなんて前代未聞だ。恥なんてレベルを超越しておる」
「ですよね」
彼らのみならず、一族まで大恥をかくことになるので、欠席はまずないと姫様が断言した。
「待たせたな!」
「ようやくきたか」
彼らの声が聞こえたので、いよいよ決闘だと思って身構えたのだが、彼らはとんでもないことをしてくれた。
なぜなら、私は魔晶機人に乗っているのに、彼らは魔晶機神に乗ってやって来たからだ。
「おかしいだろうが! 魔晶機人には魔晶機人で戦うのが常識だ!」
「今すぐ、魔晶機人に乗り換えろ!」
当然観客席から大ブーイングが上がるが、彼らはそれを無視して言い放った。
「生憎と、魔晶機人が用意できなくてな」
「仕方がないのだ」
「そんな言い訳あるか!」
「魔晶機人なんて、予備機が沢山あるだろうが!」
「それは、実家の魔晶機神だろう? 魔晶機人同士で戦うと負けるから、実家に泣きついたくせに!」
「卑怯だぞ!」
私がなにか言わなくても、観客たちが真実を語ってくれた。
彼らは、魔晶機人同士では私と戦っても勝てないことに気がつき、実家の魔晶機神を持ち出したのであろう。
もしくは、実家も黙認とか?
だとしたら、闇が深いな。
「うるさい! 本当に魔晶機人がなかったんだ!」
「どうせ俺たちが勝つだろうが、引き分けということにしておいてやる」
なるほど。
そうきたか。
魔晶機人同士で決着がつくよりも、自分たちが魔晶機神で私に勝利し、『引き分けでいい』と寛容な態度を見せる。
自分たちが弱い操者であることを知られずに済む……そんなわけあるか!
まさか、ここまでバカだったとはな。
さすがの姫様も呆れているようだ。
これで誤魔化したと思えてしまう、彼らの頭の中身が本気で心配になってきた。
「これしかないのだから、そのまま勝負だ」
「さあ、どちらと先に戦う?」
さすがに、二対一で戦うのは貴族として卑怯ということくらいは理解できたようだ。
まずは、バカ二人組のうちの一人が操縦する魔晶機神と、私が操縦する魔晶機人との戦いになった。
普通に考えれば、魔晶機神の方が圧倒的に高性能なので有利……と思う人は多いのだが、実はそうでもない。
まず、この闘技場は魔晶機人同士が戦う前提で作られている。
魔晶機神なんて、稼働時のコストを考えるとそう動かせないし、ここは学校なので軍の演習でもあるまいし、魔晶機神なんて動かす必要がない。
それと、学校だって予算が無限ではないのだ。
魔晶機神同士を戦わせることができる闘技場を作る敷地と予算の確保は難しい。
現に、闘技場の狭さに私の対戦相手は苦戦しているようだ。
下手に闘技場の施設を壊せば、それは彼かその一族が弁償しなければならないのだから。
『(どうだ? 魔晶機神は凄いだろう? 郷士風情が近くで見ることなどまずないからな)』
魔法通信で私のみ聞こえるよう、対戦相手が通話してきた。
なるほど。
周囲には聞こえないよう、一対一で魔法通信ができるのか。
魔法通信機の性能はいいようだな。
今度、ヒルデに資金と素材を渡して研究してもらおうかな。
『(降伏すれば許してやるぞ。引き分け扱いだから構うまい)』
どうやらこいつ、実際にこの闘技場で魔晶機神を動かしてみて、これはまずいと思ったらしい。
確かに魔晶機神は高性能なんだが、こうも狭いフィールドでは巨体ゆえにかえってその動きを阻害されてしまう。
機動性では小型の魔晶機人の方が小回りが利く分、狭い場所では魔晶機神よりも有利に戦えるケースもあった。
というか、この条件でも魔晶機神で来るなんて、こいつは操者として素人なんだな。
『(お心遣い感謝します。ですが、普通に戦って大丈夫ですよ)』
『(俺様の厚意を無下にしやがって! 貧乏郷士風情が、魔晶機人を破壊されて泣くがいい!)』
魔晶機神で、私が乗る魔晶機人を倒して引き分け扱いにする。
稚拙な誤魔化しなのは、彼らにもわかっていたようだ。
そこで、私に降伏を促したわけだが、断ったら厚意を無にされたと激高された。
上級貴族の子弟には、おかしな奴が一定数いるな。
『死ね!』
激昂した対戦相手は、フルパワーで私の機体に殴りつけてきた。
パワーはあるが、操縦技能が低いのでまず当たるわけがない。
私が軽く避けると、闘技場の地面が大きくえぐれた。
この程度の相手なら、念波は必要ないかな。
定期的に念波なしで戦い、念波が使えない状態にも備える。
それこそが、操者として生き残れるコツでもあった。
向こうは攻撃を続けるが、私それを回避する度に闘技場の施設は壊れていく。
誰が弁償するのか?
通常の模擬戦闘なら学校持ち、つまり王国の予算からだろうが、勝手に魔晶機神を持ち込んでいる以上、彼とその一族が負担するのが筋であろう。
ルール違反をしたのだから仕方がない。
『クソッ! 当たらない!』
『(さすがは魔晶機神。凄いスピードとパワーだが、攻撃が雑で大振りだな……)』
そのおかげで、回避がとても簡単だった。
装備している大剣を用いた場合、ますます闘技場の破損が大きくなるので、さすがに素手での攻撃しかしないか。
『(こういうのを、スローすぎて欠伸が出るぜって言うんだろうなぁ……)』
『なんで当たらないんだ?!』
それは、お前の操縦が下手だからだ。
確かに、魔晶機神に乗れるのは、一定以上の魔力量を有した選ばれた者たちだけだ。
だが、ただ動かせるのと、上手く動かせるのには大きな違いがある。
才能に胡坐をかかず、ちゃんと操縦訓練をしなければ、実戦で役に立つわけがない。
こいつらは魔晶機神を動かせる魔力量があり、上級貴族の子弟なので学校に通っているが、なにか努力しているわけではない。
ただ暇潰しに通っているだけで、それでどうして姫様に目をかけてもらえると思ったのであろうか?
『こんなはずでは!』
『コラッ! 闘技場を壊すな!』
下手なので、段々動きが雑になって闘技場の破壊具合が酷いことになってきた。
このままでは観客にも被害が出そうなので、私はこの魔晶機神を戦闘不能にすることにした。
『死ねっ!』
決闘で操者を殺すのはご法度なんだが……もはや完全に逆上しているな。
私は最低限の動きで魔晶機神による大振りな一撃をかわしつつ、昨日ヒルデに用意してもらった魔晶機人用の小型ナイフを持ち、まずは肩の装甲と胴体の隙間に一撃突き入れた。
これにより、右腕の人工筋肉が切断されて魔晶機神は右腕が動かなくなってしまう。
『なぜ右腕が!』
続けて、今度は左腕による一撃をかわし、やはり肩付近の装甲の隙間からナイフを入れて左腕の人工筋肉を切断する。
これで、魔晶機神は両腕が動かなくなった。
『これは魔晶機神だぞ! 魔晶機人に負けるわけが!』
『負けるさ、乗っている奴の腕前がヘボならな』
魔法通信を通じて、闘技場にいる観客すべてに聞こえるようにそう言い放った。
どうしてそんなことをしたのかといえば、この決闘のあとのことだ。
私の勝利は確実だが、この決闘を見た上級貴族の子弟たちが私と縁を結ぼうと押しかけてくる事態を防ぐためであった。
こいつらは、元々魔晶機人同士の決闘で魔晶機神を持ち出したバカなのだが、それでも私が魔晶機人で魔晶機神を撃破した点を評価されると困ってしまう。
私の、田舎でプチリッチなスローライフを邪魔されてしまうからだ。
そこで、こいつらはヘボなので誰でも魔晶機人で撃破できちゃうよ、というイメージを植え付けるためであった。
本当は決闘なんてしたくなかったのだが、そこを断ると貴族として問題アリなので仕方がない。
『まだだ!』
両腕が使えなくなった魔晶機神は、諦めが悪いようで蹴りを繰り出してきた。
私はそれも余裕でかわし、今度は股関節の装甲の隙間にナイフで一撃突き入れ、人工筋肉を切断し、人工関節の一部も破損させることに成功する。
こんな相手を舐めたような戦法。
こいつが下手過ぎるからできるのだけど。
『あれ? バランスが! 倒れる!』
そりゃあそうだ。
股関節の人工関節が破損し、上半身の重さに耐えられず、倒れてしまったのだから。
『まだやるか?』
『この野郎!』
参ったをするかと聞いていたら、このあとに対戦する予定だった魔晶機神が乱入して奇襲をかけてきた。
卑怯にもほどがあるし、それが貴族としてどうなのかと思わなくもなかったが、こいつらはバカなので、追いつめられると無茶な行動に走ってしまうのであろう。
『俺は、ああはいかないぞ!』
『そうかな?』
『お前は、第二戦目で疲弊している!』
『はあ……』
私は第一戦でバテているから、自分は勝てる。
計算通りだと言わんばかりに、ドヤ顔で語る次の対戦相手。
そりゃあ、魔晶機神の正規操者にはなれないわけだ。
こいつもヘタクソで攻撃が雑だったので、同じ方法で戦闘不能にした。
二回目なので、一回目よりも早く戦闘不能にできたくらいだ。
『魔晶機神で魔晶機人を撃破できても、戦力的に不公平だから引き分け扱いと言っていました。では、魔晶機人で魔晶機神を撃破してしまった場合は?』
「それは、魔晶機人乗りの勝ちだな」
姫様がそう宣言したため、私は決闘に勝利して二体の魔晶機神を手に入れることに成功したのであった。
早く売って金にするか。