第三十六話 因縁
「エルオール、あまり無理をしないようにな」
「父上、私は決して無理などせず、大人しく二年間を過ごすつもりです」
「それが無難だろうな。こう言ってはなんだが、上級貴族の子弟たちの中には性質の悪い者もいるから」
翌日、私は飛行パーツを装着した魔晶機人に乗り、グラック領をあとにした。
「エルオール様。飛行パーツですけど、速度と燃費を改善しておきました。前に、エルオール様が提案した新機構が上手くいったんです」
「それは凄いな」
少しでも登校時間を減らそうと、私はコンバットスーツの飛行ユニットの作りを参考に、飛行パーツの改善案をヒルデに出していた。
アイデアだけでは大きな成果は出ないと思っていたのだが、ヒルデは私の予想を超える天才だったようだ。
今、私の機体は間違いなく『マッハ』を超えている。
『怖いくらいに速いわね! でも、マジッククリスタルの消費量にそう差がないのは凄いわ!』
一緒に登校するリンダを置いていけないので、彼女の飛行パーツもヒルデが改良していた。
リンダは、これまでの倍以上の速度で飛行する魔晶機人に驚いている。
『エルオール、よくこんな機構思いついたわね』
「たまたまさ」
魔晶機人とコンバットスーツ。
エネルギー源は違うが、意外と基本的な構造が似ている部分が多かった。
私はコンバットスーツの整備や修理もできるので、その知識を参考に飛行パーツの改良を提案したわけだ。
私から見ると、魔晶機人はちょっと燃費が悪い。
さらに、燃費をよくするには特殊な魔物の素材が必要なので、私たちはちゃんと魔物を狩って素材を確保したおかげとも言えた。
「早い! もうついたな」
やはり、登校時間の短縮は必要だな。
放課後、早く領地に戻って領主としての仕事もあるのだから。
マルコにも訓練がてら任せているが、私とリンダが手伝った方がいいに決まっている。
「エルオール様、あの建物が学校ではないですか?」
「そうみたいだな」
学校は、王都の郊外にあった。
通うのが大変そうに見えるが、基本的に魔晶機人で通うので多少遠くでも問題ないようだ。
学校の建物はかなり大きく、貴族の子弟が通うに相応しい豪華さであった。
それと、学校の敷地内に魔晶機人専用の駐機場も併設されている。
ここに魔晶機人を預け、校舎で授業を受けるわけだ。
「そういえば、リンダはどうして入学が遅れたの?」
「私の操者としての腕前はエルオールに大きく劣るけど、それでもフィール子爵家ではあてにされていたのよ」
だから、入学が遅れてしまったのか。
「学校って年齢制限があるの?」
「下限は十歳で、上限は十八歳とされているわ。たまに二十歳を過ぎた人も入ってくるけど。実家の都合が最優先ね」
その家の状況によって、入学する年齢に大きな差があるのか。
リンダとそんな話をしながらも、私たちは無事静かに機体を駐機場に着地させることに成功した。
「グラック卿とフィール子爵家令嬢のリンダ様ですね。四十五番と四十六番に駐機場にお願いします」
巨大倉庫のような駐機場には、すでに数十機もの魔晶機人が置かれていた。
操者である生徒の姿は見えないが、早速機体に取りついて整備をしている従者たちが見えた。
「従者の方の待機室は、駐機場に隣接していますので」
「わかりました」
「魔晶機人がこんなに速いなんて。さすがはグラック卿ですね。魔晶機人の飛行パーツの改良提案までできるなんて」
私の機体からはヒルデが、リンダの機体からは彼女の従者に任じられたウィンディーが降りてきた。
彼女の父親は、元は騎士爵家の出だったそうだ。
魔力はかなりあるが、魔晶機人を動かすほどではない。
その代わりというのも変だが、魔法と剣の腕に優れているそうで、ヒルデと共に魔晶機人の見張りをすることになった。
いい年をした貴族のガキたちが、嫉妬から他人の魔晶機人にイタズラするかもしれないなんて、この国も末期なのかと思ったら、他の国でも同じような感じだそうだ。
「(とっとと卒業したい……)行こうか? リンダ」
「ウィンディー、私とエルオールの機体をお願いね。まったく、ウィンディーが狩猟をすれば、マジッククリスタルが手に入るのに……」
「(警報つきのセンサーでも付けられればいいのに……)」
この世界にそんなものはないので、ヒルデには機体の整備をしてもらいつつ、ウィンディーに監視してもらうしかない。
「リンダ様、いってらっしゃいませ」
「エルオール様、いってらっしゃいませ」
私とリンダは、魔晶機人用の駐機場を出ると、そのまま隣の校舎に入った。
「私たちは、下学年のAクラスよ」
「ギリギリで入学したのにAクラスなんだ」
「姫様の推薦だから、ちなみに姫様と同じクラスみたいね」
できれば、他のクラスの方がよかったな。
毎日魔晶機人で模擬戦を申し込まれそう。
私は早く下校して、領地の開発か、魔物狩りをしなければいけないのに……。
「よく来たな。グラック卿とリンダよ」
「「おはようございます、姫様」」
「学校では同級生なのだ。気にせず気楽に話しかけてくれ」
とは言うが、そんなの無理に決まっているけど。
同じ教室にいる同級生たちに、格好の攻撃材料を提供してしまうだけなのだから。
実際同級生たちは、私を品定めでもするかのようにジロジロと見つめていた。
リンダは子爵の娘なので、場違いではないから見つめられていなかったけど。
「(上級貴族かその子弟たちの中に、郷士が一人。姫様の善意は辛いな……)」
姫様は、私を引き立てようと懸命なのがわかる。
だが、それによる軋轢はすべて私が引き受けなければいけないので、世界は違えど上役、上官とのつき合いは大変であった。
正式にはすでに姫様は私の上官ではないのだが……王族なので仕方がない。
これならたとえ操者としては無能でも、取引ができるグレゴリー王子の方がマシかもしれない。
「では、講義を始めるぞ」
すぐに講師が入ってきて講義が始まったが、講堂内には空席も目立つ。
たとえ出席日数が少なくても、テストの成績が最悪でも。
卒業はできるので、不真面目な奴ほど学校に来なくなる。
まさしく貴族のボンボンというやつだ。
講義の内容も、前世で大学、士官学校へと進んだ私には温く感じる。
今日の講義内容は、基礎的な教養や貴族に相応しいマナーを教えるものだったが、私はすでに会得していたからだ。
軍の特殊部隊として銀河系各地を転戦していれば、政府要人にパーティーに誘われるなんてこともある。
その時にマナーがなっていなければ、招待した方々の顔に泥を塗ってしまうのだ。
のちに協力を得ることも難しくなるわけで、この手のことは士官学校で学んでいた。
世界の違いはあれど、この手のマナーはとても似通っていた。
この世界に合わせて、少し修正すればいい。
教養に関しては、屋敷の書斎ですでに覚え終えている内容ばかりだ。
なるほど。
学校に通う一番の目的が、人脈作りだというのが納得できた。
グラック領で一生を終えたい私としては、別に人脈なんて必要ないわけだが。
最初の講義が終わり、するともう昼食の時間になった。
学校、温すぎだろう。
「グラック卿、リンダ、今日は昼食に招待しよう」
「「ありがたくお受けします」」
姫様からの食事の誘いを断る貴族なんていないわけだが……。
特に私は、公的には姫様の推薦で学校に通っていることになっている。
余計に断るわけにいかなかった。
「学校でもあるし、昼食なので軽くだがな」
その『軽く』だが、私が考える軽くではなかった。
講堂の一角で、姫様が雇っているシェフや使用人たちが、フルコースを振る舞ってくれるのだ。
そんな様子を、他の生徒たちは遠巻きに見つめていた。
「(面倒な……)」
中には、私に対しあからさまな敵意を向けてくる奴もいる。
彼らの価値観では、郷士風情が姫様に気に入られて食事にまで招待されているのに、自分は無視されてムカツクというのが、正直な気持ちなのだと思う。
いい年をした男の嫉妬は醜いのは、世界は違えど同じだな。
「あれ? 学校の講義は午前中のみですか?」
「妾は公務もあるのでな。そういう貴族の子弟も多いので、学校のカリキュラムは非常に緩くなっておる」
「なるほど。そうなのですか」
これなら、今から飛んで帰れば領地のこともできそうだな。
上級貴族の子弟ともなれば、それなりに忙しいのか。
出席日数を卒業の条件に入れていないのは、忙しい生徒たちが多いからなのであろう。
「……全員がそうというわけではないのか……」
「忙しい人と暇な人が極端なのよ」
それは、有能で仕事が多い人と、無能で行儀もよくないが貴族の子弟だから義務で学校に通っている者たち。
この二つのグループに分かれているからであろう。
姫様や私たちは、勿論忙しい方のグループだ。
「リンダ、領地のこともあるから帰ろうか」
「そうね、チラホラとそういう生徒たちもいるみたい」
魔晶機人に乗れる貴族の子弟ともなれば、普通はなにかしら仕事がある。
特に領地持ちの貴族の子弟たちともなれば、魔物狩りをしたり、開発を進めたりして領民たちの暮らしを支えなければならないのだから。
王都にいる法衣貴族たちも、魔晶機人が動かせるのなら普通は役目ナシなどあり得ないと聞く。
ただ学生の場合、素行不良なのもあって、学校に通っているだけの連中もいるそうだけど。
「おい! 郷士!」
「……」
やはりというか。
姫様と昼食をとったのはよくなかったようだ。
領地に戻ろうと格納庫の入り口まで行ったら、四名の学生たち声をかけられてしまった。
声の強さと口調からして、あきらかに因縁を売っている感じだ。
こんなアホ共の相手をしている暇はないので、私は彼らを無視して格納庫に入ろうとした。
「こら! 無視するな!」
「ああ、私に用事ですか。私は『おい!』とか『こら!』なんて名前ではないのでつい。名前で呼んでいただけたらすぐに気がついたのですが」
「郷士のくせに生意気な!」
郷士のくせにねぇ……。
こいつらはボキャブラリーが貧困だな。
きっととても頭が悪いのであろう。
「それでなんの用事ですか?」
「お前は、郷士風情のくせに姫様と一緒に食事をとったな?」
「ええ、姫様から誘われましたので。誘われもせずに同席しようとしたら、姫様のお付きの方々に排除されるので当たり前ですけど。それがなにか?」
きっと、上級貴族の子弟である俺たちを差し置いて、郷士風情が姫様と一緒に食事をとるなどあってはならないと言いたいのであろうが、それを私に言われてもなぁ。
最下級貴族である私が、姫様の誘いもなしに姫様と共に食事をとれるわけがないのだから。
文句があるのなら、お前らが直接姫様に言えばいい。
『俺たちも誘って!』と。
まあ、無理だろうけど。
「なに? 嫉妬なの? 郷士であるグラック卿は姫様から食事に誘われたのに、上級貴族の子弟である自分たちは、食事に誘われなかったから」
「そっ、そんなことはない!」
リンダが呆れた表情で上級貴族の子弟たちに質問したが、彼らは慌ててそれを否定した。
リンダは子爵の娘なので、彼女に対しては強く言い返せないようだ。
「それで、どうすればいいのですか?」
文句ばかり垂れられても、具体的にどうするか言ってもらわないと。
私も別に暇ではないのだから。
上級貴族でも暇を持て余しているお前たちは、いくらでも私に絡む時間があるのであろうが。
「王女殿下より食事に誘っていただきましたが、それは王女殿下のご意思です。私のような郷士風情には、王女殿下の御心までは到底理解できません」
「これだから、郷士風情は……」
「いいか。王女殿下は、お前のような下級貴族にも目をかけているという姿勢を見せておきたかったのだ」
「まずは食事の誘いを受けておき、あとでこっそりと断れば済む話を」
「これだから流儀を知らない下級貴族は困る」
へえ。
そんな仕組みがあったのか。
だが、私が食事に参加しても、姫様は『おいおい。来ちゃったのかよ』という表情はしていなかった。
リンダもいたしな。
「それはご教授ありがとうございます。次からはそうやって断ればいいのですね。なるほど。上級貴族の方々にはそんな流儀があったのですか」
「そうだ」
「よく勉強しておけ」
これで、こいつらのちっぽけな自尊心も満足したであろう。
無駄な時間を潰してしまったし、さてグラック領に戻ろうと思ったその時、新たに乱入してきた者がいた。
「グラック卿、上級貴族にそんな裏の決まりはないぞ。誘いは素直に受けるものだ」
「「姫様!」」
なんと、私たちの争いを聞きつけてか、姫様がその姿を現した。
まさかの真打ち登場に、上級貴族のボンボンたちは顔を青ざめさせている。
自分たちがついた嘘がバレたからであろう。
「そなたら、妾はグラック卿の操者としての腕を見込んだのだぞ。ゆえに学校に推薦したし、食事に誘った。これに不服でもあるのか?」
「いえ……そのぅ……」
さっきから、私に対し上から目線だった彼らだが、さすがに姫様に対しそういう態度は取れないようだ。
もしそれができたら、逆に大したものだが。
「しかしながら、この国を支える上級貴族への配慮を忘れるようでは、この国の王女としてどうかと思うことは確かです」
おお。
ない頭を振り絞って、屁理屈を考えたものだ。
下級貴族に配慮するのなら、その前にこの国を支えている上級貴族及びその子弟……つまり、自分たちに配慮するのが大人だと。
かなり現実的な意見ではあるな。
「しかしながら、妾はグレゴリー兄とは違って、操者として国に貢献しておる。グレゴリー兄に言えば、そなたらも誘ってくれるであろう」
それはないけどな。
私に因縁をつけてきた四名は、男爵と子爵の子弟ばかりだ。
グレゴリー王子は、公爵~伯爵あたりの子弟を優先するし、そうしなければ話にならない。
ゆえに、こいつらは姫様に引き立ててもらうしかないのだ。
「そなたらの操者としての腕前は、決して褒められたものではないのでな」
「しかしながら!」
「我らは、魔晶機神を動かせるのですぞ!」
魔晶機神は、魔力が二千以上あれば動かせる。
そして魔力量の多さは、遺伝によることが多い。
つまり上級貴族の子弟なら、かなりの確率で魔晶機神を動かせるのだ。
ただ、動かせるのと、それを乗りこなして魔獣、異邦者退治、戦争で活躍できるかは別の話だ。
姫様は、魔晶機神を動かせることに胡坐をかき、操者としての鍛錬を怠っている怠け者が大嫌いだ。
そんな奴を相手にするのなら、優れた操縦技量を持つ魔晶機人乗りを優遇する。
現に、彼女の周りには魔晶機人乗りの方が多いだから。
「つまり、そなたらはグレック卿よりも腕が上だと言いたいのか?」
「当然です!」
「郷士風情には負けません!」
と、自信満々に言い放つ上級貴族のボンボンたち。
それにしても、バカというのは凄いものだ。
自分の実力を客観的に把握できないのだから。
そういえば、バカな人ほど自分の能力を上に評価するという、とある学者の論文を見たことがあるな。
勿論前世でだけど、バカが自分のバカさ加減に気がつかないんなんてこと、どの世界でも同じか。
「では、明日にでも戦ってみるか?」
「おおっ! 『決闘』ですな!」
「決闘は、貴族の華。わかりました。グラック卿を倒してごらんに入れましょう」
「では、そういうことで。グラック卿もいいな?」
「ええまあ……(勝手に決められた!)」
言い争いを止めてくれたところまではよかったのだが、俺は姫様のせいで、明日この二人と決闘をする羽目になってしまったのであった。