第三十五話 学校
「私が学校に通うのですか? フィール子爵殿」
「実は、グラック卿に推薦状が来てな。誰からかというと姫殿下からなのだが……」
「そうきましたか……」
「姫殿下は絶望の穴の状況が落ち着いたため、学校に入学されるそうだ」
ようやくあの姫様と縁が切れたと思ったら、まさかこんな方法を用いるとは。
学校は、上級貴族の子弟なら全員通う義務がある。
だが、下級貴族は通う必要がない。
ただ例外があって、大貴族や王族の推薦で準男爵以下の下級貴族でも通うことは可能であった。
可能だが、私からすればいい迷惑だ。
推薦する方は、『優れた下級貴族に手を差し伸べる私は格好いい』、『器が大きい』と自画自賛できるのであろうが、上級貴族だからこそ学校に通えるのだと思っている他の生徒たちからすれば、推薦者など既得権益を侵す敵でしかない。
イジメなど当たり前にあるそうで、できれば行きたくなかった。
そもそも、学校で習うことなんて私はとっくに卒業している。
実は、上級貴族たちが学校に通う一番の目的は人脈作りのためだそうだ。
私の場合、別にそんな人脈なんて必要ないのだけど。
下手に大物貴族の子弟と仲良くなってしまった場合、その人と仲良くなれなかった生徒たちからの嫉妬やイジメが酷くなるという現実もあるので、やはり学校になんて行きたくないよなぁ……。
「姫殿下の推薦なので、断ると大変なことになるがな」
「いい迷惑だ……」
「私も酷い話だと思う。グラック卿は、姫殿下からよほど気に入られたのだな」
「なにもしていないんだけどなぁ……」
「姫殿下は優れた操者なので、大功を挙げたグラック卿に興味があるのであろう」
「……領地のこともあるのに……」
学校は王都にある。
これは、毎日魔晶機人で登校するしかないかな。
「幸いというか、うちのリンダはまだ学校に入学していない。一緒に入学すれば、上級貴族の子弟たちからの風当たりも弱くなるはずだ」
「すみません」
リンダは子爵の娘なので、学校に通う権利がある。
私と一緒に通わせると、フィール子爵が気を使ってくれた。
現在のフィール子爵は、すでにこれ以上の人口を養えない。
余った人口を開発が進むグラック領に移住させているので、私に気を使っているのだ。
もう一つ、リンダを私の婚約者にしようという意図もあると思う。
私だけで学校に通うと、婚約者を押しつけてくる貴族も多いだろうからだ。
あのプライドが高い上級貴族が、郷士に結婚相手を?
と思われるかもしれないが、私が広大な領地を経営していることを知っている上級貴族は少なくない。
庶子や分家や重臣の娘を送り込もうとする上級貴族がいるのではないかというのが、フィール子爵の考えだった。
「あとは従者か……。上級貴族の子弟たちは全員従者がいるのでな。リンダにもつけなければ。ウィンディーでいいかな? グラック卿は、あのヒルデとかいう魔法技師がいいと思うぞ」
「ヒルデですか?」
うーーーん。
彼女はバルクと共にグラック家直営工房の責任者なので、できれば学校に連れて行きたくなかった。
工房で働いていた方が生産性が上がるからだ。
「グラッグ卿は、魔晶機人に飛行パーツをつけて登校するのであろう?」
「はい」
「ならば、整備ができる者を従者にした方がいい。たまにしでかす奴もいるのでな。『郷士のくせに姫殿下に気に入られるなど生意気な!』とか、そんなくだらない理由で機体にイタズラをさせたりするのだ。滅多なことでは重大な事故にはならないが、昔はそれで墜落死した者もいる」
そんな理由で、他人の機体にイタズラをする奴がいるのか。
それも上流階級の子弟が。
レベルが低い奴は、とことん低いようだな。
「姫殿下の悪いところだが、グラッグ卿ならそういう嫌がらせや妨害を乗り越えられると思ったのかもしれない」
「迷惑すぎる」
「学校は二年間だ。『下学年』と『上学年』。まず留年する者はいないし、出欠なども取らないので気楽に通えばいいと思う」
「試験とかはないのですか?」
「一応あるが、別に0点でも卒業できるのさ。非常に出来の悪い子弟たちもいるのでね」
進級と卒業のハードルを上げすぎると、落ちこぼれる子弟が出てきてしまう。
上流貴族の子弟たちに恥をかかせるわけにいかず、だからいくら欠席しようと、試験の点数が壊滅的でも卒業できるわけか。
「ただ、ちゃんと勉強していい成績で卒業する者の方が多いがね。特に法衣貴族の場合、将来どの役職にまで上がれるか、判断基準になるからな」
上流貴族の子弟たちだし、大半は魔晶機神か魔晶機人に乗れる者たちなので、最悪操者としての職は得られる。
だからやる気がない生徒たちも一定数いるわけか。
同時に、地方貴族の跡取りとかは、王都で遊ぶ方がメインになって成績が低い傾向にあるらしい。
成績が悪くても、実家に戻れば家を継げるのだ。
努力しなくなって当然というか……。
「グラック卿の場合、姫殿下の推薦なので真ん中よりも上くらいの成績でいた方がいいと思う」
「上位とは仰らないのですね」
「下手に上位の成績になると、これまた嫉妬されるのでね。私も上級貴族ではあるが、たまに彼らが嫌になることもあるさ」
フィール子爵は常識的で、郷士である私にも気を使ってくれる優しい人だ。
くだらない嫉妬から、下級貴族やその子弟たちに嫌がらせをする連中が嫌いなのであろう。
「リンダと登校してくれ」
「わかりました」
こうして私は、十三歳にして(中身は三十歳近いが……)、王都にある学校に通うことになるのであった。