第三十四話 姫様の本音
「徐々にではあるが、魔晶機神の稼働機が減ってきたな……」
「予備機には余裕があるので、今のところは大きな問題はありません。ですが……」
「魔晶機人は……であろう?」
「現状、魔晶機人のみで対処できている以上、魔晶機神の稼働は避けるべきであると思います。いかに、サクラメント王国一の操者たるリリー様といえど」
「あのグレゴリー兄ですら、魔晶機人で戦っておられるからな。ムカっとするほど操縦が下手なことには目を瞑るとして、変にヤル気を出されて魔晶機神を動かされても困る。動かすのに大金がかかるのだから。グレゴリー兄の操縦では、費用対効率が悪すぎる」
「リリー様は辛辣ですな」
「絶望の穴において、無能な操者は罪なのでな。妾がグレゴリー兄を背中から撃たないことを評価してほしいものだ。それにしても……」
「なにか気になることでも?」
「なんでもない」
大要塞クラスの異邦者がグラック卿によって落とされたあと、絶望の穴は一応の平穏を取り戻していた。
相変わらず異邦者が定期的に湧き出てくるが、兵士クラスのみで数も少なく、大損害を受けた連合軍でも十分に対処できた。
もっとも、連合軍司令部が壊滅したため、司令部の立て直しには苦労しているようだが。
ここで戦っていた者たちは、国は違えど異邦者に対する危機感を肌で実感していたので、指揮権で自国が主導権を握ろうなどと、醜い争いなどしなかったからだ。
彼らも元からそうだったわけではなく、絶望の穴の現実を見て協力し合うようになったというのが真相であった。
ところが、新しく派遣されてきた各国の軍幹部や士官たちは違う。
彼らは異邦者に対し無知であるがゆえに、自分たちこそが連合軍の指揮権を握るのだと、新しい連合軍総司令部内で主導権争いを始め、それが現場にも影響していた。
妾たち魔晶機神の操者たちは全員、今では魔晶機人に乗っている。
魔晶機人の方が運用コストが安く、経費がかからないからだ。
操者がいない予備の機体が多いというのもある。
現状、要塞クラスの異邦者は出ていないので、妾たちが魔晶機人に乗っていても問題はない。
ただ、もしものことを思うと不安は感じるな。
それを口に出した操者もいたが、そんな彼らに新連合軍総司令部は辛辣じゃった。
『グラック卿は、魔晶機人で大要塞クラスを落としたではないか。まさか、魔晶機神に乗っているような操者たちが、郷士である操者に負けるとでも?』
こう言われてしまうと、誰も言い返せなかった。
『無理です』などとは、操者のプライドとして言えなかったからだ。
実際、グラック卿の活躍を見て、自分にもできると勘違いした操者も多かった。
大した腕でもないくせに、無理をして早速機体を壊している者も多い。
それでも、絶望の穴から湧き出る異邦者の数は少なく、今のところは特に大きな問題になっていなかった。
あのヘタクソなグレゴリー兄でも戦えているのだから、ここは今安全なのだ、
しかし困ったことに、絶望の穴から湧き出る異邦者の数は、以前よりは増えていた。
どうも状況がおかしい。
今は大丈夫でも、のちになにかありそうな予感がするのだが、それを判別する総司令部は不慣れな新人ばかりのうえに、主導権争いなど始めてあてにならない。
他の操者たちも……連合軍への出向が長いベテランが多数戦死し、新入りの割合が増えているので、現状危機に陥っていない以上、妾の懸念は無視されるというわけだ。
「グラック卿がおればのぅ……」
「私もそう思いますが、下手に親衛隊に入れればグレゴリー王子がヘソを曲げます」
「であろうな」
「私が騎士になった際にも酷かったではないですか」
「妾も人もことは言えぬが、グレゴリー兄の取り巻き共は、腕前ではなく家柄で魔晶機人や魔晶機神を上手に動かせると思っているのか?」
「しかしながら、私に魔晶機神は動かせませんので。魔力の多い大貴族たちの協力は必要で、グラック卿一人のために、彼らの機嫌を損ねない方がいいと考えた、グレゴリー様の考えが間違っているとも言えません」
「であろうが……」
いい加減、家柄だけで操者を判断するのをやめてほしい。
魔力量の関係で、ほぼ上級貴族しか魔晶機神を動かせないため、身分制度の硬直化と重なって、余計に酷いことになっておるのだ。
「グラック卿ですが、彼は現役の郷士で、領地に責任があります。最近、無法者に対応できず、領地を失う貴族が多いのです。郷士でありながら積極的に領地を広げ、領地を追われた者たちを受け入れているグラック卿に無理は言えませんよ」
「そうであったな……」
この世界は人間に厳しい。
絶望の穴から魔晶機人か魔晶機神でしか対処できない異邦者が湧き出し、領地に結界を張らなければ、人々が魔物に食べられてしまう。
だからこそ魔晶機人と魔晶機神は切り札なのじゃが、優秀な領主を操者のみに専念させると、人間の生活圏が減っていってしまう懸念がある。
グラック卿は引き抜けない……。
グレゴリー兄は、グラック卿の陞爵は阻止したが、彼に対し領地の開発自由のお墨付きと、分担金を三代まで免除という飴を与えた。
他にも、多額の報酬と勲章なども授与しておる。
グラック卿もこの条件を飲み、グレゴリー兄はご機嫌だったそうじゃ。
貴族階級の秩序が保たれたからの。
自分の思惑どおりにしてくれる彼を気に入ったというのもあるか。
妾からすればこんなバカらしい話はないのじゃが、グレゴリー兄の方針を支持する貴族たちは多い。
自分の椅子が安泰だからじゃ。
「にっちもさっちもいかぬな」
「ところで姫様。学校ですがどうしますか?」
「行こうと思う」
「これは意外ですな」
「おいおい、ワルム卿。妾はサクラメント王国の王女なのじゃぞ。学校には行くに決まっておろう」
妾もすべての慣習に文句があるわけではない。
学校。
いいではないか。
「して、グラック卿も通うのかな?」
「どうなのでしょうか?」
ワルム卿が悩むのも無理はない。
なぜなら、学校は本来上級貴族である男爵以上、及びその家の者たちしか通えないからだ。
ところが例外も存在する。
準男爵以下でも、その功績や大物貴族や王族の推薦により学校に通う者たちもいたからだ。
「グラック卿は妾が推薦しよう。さすれば、魔晶機人で共に訓練もできようて」
「姫様も案外自分の欲望に忠実ですな」
「当たり前であろう。妾も人間なのでな」
それに、以前の手抜きの恨みを妾は忘れておらぬぞ。
大要塞クラスとの戦いを見るに、グラック卿は妾よりも操縦の腕前が圧倒的に上のはず。
それなら、同じ操者としては操縦を習った方が得ではないか。
「それに……」
「それになんです?」
「妾はあの男をまだ諦めておらぬのでな。必ずや妾の傍に置くと決めたのだ」
あれほどの操者。
見たことがないのでな。
是非、妾の腹心にしたいもの。
なにしろ妾は欲張りな性分なのでな。