第三十三話 グラック領
「こんなものかな? ヒルデ、あとは魔法道具の農機具でなんとかなるかな?」
「はい。ここまで開墾していただければ、あとは土地の持ち主たちが自分でやりますよ。『農協』で草刈り機と耕運機を借りて。どの作物に需要があって、この地での栽培にお勧めなのか。適切な栽培方法も『農協』で教えてくれれますから」
「バルクとヒルデの工房も生産力が上がったからな。農作業に使う魔法道具も増えてきた」
「それらを動かすマジッククリスタルの確保が重要になるのですけど。そこはラウンデル様が組織した猟師隊の面々も効率よく魔物を狩っていますから」
「ただいま、エルオール」
「今戻りました。兄様」
「成果はどうだ?」
「エルオールに教わった、なるべく関節部分に負荷をかけない魔晶機人の動かし方にも大分慣れてきたわ」
「兄様ほど上手にできませんけど」
「それは、魔晶機人を使えば使うほど上達していくものだから、今はとにかく精進してくれ」
「はい、頑張ります」
「その使えば使うほど、ができない領地が多いのよね……」
私が、絶望の穴から湧き出た数百年に一度の悪夢、大要塞クラスの撃墜に成功してから半年ほど。
グラック領はさらに広がった。
放棄された元貴族領に残された水晶柱を回収し、今ではデカグラム水晶柱を形成して、さらに以前の四倍。
標準的な騎士が持つ村の千四百四十個分の面積を結界で覆った。
これだけあれば、耕せる土地はいくらでもある。
私、リンダ、マルコの三人で魔晶機人を動かし、土地を畑に開墾し、道を作って繋ぎ、用水路を掘っていく。
通常、魔晶機人を農作業に使うのはマジッククリスタルのコストから考えて割に合わなかったが、私は自前の魔力でほぼ一日中魔晶機人を動かせるようになっており、魔物はいくらでも狩れるので、リンダとマルコが魔晶機人を動かすのに必要なマジッククリスタルを十分に確保していた。
他の魔法道具の製造や稼働にも使い、余った分を売って現金を稼ぐ余裕すらある。
グラッグ領は郷士領だが、すでに上位の伯爵領に負けないほど領地が広がり、開発が進んで人口が増えていた。
他では、魔物や無法者に追われて住処を失い、一時避難が長期化している人たちが多くいて、父が彼らを受け入れて急速にグラック領は発展していたのだ。
バルクとヒルデの工房も、従業員が増えて開発力と生産力が大幅に強化されていた。
マジッククリスタルで動く農機具が製造され、それを領民たちに貸し出して生産性を上げていた。
私たちが沢山狩っている魔物を解体する施設もでき、ラウンデルたちが狩猟で仕留めた魔物と共に効率的に解体され、素材や肉を得ていた。
「でも、せっかく兄様は絶望の穴で大活躍したのに、郷士のままで……」
「まあ仕方がないさ」
私は郷士。
一つ上の騎士爵に上がるには、私の子と孫も同じくらいの功績を立てなければならない。
そんなことほぼ不可能なので、ようするにこの世界において下剋上は許されにくい空気というわけだ。
絶望の穴から湧き出す異邦者との戦闘で上位の貴族たちに大分犠牲者が出たが、それでも古くからの決まり、秩序が変わることはなかった。
マルコは私を尊敬しているので、大要塞クラスを倒した私が陞爵しないことを疑問に思っているようだが、私はあえてこれを狙ったのだ。
対異邦者戦で活躍したワルム卿が陞爵できたので、実は私も強く希望すれば陞爵できた。
ところが彼は、郷士が騎士爵になっただけで周囲から散々に言われたそうで、この世界の身分制度の硬直ぶりには呆れるばかりだ。
推薦者は実力者を陞爵させたいが、推薦されたからといって全員が嬉しいわけではない。
私もその口で、だから密かにグレゴリー王子と交渉して、自力で開発できる領地の領有をすべて認めてもらった。
私を含めて三代の分担金はナシという条件を纏め、比較的上位の勲章と多額の報奨金を貰って済ませていた。
あの姫様が怒ったそうだが、彼女と一緒に絶望の穴付近に駐留なんてことになったら嫌なので、条件を飲んでくれたグレゴリー王子には感謝していた。
彼は操者として微妙らしいが、家臣や取り巻きたちがいるので問題ないだろう。
そうそう数百年に一度しか出てこない大要塞クラスが立て続けに出現するわけがなく、私はこのまま死ぬまでグラッグ領を開発して過ごそうと思う。
なぜって?
このくらいの立ち位置が、この世界だと一番美味しそうだからだ。
命がけで、金にもならない化け物の退治をするなんてことは、本物の貴族様たちに任せればいい。
彼らはそのために生まれてきたのだし、だからこそガチガチの階級社会が存続している理由でもあったのだから。
実際、上位貴族に生れて魔力が低く、魔晶機神を動かせない人は悲惨らしい。
だから私はこのまま、郷士として生きていけばいい。
それが一番幸せだと気がつけるのは、前世があるからなので、私はこの幸運を噛みしめて暮らしていこうと思う。
「(リンダは教え甲斐があるし、ヒルデは魔法技師としての才能があるから、私が提案した魔法道具を作ってくれる。マルコも可愛いしな。このままでいいのだ)」
「姫様たちは、今日も元気に異邦者の討伐をしているのかしら?」
「だろうな」
それが、王家や上級貴族家に生まれてきた者の定めなのだから。
そして、所詮郷士でしかない私には関係のない話だ。
グレゴリー王子たち以下、多くのやんごとなき方々は私の選択に好感を持っているそうだ。
なぜなら、彼らの縄張りに手を出さなかったから。
どうもあの姫様は、そういう世情に疎い部分があるな。
自分が正しいと思うことは、すべて実現すると思っている節がある。
まあ、お嬢様なのであろう。
「リンダは、姫様の親衛隊に入らないの?」
「姫様の親衛隊にいるよりも、ここで鍛錬していた方が上手くなるし、私はお父様の命令でエルオールの傍を離れられないから」
「それは難儀な話だね」
「そんなことはないわよ。姫様の親衛隊なんて、堅苦しくて息が詰まっちゃう。外野にアレコレ言われて大変みたいだし」
「そうなんだ」
子爵の娘であるリンダでもそうなのだから、私が親衛隊に入ったらもっとやっかみが大きくなるはずだ。
別にあの姫様に教わることなんてないし、私はこのままグラック領で一生を終えるとしよう。