第三十二話 名誉よりも実利
「納得できません! どうしてグラック卿が郷士のままなのですか?」
「どうしてと言われてもなぁ……。どのような大手柄でも、貴族は三代続けて功績を挙げなければ陞爵はない。これが我が国のルールなのだ」
「異邦者相手では、ワルム卿のように一度の大手柄でも陞爵が認められるはずだが……」
「それが、グラック卿が陞爵を断ってな。その代わりに褒美を沢山与えたがね。グラック卿は、我ら高貴なる者たちによる神聖な秩序に配慮できる素晴らしい男ではないか。彼はグラック領に責任がある身。ゆえに多忙であるから、中央における名誉を辞退したのであろう」
「しかし……」
「リリー、本人がそう希望したものをどうして覆さなければいけないのだ? 俺にはお前の考えが理解できないよ」
今ほど、腸が煮えくり返ったことはないと思う。
つい三日前、短い間隔での二回にも及ぶ大異動と、数百年ぶりとなる大要塞クラスの出現により、絶望の穴の監視と異邦者の退治を続けている連合軍は、総司令部が壊滅するほどの大損害を受けた。
多くの魔晶機神、魔晶機人が飛行不能、行動不能に追い込まれ、操者にも多くの犠牲者が出て、各国は慌てて本国に援軍を要請するほどであった。
このまま大要塞クラスが人の住む場所に移動したら、どれほどの犠牲者が出てしまうのか。
連合軍に参加している操者の誰もが絶望したその時、別任務を終えて戻ってきたグラック卿が、わずか一機の魔晶機人により、大要塞クラスを落としてしまった。
大要塞クラスの底部に潜り込み、大量に放たれる、常人ではまず回避できないであろうタンの雨を掻い潜り、急所に一撃して見事大要塞クラスを落としてみせたのだ。
さすがに最後は機体が行動不能となり、地面に叩きつけられそうになったのを妾が助けたが、そのことで彼に恩を売ろうとは思っていない。
妾はただ、あの常人ではあり得ない高速機動を続けるグラック卿とその機体を見て『美しい』と感じてしまったのだ。
そして、現時点の妾ではそんなことはできないと。
サクラメント王国はおろか、世界で一番とも称される操者であるこの妾が、現時点では逆立ちしても勝てないであろうライバルを見つけた。
これからは共に絶望の穴に駐屯し、一緒に技量を磨けると思ったのに……。
なんと彼は、フィール子爵家の令嬢と共に、故郷であるグラッグ領に戻ってしまったという。
そしてそれを、とても嬉しそうに語るグレゴリー兄。
彼はまたも操者としては失態を演じたため、妾以上に優れた操者であるグラッグ卿を、嬉々としながら故郷に戻してしまったのだ。
妾がグラッグ卿を抱え込もうとしていることに気がつき、先に手を打ったのであろう。
元々グレゴリー兄は、女の身で自分よりも優れた操者である妾を嫌っている。
同時に彼は、古い秩序、決まりを破ることも嫌っている。
郷士であるグラック卿を陞爵させ、王国軍の中枢に入れるのを嫌がったのだ。
郷士は、その土地の安寧を担う存在。
たとえ下級貴族でも、その志を邪魔するのは上級貴族と言えど許されない。
この建前を利用したのであろう。
「(まったく忌々しい……)」
「連続しての大異動と、大要塞クラス出現による危機は終わった。これよりは、我らが絶望の穴の防衛に責任を持てばいい。グラック卿は領地を持つ郷士家の当主だ。ずっとここに縛りつけられない。違うか?」
「いえ。グレゴリー兄の仰るとおりかと」
「お互い、それぞれに高貴な者として義務を果たすだけのこと。共に精進しなければな」
正論ながら忌々しい。
妾は必ずや、グレック卿を優れた操者として世に出すことを決意したのであった。
「エルオール様、これでバッチリですよ。タンの粘膜はすべて除去してあります」
「助かった。絶望の穴に行っていた時、整備士の質がピンキリで困った。ヒルデがいてくれて安心できる」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「実際危なっかしいので、自分でチェックしたりしたわね」
「大丈夫な時も多いけど、たまにヤバイんだよなぁ……どういうわけか」
「連合軍に優れた整備士を出さない諸侯も多いのよね。まずは自分の領地が優先だもの。魔法道具の製造や修理が滞ると、税収に直結するから」
「そんなところだと思った。さて、これでようやく元の生活だ」
成り行きで大要塞クラスを落としたが、私は褒美のみ貰って名誉はすべて辞退した。
その分、褒美に上乗せした方が私にとっては美味しいし、上の方々から嫉妬されずに済む。
人の嫉妬ほど怖いものはなく、安寧な生活を望む私は、それを避ける必要があるのだから。
あの姫様は隙あらば私を引き上げようとするので、こういう時に利用できるのは、操者としては微妙で、古き秩序の維持に拘るグレゴリー王子だ。
姫様が目をつけた私が、郷士としての義務に邁進すべく故郷に戻る。
そう聞いて、彼が手を貸さないわけがない。
大要塞クラス撃墜の名誉は勲章のみとして、例外的に認められる陞爵は三代分担金免除に交換してしまった。
これは、グラック家は私を含めて三代、王国に支払う分担金が免除されるというものだ。
なにしろ三代なので、どれだけ得をするか。
他にも、グレゴリー王子は私の提案をよほど気に入ったのか、大量の褒美もくれて、さらに開拓自由のお墨付きまでいただいた。
そこまでしてもらったら、あんな倒してもマジッククリスタルすら出ない異邦者に関わっても意味はない。
魔物を狩り、できれば領地も広げ、それを開拓して生きていった方が実利を得られるというわけだ。
異邦者狩りの名誉などは、お上に属する姫様とか、グレゴリー王子とか、その取り巻きの上級貴族たちが頑張って得ればいいのだ。
彼らは、それが仕事なのだから。
「リンダも残らなかったのか」
「あの姫様はどう見てもエルオール狙いで、どうせ私はオマケだもの。それに、エルオールと一緒にいた方が腕前も上がるわよ」
「それもそうか」
「私も、エルオール様がいないといまいちやる気が出ないんですよねぇ」
「ヒルデ、僕の魔晶機人は大丈夫?」
「大丈夫ですよ、マルコ様。マルコ様の機体は父が整備していますので」
「若干兄弟間で、待遇の差が見られるなぁ……兄様、今日は久々に三人で魔物を狩りましょう」
「いいな、それ。じゃあ、行こうか」
この世界でも大きな活躍をしてしまったが、今さら王国軍での出世や姫様に気に入られることになどに興味はなく、このまま死ぬまでグラック領を開発し、プチリッチな生活を堪能できれば私も勝ち組であろう。
今日もこれから魔物を狩って、マルコとリンダのマジッククリスタルを確保する。
三機で領内の開発を手伝えば、グラック領はすぐに豊かになるはずだ。
私の名はエルオール・グラック。
グラック家の当主にして、魔晶機人の操者である。
そしてその前世は、コンバットスーツという人型兵器のエースパイロットであった。




