第三十一話 VS大要塞クラス
「これは……デカイ……」
急ぎ絶望の穴上空まで戻った私は、そこに浮かぶ巨大な大要塞クラスの存在感に思わず息を飲んでしまった。
外殻の大半は金属製と思われ、ところどころに赤茶けた肉の塊がついており、そこに這っている血管らしきものがドクドクいっている。
相変わらず、機械なのか生物なのかよくわからない存在だ。
私は大剣を構えて、まずは軽く様子を見ようと大要塞クラスに近づいた。
すると、これまでとは比べものにならない数のタンが私に向かって撃ち出された。
それをすべてかわしながら、大要塞クラスに接近していく。
「これは……タンに触れないようにしなければ」
下手に金属製の芯があるタンよりも厄介だ。
下を見ると、粘着質なタンをモロに食らったせいで行動不能になった機体が、多数存在していたからだ。
「粘度の高い巨大なタンで、飛行パーツのノズル、機体の関節部分に浸透して、行動不能に追い込む。撃破よりも戦闘不能にするのが目的なのか。トドメは他の異邦者に任せればいいし、行動不能でも操者が死んでいなかったり、機体を回収可能なら、それに多くの人手を使ってしまう。恐ろしくキレる……」
大要塞クラスともなると、色々と策を講じるようだ。
やはり異邦者が知恵を持つ生物である証拠なのだと、私は思った。
『グラック卿、大丈夫そうか?』
「なんとかします……するしかないでしょう」
試しに大要塞クラスの不気味な生物部分を大剣で攻撃すると、そこから大量の血が流れ出てきた。
さらに何ヵ所か大剣で攻撃を繰り返し、大要塞クラスは血まみれに……と思ったら、すぐに傷が塞がり元に戻ってしまった。
兵士クラス、小~大隊長クラスとは違い自己修復能力まで有するとは、数百年に一度の大災害と呼ぶに相応しい異邦者であった。
「これは厄介な……」
金属製の外皮は硬く、生物部分もダメージを与えてもすぐに回復してしまう。
これは、落とすのが大変そうだ。
「さて、どうしたものか……」
自己修復能力がある以上、ダメージを蓄積させて倒すのは現実的な策ではない。
となれば、急所、心臓部分を探すしかないのか。
私は次々と飛ばされるタンをかわしながら、大要塞クラスの周囲を飛び回り、大剣で攻撃を続けながら念波で念入りに探知を始めた。
大剣で攻撃をしているのは、知能を持つであろう大要塞に私の意図を探られないためである。
自分を倒そうと攻撃を繰り返している、という風に見せるためだ。
「(久々に本格的に念波を使ってみるが……この大要塞クラスは……)」
兵士、各隊長クラスは生物を模しているものが多かったが、この大要塞クラスは宇宙艦艇に生物、肉がついているように見えた。
人型兵器は稼働しているが、魔力が主なエネルギー源のファンタジーな世界で宇宙艦艇とは……。
当然乗組員の気配がなかったが、よく見ると砲撃跡らしいもの……これは多分、レールガンによる装甲板の破断のはず……撃沈された宇宙艦艇に生物が融合したような印象を受けた。
絶望の穴は、もしかしたら別次元、世界のゲートみたいなものなのかもしれない。
撃沈された宇宙艦艇が絶望の穴に引き寄せられ、そこで魔物と融合している?
いや、異邦者を倒してもマジッククリスタルは得られないから、この世界の魔物とは別系統の生物であろう。
「(推察はあとだ! 今はとにかく、この大要塞クラスの弱点を探す!)」
エルオールに乗り移ってから、初めて念波を全力で使用する。
あまりやりすぎると頭が痛くなるのだが、今回ばかりは仕方がない。
普段はレーダーや探知機器のように使う念波だが、敵をスキャンする『透視』に近いこともできるので、それを使用するわけだ。
唯一の懸念は、エルオールの体がまだ十三歳だということか。
「これは……やっぱり、もう少し成長しないと駄目だな」
子供の身に念波の全力は厳しい。
大要塞クラスの内部がわかるようになったが、頭が割れるように痛い。
やはり、元が宇宙艦艇のようで通路なども見えるが、肝心の核融合炉は完全に停止しているようだ。
ここが弱点とは思えない。
むしろ、この撃沈された宇宙艦艇に取りついた生物の弱点こそが、大要塞クラスの弱点であろう。激しい頭痛と戦いながら、大剣で定期的に攻撃することも忘れず、大要塞クラス全体を念波で探知にしていく。
すると、底部の中心部、比較的外側に見つけた。
心臓のような臓器が、ドックンドックン言いながら動いているのを。
「見つけたはいいが……」
道理で、内部ではなく外部に近い場所にあると思ったら、底部の中心とは……。
大要塞クラスの底部中心部に至るまでに、どれほどタンによる攻撃を受けるか。
夕立、集中砲火レベルで攻撃を受けるはずだ。
常人ではまず回避できず、タンで飛行パーツに損傷を受けたら、絶望の穴に真っ逆さまだ。
ここに飛び込んで大要塞クラスの心臓を狙う奴は、間違いなく自殺願望者であろう。
魔晶機神でも難易度はそう変わらない……いや、巨体の分、かえって難易度は高いはず。
「(動き出すのを待つしかないか?)」
絶望の穴の上空から離れてくれれば、心臓部分の破壊を目論むこともできるのだ。
もし失敗しても不時着は可能で、私は命を落とさずに済むのだから。
私は、大要塞クラスが移動してくれることを願った。
むしろ異邦者としては、人間の住む場所に襲撃をかけないのがおかしい。
自分は大要塞クラスなので、ここで待ち構えるのが仕事なのか?
などと思っていたら、突然高い魔力反応を感じた。
「これはまずい……」
『グラック卿! こいつは高威力の魔法を放つぞ!』
元が宇宙艦艇なので、装備していたレールガンやビーム砲でも用いればいいのに……。
核融合炉が停止しているので、エネルギーがなくて無理か……。
その代わり、間違いなく戦略クラスの魔法を放とうとしているのが、急激に増加した魔力でわかってしまった。
どこに向けて放つのかはわからないが、小さな町程度なら軽く全滅させられる規模の魔法になるはずだ。
『援軍は間に合わない!』
それはそうだろう。
つい先ほど、各国の本国に援軍要請をしたばかりなのだから。
「ええいっ! 仕方がない!」
私は覚悟を決めて、大要塞クラスの底部中心部にある心臓を破壊するため全速力で突撃を開始した。
「(死ねば、また軍人に逆戻りかもしれないからな!)」
今、私がエルオールなのは夢で、ここで死んでも目が覚めるだけかもしれない。
また休む間もなく、どこかの惑星反乱鎮圧に行かされる、転職希望を持つ軍人としての生活に戻るのだ。
そんな保証はないのだが、そうでも思わなければこんな無謀な攻撃など目論めない。
実際に、大量のタンが底部から私を狙って発射され続けていた。
まるでゲリラ豪雨のようなタン攻撃を、私は念波も用いて回避し続ける。
普通の操者だったら、とっくに飛行不能になって絶望の穴の中に真っ逆さまであったろう。
「よくそんなにタンを吐けるものだな!」
なるべく速度を落とさず、連続して発射されるタンをかわし続ける。
飛行パーツのノズルに命中したら墜落。
腕も大剣を両手で持っているので、腕やその関節に被弾して動けなくなったら、大要塞クラスの心臓に突き立てられないので作戦は失敗。
下手に頭部や胴体にも被弾できない。
なぜなら、操縦席周りの魔法スクリーンが映らなくなってしまうからだ。
つまり、私は一切被弾できないわけだ。
まるで全速力で綱渡りでもするかのように、底部中心に向けて飛行していく。
わずか十数秒のことだというのに、私はまるで何時間も大要塞クラスの底部から大量に放たれるタンをかわし続けているような感覚に襲われていた。
「ついた!」
精神的には長かった命がけの綱渡りが終わり、私は目標に辿り着いた。
大要塞クラスの底部のちょうど真ん中、一見平らな生物の肌の部分と言った感じだが、この少し奥に心臓部分は存在する。
私は素早く両腕で大剣を構えると、念波で探った心臓の部分に大剣を深く突き立てた。
「ぎゅわぁーーーーーー!」
すると次の瞬間、これまでに聞いたことがないような悲鳴というか、断末魔に近い声が聞こえた。
同時に、心臓が徐々に止まっていくところも確認する。
「大剣よ! 今までありがとうな!」
大剣を抜いていたら、大要塞クラスの落下に巻き込まれてしまう。
私は三年以上も使った大剣を手離すと、今度はあらん限りの全速力で底部からの脱出を試みた。
最後に私は道連れだと言わんばかりに、底部からまたも大量のタンが発射されていく。
足に、腕に、頭部にと。
タンが命中して私の機体は戦闘不能となったが、あとは逃げるだけなので問題ない。
ようやく大要塞クラスの底部から脱出した瞬間、油断があったのかもしれない。
飛行パーツのノズルにタンが命中して突如飛行停止となり、そのまま地面へと高速で落下していった。
「クソっ! 腕も足も動かないから落下制御もできない!」
魔晶機人には、魔力による操者保護のための安全装置もあったが、こうも高速で地面に叩きつけられれば確実に即死であろう。
「最後にしくじるとはなぁ……」
もはや打つ手もなく、地面に機体ごと叩きつけられる運命を待っていた私であったが、予想外の事態が起こった。
地面に叩きつけられたはずなのに、大した衝撃を感じなかったのだ。
外でなにが起ったのか、操縦席周りのスクリーンが死んでいるので確認できない。
急ぎ機体を降りると、私の機体は三倍以上もの大きさがある魔晶機神に抱えられていた。
「姫様?」
「大要塞クラスを撃墜した英雄を死なせるわけにいかないのでな。恩に感じずともいいぞ」
姫様がどうにか自分の機体を動かして、私が地面に叩きつけられるのを防いでくれたようだ。
おかげで命拾いした。
「助かりました。あれ? 大要塞クラスは?」
「あれだけの重量物。とっくに絶望の穴の中に落ちてしまったぞ」
「それもそうですか」
心臓を大剣で突かれて死んだ以上、大要塞クラスほどの重量物がいつまでも地面に浮いていられるわけがないか。
「それにしても、驚愕すべき操縦技量じゃな。残念ながら、今の妾では歯が立たん。大要塞クラス撃墜の功労者となったのだから、名誉と褒美に期待するがいいぞ」
「はい……」
つい、流れに乗って?
成り行きで大きいのを落としてしまったが、名誉はいらないので、褒美だけ貰ってグラッグ領に帰りたい。
まさか姫様に向かってそれを言うわけにもいかず、私はただ社交辞令的な笑顔に徹するのみであった。