第三十話 大要塞クラス
「あれか……」
魔晶機神に乗っている大貴族の方々が逃した異邦者だが、すぐに追いつくことができた。
大きさは三メートルほど。
兵士クラスだが、その高速性能から考えるとそれ以上の実力があるはずだ。
大きさではなく機動力が武器で、その強さは大隊長クラスくらいなのかもしれない。
異邦者は私に気がつくと、スピードを落としながらUターンし、すぐさま口からタンを吐き出した。
私は最小限の動きでそれをかわしてから、大剣を構えて猛スピードで迫る異邦者を待ち構えた。
異邦者は私が避けると思っていなかったようで、予想が外れてあきらかに動揺していた。
そのまま私の真横をすり抜けるが、その前に私が異邦者の想定飛行コース上に大剣を置くように構えており、そこを通りすぎた異邦者は上下真っ二つに切り裂かれた。
速度性能重視のためそれほど固くもなく、異邦者は二つに分かれて地面へと落下していく。
私は、異邦者の始末に無事成功した。
「こちら、エルオール・グラック。王都に向かっていた異邦者は始末した。残骸の回収は任せるぞ」
『こちら連合軍総司令部! グラック卿に至急援軍を請う! これは各国の政府上層部にも魔法通信にて連絡している。超巨大な『大要塞クラス』の異邦者が出現。迎撃に参加した多くの魔晶機神と魔晶機人が戦闘不能にされている。こいつを、絶望の穴周辺で必ず落としてくれ! 連合軍総司令部は……』
「おいっ! 連合軍総司令部!」
どうやら、私が別任務で絶望の穴周辺から離れたところで、大要塞クラスと呼称される超巨大な異邦者が湧き出たらしい。
通信が途絶したということは、連合軍の総司令部が壊滅してしまった可能性が高い。
姫様やリンダたちはどうなった?
あの二人がそう簡単に落とされるはずはないが、とはいえ大要塞クラスの強さに歯が立たない状態のようだ。
「死なれると寝覚めが悪い! 連れて逃げ出そう」
全長が五百メートルを超える異邦者なので、私一人ではまず落とせないであろう。
絶望の穴付近に戻り、生存者を一人でも多く救い出して一時撤退というのが正しい作戦だ。
大要塞クラスとの戦闘は、各国の魔晶機神を操る精鋭たちに任せるのが正しいと思う。
ここで、無理に大敵に挑むのは匹夫の勇というやつだ。
「とにかく、急ぎ戻ろう」
私は、姫様たちとリンダの救出に、大要塞クラスの偵察も兼ねて急ぎ絶望の穴へと戻るのであった。
「そんなバカな……」
『リリー様?』
「ワルム卿、貴殿は無事か?」
『なんとか。飛行パーツが完全に駄目で、もう攻撃が大要塞クラスに届きませんけど』
「そうか……私も同じだな。こいつのタンは、金属の芯がない。それでも高速で撃ち出すので魔晶機神でも魔晶機人でも、人工筋肉や内部の部品にダメージが行って損傷してしまうな」
『すみません、私も戦闘不能です。両腕の関節及び上半身がタンの粘膜に覆われて動かせないのです』
「私も、右腕が動かないな。飛行パーツも、ノズルがタンで覆われてしまったので飛び立てない。おっと!」
『王女殿下?』
「トドメにもう一撃撃たれたが、なんとかかわせたな。かわせず、ネズミ獲りに引っかかったネズミみたいに動けない者が大半だが」
妾は、もう少ししてから二度目の大異動と要塞クラスの出現があると予想していた。
だからこそ、グラック卿を高速で王都を目指す異邦者の追撃任務に充てたのだが、彼が不在の時に大要塞クラスが出現するとは……。
大要塞クラスなんて、数百年に一度出現すれば上出来くらいの大物だというのに。
妾にライバル心を燃やし、父に泣きついて王都から凄腕の操者と魔晶機神、魔晶機人を送ってもらったグレゴリー兄であったが、再び戦闘不能になって二機目の魔晶機神を使用不能にしてしまった。
幸い命に別状はないようだが、我が兄ながら運がいい人だ。
巨大な大要塞クラスは短い間隔で大量のタンを撃ち出し、これに絡まれてしまった機体は、飛行パーツのノズルや機体の関節部分が動かなくなり、戦闘不能と化していた。
大要塞クラスなので、大きくて硬い芯の入ったタンを吐き出すかと思えば……。
タンのみでも粘着質のため、これが絡まると多くの機体が飛行不可、戦闘不可になってしまった。
特に飛行パーツが壊れてしまえば、大要塞クラスには攻撃が届かない。
予算不足のため少数をようやく配備した連弩も、タンの攻撃で破壊、使用不能になっている。
こうなるともう、妾たちにはどうしようもなかった。
他国の魔晶機神と魔晶機人も、大要塞に対し次々と攻撃を仕掛けているが、結果は私たちと同じ。
タンが絡んで飛行パーツが故障し、地面に落ちていく機体が増え続けていた。
何機か、絶望の穴に落ちてしまう機体も出ていた。
『王女殿下』
「こうなれば、グラック卿に賭けるしかない」
『ですが、エルオールは魔晶機人乗りですよ』
「それはあまり関係ないと思うぞ」
魔晶機神は、魔晶機人よりも性能が上だ。
だから誤解されるのだが、乗り手である操者も魔晶機神乗りの方が上だと思われる。
魔晶機神の操者の大半が大貴族なので、そう思わなければ不敬にあたるからというのもあるのか。
しかし実際のところは、グレゴリー兄とその腰巾着たちの不甲斐なさを見れば、必ずしもそうとは言えない。
特に、操者としての実力でいうとグラック卿は妾をも上回るかもしれないな。
妾も相応に自信があったのだが、大要塞クラスを相手にすればこの様だ。
他の精鋭とされる操者たちも、妾と同じく飛行不能、行動不能で、絶望の穴の上空で悠々と遊弋する大要塞クラスを歯ぎしり見ているしかなかった。
連合軍の総司令部もタンによって潰され……これは屈辱的な最期であろう。
「各国から多数の援軍を呼び、それで袋叩きにするか……この作戦も犠牲は多かろう。となると、グラック卿に期待するしかない」
もし彼でも駄目なら、それはそれで援軍を多数用意して対応すればいいことだ。
とにかく、あの化け物を一刻も早く落とさなければならない。
あんなものが人の住む町にでも現れたら……。
「グラック卿、とにかく早く戻ってきてくれ」
妾は、グラック卿の帰還をただ願うのみであった。
現在、大要塞クラスに対し戦闘が行える魔晶機神及び魔晶機人は極端に少ない。




