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第二十九話 兄妹相克

「グレゴリー兄、もう怪我はいいのか?」


「心配をかけたな、妹よ。俺は大丈夫だし、予備機の魔晶機神の起動を成功させた。次こそは、俺が要塞クラスを落としてみせよう」


「ご武運を」



 怪我が治ったサクラメント王国のグレゴリー王子は、笑顔で実の妹である姫様と話をしていたが、まったく目が笑っていなかった。

 それもそうであろう。

 自分は派手に撃墜されて貴重な魔晶機神を失ったのに、妹は大活躍して要塞クラスの異邦者を落として大功績を得てしまったのだから。

 姫様は、連合軍に所属する他国からも絶賛されており、当然グレゴリー王子は面白いはずがない。

 加えて、自分が集めた親衛隊があまり役に立っていないどころか大損害を出してしまったことも、彼をいらつかせていた。

 王子特権で、親衛隊を魔晶機神のみで固めたのに大敗北してしまい、失った魔晶機神の数を考えると、グレゴリー王子は戦犯にされてもおかしくなかった。

 他国の損害がもっと酷く、国によっては全滅判定を受けたところもあったし、姫様の活躍のおかげでグレゴリー王子の罪はなかったことになっていて、それが余計に彼のプライドをズタズタにしたのであろう。

 そんなグレゴリー王子の笑っていない目を見た姫様だったが、あまり気にしていないようだ。

 元々仲が悪いのかもしれない。


「今日から俺も出るぞ」


「それはありがたい。連合軍の損害は酷く、それなのにここ数日で湧き出てくる異邦者の数は増加傾向にある。一機でも多くの味方が欲しいところなのです」


「このグレゴリーの活躍を見ているがいい」


 そう言い残すと、グレゴリー王子はまた集めた貴族たちと一緒に姫様の天幕を去っていった。

 これから出撃して、異邦者と戦う予定らしい。


「大丈夫でしょうか?」


「大丈夫であろう。わざわざ王都から援軍を呼んだのだから」


 グレゴリー王子は功績を稼ぐため、王都にいる父親に魔法通信で泣きつき、王国軍から優れた魔晶機神の操者を援軍として送ってもらっていた。

 それを知っているから、姫様はワルム卿に大丈夫だと答えたのだ。


「呼び寄せた連中は、腕の立つ者たちばかりだ。彼らは落ちん。グレゴリー兄は知らん」


 姫様は、援軍で来た操者たちの実力には太鼓判を押していた。

 グレゴリー王子の操者としての力量については、発言を避けたようだが。


「魔力量があって魔晶機神を動かせても、上手に動かせる、魔物や無法者、異邦者との戦闘で活躍できて生き残れるかどうかは、また別の話だ」


 魔晶機神は巨大で、それが動くだけでも戦略的価値が高い。

 そのためか、本当に動かせるだけの人が無視できないくらいいるというわけだ。

 マジッククリスタル代を考えると、訓練でもそう簡単に動かせない事情もあるのだけど。


「また来るであろう要塞クラスの話よりも、今は湧き出てくる兵士クラス、小隊長クラスの撃墜が大切であろう。妾たちも出撃するぞ」


 姫様の命により、私たちも出撃した。

 絶望の穴。

 直径は五キロほどだと聞く。

 何度見ても、穴の奥の暗闇に吸い込まれそうだ。


『どうかしたか? グラック卿』 


「絶望の穴の奥って、どうなっているんだろうなって思いまして……」


『わからん。底までどのくらいあるのか、誰も確認しておらぬのでな。あの穴に落ちて這い出てきた者はおらぬ。撃墜されて絶望の穴に落ちてしまえば、ほぼ百パーセント戦死扱いになるのでな』


 いまだ底が確認されていない、異邦者という謎の生物が湧き出てくる穴か……。

 私は落ちないようにしないと。


『グラック卿、今日は手加減できないぞ』


「はい……」


 姫様が予言していた、大異動の前兆というのは正しいかもしれない。

 昨日に比べると、湧き出てくる異邦者の数が増え、兵士クラスばかりだったのが小隊長レベルが混じるようになった。

 私が弱らせ、リンダにトドメを刺させる戦術は無理だな。

 仕方がない。

 私は大剣を抜いて、一番近くにいた小隊長クラスに突撃をかけた。


『グラック卿! そいつは、タンを撃ち出す数が多いのだ! 危険だ!』


 姫様から魔法通信で制止が入ったが、この程度なら問題はない。

 全長十メートルクラスの不気味な異邦者の体の表面から、ポコポコと撃ち出すタンが湧き出てくるが、これくらいなら少し注意していれば、撃ち出す進路は容易に予想ができた。

 撃ち出した瞬間、魔晶機人を少し動かして進路を変えれば簡単に回避できるのだから。


『お主、未来でも見えるのか?』


「まさか。異邦者の体表から湧き出てくるタンの形ですよ」


 真ん丸になったタンはすぐに撃ち出される。

 それに警戒しているだけだ。

 勿論念波も使用して警戒しているが、この能力を他人に知られるわけにいかないので言うわけがなかった。

 私は異邦者のタン攻撃をかわしながら、次々と大剣で斬り伏せていく。

 中には外皮の金属比が高く、大剣を深く突き入れて倒さなければならない異邦者もいたが、特に苦戦することもなかった。

 兵士、小隊長クラスに苦戦などするわけがなく、油断せずに倒していけばいいだけだ。


「(半ば作業みたいなものだ)」


 ただ、たまに撃墜される味方は存在した。

 異邦者のタン攻撃を避けられず、飛行パーツを破壊されて墜落していく魔晶機人が数機確認できる。

 どうにか地面に不時着してくれればいいのだが……。


『助けてくれぇーーー!』


 絶望の穴の中に落下していく魔晶機人が一機いたが、助ける余裕がある者が一人もいなかった。

 残念ながら私も間に合わず……ここで持ち場を離れると新たな犠牲者が出てしまう可能性が高いし、残念ながら私は姫様の配下で、彼はグレゴリー王子の配下だ。

 半壊した魔晶機人が絶望の穴の中に落下していくのを、見守るしかなかった。


「すでに七機の犠牲か……」


 絶望の穴に落ちていった一人を除けば、新しい機体で戦えばいいのだろうが、精鋭揃いという割に動きが稚拙なような……。

 魔晶機神に乗っている操者にも、小さな異邦者に振り回されている者が一定数いた。

 さすがに王国軍にはいなかったが、近隣諸侯有志の中にそういう下手な人が一定数混じっているのだ。


「(貴重な魔晶機神をいいのかな?)」


 とは思っても、私の機体ではないのでどうしようもなかった。


『エルオール、徐々に絶望の穴から湧き出てくる異邦者の数が増えているわね』


「これは、王女殿下の仰るとおりか」


 もう一度大異動があり、要塞クラス以上の異邦者が湧き出てくる可能性が高くなったのを、私とリンダは確認し合っていた。


『今日、出てこなければいいが……』


『兵士クラスにしては速いぞ!』


『落とせ!』


 突如、大きさは兵士クラスなのに速度が尋常ではない異邦者が一機だけ、迎撃している魔晶機神部隊をすり抜けて王都の方角へと高速移動を開始した。

 たとえ一機でも、異邦者を王都に侵入させるわけにいかない。

 とはいえ、残念ながらその異邦者に追いつけそうな者は……。


『グラック卿、大丈夫か?』 


「大丈夫です」


『では頼む』


 私以外、高速で魔晶機神部隊をすり抜けた異邦者に追いつける者はいないと、姫様は思ったのであろう。

 すぐに追跡命令を出し、私はそれを了承した。


『あのような素早いだけの小物、リリーの貧乏郷士が相手をするのがお似合いだな』


『グレゴリー兄、あなたの部下たちがあの異邦者を逃がした責任についてどうお考えか?』


 いくら強力な魔晶機神に乗っていても、それを十全に使いこなせなければ意味がない。

 小さくて素早いから逃がしたと言い張るグレゴリー王子とその腰巾着たちだが、姫様は彼らに釘を刺していた。

 小さいながらも敵を逃がしてしまったことを恥と思わない彼らに、そんなことを言っても無駄なのだが……。


「追跡を開始します」


 操者としても軍指揮官としても微妙なため、妹姫に嫉妬と対抗心を燃やす兄王子。

 権力者同士の争いに世界の違いは関係ないようだ。

 田舎郷士である私からすれば、異邦者追跡のためにここから抜けられるのはラッキーだと思っていた。


『エルオール』


「リンダ、気をつけて」


 姫様の下に残るリンダに対し、遠回しに二人の争いに関わると碌なことにならないよと……言えたらいいのだが、魔法通信で漏れてしまうのはいただけない。

 気がついて上手く立ち回ってくれと願いながら、私は王都へと飛び去った異邦者の追跡を開始したのであった。


 だがその後、予想だにしない事態が訪れることになるとは、私も気がついていなかった。

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― 新着の感想 ―
これが演技ならいいけど、そうじゃないならグレゴリーあまり性格良くなくないか?
この異邦者って知能あるのか?
[一言] リンダの身になにか起こりそう……
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