第二話 私の前世がエリート軍人にして、機動兵器のエースパイロットだったって話を、あなたは信じますか?(後編)
『ミサイル、次々と来ます』
「ミサイルのタイプは?」
『四世代前の旧式で、複合感応タイプです』
「起爆させる。対応念波周波数の特定を」
『170.78パイメルです』
惑星軌道上でサポート行うフィネスからミサイルを起爆させる周波数を教えて貰った私は、それを周囲に向けて放射する。
するとミサイルはすべて、私の愛機のかなり手前で爆発した。
他にも、まだ発射されていないミサイルまでもがすべて、発射管もろとも爆発してしまう。
「次はビーム機銃か。フィネス」
『合計で百五十六基を確認』
「突入する」
フィネスから念波通信で受けたビーム機銃の位置をコックピット内の戦術電子地図に反映させてから、私はさらに愛機を廃鉱山の山腹へと急降下させた。
こちらの姿を確認したビーム機銃群から、多数のビームがまるでゲリラ豪雨のように発射されるが、私と愛機はそれらはすべてを事前に回避していた。
念波を用いた未来予測で、すべて事前にかわしてしまうやり方だ。
数秒後、どこにビームが来るかわかる。
私だから使える芸当と言えた。
勿論、数百もの対象に順位を付けて順番に回避するためには、弛まぬ訓練と装備の良さ、そしてフィネスからのサポートが必要であったが。
「これより目標を破壊する」
『ご武運を』
「任せてくれ」
私は、レップウ改強襲タイプの標準装備である八十ミリビーム機銃で、次々と廃鉱山の山間などに設置されていたビーム機銃を破壊していく。
私の特殊能力である念波の助けもあり、正確無比な射撃によって、わずか数分で対空火器群は全滅した。
「これで空への脅威は消えた。あとは……」
『共和国軍派遣軍司令殿の奮戦に感謝いたします。空軍はこれで撤退しますので』
どうやら、意図せずに妨害波を出す装置も無事破壊してしまったようで、上空の空軍機から通信が入ってきた。
その内容は最悪であったが。
「おい……」
政府軍の空軍は、これ以上の反政府軍基地上空での滞空を良しとしないで撤退してしまった。
せっかく念波ですべての対空火器を潰したのを確認したのにと、私は思わず愚痴を溢しそうになってしまう。
『こうなる原因は、惑星政府軍の陸軍と空軍が仲が悪いからだと思います』
「それしかないか……」
空軍がとっとと引き上げてしまったのは、フィネスからの指摘以外に原因はないであろう。
だが、それに愚痴を溢してもなにも解決しない。
私は、愛機を反政府軍基地の入口へと向ける。
「酷いものだな……」
現場ではもう後がない反政府軍の苛烈な抵抗を受け、兵士の死体やコンバットアーマーの残骸が散らばっていた。
基本的に汎銀河連邦共和国のおさがりを配備している各惑星国家の軍隊には、いまだにロボット兵が支給されていないからだ。
「汎銀河共和国宇宙軍特務隊所属ケンジ・タナカ上級大佐だ。救援を必要とするか?」
『サントナム共和国陸軍第七師団第二普通科連隊長レードル・マードック大佐です。救援をお願いしますとの、師団長であるパーカー准将からの連絡です』
「了解した」
どうやらあまりの損害に、後方にいる師団長は怯えてしまったらしい。
予想外にも、すんなりと私に救援要請を出してくれた。
命令ではなくて要請なのは、共和国軍の上級大佐という奇妙な階級のためであろう。
上級大佐は、特殊部隊と緊急対応用の海兵隊にしか存在しない階級で、大佐と准将の間くらいの偉さという、非常に中途半端な位置にある階級なのだ。
なぜ上級大佐などという奇妙な階級が作られたのか?
これには複雑な事情があった。
汎銀河共和国政府が支配下にある惑星国家に戦力を送る時、将官を送ると大げさ……戦争状態だと思われてマスコミや反戦団体からの批判が大きいという理由が一番であった。
かといって、あまりに階級が低い者を送ると、惑星政府軍の軍人たちが言うことを聞いてくれない可能性もある。
そこで考え出されたのが、上級大佐という階級なわけだ。
現場で一番偉いであろう大佐よりも上位にあって、将官とも渡り合えるはず。
ただ実際には、現場では大変に不評である。
まさに机上の空論であり、現場には将官がいることも多く、不都合が多いのに軍上層部では改善する余地が見えなかった。
惑星政府によっては、准将や少将でも共和国政府の威光で来ている上級大佐にヘコヘコする者もいて、軍階級秩序に多大な混乱を来していると批判されることが多かったわけだ。
「(とはいえ、そんなに簡単に改善しないだろうけどな)」
私など、すでに半分諦めている身だ。
なぜなら、あと数年でお金も十分に貯まり、あとは退役して民間企業に勤めればいいと考えていたからだ。
私が軍に入った理由。
それは、大学に進学するのに必要な奨学金を得るためだ。
我が一族の恥を話すのはどうかと思うのだが、私の父親は口ばかりで生活力がなく、勝算のない商売をしては借金を増やす人だったので、私がジュニアハイスクール生の時にはすでに家庭は崩壊していた。
父は『人生の第二ステージ開幕』とばかりに自己破産はしたが生き方を変えず、母はそんな父に愛想を尽かして離婚。
私は貧しい母子家庭となってしまったため、卒業後軍で決められた期間任官すれば返済不要な奨学金が得られる制度に飛びついた。
まさか基礎訓練の課程で、特殊能力である念波が使えることが判明するとは思わなかったけど。
コンバットスーツの操縦適性も認められて、これの資格も取らされてしまった。
そんなわけで私は、現在二十四歳にして上級大佐となっていたので、階級に文句を言ってもなという感情も持っていたのだ。
教育と訓練は規定どおりに受け、昇進も功績を正当に評価されてであったが、やはり年配の将官などには舐められたり疎まれたりすることが多かった。
自分でも、『モヤシ二流大卒男が、どうして軍の特殊部隊に?』と思わなくもないので、彼らの気持ちはよくわかるけど。
おっと、今は任務に集中しないとな。
「問題はやはり、鉱山の入り口ですか?」
『はい。ここが突破できれば、勝利は決まったようなものなので』
マードック大佐の説明によると、鉱山入口のメインゲートは高さが十六メートルほどあり、その奥に三機のコンバットアーマーが配置されているらしい。
私はすぐに、念波でそれを確認していた。
ふんだんに武器もあり、政府軍に対し遠慮なくぶっ放しているので、突入の度に味方に犠牲が出てしまうようだ。
すでに妨害波は消えているが、防衛オンリーの戦闘を行っていることもあり、コンバットアーマーの性能差が出にくいという事情もあった。
「ホバリングをして、高速で攻め入ればいいのでは?」
『それが……我が軍のコンバットアーマー乗りの技量では、それをすると鉱山の天井に引っかかってしまうのです』
「……。歩行や走行で敵に迫ればハチの巣にされると思うが……」
アンテナ類もあるので、コンバットスーツでは天井までの余裕は五十センチもない。
結果、ゆっくりと歩いて進撃して失敗、匍匐前進で行くも隠れる場所がないので失敗、歩兵と装甲車の類は機動力と防御力不足で、無駄に犠牲を増やしているそうだ。
『できないことをさせてもというわけです。現に、できもしないホバリングを試みて天井に派手にぶつかり機体を大破させた者もおりますので』
「では、私がやります」
『お願いします。上級大佐殿』
ホバリング程度、共和国軍のパイロットなら全員できて当たり前……天井が低すぎるというのもあるのか。
下手な奴だと天井に頭をぶつけ、頭部のアンテナやセンサー類を壊してしまうのであろう。
頭部の部品は、いいお値段がするからな。
幸い私には念波もあるので、ホバリングよりも、高速飛行のまま床から五センチほど浮きながら飛行する芸当くらい、目を瞑っても可能であった。
『反乱軍の火器が過密なのですが……』
「それも対処可能です」
私の念波能力は、広範囲への探知と危機に対する未来予測であった。
これに軍での訓練も経て、若年ながらも共和国では三本の指に入るコンバットアーマー乗りであると評価されている。
そのせいか、定期的に『退役しないでくれ』と言われているけど、別に知ったことではなかった。
適性があるからやっているが、私はもっとノンビリと生きていきたいのだ。
スリリングな人生など、もう十分に経験したのだから。
『それではお願いします。入り口に陣取るコンバットアーマーさえ倒せば……』
あとは、政府軍の部隊で鎮圧を行うそうだ。
人間の兵隊ばかりなので敵味方に多くの犠牲が出そうだが、ここで『ロボット兵を投入しましょうか?』とは言えなかった。
人や組織のプライドとはなかなかに厄介なもので、余計な差し出口はかえって状況を悪化させる。
そういう部分を尊重するのは助っ人として当然だと、私も軍で教育を受けているからだ。
「突入開始」
深く考えるのは戦いが終わってからでいいと、私は体勢を整えてから鉱山の入り口に突入する。
愛機の速度を落とさないまま飛行を続け、山岳基地入り口に突入する。
機体を地面からわずかに浮かせたまま、床にも天井にも一切ぶつけず奥へと飛行を続けた。
高度な操縦技術が要求されるものであったが、共和国軍で正規のパイロットになるにはこれくらいできないと話にならない。
私からすればそこまで難易度は高くない操縦技術なのだが、惑星政府軍のパイロットだと厳しいのであろう。
高度な操縦訓練が必要なので、そのノウハウを手に入れられないからだ。
滅多にない状況に対応する訓練までカリキュラムに入れていたら、時間と予算のキリがないという事情もあった。
訓練でセンサーやアンテナ類を壊されては堪らないというわけだ。
訓練でいくつも壊して今の私があるという事情もあり、その点は共和国軍はマシかもしれない。
『なっ! なにか違うのが来たぞ!』
『この狭い入り口通路で飛行しているのか? 凄腕が来たぞ!』
『倒せ! 蜂の巣にするんだ!』
今にも自分たちに迫ってきそうな私のレップウ改強襲タイプに慄き、防衛側のレオパルド17改三機が、予算も考えずにビーム機銃を連射し続けた。
だが、その大半は念波による未来予知によって簡単にかわされてしまう。
鉱山の入り口が狭い関係でどうしても一部被弾してしまうが、これはコンバットスーツが装備している『バリアー』によって防がれていた。
この装備があるためコンバットスーツの防御力は高いとされているが、それでも限界はある。
最新型のレップウ改強襲タイプはバリアーの厚さと限界展開時間が延びていたが、それでも急ぎ三機の敵コンバットスーツを倒さなければ、すぐに破壊されてしまうであろう。
できる限り攻撃をかわしながら接近した私は、腰に装着したビームソードを抜き、その切っ先を一機のレオパルド17改に突き刺した。
場所はコクピットの位置付近で、すぐにそのレオパルド17改は活動を停止させる。
いくら戦闘力が高いコンバットスーツでも、操縦しているパイロットが殺されればそれで終わりだ。
『ヘンリー!』
距離が近いので、残り二機のどちらかのパイロットがあげる悲鳴が通信機に入ってくる。
私はそれを気にも留めず、もう一機のレオパルド17改が撃っていたビーム機銃をビームソードで突いて破壊し、もう片手で腰に装備していた高周波ナイフを握り、そのままコクピットに叩き込む。
これで、二機目のレオパルド17改が戦闘不能になった。
パイロットは……『ミンチよりも酷ぇ!』であろうが、いくら私でもそこまで気を使う余裕はなかった。
「残り一機」
『バートンまで! なぜだ? なぜバリアーが効かない!』
その理由は、私の念波でバリアー発生装置の作動を妨害しているからだ。
できれば教えてあげたいところであったが、これは軍事機密である。
この念波能力があるからこそ、私は大卒の時点でパイロットになる訓練を受ける羽目になったのだから。
大昔のように大学の卒業が二十二歳ではなく、十八歳だったので、訓練は厳しかったけど。
いつの時代も、老人は若者を酷使したがるから困る。
「降伏するか?」
『ふざけるな!』
残り一機となったレオパルド17改は、私の降伏勧告を聞き激怒した。
元軍のコンバットスーツ乗りで、己の腕にプライドを持っているらしい。
レオパルド17改が腰に装備するビームナイフを抜き、そのまま私に斬りかかってきた。
「遅い!」
機体性能差による反応速度の遅さもあるが、私にはその未来がすべて見えていた。
精々数秒先の未来しか見えないが、軍人であればそれでも大分有利に戦える。
私は素早くレオパルド17改のビームナイフを持った腕を切り落とすと、高周波ナイフでコクピットを一撃した。
これにより、三機目のコンバットスーツも活動を停止する。
『凄い腕前ですね。爆発させないように倒すなんて』
「爆発したら、私も損傷しますからね」
コンバットスーツは小型核融合炉をエネルギー源にして、水を推進剤として活動する。
電気分解した水素をプロペラントタンクに蓄えているので、下手に誘爆させると大爆発を起こす可能性があるのだ。
爆発で飛び散る放射能については、現在では放射能除去剤が安価に普及しているのでそれほど問題はなかったが、傍にいれば堪ったものではない。
「これで、反政府軍の最大戦力をすべて無力化しましたが」
『あとは我らにお任せください』
「了解しました」
本当に、助っ人とは面倒な役回りだと私は思う。
こちらは上からの命令で来ているのに、時には邪魔者扱いされ、向こうにも意地やプライドがあるのだと、相手に手柄を譲る必要もある。
このまま惑星軍に任せるよりも、ロボット兵たちに討伐させた方が犠牲も出なくて楽だと思うのだが、惑星軍にも華を持たせる必要があるというわけだ。
「(くだらないな……)」
そのせいで増える犠牲者が憐れだと思うし、たまに『どうして自分は軍人なんてやっているのだろう?』と思ってしまう。
最初の切っ掛けはともかく、今は惰性で軍人をやっているような気がしてならなかった。
しかも、私は念波を使えることが世間に知られてしまった。
さすがに相手の心が読めたりするわけがないが、数秒後の未来が見えるせいで誤解はされる。
そのせいで、私に近寄る人間は減っていた。
実の母親にも少し避けられているので、正直なところ娑婆に戻るのに躊躇してしまう自分もいる。
他の念波使い達の多くは、定年退職するまで軍や政府に雇われ続ける人が多かった。
だからこそ、気楽な民間企業への転職に憧れているのだけど。
「(二十四歳の若造が上級大佐か……。これは幸せなんだろうか? そんなことを考えても無駄か……)
敵基地の入り口で、私は一人考え込む。
その間にも、次々と政府軍の部隊が突入を続けていく。
時おり反政府軍の文字どおり命を懸けた反撃を受けて、政府軍はその度に手痛い犠牲を増やしているようだ。
「(私にはもう、できることがないからな……)」
それから数時間後、反政府軍の基地は完全に陥落して、私の任務もようやく終了するのであった。