第二十八話 姫様に目をつけられる
『さすがよな、グラック卿は』
「えっ? そうですか? 普通ですよ。むしろリンダの方が……」
『お主、初めて戦った異邦者を次々と弱らせ、リンダのみにトドメを刺させるのをやめよ。お主なら、兵士クラスを一撃で落とせるはずだ。違うか?』
「はははっ……どうでしょうか?」
『妾の目は誤魔化せぬぞ』
大異動はまだ続く。
姫様の予想は当たったようだ。
再び、徐々に絶望の穴から出てくる異邦者の数が増えていき、私たちはそれを落とすために出撃を繰り返した。
異邦者を倒しても、魔物と違ってマジッククリスタルを得られない。
機械、金属と生物の融合体みたいな存在なので、倒した異邦者から金属資源が採れるくらいだ。
たまに金が大量に含まれていることもあるが、それを加味しても、大量に魔晶機神と魔晶機人を動員しているので、連合軍への参加はどの国も大赤字であった。
だが放置すれば、普段でも絶望の穴から少数ずつ湧き出てくる異邦者が世界中に拡散し、人々に害を成してしまう。
なるべく、絶望の穴から出たばかりのところを討つしかないのだ。
異邦者の迎撃に関しては、各国が協調することが決められている。
連合軍内において国同士の争いは一切禁止されており、これを破ると大きなペナルティーがあるくらいなのだから。
財政的には大赤字だが、軍事的には国威発揚の場とも言えた。
優れた操者たちが活躍し、各国の戦力がその優秀な操者たちのせいで大きく変わることだってあるのだから。
そんなわけで、目立ちたくない私は自分で異邦者を倒さず、弱らせてからリンダの前に送り出していた。
おかげでリンダの撃墜スコアが上がり、姫様も大満足……とはならず、アシストばかりするなと叱られてしまったのだ。
「私は、グラック領に責任があるので早く帰りたいです」
『この一日で湧き出てきた異邦者の数から見て、また大異動に似たものが発生する確率が高い。その時には、貴族で操者なら否でも応でも戦うしかないのだ。それにしてもお主は珍しい男だ。臨時とはいえ余の親衛隊に任じられたというのに、早く故郷に戻りたいだのと』
「リリー様、グラック卿は領地に対し責任があるのですよ」
『ほほう。そんなグラック卿に領地を追われたワルム卿が言うと、これは説得力があるな』
「……」
『リリー様、あまりグラック卿を苛めるのは可哀想ですぞ』
三年前の紛争において、私が旧ワルム村から追い出した元ワルム卿であったが、世間とは狭いもので姫様の親衛隊員になっていた。
元々腕のいい操者だったので、あの事件のあと、そのまま王都に引っ越して王国軍に入隊。
すぐに頭角を現し、今では法衣騎士にまで昇爵したそうだ。
領地を追われたというのに、人生なにがあるかわからないな。
「グラック卿、別に俺は貴殿を恨んでなぞいないぞ」
絶望の穴から湧き出てきた異邦者たちは全滅し、各国の兵士たちが残骸を回収している頃、私とリンダは休憩をしながらワルム卿と話をしていた。
過去の因縁があるため、私は彼に話しかけづらかったが、ワルム卿はまったく気にしていないようだ。
「原因はともかく、私はワルム卿を先祖代々営んでいた領地から追い出したので……」
「あの件は、俺が元キューリ卿の言いなりになってしまったのが悪いのさ。元の妻が彼の娘だったので余計にな。それを上手く利用して……という悪い野心も出た」
結果、義父の領地をグラック家から取り戻そうとして、その義息子であるワルム卿も領地を失ってしまった。
その領地にしても、私が奪ったのではなく、無法者に襲われて放棄したものを私が取り戻したものだ。
すでに爵位をはく奪された元キューリ卿に返す理由なんてない。
それはわかっているのだが、人間とは感情の生き物なので、私を恨んでいないわけがないと思っていたのだ。
「俺は元の妻と折り合いが悪く、子供もいなかったので離縁した。なにもかも失って無一文で王都に向かったが、魔晶機人を動かせたのですぐに王国軍に入れてな。先日の迎撃戦で活躍して陞爵もしたし、小さな村を治める郷士よりも、王都で魔晶機人を動かせる法衣騎士の方が実入りもいいのでね。新しい妻も迎えたし、俺も元々、領地の経営が得意な方でもなかった。だから気にするな」
「はい、わかりました。それにしても、陞爵が早いですね」
「先日の大異動は、ちょっと洒落にならない損害が出たからな。こういう戦いで活躍すると、例外的に一代でも陞爵できるのさ」
領地経営だと、三代続けて大きな功績を得ないと陞爵しないので、それだけ異邦者関連の功績は特別ということか。
「大きな損害が出たと聞きました」
「リンダ殿、あれでも我が国の損害はまだマシなのだよ。我がサクラメント王国にはリリー様がいるからだ。最後に、要塞クラスを落としたのはリリー様なのだ」
「「要塞クラス?」」
「異邦者の大きさを表すものさ。今日は、兵士クラスしかいなかった」
「せいぜい二~三メートルほどの個体ばかりでしたね」
「アレを兵士クラスというのだ」
ワルム卿は、これから必要になるだろうと、私とリンダに異邦者のことを説明し始めた。
「五メートル以下は『兵士』。十メートル以下は『小隊長』。二十メートル以下は『中隊長』。五十メートル以下は『大隊長』、百メートル以下は『将軍』。それ以上は、『要塞』というわけだ。そして五百メートルを超えると、『大要塞』と呼ばれる。これは滅多に出ないけどな」
異邦者は、大きさによって細かく区分されている。
普段はほとんど兵士クラスのみで、たまに小隊長、中隊長クラスが湧き出てくるくらい。
ところが、大異動の時には将軍クラスまで湧き出てくる。
要塞クラスまでいくと、大異動でも二回に一回湧き出れば多い方らしいが。
「先日、要塞クラスが一度に二つも湧き出たのだ。迎撃に出た連合軍は大きな損害を受けた。結局、二つのうち一つはリリー様が一人で落とされてな」
全長百メートルを超える化け物を落としたのは、あの姫様だったのか。
その兄である第二王子は大怪我をしたというのに……。
「我らもお手伝いしたわけだが、以前からリリー様のお付きだったが、彼女に技量不足だと言い渡された方々が結構な損害を受けた。彼らはリリー様から離れて、グレゴリー王子にくっ付いていたからだ」
残念ながら、あの時俺を田舎郷士だとバカにしていた彼らは、結局異邦者との戦いで生き残れる技量を得られなかったのか。
魔晶機神に乗れる操者だからこそ異邦者に挑んだが、魔晶機神でも、魔晶機人でも、未熟なら落とされる事実に違いはない。
リリー様は親切心で異邦者と戦う前にクビを切ったが、それが認められなかった彼らは、第二王子グレゴリーのお付きとなって戦い、犠牲者を多く出してしまった。
「異邦者との戦い以前から姫様のお傍にいる操者たちも、少数は残っているがな」
「結局、王女殿下が真の操者だと認めていた人は少なかったですね」
平時ならそんな貴族たちがお付きでも問題ないが、戦争では能力のない味方のせいで死ぬことだってある。
それを理解している姫様は、そういう連中をパージしたわけだ。
「リリー様からクビにされた連中は、自分は魔晶機神に乗れるのだぞと、今度は怪我をなされたグレゴリー王子の下に駆け付けたのさ。アピールが目的だな」
「媚を売る主を変えたんですね」
「そういうことになるな」
現状、サクラメント王国の次期国王に一番近いのは、当然王太子殿下である。
そしてその次が、第二王子であったグレゴリー王子であった。
ところが彼は、姫様が操者としての名声を得れば得るほど、自分の立場が微妙になっていくことに気がついてしまった。
そこで急遽魔晶機神を動かし、絶望の穴における戦闘に参加したのだと。
ワルム卿は、裏の事情を説明してくれた。
「リリー様についていた魔晶機神の操者たちの中で、家柄はいいが腕前は微妙な連中がグレゴリー王子についた。リリー様からは練度不足で弾かれてしまったが、第二王子の前で活躍すればお気に入りになり、出世できると考えたのだ。操者としては微妙な奴が多かったからな」
そして、要塞クラスとの戦闘で命を落としたり、負傷した者が多かったのか。
姫様は、微妙なお付きをリストラできたので好都合?
この姫様が、家柄と魔晶機神に乗れることしか取り柄がない連中なんて必要としないか。
「いまだ、このように普段よりも多くの異邦者が絶望の穴から湧き出てくる。これは、再び大異動が始まる前兆なのだ。リリー様としては、一人でも多くの腕がいい操者が欲しい。魔晶機神に乗れるだけのボンクラはいらないのさ」
魔晶機神の方が大きくてスペックもいいが、魔力量が多くないと乗れない。
その結果、ほぼ大貴族及びその親族しか動かせなかった。
リンダの父親であるフィール子爵のように『動かせるだけ』な人も珍しくないのだ。
それなら、ワルム卿のように腕のいい魔晶機人乗りの方が、いざ戦場では頼りになる。
あの姫様は、さほど実戦経験もないだろうに勘が鋭いんだな。
「グレゴリー王子は、小さな魔晶機人を傍に置きたくなかったらしい。異邦者と殺し合いをするのに、大切なことがまったくわかっていないのだから、目端の利く操者は彼に近寄らないさ」
そんなんで、これから起こるであろう、二度目の大異動に対応できるのであろうか?
ちょっと心配になってきた。
「だからリリー様は、グラック卿に期待しておられるわけだ。この俺が子供扱いで倒されたのを知って、とても喜んでおられたぞ。『妾の操者を見る目は間違っていなかった』とな」
「……」
いや、そういうのはいいから。
姫様に目をつけられて出世とか、今の私には必要ないのだ。
南部辺境にあるグラック領で、領地を開発しながら、魔物を狩ってプチリッチに生きていく。
たかが郷士が姫様に気に入られたら、他の上級貴族たちの嫉妬で殺されるかもしれない。
私は、今すぐにでもグラック領に戻りたくなった。
マルコに留守を任せているから安心だけど、でも故郷に戻りたいのだ。
「あっそうだ。リリー様が、グラック卿を呼んでいたぞ」
「……はい……」
今の姫様には、ワルム卿を始めとする実力で選ばれた操者たちが多数いるじゃないか。
私なんていなくてもいいだろうに……。
とはいえ、郷士ごときが姫様の呼び出しを無視するわけにはいかない。
私は、仕方なしに姫様がいる天幕へと向かうのであった。
「よく来たな、グラック卿。妾はとてもお主を気に入っておるのだが、どういうわけかお主はとてもつれないのでな」
「はははっ……決してそんなことは……。私など田舎の郷士風情でしかなく、とても王女殿下に気に入られるような男ではございません」
「それは妾が判断することなのでな。お主は気にせずともよい」
「はい……」
天幕の中には、私と姫様。
そして、数名のメイド服を着た……彼女たちは召使いに見えるが、全員が操者だな。
しかもかなりの凄腕で、生身の戦闘力も高いと思う。
姫様は、この世界で一番の操者ではないかと言われているそうで、なにかあると困るので王様が護衛をつけているのであろう。
彼女は第三王女で王位継承の可能性は低いが、優れた操者で見た目も美しく、国民たちや他国の操者や兵士たちにも人気があった。
魔晶機神に乗っている時に討ち死にしたならともかく、暗殺でもされたら困るからであろう。
「お茶でも飲んでリラックスするがいいぞ」
「では、遠慮なく」
とはいえ、そんな偉い人の前で飲むお茶の味なんてわからない。
高級品なのはわかるが、緊張して舌が麻痺したかのようだ。
それに加えて、メイド服の女性たちからの視線が突き刺さる、突き刺さる。
これではお茶の味なんて楽しめるわけがない。
「おいおい、ライム。グラック卿は妾の客人なのだぞ。そう注目するでないわ。彼が妾になにかするわけがなかろう」
「とは仰いましても、万が一ということがあります。そのために私たちはここにいますので……」
「仕方がないの。さて、グラック卿は随分と大きくなったの」
「成長期ですので」
姫様と初めて出会ってから三年。
十三歳で身長百六十五センチなので大きい方……でもないか。
姫様は私と同年齢だが、身長は十センチほど低かった。
だが、高貴な人特有のオーラがあって、小さくは見えない。
十三歳にしては胸も大きめ?
いや、不敬はよくないな。
私としたことが、姫様の胸元を注視などしてしまって……。
十五歳のヒルデと、十六歳のリンダの方が胸も大きく、見るならそちらの方が……おっと、そんなしょうもないことを考えている場合ではなかった。
「うむ。体も魔晶機人操縦の腕前も成長途上というわけか。あと三日ほどで忙しくなる。グラック卿も大活躍せざるを得ぬぞ」
「もう一度大異動が始まるというお話ですか?」
「そうだ。こんなことは今までなかったのだが、今のペースで異邦者が絶望の穴から湧き出てくるのであれば、その可能性は大分高いと妾は思う」
「先日のように、要塞クラスが出てくると?」
「いや、妾は最悪の予想をしている。大要塞クラスが出てくるやもしれぬ」
「大要塞クラスですか……」
確かワルム卿から、数百年に一度出てくる、全長が五百メートルを超える巨大な異邦者であると聞いていた。
姫様は、あと数日でそれが絶望の穴から湧き出てくる可能性があると言ったのだ。
「戦況は厳しいのですか?」
「まあな。魔晶機人も魔晶機神も、一つ弱点があってな」
「遠距離戦闘用の武器がない、ですね」
「操者を魔晶機人から降ろし、魔法を放たせる手も考えたが、それなら魔晶機人の方が強いのでな。操者になれない魔法使いに魔法を使わせても、それほど異邦者を倒せるわけでもない。難しいの」
コンバットスーツとは違い、魔晶機人と魔晶機神には飛び道具が装備されていなかった。
なくもないのだが、せいぜいで巨大なクロスボウと弓矢くらいだ。
それなら剣、槍、斧などで斬りつけた方が攻撃力もあるので、これは金に余裕がある操者が持っているだけであった。
火力や魔力を用いた火器は、この世界に存在しなかったわけだ。
遠距離用の武器を使うのに、エネルギー源としてマジッククリスタルを余計に消費したら意味がないとう、極めて現実的な理由もあるそうだが。
「難しいですね」
「異邦者に接近して斬りかかる。技量を要するし、異邦者は『タン』を飛ばすのでな」
タンとは、異邦者が放つ遠距離用の砲弾みたいなもののことである。
金属の芯に粘膜を覆わせたものを、大きな異邦者ほど頻繁に大量に発射し、これを食らって戦闘不能になる魔晶機神が多かったそうだ。
かなりの高威力で飛ばすので、命中すると魔晶機神でも損傷してしまう。
当たり所が悪いと、魔晶機人なら一撃で戦闘不能になることも珍しくないそうだ。
私の場合、タンを放つ前に異邦者を倒すか、何発か撃たれたが簡単に回避できたので、今のところは特に問題なかった。
「できれば、未熟な者たちのために飛び道具が欲しかったのだが……開発と研究が間に合わなかった。まさか、異邦者に武器が完成するまで待ってくれとは言えないのでな」
姫様は自分なりに、味方の損害を減らすための努力をしているようだ。
魔力で発射する銃……は、マジッククリスタルの問題で駄目だ。
となると、火薬かぁ……。
この世界にはないみたいだけど……。
「据え置きの連弩などは設置してみたが、果たして役に立つかどうか……」
「動かせないのが辛いですね」
「そうなのだ。動かせないと破壊もされやすい。予算も少なく、あまり数を用意できなかった。ゆえにな。グラック卿よ」
「はい?」
姫様は、まるで私とキスでもするのではないかという距離まで近づいてきた。
ふと背後から殺気を感じたが、これは気のせいではない。
メイドたちが、姫様の唇が私に奪われないよう、飛び道具の一種を構えたのだ。
「(怖いなぁ……念波で避けられるけど……)姫様?」
「新戦力であるお主の実力に、妾は期待しておるのだ。明日から頼むぞ」
「はっ、できる限り頑張ります」
「お主の言い方は、どうもやる気が感じられぬの。まあいい。手を抜けば死ぬのだから」
「……」
そうだった。
ここは戦場だったのだ。
貴族同士の領地の奪い合いと違って、手加減など存在しない。
油断すれば、話が通じそうにない異邦者によって殺されてしまう。
明日のプチリッチな地方貴族生活のため、私も全力で生き残るとしよう。
戦果?
そういうのは出し過ぎるとお上に睨まれてしまうけど、ゼロだと姫様に怒られるから、適当にスコアを稼ぐに限る。