第二十六話 嫁入り?
「お館様、リンダ様の件ですが、あれでよろしかったのですか?」
「他の方法があると思うか?」
「いえ、ありませんな。実にいい大義名分もできましたので」
「だろう?」
うちのお転婆娘がとんだ失態をしでかしてくれたが、グラック卿のおかげでことなきを得た。
今は、無謀な行動をして魔晶機人を壊し、我がフィール子爵家に損害を出した罪と、下級貴族であるグラック卿に借りを作ってしまった罪を償うため、グラック家に修行に出している。
名目はそんな感じだ。
家臣の中には、『リンダ様を下級貴族の家に行かせるなんて!』と騒いでいるバカたちがいるが、だからお前らはうだつが上がらないのだ。
これをチャンスと見れないバカなのだから。
「リンダのいい嫁ぎ先ができたではないか」
「普通なら、反発も大きいですからな」
上級貴族の娘を下級貴族の家に嫁に出す場合、とにかくハードルが高いのだ。
両者には大きな壁があり、その壁を越えると秩序破壊者だと大いに責め立てる連中が多いからだ。
だが、リンダがしでかしてくれたせいで問題はなくなった。
「リンダは三女だ。さらにグラック卿の三つ上で、今回の事件で我がフィール子爵家は、グラック家に大きな借りを作ってしまった。リンダは命を救われたのだ。自分を助けてくれたグラック卿に嫁ぎ、彼を支えることはおかしなことではない」
どれか一つでも欠けていたら、家柄しか自慢することがない上級貴族たちが、グラック卿への批判を強めるのは必至だったはず。
あいつらは、それなりの理由がないと伝統に縛られてしまうからな。
「お館様は、グラック卿を買っておりますな」
「あれほどの男。そうは現れないさ」
今やグラック領は、我がフィール子爵領よりも圧倒的に広くなった。
開発はこれからだが、グラック卿が効率よく魔物を狩り、領地の開発にまで魔晶機人を導入している。
少なくとも彼が生きている間は、グラック家は発展を続けるだろう。
そこに手を貸さない貴族なんて、存在価値がないではないか。
「リンダは上級貴族の娘なので、魔力量が高い。グラック卿との間に子供が生まれれば、結界の維持も容易かろう」
それに、次のグラック卿はリンダの産んだ子供ということになる。
我がフィール子爵家にとって得しかないのに、反発する連中が理解できない。
実のところ、下級貴族をバカにする上級貴族の家臣というのは珍しくない。
自分が上級貴族というわけでもないのに、なぜかその家臣でしかない自分たちが下級貴族をバカにするのだ。
自分が上級貴族にでもなったつもりなのだろうか?
そんな奴は自分の立ち位置を冷静に判断できないバカなので、なるべく大切な仕事で使わないようにしているが。
クビにはできないので、そんな連中を飼わなければならない貴族というのは本当に大変だ。
「それにしても、グラック家は不幸でしたな」
「そうだな」
これまでの功績が三代で成されたものならば、グラック卿も男爵以上になれたものを。
上級、下級を問わず、貴族は功績を三代続けてやっと昇爵できる。
なのでグラック卿が、騎士になることはないだろう。
硬直した古臭い考えだとは思うが、そのおかげで上級貴族たちの面子と地位が安泰なのだという考え方もできる。
グラック卿が郷士のままでいた方が、私たちも都合がいいというのもあるがね。
「リンダに関しては、もう婚姻後の里帰りしか認めない。グラック領で骨を埋めるがいい」
「それがよろしいですな。先代の隠居様はいい顔をされないと思いますが……」
「父は古い人間だからな」
リンダを上級貴族に嫁がせたいのだろうが、子爵の三女ではなぁ……。
エルオールは魔晶機神を動かせないが、なかなかに知恵が回る男だ。
冷静だし、この国の状況も的確に理解している。
せっかく広げた結界を狭めるつもりがなければ、リンダを受け入れるしかない。
「他の貴族たちはどうでしょうか?」
この国の南方辺境は、人口密度が低い。
過去、多くの開拓に失敗した件が響いているのだ。
三十七放棄地を筆頭に、廃村や放棄地が多いのがその証拠だ。
今の王国のトレンドは、西部の開拓であろう。
みんなそこに目が向いているし、あとは『絶望の穴』において『異邦者』の出現率が上がったと聞く。
そろそろかもしれないな。
「前回はいつだったかな? 『大異動』は?」
「確か、三十五年前かと」
「今回はかなり早いな」
「ええ、次第に絶望の穴から湧き出てくる異邦者の数が増え、王国軍は追加の援軍を派遣したとか。他国も同じです。大異動が早まると予想しているのでしょう」
「ならば余計に、こちらに目を向けている余裕がないはずだな」
「はい」
この世界において、もう一つ人間への脅威がある。
それは、この世界のほぼ中心にある『絶望の穴』より湧き出てくる、『異邦者』と呼ばれる異形の化け物であった。
魔物とも無法者とも違う、金属と生き物の融合体のような異邦者は、とにかく不気味な存在だ。
すべてが飛行可能で、その大きさによって兵士クラスとか、将軍クラスとか、要塞クラスなどと名付けられている。
昔は、絶望の穴から湧き出た異邦者を倒せず、周辺の村や町を襲い、多くの犠牲者が出たそうだ。
各国が戦争にかまけていたせいで異邦者の駆除ができず、多くの国が大きな損害と犠牲者を出したこともあり、その教訓を生かし、今では異邦者に対し連合軍を設立して対処している。
常に各国の魔晶機神や魔晶機人が絶望の穴近くの基地に配備されており、たまに湧き出てくる異邦者を倒すのだ。
ところが数十年に一度、とんでもない数の異邦者が湧き出てくることがある。
この現象を大異動と呼び、この時ばかりは各国が全力で異邦者の撃墜にあたる。
当然犠牲者も多く、逆に異邦者の迎撃で名を上げる者も多かった。
その大異動の前兆として、徐々に湧き出てくる異邦者の間隔が狭まってくるというのがある。
今、三十五年ぶりにその現象が起こっているのを私は掴んでいた。
間違いなく、多くの操者たちが動員されるであろう。
ところが、我らはその存在感が薄い南方辺境貴族である。
魔物への対処も大切で……むしろ領地を失うかもしれないと考えると、こちらの方が深刻であろう。
我らに動員がかかる可能性は非常に少なかった。
「大丈夫でしょうか? グラック卿の功績が、王家の耳に入っていないわけがないと思います」
「だがな。グラック卿は郷士なのだ」
魔晶機神ならともかく、魔晶機人の操者で在地下級貴族家の当主はまず呼ばれない。
そのために、王国は王都で下級法衣貴族を沢山養っているのだから。
軍人でもある彼らが、異邦者に対抗するため命を懸ける。
もし討ち死にしても親族が家を継げるし、魔晶機人に乗れればすぐに王国軍にも入れる。
彼らは、家のために命がけで戦うのだ。
「それに、彼は成人ではない。貴族家の当主なら出撃命令が出る可能性もなくはないが、これまでは大体免除されてきた。各国も操者を出しているのだから、子供を出さなければ人手が足りないなど、まずあり得ないのだから」
今は、領地開発に専念してくれればいい。
グラック家が豊かになれば、うちも交易で潤うのだから。
あとは、リンダとは仲良くしてほしいものだな。
お転婆なところもあるが、アレはいい娘なのでな。
「今日も大猟だったな」
「兄様は、いつ見ても凄いですね」
「マルコもな。お前は才能があるから、頑張って訓練してくれよ」
「はい」
「確かに、マルコ君は才能あるわね。腕前なら、もううちの姉たちよりも上だから」
「えっ? リンダのお姉さんが?」
「操者になっても、色々な事情であまり訓練できない人も多いの。主にマジッククリスタルの経費がね……」
「なんでも金か……世知辛いなぁ」
「存分に魔晶機人を動かしたかったら、王国軍に入るか、超のつく大物貴族家に仕官するかね。魔晶機人に乗れるなら、すぐに雇ってくれるわよ。そういう人は、実家が手放さないけど」
「じゃあ、駄目じゃん」
「ここは魔晶機人の訓練には最適な環境ね」
この日も、午前の開発、午後の魔物狩りを終え、私、マルコ、リンダの三名は帰宅の途についていた。
リンダは先日の件で、フィール子爵に怒られてしばらく家に戻るなと言われており、うちで面倒を見ているけど。
元々凄腕なので、開発でも、魔物狩りでもとても戦力になっている。
マジッククリスタルの経費は、私も動けばすぐに黒字化するからな。
急ぎ以前の十倍以上まで広がった領地を開発し……父によると、無法者のせいで故郷の領地を追われ、王都や大貴族の領地で居候化する人たちが増えていて、移住の問い合わせが多いそうだ。
駄目な貴族の紐付きや、あきらかに騒ぎしか起こさないような連中は排除するが、残りは受け入れて、開墾を終えた畑などを配っていた。
税を取れるのは数年後なので、うちはまったく儲かっていないけど。
分担金の免除があってよかった。
「エルオールは、絶望の穴について覚えている? 異邦者も」
「覚えてないけど、本で調べた」
リンダにも私は記憶喪失ということにしていたので、彼女はこの世界で魔物と無法者に続く脅威、絶望の穴から湧き出る異邦者について聞いてきた。
なんでも、生物と機械、金属が混じったような不気味な存在らしい。
普段は少数のみが定期的に湧き出し、絶望の穴付近に駐屯している各国の連合軍が討伐しているそうだ。
そして数十年に一度。
大異動と呼ばれる、異邦者の大侵攻が発生する。
この時ばかりは、各国が全力で異邦者たちを絶望の穴の近くで迎え撃つと、書斎にあった本には書いてあった。
そこで活躍して名を残す操者も多いと。
「私も召集されるのか? だとすると困るな」
「南方の、それも辺境にいる郷士をわざわざ呼び出さないと思うわよ。正直なところ、この周辺で一番の大物貴族であるフィール子爵家も召集されたことがないもの。確かに父は魔晶機神に乗れるけど、戦力になるかどうかは微妙ね」
フィール子爵家の当主であるリンダの父だが、魔晶機神は動かせるが、実戦ではさして役に立たないレベルの技量しか持たないそうだ。
それでも、魔物や無法者に対し抑止力にはなっている。
招集されると、南方辺境に住む人たちは困るであろう。
だが、大移動への対処は主に、王都に住む法衣貴族家出身の操者がするそうで、辺境の貴族たちはほぼ免除されるそうだ。
私も、いなくなるとグラック領の守り手がな。
そもそも私は郷士でしかないし。
「リンダさんは、呼ばれないのですか?」
「もし万が一招集されるにしても、魔晶機神を動かせる父が最優先のはずよ」
「魔晶機神の方が戦力になりますしね」
「動かす度に、うちの財政は悲鳴をあげるけど。父の技量はさすがに王国も知っているから、無理はさせないと思うわ。『南部辺境の安寧を保つように』で終わりね」
「それなら、それでいいではないですか」
マルコは、リンダの回答に納得したような表情を浮かべた。
最近、よく魔晶機人の操縦を教わったり、一緒に魔物狩りをしているので、すっかり仲良くなったようだ。
「マルコくらいの年齢だと、『僕も絶望の穴で異邦者と戦いたい!』とか言うと思った」
「将来はともかく、今は無謀ですよ」
確かに、魔物との実戦を始めて三日目の操者が、連合軍への参加は無謀かな。
「兄様は冷静なのに強いので、僕もそれを真似するんです」
「そうね。エルオールくらいの年齢の方が、連合軍に参加して異邦者と戦いたいんじゃないの? エルオールは年齢に似合わず冷静だから」
それは、中身が元軍人だからだ。
とは言えなかった。
「そのうち、異邦者と戦う機会があるかもしれないじゃないか。普段も絶望の穴からチョロチョロと出てくるんだろう?」
「それくらいなら、絶望の穴付近に駐屯している連合軍で倒せてしまうから、次の大異動が早まることがあれば?」
「いつ、穴から大量に異邦者が出てくるか。よくわかっていないんだ」
「通常は五十年周期くらいよ。今回は早いのではないかと噂されているわ」
「じゃあ、次は遅くなるかもしれないですね」
「異邦者なんて倒さなくても、ここに魔物は沢山いるじゃないか」
そんな話をしながら、私たちはその日の活動を終えたのだが、私のいつか異邦者と戦う機会があるかもしれないという予言が、そう短くない期間で実現するとは誰も思っていなかったのであった。




