第二十五話 リンダ救出後
「父上、この水晶柱は大きいですね」
「うむ。これは上級貴族の領地に結界を張れるものなのでな。ただ旧式なので、最近のものよりも性能は大分落ちるが……」
リンダの救出に成功した数日後、私たちは、回収してきた無法者の体内から出てきた水晶柱を見上げていた。
これまでの水晶柱よりも圧倒的に大きく、父によれば数百年前の旧式だそうだ。
「大体、騎士が領有する村十個分くらいかな? 新型だと、ニ十個分くらいまでカバーできる結界を張れるが」
新型は性能がよくなっているのか。
でも騎士が持つ村二十個分って、今グラック家が維持しているペンタグラム水晶柱よりも結界の範囲が狭いな。
「ゆえに公の場で、『うちの領地は、水晶柱でペンタグラムを展開しています』などと言えないのだ」
郷士風情が、男爵よりも広い領地を持っているなんて知れたら……どのみち王国には報告しているので、公にできないが正解か。
なぜなら、準男爵以下が下級貴族で、男爵以上が上級貴族だという長年の秩序を崩す行為になるからだ。
とはいえ、せっかく魔物を駆逐して新しい領地を得た下級貴族から土地を奪えば、以後誰も土地の解放を目指さなくなる。
届けさえ出せば、黙認というスタンスなのだ。
分担金免除などもするから、非公式ではあるが支援もしているというわけだ。
あちらを立てるとこちらが立たず。
王国も大変だな。
だからこそ、深く関わらないようにしなければ。
「だから王家はなにも言ってこないんですね。領地に関する報告を見れば、ペンタグラムを張ったことなど一目瞭然でしょうから」
「上級貴族の中にも、義務を果たさず偉ぶっているだけという者もいる。そういう上級貴族の中には、下級貴族を脅して領地や利権を奪おうとする輩もいると聞いた。気がつけば、自分よりも広大な領地を持ち富裕な下級貴族が現れた。そういう連中は、『自分も頑張らなければ』とは思わない。そんな下級貴族は生意気だ。その領地と財は、上級貴族たる自分が持つに相応しいと思い込む」
「もの凄い考え方ですね」
「特権は、時に人を腐らせるからな」
なるほど。
元キューリ卿のような愚か者は、上級貴族の中にもいるのか。
そんな味方同士で足の引っ張り合いが定期的にあるのだから、それは魔物の駆逐がなかなか進まず、一進一退の状態が続くわけだ。
「グラック家が無視されているのは、大変都合がいい気がします」
「うちは南部辺境にあるので、上級貴族たちに目をつけられにくいというのもある。近隣で一番の大物上級貴族が、フィール子爵家という有様なのだから。王都のある中央、東部、北部などでは、敵味方問わず、貴族たちの紛争が多いと聞くな」
同じ国に所属している貴族同士で争う。
そんな無駄なことはしないで、一致団結して魔物に立ち向かえばいい。
人間がそんなに理性的ではないのは、前世でテロや内乱をいくつも鎮圧していた私にはよく理解できた。
目の前に敵がいても、以前の仇と争うのが人間という生き物なのだ。
だからこそ、私はグラック領に籠る決意をしたのだから。
「もっとも、他の国も同じような状態なので、サクラメント王国のみがグダグダというわけではない」
それなら、他国から付け入られることもないのか。
万が一の時は、他の国に所属を変えてしまえば……下級貴族の生き残る道というやつだな。
「結界を張れる水晶柱は王家から下賜してもらうか、放棄された土地に放置されているものを回収するしかない。それで領地を広げても、無人の未開地を一から開発しなければならないので、利益が出るのは大分先だ。他の貴族の領地を攻めて奪った方がいいと考える貴族もたまに出てしまうのだ。なまじ魔晶機人や魔晶機神に乗れると自信が出てくるものらしいのでな。貴族の中には、結界を張れていない土地を自分の領地だと言い張って申告するような者もいる。『自分はこんなに領地を持っているんだ!』と見栄を張るわけだ」
いまだ魔物を完全に駆除しきれず、結界を張れていない土地を自分のものだと偽り、王国に届けを出す不届きな貴族がたまにいるそうだ。
分担金は爵位に応じてなので、もし領地が広がっても分担金の負担が増えるわけではないから、言った者勝ちなのかもしれない。
貴族のプライドというものは厄介なものだな。
そんなことをするのは、ほとんどが王都で燻っていたり、領地がなかなか発展しない貴族らしいけど。
だから届けを出した時、受付の人が素っ気なかったのか。
申請した内容が本当か嘘か、わかるまではぬか喜びはしないという。
「さすがに届けが出たら、王国も調べるがな。それが事実か公表はされないが……」
無届けで魔物を駆逐した土地を持っていると、最悪王国に取り上げられるらしい。
本当に土地を解放したので、届けを出す貴族もまれにいるそうだ。
つまり王国側も、グラック家が支配している領地については正確に把握しているわけか。
それを公表しないのは、それがバカな上級貴族に漏れた場合、そこを奪おうとするのを防ぐためなのか。
その目論見が成功しても失敗しても、王国から見れば損しかしないのだから。
「ゆえに、我らは静かに領地を開発していけばいいのだ。我ら郷士には、郷士なりの国への貢献の仕方というものがある」
「静かにですか……私も父上の考え方が正しいと思います」
郷士風情が国を変えるんだと出張ったところで、既得権益を侵されたと思った王族や上級貴族たちに潰されるだけだ。
我々は下級貴族らしく、地元で頑張ればいいのだから。
現在、屋敷に置かれたペンタグラム水晶柱は、先日回収された巨大な水晶柱を中心に、六芒星に組み変えられていた。
結界はさらに広がり、標準的な騎士爵領の二十五倍から、騎士爵領十個分の六の二乗で三十六倍まで広がった。
つまり、単純計算で以前の十四.四倍の広さに領地が広がった計算になる。
この三日ほど、結界から出ていかない魔物の討伐で疲れた。
約束どおり、マルコも実戦形式でバンバン魔物と戦わせて操者不足を補っている。
マルコは才能があるので、ちょっと教えたら大剣で魔物を次々と斬り捨てていた。
今日も、リンダが付き添いで魔物狩りをしているはずだ。
リンダについては、あの日からフィール子爵領に戻っておらず、うちの屋敷で寝泊まりしてる。
その理由は貴族としての筋、ケジメから来るものであった。
いくらフィール子爵家が上級貴族とはいえ、下級とはいえ貴族家の当主に娘の命を救ってもらった件を蔑ろにはできないそうだ。
彼女は助かったあと、魔法通信越しに父親であるフィール子爵から『グラック卿に借りを返すまで、家に戻ることはまかりならん』と強く言われてしまった。
貴族の家において、当主の言は絶対である。
そんなわけで、リンダは我がグラック家のため、毎日魔晶機人を動かして魔物を狩り、私が忙しい時はマルコに指導をしてくれるようになった。
あくまでも借りを返すだけなので、リンダに報酬は発生しないそうだ。
さすがに悪いので、私がポケットマネーからお小遣い名目で出していたけど……。
あとは、リンダの機体のマジッククリスタル代とメンテナンスの費用はうち持ちであった。
「……あれ? 実はフィール子爵家は得していませんか?」
リンダは凄腕なので、魔晶機人を動かせば沢山魔物が狩れる。
だが、魔晶機人を動かせば高価なマジッククリスタルの経費が嵩む。
動かせば動かすほど消耗部品の代金もかかる。
普通の貴族は、魔晶機人を動かせば動かすほど赤字になってしまうのだ。
グラック家の場合、私はマジッククリスタルの経費がゼロなので、マルコとリンダが魔晶機人をフルに動かしても十分に黒字になる。
動かないと、もっと黒字になるけど。
だが、領内の開発で重機代わりに使うと、時間は大幅に短縮できるので長い目で見れば損ではない。
フィール子爵家からすれば、自分の家が保有している魔晶機人一体の運用コストがゼロになり、その気になればすぐに呼び戻せるリンダの練度アップにもなるのだから。
「上級貴族って強かですね……」
「だから油断ならないのだ。とはいえ、現時点では彼女がいた方がいいだろう」
六芒星水晶柱の維持に必要な魔力量は、中心部の巨大な水晶柱が2000であり、これに元キューリ村の水晶柱が必要魔力量500、残り五本が300なので、合計で4000だ。
私がいれば余裕で維持できるが、もしもに備えて彼女がいた方がいいに決まってる。
定期的に4000の魔力を注入できれば、これを維持できるのだから。
それでもいざとなれば、一族や家臣総出で魔力を提供すればいいが結界の維持に失敗してしまうケースは多かった。
大半は無法者のせいであったが、後継者争いで揉めて一族や家臣が二つに割れ、互いを牽制し合って魔力が注入できなかったからとか、子孫の魔力量が少なくなってしまったなどの理由もある。
放置される領地の大半が郷士領なので、下級貴族は外に関心を払っている場合ではない。
私も、新しく増えた領地を開発して……私の安寧の時はいつ来るのであろうか?
これが終わればきっと、郷士としてプチリッチに暮らせるはずだ。
「とにかく、無理しないでくれよ。マルコも優れた操者だとわかったので私は安心したよ」
もしもの時はマルコが家督を継げば、今の広さは無理だが、それなりの領地を維持できるだろうからな。
私の子供に任せてもいいし……。
とにかく今は、増えた領地の整備を優先しよう。
その資金のためにも、もっと魔物を狩るぞ。