第二十四話 三十七放棄地
「これはしくじったわね。さて、いつまでここが無法者にバレないかね」
最初はちょっとした気まぐれだったのだと思う。
父が、自分が動かす魔晶機神に使うマジッククリスタルの備蓄量や、消耗部品の経費で悩んでいたのを聞いてしまったので、帰り際に誰も近寄らない三十七放棄地に入ってしまったのだ。
三十七放棄地はその昔、無法者によって住んでいた人々が追われて廃墟と化していたが、そこには魔晶機人やパーツが残っているはず。
もう無法者もいなくなったはずだと、三十七放棄地に入ってみたはいいもの……。
まだこの地に無法者は残っていた。
しかも、古い資料では特別な無法者としか書かれていなかったものが、水晶柱を中心に大量のマジッククリスタルで構成された、かなり特殊な、魔物とは思えない魔物であったことが、私の運命を変えてしまう。
全高二十メートル、全長五十メートルを超えるレインボーに輝く大狼だったため、速攻で飛びかかられた私の機体は破損で停止してしまった。
急ぎ機体から降り、傍にある大木のウロに入り込むので精一杯だったのだ。
このままこの穴から出なければしばらくは大丈夫だろうけど、ここは魔物の巣でもある。
非常用の食料や水すら操縦席から持ち出せておらず、このままでは餓死か、魔物に食われて終わりでしょうね。
これまで、私が魔物に見つかっていないのも幸運なのだから。
「お父様が助けに……無理ね……」
お父様は魔晶機神に乗れるけど、本当に乗れるだけ。
領主として忙しいし、魔晶機神は魔晶機人よりも動かすと経費がかかる。
フィール子爵家の財政状況だと、月に二~三回動かせれば上等なのだから。
魔晶機神の操縦が下手なままのお父様では、逆に大狼に倒されかねない。
お兄様やお姉様たちでも同じ結果になるはず。
彼らの操者としての腕前は、私に劣るのだから。
「諦めるしかないのかな? でも……」
私はふと思い出してしまった。
あの子なら、魔晶機人でも大狼と互角以上に戦えるかもしれないって。
エルオール・グラック。
私よりも三つも年下だけど、すでにグラック家の当主になっていて、魔晶機人の操者としての腕前は超一流であった。
私も彼に、魔晶機人の操縦を教わることが多い。
昔は私よりも小さかったけど、この三年でかなり逞しく育った。
結構格好いいし、あっでも、私は子爵の娘だし、三つも年上だから……整備士の娘と仲良くしていてちょっと腹が立つこともあって……。
「エルオールに助けに来てほしい。エルオールなら……」
彼なら、私を助けられる実力はある。
状況的にそれは難しいかもしれないけど、私はエルオールが助けに来てくれると信じたかった。
ただ命が助かりたいというよりも、そうなったらとても嬉しいなと思ってしまうのだ。
「私はエルオールが好きなのね……来てくれるといいな」
勝手に期待して、自分でもちょっと嫌な女だなと思うけど。
それでも、彼が助けに来るのを期待してしまうのだ。
「でも、もしエルオールが来てくれなかったら……」
その時はここで餓死するか、いつか魔物に見つかって食べられてしまうだけだ。
そんな未来も一瞬よぎり、私は不安に襲われながら上空を見上げていた。
つい、エルオールの機体が飛んでいないか探してしまうのだ。
「……レインボーに輝く巨大な狼がいるから、ここまで来れても降りてこられない可能性が……ううん。エルオールなら、魔晶機人でも大狼に負けないはず。あっ!」
私の願いが天に通じたのか。
はるか上空で停止しながら、私から百メートルほど離れた場所にいる大狼を見下ろす一機の魔晶機人があった。
あの見慣れた外装は、エルオールが乗り続けている機体だ。
彼は、私を助けに来てくれたのだ。
「エルオール……」
いや、ここで叫んでは駄目だ。
隠れている木のウロから飛び出し手を振るのも駄目。
危険なのに私を助けに来てくれたエルオールの足を引っ張る真似をしてはいけない。
「大丈夫……きっとエルオールは勝てるわ」
私はエルオールの勝利を確信しながら、彼の戦いを見守ることにしたのであった。
※※※※
『マルコ、そこから動くな。この高度を維持してくれ』
「えっ? こんなに高いところでですか? あの光り輝くマジッククリスタルでできた狼は、飛べませんよ」
『甘いな。よく見ていな』
兄様と三十七放棄地に到着した直後、僕たちは目的地の中心部に虹色に輝く巨大な狼を発見した。
これが噂の無法者であり、よく見ると、その体はマジッククリスタルでできていた。
生物ではない魔物なんてあり得ない……でも、無法者なのであり得なくはないのか。
大狼を初見した兄様は、僕にこれ以上高度を下げるなと言った。
こんなに高いところにいなくても、アレは狼の魔物だから空は飛べないはず。
そんな僕の考えに対し、兄様は自らが高度を下げることでそれを否定した。
突如、大狼が大きくジャンプし、兄様の機体を両前足で叩き落とそうとしたのだ。
まさかあんなに高く飛び上がるなんて……普通の魔物ではあり得ない。
兄様は、初見の無法者の跳躍能力を見破ったのだ。
そして冷静に、大狼の攻撃をかわしつつ、大剣で右前足を斬り落とした。
その華麗な動きに、僕は一瞬で魅了されてしまった。
今日初めて見たけど、兄様がこんなに強く美しく魔晶機人を動かせるなんて。
実はどこかで、器用にやればいつかは兄様を追い越せるかも、なんて思っていたけど、それは不可能であることに気がついてしまった。
でも、それが全然悔しくないのだ。
少しでも兄様についていこうと努力すれば、それが僕のためになるのだとわかってしまったから。
一人の操者として、兄様を一生追いかける価値があるのだとわかってしまったから。
『普通の魔物とは違うようだな。マルコ、頼むからそこを動くなよ』
「あっ! もう斬り落とした前足が!」
『どうやら弱点を探さなければ、こいつはどこを斬り落としてもすぐに再生してしまうようだ。こんな魔物はいない』
「兄様! 大丈夫ですか?」
『なんとかするが、長期戦になるだろうな!』
続けて、兄様は機体を大狼の至近に割り込ませ、その首を一撃で落とした。
「マルコ様、エルオール様は凄いですね」
「でも、兄様の言うことが正しければ……」
「首を落とされても再生した!」
いくら無法者とはいえ、魔物の一種であることに違いはないはず。
それが、首を斬り落としてもすぐに回復してしまうのだ。
魔晶機人でも歯が立たないかもしれない。
「マルコ様、エルオール様は大丈夫でしょうか?」
ヒルデはとても心配そうだ。
彼女も兄様の操者としての実力に心酔し、専属整備士をやっているのだから当然だろう。
「大丈夫さ」
「マルコ様?」
「兄様は、こう言っていた。あいつはどこを斬り落としてもすぐに再生してしまう。だから急所を探すと」
兄様は冷静に、ここを壊すと永遠と思われる再生機能が消えてしまう大狼の弱点をすでに掴んでおり、だから大丈夫だと断言したのだ。
ならば僕たちは、兄様の邪魔になってはならない。
それに、兄様が前に言っていた『見るのも勉強だ』と。
兄様の戦いほど、勉強になるものはないと僕は思っているのだ。
「(兄様、勝利を祈っています)」
大狼に無事に勝利してもらい、僕も早く実戦形式で兄様から訓練を受けたいものだ。
そして、兄様の横に立てる素晴らしい魔晶機人の操者になりたいと、心から願う僕であった。
※※※※
「不思議な魔物だな……どうも普通の魔物ではないようだが……」
ただひたすら、マジッククリスタルで構成された、虹色に輝く巨大な狼型の魔物に攻撃を繰り返していく。
前足を斬り落とそうが、頭を斬り落とそうが、すぐに回復してしまうのは、マジッククリスタルの塊だからであろう。
虹色に輝くマジッククリスタルは、かなりの年月が経たないと完成しない、マジッククリスタルの中でも最高峰の品であり、それだけあの大狼も長生きしている証拠でもあった。
元々三十七放棄地は、数百年前に放棄された男爵領だと聞いている。
その頃にはすでにいた無法者なので、虹色に輝いていても不思議ではないということだ。
「どうしてマジッククリスタルの塊が魔物になったのか? よくわからないから、退治もされず放置されているのだろうが」
リンダでも勝てないとなると、この辺の操者では歯が立たないか。
魔晶機神なら……出せなかったのか出さなかったのか、王国の事情は知らないけど、これまで放置されていたのが現実だしな。
「さて弱点は……」
大狼との距離を保ちながら、その体をよく観察していく。
純粋なマジッククリスタルが動くわけないので、これを繋ぎ留め操作するなにかがあるはずなのだ。
「おっと」
どうやらそれを探られたくないようで、攻撃の手数が増えてきた。
次々とかわしていく。
この程度なら、念波を使うまでもない。
パワーはあるが、結構攻撃は単調な印象を受けた。
でも一撃でも食らえば、魔晶機人といえど大ダメージを受けてしまうはずだ。
「あれは……違うか……」
胴体の内部にちょっと色が違う透明な柱を見つけたのだが、それは大狼の核ではなく水晶柱であった。
この三十七放棄地のものであろうか?
これが核のわけがないので、他に……。
「あった!」
首筋の後ろに、アメーバーみたいなものが張り付いていた。
なるほど、こいつがマジッククリスタルの塊を動かしていたのか。
やはり、無機物のみの魔物は存在しなかったのだ。
「首筋の後ろかぁ……」
さすがに、ちょっと場所が悪いな。
ここを攻撃しようとすると、どうしても頭を斬り落としてしまう。
大狼の頭は巨大なので、次の攻撃動作でアメーバーに届かないのだ。
首がなくても大狼は動くので、同じ場所で連続攻撃は危険である。
一撃で首の後ろのアメーバーを狙うしかない。
「となると……」
仕方がない。
あの方法しかないか。
「行くぞ!」
私は一旦機体をかなり上空まで移動させると、そのまま一気に高度を下げて大狼に突撃を開始した。
そして、機体前方に大剣を構えて固定する。
正確な目標は、大狼の大きな口の中だ。
それがわかった大狼は、私に対し大きな口を開けた。
私を機体ごと噛み砕くつもりなのであろう。
しかし、私には別の意図がある。
「口の中をぶち抜いてやる! そうすれば口の後ろにはアメーバーがいる」
一撃でアメーバーを倒すのに最適かどうかは知らないが、自分なりに勝算はある戦法である。
機体の落下、突撃スピードを増すため、私はさらに体内の魔力を大量に燃やしていく。
私の機体は、これまでにない高速で大狼の口へと突進していった。
「噛まれる前にいけぇーーー!」
『『兄(エルオール)様!』』
ヒルデとマルコが心配のあまり大声を出し、それが魔法通信を通じて私の耳にも入ってくるが、突進を中止するつもりはない。
そのまま大狼の口の中に突進する。
さすがに魔晶機人は上半身が口の中に入ったくらいで止まってしまったが、大狼が私の機体を噛み砕く前に突き出していた大剣が大狼の後頭部を貫通、その後ろにいたアメーバーも貫通した。
剣で死ぬか心配だったのだが、それは杞憂に終わったようだ。
アメーバーはそのまま動かなくなり、同時に大狼もその場で四本の足の膝を地面につけ、さらにそのまま横倒しになってしまった。
「活動停止を確認。三十七放棄地を根城とする無法者を倒したぞ!」
無理やり大狼の口の中に突っ込んだ影響で鎧型の外装が傷だらけになってしまったが、ほとんど損傷はないので作戦は大成功だ。
「そうだ! リンダだ!」
一番大切なことを忘れていた。
行方不明のリンダを探さなければ……と思ったら、倒れた大狼からそんなに離れていない場所に動かない魔晶機人を発見した。
リンダの機体で間違いない。
「リンダ!」
彼女の機体の傍に降りてから、魔法通信を利用した外部拡張音声で呼びかける。
すると、すぐに大木のウロから姿を見せた。
どうやら無事だったようだ。
「エルオール……っ!」
リンダが無事でよかったが、元はと言えば彼女の無謀な行動が今回の事件を引き起こした。
そのケジメは必要だと、私は彼女の頬を張った。
時代錯誤と……この世界ではそうでもないか……とにかく元軍人としても、リンダの無謀な行動に対しなにもしないわけにいかない。
実は宇宙軍時代にも、時に軍人は不始末を起こした者に体罰を加えることもあったのだから。
「私は……」
「リンダ、なぜ三十七放棄地に入り込んだんだ?」
「魔晶機人の部品があればいいと……フィール子爵家では、一機の魔晶機神と、二十三機の魔晶機人を維持している。だから財政が厳しくて……」
魔晶機人は金がかかるし、魔晶機神はもっと維持費がかかる。
それでも上級貴族は必ず稼働状態の魔晶機神を所持し、運用していなければならず、それができなければ爵位を落とされてしまうこともあった。
リンダは、魔晶機人の部品を無料で手に入れたかったようだ。
「もし魔晶機人が動かなければ、魔物や無法者に対し人間は無力だから」
弱い魔物なら猟師や魔法使いなら倒せるが、強い魔物や無法者が出たら魔晶機人なしではどうにもならない。
だからこそ、無料で手に入る消耗備品が欲しかったのか。
「だが、本末転倒だ」
「どうしてよ?」
「魔晶機人は余っている。もしもの時は、グラック家でも、他の貴族でも貸すことはできる」
グラック家には、私が周辺の放棄地から拾ってきた魔晶機人がすでに十三機ほどあるし、マジッククリスタルと消耗部品などのストックもある。
だから無理に、危険な場所にそれを拾いに行くことなどないのだ。
「今や、操者の方が貴重なんだ。領民たちの最後の盾を自称するのなら、操者はたとえみっともなくても生き残る必要がある。そのために愛機を捨てることになってもだ」
操者さえ無事なら、魔晶機人の予備機がないわけではないのだから。
消耗部品のために操者が命を落とすなんて、本末転倒でしかない。
「エルオール……」
「操者の一番大切な仕事は生き残ることだ。大木のウロに逃げて潜んでいたのはいい判断だと思う。無事でよかったな」
「……うっ……エルオールーーー!」
どうやら緊張の糸が切れてしまったようだ。
感極まったリンダが私に抱きついて泣き始めた。
「大変だったな」
そういえば、リンダは子爵家の令嬢なのを今さら思い出してしまった。
いくら彼女が悪くても、頬を張ったのは駄目だったか?
いや、彼女が死んでいたという結末よりは圧倒的にいい。
フィール子爵も喜ぶだろうからだ。
「ヒルデ、すまないがリンダの魔晶機人を直せるか?」
『見てみます……』
「ヒルデ、どうかしたか?」
『いえ、なんでもないです。機体のチェックに取りかかります』
幸いというか、リンダの機体は思っていたよりも壊れていなかった。
ついでに、三十七放棄地内にある旧某男爵邸に隣接する格納庫に魔晶機人と消耗部品のストックがあり、それも用いて無事に修理することができた。
「あとは……このデカイ虹色の狼かぁ……」
芯に水晶柱を内包した、マジッククリスタルの塊なので、これはとても美味しい戦利品だ。
マルコが運搬でも戦力になり、リンダも手伝ってくれたので、私たちはマジッククリスタルの巨大な塊をグラック領へと持ち帰ることに成功したのであった。
「(段々とイベント、事件が頻発しているように思えるが、まだ大丈夫。私は郷士なので、領地でプチリッチ生活を満喫する人生ルートから外れていないはずだ)」
うん、きっとそうに違いない。
なにしろ私は、ただの郷士でしかないのだから。




