第二十三話 危機
「ラウンデルたちが乗っている乗り物って、『エアキャリー』よね?」
「そうだけど」
「グラック家は、郷士とは思えないほど裕福よね」
「買ったんじゃなくて領内生産だからさ」
「エアキャリーを領内生産できる郷士なんて、ほとんどいないわよ」
私たちが魔晶機人で狩場に向かうと、ラウンデルたちが徒歩では追いつけないので、バルクとヒルデが制作したエアキャリーを使用していた。
これは、要するにタイヤがなくて地面を浮いているトラックである。
これも大貴族の領地や王国直轄地ではよく利用されていたが、エネルギー源であるマジッククリスタルの問題からは逃れられなかった。
下級貴族で持っている家は少なく、グラック家は数少ない例外というわけだ。
メンテナンスの問題もあるので、バルクとヒルデがいなければ運用できないのだ。
「これに、狩った獲物を載せて運べばいいから便利だよ。リンダの実家でも使っているでしょう?」
「使用制限はあるけどね。マジッククリスタルが高すぎなのよ」
「魔物を狩って手に入れればいいのでは?」
「魔晶機人を動かして魔物を倒しても、辛うじてプラスになる程度なのよねぇ……」
魔晶機人を動かして魔物を狩ってマジッククリスタルを手に入れても、利益は微々たるものであった。
上級貴族は魔晶機神を最低一機は保有しているので、なにかあった際にこれを動かせる量のマジッククリスタルを保管しておかなければならず、さらに部品の損耗などもある。
私が思っているほど、魔晶機人を動かして魔物を倒しても利益にはならないそうだ。
「私の機体も、もうそろそろ関節部品の交換が必要なのよ。ここが一番損耗しやすいから」
「そうだね」
私は機体の動かし方を工夫して損耗を抑えているけど、限度はあった。
放棄地で魔晶機人の機体や部品を大量に集め、バルクとヒルデが消耗部品のかなりの部分を自作できるようになり、その材料を私がマジッククリスタルを使わず集められるから、グラック家は魔晶機人を動かせば動かすほど利益が出ていたけど。
「辛気臭い話ばかりしても仕方がないか。獲物がいたわ!」
魔物なんて結界の外にいくらでもいるから、気にせず沢山倒せるのがいい。
倒せば金になるというのもいいな。
魔晶機人で倒すとコスト嵩んであまり美味しくないそうだが、私は別だ。
大半の国や領地では、猟師と魔法使いが命がけで倒しており、以前はグラック家でもラウンデルたちが魔物狩りをしていた。
今では、私が狩った魔物の回収と解体が主な仕事だけど。
リンダが気合を入れて戦っているけど、そうしないと使用したマジッククリスタルが回収できないそうだ。
「(もう少し燃費がよくならないと、そりゃあ魔物の駆逐は難しいよな)」
私もいつもどおり、次々と魔物を倒していく。
あと何日かで、マルコも魔物狩りに参戦する。
マジッククリスタルを集めておいた方がいいだろう。
訓練しないと上手にならないのに、訓練には莫大な経費がかかる。
魔晶機人の難しいところだな。
魔晶機神なんて、もっと巨大で燃費も悪い。
訓練とかはどうしているのであろうか?
姫様はそんなことを考えずに動かしているようだけど、 王家は金持ちだからそれができるのか。
「リンダ様、さすがにもうそろそろ両足の膝の関節が……」
魔晶機神に乗れず、少しご機嫌斜めだったリンダだが、沢山魔物を狩れて満足したようだ。
ただ、実家に戻る前に整備を担当したヒルデから、消耗部品がもう限界だと告げられていた。
「ううっ、お父様に嫌味を言われるわねぇ……部品代が高いのよ」
「そうですね。大型魔物の骨が材料ですからね」
魔晶機人で一番頻繁に交換しなければいけないのは関節部の部品である。
動かせば動かすほど摩耗して、生物みたいに回復しないので当然だ。
素材は決められた強度を持つ魔物の骨なので高価だし、これを部品に加工できる魔導技師はとても少ない。
放棄地に落ちている魔晶機人や部品を拾ってくるという手もあるけど、それは機体と操者を失う危険もある。
せっかく部品を手に入れても、その過程で魔物と戦闘をして魔晶機人が傷つけば、回収に成功した意味がないのだから。
「お父様が言っていたわ。魔晶機人はお金でできているって」
「フリール子爵様か。魔晶機神の操者だよね?」
「まあ、乗れるだけね。普段は領主として忙しいし、魔晶機神は魔晶機人の十数倍運用コストがかかるから、そんなに頻繁に訓練できないのよ」
「ですよねぇ……」
地方の男爵や子爵だと、魔晶機神の運用コストはかなり痛いはずだ。
だが、本物の貴族である男爵以上が魔晶機神を持たず、ましてや領主がそれを動かせないなんて……。
コストと面子。
上級貴族は大変だな。
私は郷士なので、とても気が楽だけど。
「今日はいい訓練になったわ。じゃあ、またね」
リンダは挨拶をすると、フィール子爵領に向けて飛んでいった……のだが、翌日、彼女の父親であるフィール子爵から予想外の連絡が魔法通信で入ってきた。
『リンダが戻らないのだ。確実にグラック領を出たのだな?』
「それは間違いなく。私も目撃しています」
『まさか、三十七番放棄地に魔晶機人の部品でも拾いに行ったのでは? あそこはちょうどグラック領とフィール子爵家との間にある。しかしあそこには、厄介な無法者がいたはずだ。リンダ……私が消耗部品の件で愚痴ってしまったからか?』
バルクとヒルデがいたのと、リンダが頻繁に来るようになったので、旧キューリ家屋敷を改築・拡張したグラック家の屋敷には、魔法通信が置かれるようになっていた。
これは、マジッククリスタルで動く無線のようなもので、まだ顔は見たことがないフィール子爵の悲痛な声が流れてくる。
愛娘が行方不明になり、心配でたまらないようだ。
「心当たりは、三十七番放棄地でしょうか?」
『エルオール君……グラック卿か。その可能性が高いと思う。グラック領の北部と、我がフィール子爵領南部の中間点にある唯一放棄された領地なのだ。元男爵領ということで金目のものでもないかと、最初は入り込む者も多かったのだが……』
そこを縄張りとする無法者がそんな者たちを排除し続けた結果、今では近づく者もいないそうだ。
ただの無法者なら、リンダなら簡単に倒せるはず。
なにか特別な力を持つ無法者のため、リンダは戻ってこられなくなった?
魔晶機人の故障で、動けなくなってしまった可能性が高いな。
「分かりました。急ぎ救援に向かいます」
『おおっ! すまないな、グラック卿』
フィール子爵は私が動くと知って喜びの声を上げたが、父はちょっと不満そうな顔をしていた。
気持ちはわかるのだけど、ここでフィール子爵家を敵に回すのはよくない。
いくらうちが景気がよくても、所詮は郷士家なのだから。
それにだ。
この三年、定期的に会って一緒に魔物狩りをしてきた仲だ。
年上の友人を見捨てるに忍びないというのもある。
美少女の死を見たくないという、個人的な願望もあった。
それにこれは、元軍人であった癖かも。
同じ操者である仲間を見捨てるに忍びないのだ。
「では、急ぎますので。父上、私は死にませんよ。ご安心を」
父を安心させてから、私は魔晶機人が置かれた格納庫へと走っていった。
到着すると、すでにヒルデが出撃準備を整えていた。
「さすがはヒルデ」
「私も行きますよ」
「いや、それは駄目だ」
普段の廃品漁りや魔物退治ならいいのだが、相手はリンダの魔晶機人を戦闘不能にしたかもしれないい無法者なのだ。
ヒルデを乗せてしまうと私が全力で動けないから、今日は同行を許可できなかった。
「しかし! もし現地でなにかあったら」
「悪いが、ヒルデを乗せると戦闘で全力を出せないんだ」
それは、今日の戦いに限り極めて不利に働く可能性があった。
私は、ヒルデの要望を受け入れるつもりはなかった。
「あの、兄様。僕が同行しましょうか? 僕の機体にヒルデを乗せれば……」
「マルコが?」
うーーーん、マルコか……。
まだ魔晶機人に乗り始めて三日目で、しかも飛行パーツの経験もなし。
普通に考えたら、絶対に連れてはいけない。
私になにかあった際のグラック家跡取りなので、余計に同行は難しいであろう。
「いきなり飛行パーツで飛ぶのは無理だ」
「もし飛べたらどうですか? 駄目なら僕も諦めます」
待てよ。
ヒルデがマルコの機体に乗って戦闘に参加しないのであれば、同行しても問題ないのか?
ただ、魔晶機人に乗って三日目の子供が飛行パーツで飛べるわけがない。
人間は飛べないので飛行のイメージを掴みにくく、飛行パーツを使える操者はとても少なかったからだ。
「(マルコはヒルデを諦めさせるため、私に提案したのだな。マルコは飛べるようになる可能性が高いが、いきなりのぶっつけ本番では難しいか)そうだな。マルコ、私が無法者と戦闘になっても助けに入ろうなんて考えるなよ。遠くで見ていてくれ。それができたら構わない」
「わかりました。兄様の言うとおりにします」
私はマルコに同行の許可を出し、ヒルデは戦闘に参加しないマルコの機体に乗り込むことになった。
「時間がないので急ぐぞ」
私は急ぎ出撃前のチェックを終えてから、一気に飛び上がった。
父から三十七番放棄地の書かれた地図を貰い、全速力で現場へと飛んでいく。
「(マルコは飛び上がれないだろう。今はそれでいいんだ)」
『兄様!』
「えっ? 本当に?」
私の弟は、本当にもの凄い天才のようだ。
初めてで、魔晶機人による飛行に成功するなんて……。
普通は何か月もかかるものなのだ。
『兄様から教わったイメージトレーニングの成果ですよ』
「そうなんだ……マルコは凄いなぁ……」
『わーーーい、兄様に褒められました』
そりゃあ私は、前世の経験から効率的なパイロットの訓練方法は知っていた。
実際に訓練を受けていたわけだし。
だから、この世界の操者よりは魔晶機人の操縦方法を上手に教えられる自信はある。
でもマルコの場合、誰が教えてもすぐに上達してしまうような気がしてならなかった。
『エルオール様、マルコ様は凄いですね』
「そうだな……って、驚いている場合ではなかった! 急ぎ現地に向かうぞ! マルコ! ついて来い!」
『はい』
私とマルコは、三十七放棄地へと全力で飛行を続けるのであった。