第二十二話 三年後
「旦那様、見てくだせえ。うちの畑がこんなに広がりました。これも旦那様のおかげですだ」
「よく畑を耕しているじゃないか。開墾に成功しても、畑を維持するのはみんなの役割だ。どちらが欠けても駄目だからね」
「旦那様のおかげで、オラたちの生活は三年前と比べたら圧倒的によくなりました。感謝の言葉もありません」
「新しく拓いた『田んぼ』も順調だそうです」
「そうか。農地は沢山あるから、頑張れば頑張るほど実入りは増えるぞ。これからも頼む」
「任せてくだせえ」
「グラック領は、税も安いので助かってます。オラとその家族は、前はキューリ村に住んでいたので……」
「そうか。過去を気にしても仕方があるまい。それよりも明日のことだな」
「そうですね。さあ、頑張って畑を耕すぞ!」
この世界に飛ばされ、エルオールの体に乗り移って三年。
私は十三歳になった。
その間、訓練がてら魔晶機人を動かして領地を開発し、魔物を狩って収入を増やしている。
ペンタグラム水晶柱の発動により広がった領地を、以前からの領民や、新規に移民してきた者たちにも分け与え、つたない知識だが、収穫を増やす知識を与えて指導を行った。
おかげで収穫量も増え、グラック領は徐々に穀倉地帯となりつつあった。
地帯というほど広くないが、標準的な騎士爵領の二十五倍の広さなので、効率よく大量の農作物が収穫できるようになった。
湿地帯もあったので、これも集中的に魔晶機人で開拓を行い、米も収穫できるようになっている。
食事に米が出る。
これが、私からすれば一番の収穫かもしれなかった。
収穫した作物は税を取り、自分たちで食べる分以外はグラック家で買い取って保管している。
これは、領内におかしな商人が入り込んで、無知な領民を騙して安く買い叩かれるのを防ぐためだ。
買い取り価格は毎年一定とし、これは豊作で相場が落ちた時でも同じ価格で買い取ることにしている。
相場が高騰した時でも同じだが、買い取った食料の一部は備蓄され、飢饉などの際には領民たちに無料で放出されるのだと説明したら、納得してくれた。
この世界の農民たちは、結界の中でしか農業ができない。
どうしても農作物の生産量に余裕がない状況なので、不作や飢饉に対しえらく敏感なのだ。
魔物を狩って肉を食べればいいというが、それができる人はとても少ない。
魔晶機人を動かすにもコストがかかり、私の提案は渡りに船だったとも言える。
私が自ら魔晶機人を動かして農地を広げ、農業指導で生産効率と収穫量を上げ、魔物のフンや使わない残骸で肥料を作らせて、農民たちに分け与えたりと、実際に成果を出しているからなのだが。
人は、実績がある人についていくものなのだ。
買い取った食料は、備蓄分以外は相場が高い時に売って利益を出している。
相場が高い時、商人は食料を集めようとするが、そう簡単に余っている食料など見つからない。
なにしろ、この世界では農業生産量が低いのだから。
そんな時、グラック領という、人口の割に食料生産量が多い郷士の領地があった。
商人は目敏いので、勝手にやって来て食料を高く買ってくれる。
グラック家は、その資金で農地をさらに広げる。
こうして、グラック家は郷士にしては裕福な貴族になった。
具体的にいうと、人口はともかく、農作物の生産量は子爵領並だ。
だが郷士なので子爵ほど面倒なつき合いもなく、この世界の貴族は三代功績がないと昇爵できないので、中央はグラック家に注目していない。
ちょっと羽振りのいい郷士なんて他にいないわけでもないし、たまたま調子のいい当主が出ても一代だけならさほど気にしないわけだ。
「(つまり、私はグラック家でマイペースに生きていけるわけだ! 面倒事はお上にお任せで)」
男爵以上の貴族様たちは頑張ってほしい。
私は、この田舎から君たちの活躍を応援している。
その地位に相応しい義務を果たしてほしい。
「旦那様?」
「ああ、なんでもない。これからの開発計画などを考えていたんだ」
大体、私が領民たちから『旦那様』って呼ばれている時点で、下級貴族である証拠であった。
騎士爵以上から『お館様』だが、武装名主上がりの郷士は『旦那様』だ。
下級貴族の中でも、郷士の身分がいかに低いかの証明だな。
「また農地を広げるんですか?」
「できたらいいなと思っている」
この世界の人たちは、基本的に結界の中に住んでいる。
なぜなら、そうしないと常に魔物の襲撃に怯えなければいけないからだ。
そのため、農地をなかなか広げられない。
居住地や、大物貴族だと商業地の確保も必要だからだ。
自然と魔物の肉が主食になり、実は同じ重さの肉とパンの値段がそんなに変わらなかったりした。
つまり、この世界では農業が美味しい産業というわけだ。
開墾で広大な農地を開発し、領民たちに割り振り、農作業などの作業を標準化して収穫量を上げる。
飢饉対策と収入安定化という名目で収穫した農作物を買い取り、高値で売り抜けて儲ける。
さすれば税も下げられ、農民たちも狡猾な商人たちに農作物を安く買い叩かれず。
私は領主として敬愛され、彼らは私に反抗しようとは思わない。
軍人としての経験と、大学で経営学をちょろっと習った私による、現代知識チートというわけだ。
当然さらなる農地の拡張も計画しているのだが、さすがに今の領地の広さではそろそろ限界であろう。
治水や防災についても考えないといけないので、領地すべてを農地にするわけにいかない。
となると、やはり新しく拾ってきた水晶柱を用いて、結界をさらに広げるしかないな。
十二本の水晶柱で囲う、ドデカグラム。
これなら十二の二乗で、百四十四倍。
今の結界の広さの、約五.八倍まで広がるな。
実はすでに、放棄された廃村などから水晶柱は拾っているから、やろうと思えばいつでもできるのだ。
放棄された領地が多すぎな気もするが、ただの魔物はともかく、無法者は厄介なので仕方がない。
魔晶機人に乗れない領主では、まず無法者に歯が立たないのだから。
他の貴族の助けなんてまず期待できないので、無法者のせいで領地を放棄する案件は多かった。
私もこの三年で、無法者を三体倒している。
つまり、一年に一回はやって来るのだ。
「(幸いにして、私は無法者の接近が念波でわかるので、まったく問題ない。無法者はいい訓練になるし、採れるマジッククリスタルが高く売れるのも美味しい。地方領主暮らしは最高だな)」
姫様のお付きであった上級貴族たちと、前世の駄目な政府関係者の言動を思い出すと、もう二度と中央になんて関わりたくない。
宮仕えなんてするものではないのだ。
「エルオール様ぁーーー!」
「どうした? ヒルデ」
なんて考え事をしていたら、ヒルデがエアバイクに乗ってこちらにやって来た。
エアバイクとは、タイヤがなく地面から浮かんで進む乗り物のことだ。
燃料はマジッククリスタルであったが、魔晶機人ほどバカ食いするわけでもないし、移動には便利であった。
十五歳になり、出るところが出て、引っ込むところは引っ込みつつ成長したヒルデも、今では数名の整備士を部下に持つ身。
忙しいので、バルクと開発、製造したエアバイクで移動するようになっていた。
エアバイクは私の分もあるし、家族も家臣たちも全員が持っている。
魔力量が、最低でも百ないと動かせないのが弱点かな。
オーパーツ扱いの魔晶機人に搭載された魔導炉の、小型で低出力なモンキータイプが搭載されており、同じように私が提案したコンバイン、トラクター、ブルトーザーに似た車両も開発、製造されたが、やはり魔力がある家臣が動かしている。
まだ数は少ないが、グラック領での農業生産量を劇的に押し上げていた。
実はそんなに珍しくもないというか、とっくに開発されている魔法道具で、上級貴族たちも雇っている魔導技師に作らせ、農業に利用していると聞く。
ただ、かなり運用コストがかかるので、郷士でもっている人は少ないそうだ。
私は魔物を沢山狩って、素材や資金を入手して作らせていた。
それはそうだ。
機械があるのとないのとでは、生産量が大違いなのだから。
「リンダ様がいらっしゃるそうです」
「わかった」
この三年でもう一つ変化があるとすれば、ペンタグラム水晶柱の構築と結界を張るのに成功した直後くらいから、以前魔力測定器を持ってきたフィール子爵家の三女、リンダ嬢がよく遊びに来るようになったことであろう。
お上のご令嬢が、ただの郷士になんの用事なのか?
いつも一緒に魔物狩りをしたり、魔晶機人の訓練を一緒にするので、私など訓練相手くらいの感覚なのだろうと思うけど。
「エルオール様、今日もリンダ様と魔物狩りですか?」
「だと思うけどなぁ……」
いつもと同じであろうと、ヒルデに返答した私であったが、今日はちょっと様子が違っていた。
えらくご機嫌斜めなのだ。
「リンダ嬢となにかあったのか?」
「いえ、そういうことでは……」
女性というのは、なかなかに扱いが難しいものだな。
などと思っていたら、リンダが魔晶機人に乗ってグラック領にやって来た。
「リンダ殿、今日はいかがなさいましたか?」
「リンダでいいわよ」
「そういう訳にも参りますまい」
確かに私は郷士家の当主なのだけど、リンダ嬢は三女とはいえ子爵家のご令嬢だ。
お上のご令嬢を呼び捨てにしたことが世間に知れたら、私の悪評が広がり、今の生活が壊れてしまうかもしれない。
何事も慎重にだ。
特に、この世界の支配者層である上級貴族の係累には注意しなければならない。
「ここには、私とエルオールしかいないじゃない。それに私が、エルオールの不利になるようなことをすると思っているのかしら?」
「いえ、そんなことは……」
「じゃあ、私がここに来た時にはいいのよ。リンダって呼びなさい。あと、敬語なしね」
「わかりました……わかった。リンダど……リンダ」
「それでいいのよ」
と、彼女はお姉さんぶるのだが、すでに私の方がリンダよりも体は大きかった。
すでに十六歳のリンダは成人しているけど、そういえば彼女に結婚の話はないみたいだ。
女性操者は少し婚期が遅れるとは聞いていたけど、フィール子爵家のご令嬢なので相手がいないということもないだろう。
リンダは美人だし、ヒルデに負けないくらい胸なども成長していたからだ。
「ご機嫌斜めなの?」
「当然」
「どうして?」
「この前、やっと王城の地下に行ったのよ」
「ああ、魔晶機神の予備機が保管されているという」
魔晶機人は操者が少なくて機体が余っている状態なのだが、魔晶機神は逆に操者が余っていた。
実は機体も余っているんだが、魔晶機神の場合は操者と機体との相性という問題もあり、必要魔力量である2000を超えていても、魔晶機神に乗れない人も多かった。
乗れても、鍛錬をサボって使いものにならないアホもいるらしいけど、操者は余っているので気にされないそうだ。
すでに誰かが乗っている機体を試すのは現実的ではなく、十六歳になり魔力量が2200になったリンダが王城の地下に保管されている魔晶機神の起動を目指したのだが、見事失敗してしまったそうだ。
こういう人は魔晶機人に逆戻りであり、リンダの機嫌がいいわけないか。
「エルオールは魔力量が1600よね? 成人前に魔力量が2000を超えるかもね。そうしたら、魔晶機神に乗れるかもよ」
「無理じゃないかな? 今の増加ペースだと」
つい先日、十三歳になったので魔力を計ったのだが、その時の数字は1600であった。
本当の魔力量は、表示させると問題になるので知らん!
また魔力測定器の数字を誤魔化す魔法を用いたのだけど、今回もリンダは気がついていなかった。
「それに、私のような郷士が魔晶機神を動かしたら、お上がうるさいでしょう。私には領地もあるからね」
「エルオールって、野心がないわね」
野心なんて、私とは無縁の言葉だ。
前世はお上の犬である軍人だったけど、今世は田舎貴族で十分だ。
そのために収入を上げる努力をしているのだから。
「マルコも可能性あるかも」
「どうかな?」
十歳になったマルコは、魔力量が1200まで上がっていた。
エルオールが十歳の時と同じ魔力量なので、彼も才能があるのだろう。
今は予備機が多いので、早速実機に乗せて訓練を施している。
前にマルコから、魔晶機人の操縦を教えてほしいと頼まれたからな。
実は七歳の頃からイメージ訓練は始めていて、私の仮説は正しかったようで、マルコもわずかな期間で基本操縦を覚えてしまった。
あとは魔物狩りがてら、実戦での動かし方を覚えればいいだろう。
「マルコはつい三日前から魔晶機人に乗り始めたのに、もうあんなに上手なのね」
「才能があるんだよ」
さすがにイメージ訓練だけでは、すぐあそこまで上手にならないだろう。
マルコ自身にも才能があるんだと思う。
彼は私に言われたとおり、魔晶機人でラジオ体操をしてから、ランニング、基本動作の反復などを始めた。
筋がいいので、一週間基礎訓練をしたら魔物狩りに連れていくと言ったら大喜びで訓練している。
「一週間で魔物狩り……大丈夫そうね……私でも三ヵ月くらいかかったけど」
リンダの場合、子爵家の令嬢なので実家が慎重だったのもあると思う。
彼女の操者としての才能はなかなかのものだ。
それでも、乗れる魔晶機神がないと一段低く見られてしまうのは可哀想であった。
私は、魔晶機神に縁なんてない郷士なので気が楽だけど。
「今日は二人で魔物狩りに行こう」
とはいっても、魔物の回収や解体があるからラウンデルたちはついて来るけど。
私たちは魔晶機人に搭乗して、結界の外にある魔物の棲みかへと向かうのであった。