第二十話 水晶柱回収
「エルオール様、冷たいお茶をどうぞ」
「ヒルデは気が利くな。冷たいお茶というのはありがたい」
「これは、飲み物の温度を長時間保てるポットなのです。私が作った魔法道具ですよ」
「へえ、便利な魔法道具があるんだな(魔法瓶? 電気ケトルみたいなものか?)」
南に向け、私の魔晶機人は飛行を続けていた。
今日はヒルデが同行しており、そんな彼女から冷たいお茶を貰って飲む私。
グラック村は南方にあって暑いので、冷たいお茶はありがたかった。
「ああ、美味しい」
「あの、エルオール様に一つお聞きしたいことが」
「なにかな?」
「私は、同行者はラウンデル様だとばかり」
「それね」
父に言われて、私の家臣になっているラウンデルであったし、彼は優秀な猟師でもあった。
もし魔晶機人が故障などした場合、ラウンデルとなら、もしかしたらグラック村まで徒歩で辿りつけるかもしれない。
だが私は、根がパイロットなのだ。
そうなると、戦士よりも整備士を選んでしまう。
「私はこう考えた。操者にとって、専属の整備士とは一心同体のパートナーなのだと。整備に手抜かりがあった場合、いくら優れた操者でも呆気なく死んでしまう。ゆえに、操者は優れた整備士を本能で求める。そしてその腕を信じた整備士に命を預けるわけだ」
怪しい整備士なんて信用できないからな。
そんな奴には、そもそも機体に近づいてもらいたくない。
ヒルデはこれまで、その行動で私の信頼を勝ち取ってきた。
もし現地で魔晶機人が故障しても、ヒルデならなんとかしてくれる確率が高い。
だからヒルデなのだ。
「私を信用していると?」
「信用ではない。信頼だ。ヒルデは私のパートナーなのだ。ヒルデがいなければ、私のこれまでの活躍はない」
実際、ヒルデはいい腕をしている。
あと数年で父であるバルクを抜くであろう。
私の安定した人生のためにも、彼女の整備の腕前は必要不可欠なのだ。
「だからさ。ヒルデ、今日も頼むぞ」
「はいっ!」
褒め方もバッチリ。
これで部下の忠誠を上手く掴んだはずだ。
魔晶機人が整備不良で、私が不覚を取ることもないはず。
ますます人生は安定するな。
※※※※
「(私とエルオール様は、一心同体のパートナー……これは! プロポーズ!)」
エルオール様が、私をそこまで信頼してくれていたなんて。
操者の中には、整備士を奴隷のようにしか思っていない人もいる。
彼らの大半は貴族なので、生まれつき傲岸不遜な人も多いからだと聞いた。
なので、整備士に敬意を払ってくれるエルオール様の下で整備ができる私は幸せだ。
さらに、自分と私が一心同体。
大切なパートナーだと言ってくれた。
私は珍しい女性整備士で、髪も短くして女の子らしくない。
そんな私をパートナーと言ってくれるなんて。
これはきっと愛!
エルオール様は郷士なので、正妻は貴族の令嬢だけど、側室なら名主や家臣の娘でもまったく問題ない。
父には一人娘の私しかいないから、エルオール様との間に生まれた子供が跡継ぎになれば、父も大喜びで孫に整備や魔法道具の作り方を教えてくれるだろう。
「(うん、いいかもしれない)」
ならば私のできることは一つ。
エルオール様の機体を完全に整備し、彼を失うようなことを防がなければ。
ご安心ください、エルオール様。
このヒルデが、公私ともにエルオール様を完璧にサポートいたしますから。
※※※※
「ここか……そのまま朽ちた感じだな」
「この廃村が放棄されたのは、百年以上も昔の話ですからね。予想どおりのボロさです」
目的地である廃村に到着し、魔晶機人に搭乗したまま廃村の探索を始めるが、当然村は無人で、農地などもすでに木々が生い茂っていた。
せっかく結界を張って新しい村を作っても、ちょっとした不運で村が消えてしまう。
この世界において、いまだに魔物が最強の生物である理由がよくわかった。
「お宝はないのかな?」
「もしかしたら、水晶柱があるであろう屋敷の中にはあるかもしれませんよ。逃げる際に持ち出せたか、難しいところでしょうし」
どのみち、最大の目的である水晶柱は屋敷の中にあるはずだ。
そこに、一緒にお宝があっても不思議ではないか…
とはいえ、大きく期待しない方が賢明だろうけど。
「この村の領主も郷士なら、お宝はあまり期待しない方がいいけどね」
小さな村持ちの郷士なんて、大半が貧乏であった。
入ってくる収入は庶民より多いが、出て行く分も多い。
魔晶機人の維持にも金がかかり、懐事情が厳しい郷士が大半であった。
お宝……金貨や宝石には期待しない方がいいと思う、とヒルデに伝えた。
「残念です」
「ヒルデも宝石に興味あるんだ」
「品質のいい宝石は、魔法道具のいい材料になるんですよ」
「そうだったな」
ヒルデは、アクセサリーよりも整備や魔法道具作りか。
そんな話をしている間に、ボロボロのお屋敷に到着した。
魔物によって外壁などが壊され、屋敷の中身が露出しているようだ。
「っ! いるな!」
段々とエルオールの体で念波を使うことに慣れてきたら、魔物の気配に敏感になってきた。
魔晶機人にはレーダーなんて代物はないので、これがあるのとないのとでは、戦果と生存率に大きな違いがある。
「ヒルデ、揺れるから気をつけてくれ」
「はい」
かなり巨大な熊の魔物が私たちを窺っていた。
このレベルの魔物がウヨウヨしているのであれば、この地に再び人を住まわせるには時間がかかるはずだ。
「グモォーーー!」
「おっと! パワーがあるな!」
巨大な熊が爪で攻撃してきたので、私は剣でそれを防いだ。
グラック村付近にいた熊よりも巨大で、かなり強い力で押されていく。
魔晶機人でこの様なのだから、人間が大型の魔物に勝つのは難しい。
上手く集団で戦うか、強力な魔法を使うしかないからだ。
「エルオール様?」
「安心してくれ」
この攻撃も予知していたので剣で防げたのだ。
私の機体を少しだけパワーで押せたが、このままだと膠着状態になると思った熊は一旦爪を引いてから、再び上段から爪の鋭い腕を振り下ろそうと考えたようだ。
それが見えた私は、バックステップで次の攻撃をかわし、同時に魔晶機人を飛び上がらせてから、熊の脳天に剣を突き立てた。
熊の魔物は、断末魔の声と共に地面に倒れ伏してしまう。
「よし、倒せたな。素材とマジッククリスタルの回収はできないけど」
次の魔物が現れるかもしれない状況で、魔晶機人を降りて解体作業なんてできない。
そのまま熊の魔物の死体を放置し、屋敷のどの部分に水晶柱があるのかを探し続けた。
「一階の奥というケースが一番多いのかな」
「水晶柱は大きくて重たいので、二階には運びませんね」
それと、万が一にも盗まれると困るので、下級貴族ほど屋敷の中に入れてしまう。
上級貴族たちは、水晶柱専用の置き場所を整備する者が大半だけど。
「壊すか……」
残念ながら、破損してる外壁から覗き込んでも水晶柱の位置はわからなかった。
ざっと見たが、ヒルデが欲しがるようなお宝もなく、百年以上経っているので放置された生活用品や服などもボロボロで使い道がなかった。
壁を壊して、水晶柱の回収を急ぐとしよう。
こういう土木機械のような作業ができるのも、魔晶機人のいいところだな。
他の郷士たちは、高価なマジッククリスタルの消費量を考えてしまうので、そういう用途では使わないけど。
「あった!」
「無事ですね。割れていなくてよかったです」
百年以上の時を経て、水晶柱は無事だった。
大きさは、グラック村とワルム村のものとほぼ同じ。
小さな村に結界を張れる、最小サイズの水晶柱だ。
「エルオール様、運べますか?」
「任せろ!」
水晶柱の大きさから考えると、魔晶機人で抱えて運ばなければいけないはずだが、私なら大丈夫。
重量物を運んでも、マジッククリスタルの消費量が増えて涙目になる心配もないのだから。
「じゃあ、急ぎ運び出して……来たな!」
このタイミングで次の魔物が来るとは、運と間が悪い。
倒すか……いや、後ろからも続々と魔物が押し寄せてくるのを念波でキャッチしてしまった。
とっとと逃げ出した方がいいな。
「ヒルデ、急ぎ飛び上がって撤退する。舌を噛まないようにな」
「はいっ!」
どうせ倒してもなにも回収できないし、魔力の無駄だ。
私は手に入れた水晶柱を手前で抱えこむと、そのままジャンプして一気に飛行パーツに点火。
かなり強引な離陸だったが成功し、眼下に魔物の群れを確認しながらグラック村へと飛び立つことに成功したのであった。
「エルオール様は凄いですね。普通の操者だと、こんなに重たいものを持って飛ぶのは難しいですよ」
「そうなのか?」
「同じ魔晶機人を操っても、操者の資質と腕前でパワーやスピードに大きな差が出ますからね。これについては、魔力量は関係ないそうです」
魔晶機人は、操者のイメージで動かす。
ゆえに、飛行パーツがあっても飛べない。
ある操者が余裕で持てるものを、重たくて持てなかったりするのか。
最大限性能を引き出せても、今度はマジッククリスタルの経費で活動に制限がある操者もいるのだけど。
それは、なかなか人間の領域が広がらないわけだ。
「グラック村に辿り着いたら、飛行パーツの整備を念入りにしますね。飛べれば逃げられるので」
放棄された廃村にあった水晶柱の回収に成功し、私とヒルデは、以後も水晶柱の回収に出かける機会が増えた。
同行者にヒルデがいて助かったケースもあった。
飛行パーツが不具合を起こして飛行不能となり、魔物の群れを突破して魔物が少ないエリアに逃げ込み、そこで整備をして逃げたなんてこともあったからだ。
たまに回収に失敗することもあったが、それでも二週間で三本の水晶柱の回収に成功していた。
「元キューリ村の水晶柱を中心に。その理由は、元キューリ村の領主は騎士で、グラック村の倍近い面積に結界を張れるからだ。これに、グラック村、ワルム村、他三本の水晶柱で五芒星ペンタグラムを形成する」
「父上、質問があります」
「疑問は残さない方がいい。答えよう」
「元キューリ村の水晶柱を中心としてペンタグラムを構成する場合、グラック村とワルムの結界が解けてしまうのでは? 二つの村の領民たちに魔物の被害が出てしまうのはよくないです」
「その心配は無用だ。なぜなら二段階でペンタグラムを構成すればいいのだ」
父の説明によると、まずグラック村とワルム村の水晶柱を使わず、三角形を構成する。
すると、三の二乗、元キューリ村を中心に九倍の広さから魔物がいなくなってしまうそうだ。
そして、その結界の範囲内に二つの村はある。
二重結界状態になるので、二つの村の水晶柱を移動させることは容易だそうだ。
あとは、その二本の水晶柱を用いてペンタグラムを作り、不足している魔力を入れ直せばいい。
これで五の二乗、二十五倍もの広さの結界が張られるわけだ。
あとは、また私が結界内の残存する魔物を駆逐すればいいと。
魔物は結界を不快に感じるので、ほとんどが逃げてしまうそうだけど。
「結界の中の魔物は外に逃げるが、まれに結界内で暴れて村に侵入してくるかもしれない。そこで、エルオールの出番なのだ」
村や領民たちに被害が出ないよう、結界の範囲内を偵察して、残っている魔物がいたら追い出すか討伐するわけだな。
「わかりました」
父が立案した作戦はスタートし、私も結界内に取り残された魔物を狩るのに忙しい……かと思ったら……。
「魔物がいないなぁ……」
「エルオール様、なんか大丈夫そうなのでお弁当でもいかがですか? 私が作ったんです」
「そうなんだ。これは美味しそうだな」
「母に比べると、まだ下手なんですけどね」
「いただきまぁーーーす! これは美味しい」
父たちは必死に水晶柱を移動させ、魔力を補充しているはずなんだが、結界は見えないのでその辺がよくわからないというか……。
『私の魔力も必要なのでは?』と聞いてみたんだが、マルコが手伝うと言っているので、私は結界内の魔物狩りに集中すればいいらしい。
もっともラウンデルたちも動員されているので、私はかなり暇だった。
ヒルデの手作り弁当を食べながら待機していたら、いつの間にかペンタグラム水晶柱は完成しており、『ヒルデのお弁当美味しい』が一番の感想だった。
「しかしだな。エルオールが忙しいのは、むしろこれからだぞ」
「あっ!」
そうか。
旧キューリ村を中心に、その二十五倍もの面積が解放された。
グラック家の本屋敷は、元キューリ家の屋敷に移転しなければならない。
しかも屋敷は壊れているし、結界の範囲が大幅に広がったせいで領地は大々的に開発されることになった。
郷士や騎士の屋敷レベルでは、領地の中心になり得ない。
大規模な建て直しが必要であろう。
度々領地が魔物のせいでなくなるので、結界が広がって人が住む場所が増えれば、移民が殺到するそうだ。
農地の拡張、治水、住宅地や道の工事などもある。
それらを効率よく進めるには、やはり魔晶機人というわけだ。
他の貴族ならマジッククリスタルのコストを考えなければいけないが、私にはない。
「束の間の休息だった……」
「エルオール様、私も整備を頑張りますから」
いや、しかしだ。
この領地の開発が終われば、私は地方の裕福な郷士として、プチリッチに生きていけるはず。
領地も領民たちも、私の安定した暮らしのためには必要不可欠。
魔晶機人の操縦訓練にもなるのだから、ここは素直に受け入れないと。
それに加えて、美少女整備士であるヒルデとも仲良くなれたからな。
私に前世に異性の友人なんていなかったので、これは大きな進歩だと思う。
グラック領を開発して、いい領主様だと思われながら、プチリッチに生きてやるのだ。