第十九話 廃村
「ラウンデル、一つ聞くが」
「なんでしょうか? 若様」
「魔物って減らないな」
「確かに不思議ですね。結界を張らなければ、ほらこのとおり、一日で回復します」
グラック家の今はお飾り当主である私は、毎日のように魔晶機人で魔物を狩っていた。
最近の主な狩場は、グラック村とワルム村の間にあるエリアだ。
ますます魔晶機人の操作にも慣れ、この体は十歳なので徐々に魔力が増えている自覚もあり、私は一日中魔晶機人を動かしても魔力が切れなくなった。
毎日多くの魔物を大剣で斬り伏せ、大斧で倒していく。
ラウンデルたちが死体を回収し、領民たちが解体して、高価なマジッククリスタルはグラック家の屋敷にある地下金庫へ。
これは商人がやって来た時に換金される。
毛皮、外殻、歯、牙、骨、内臓、腱や筋など。
強く大型な魔物の腱や筋は、魔晶機人の人工筋肉の材料になるので、これも高く売れた。
内臓は、魔法薬の材料として。
残りも、魔法道具や日用品の材料として買い取る商人がいた。
肉や脂は日持ちしないので、領内で消費される。
私の領地では、肉が安いと領民たちは喜んでいた。
安くてもグラック家の利益になるので、税金を下げたほどだ。
これにより、旧キューリ村と旧ワルム村の領民たちもグラック家を支持するようになった。
反抗的な連中は、先日の戦争のあと追い出してしまったというのもあるけど。
さすがに元キューリ卿の工作に乗り、反乱を起こそうとした連中をそのままにしておけないので、これは仕方がない。
話を戻すと、余った肉は塩漬けや干し肉、そしてバルクに大型冷凍庫を造らせたので、そこに保管していた。
万が一に備えて、食料の備蓄は必要だからだ。
この世界にも冷凍庫が存在するが、如何せん前世のように小型化はされていない。
大型にする必要があったが、それなら食料備蓄も兼ねて超大型化してしまえということになったのだ。
実は大きい方がマジッククリスタルの消費効率はよかったりするから、どうせ作るなら大きい方がいいというわけだ。
素材も沢山あるのでバルクが巨大地下冷凍庫を作り、ここに魔物の肉を冷凍して保存していた。
「やはり、結界なしだと魔物を追い払うのは無理か」
一時完全に駆逐できても、次の日には復活しているのが厄介だと思う。
またどこかからやって来るのか。
それとも、物理的な法則を無視して増えてしまうのか。
真相は不明だが、討伐だけで魔物がいない土地にするのは無理だとわかった。
「若様、となるとやはりペンタグラムを目指すのでしょうか?」
「それしかないかな」
旧キューリ村の水晶柱を中心に、五本の水晶柱で均等に五芒星型に囲むペンタグラム。
これを成功させれば、子供でもグラック村とワルム村を行き来できるようになるし、開発できる土地が増える。
なにしろ結界の範囲が、旧キューリ村の二十五倍の面積になるのだから。
「父上も、ペンタグラムなら家族が増えれば維持できると考えているんだ」
私もマルコも魔力量は多い。
その子たちも、魔力量が多い可能性が高かった。
……配偶者の魔力量にもよるらしいが。
「となると、南方の『放棄区画』を探るのですね」
「そうなるかな」
父によると、放棄区画とは百数十年前に放棄された村々の跡だそうだ。
グラッグ村がサクラメント王国における最南端だと言われているのは、それらの村々が放棄区画になってしまったから。
無法者のせいか、そこを領地にしていた郷士たちの魔力不足か。
とにかく多くの村々が放置され、多数の犠牲者と難民が出てしまったそうだ。
そして以後、サクラメント王国は積極的に南部の開発を行わなくなった。
なんでも、現在は比較的村が増えつつある西部の開発を優先しているそうだ。
「水晶柱が残っていれば、それを回収する。なければ、そのうち北部、東部に遠征して昔に放棄された水晶柱を回収するしかないかな」
「危険ではないですか?」
「危険だろうね」
放棄地の水晶柱が回収されない理由としては、放棄された領地が魔物の巣だからというのが一番大きい。
魔物を排除しながら水晶柱を見つけて回収し、魔晶機人で抱えて飛ばなければいけないので、魔力量が低い操者には無理なのだ。
いくら魔晶機人とはいえ、飛行ユニットを使わず徒歩で水晶柱を回収なんて、魔物相手に多勢に無勢で成功するわけがない。
もし成功させても、マジッククリスタルの消費量を考えると、完全に大赤字であろう。
魔晶機神の操者たちはお上なので、こんな泥臭い仕事には参加しない。
王国が定期的に製造して新しい開拓地や村に設置しているため、無理して回収する必要がないからというのもあった。
新規開発地の分が足りているのなら、放棄されたものを無理して回収する必要もない。
どうせ売れないし。
「油断しないようにするが、私なら大丈夫だ」
ただし、水晶柱の回収が最優先なので、魔物を倒しても素材もマジッククリスタルも手に入らない。
マジッククリスタルを手に入れるには、魔物を本格的に解体しなければならないわけで、魔晶機人一機だけでは不可能であろう。
ラウンデルたちの同行も、現実的ではない。
「父上が古い地図を手に入れてくれたので、これで現地に向かって、見つかれば回収かな」
私一人でやった方が犠牲者も出ずに安全というわけだ。
なにしろ目的地は、グラック村から南に百キロ以上も離れた場所にあるのだから。
「ううっ……。一人なら私が同行するという手もあります」
例の座席の後部に着ける補助シートを用いれば、もう一人くらいは一緒に行けるか。
ただ、魔物との戦闘ではもの凄く揺れるので、酔わないか、吐かれないかというのが心配だな。
「エルオール様に同行するのは私の方がいいと思います」
とここで、ヒルデも私に同行すると宣言した。
「きっと、その放棄された村には魔晶機人やパーツもあるはずです」
「ただ百年以上も昔の品だけど……」
普通の機械なら、メンテナンスもなしに百年以上も放置されたら壊れるよな。
「大丈夫です! それをレストアするのも整備士の仕事。エルオール様の予備機は一機でも多くあった方がいいので」
今でも魔晶機人は三機あるんだが……一機は、もうすでに魔晶機人を動かせる魔力量があると判明したマルコの分として、二人とも一機ずつ予備機があった方が安全か。
飛行パーツも一つしかないし、マルコは才能ありそうだから、私が教えれば飛べるはずだ。
もう一個回収しておくのも悪くないな。
勿論あったらの話だけど。
「それに、機体は交互に乗った方が、実は部品の摩耗を防げるのです」
愛機というものに拘って同じ機体ばかり酷使すると、耐用年数が短くなってしまうケースもあるからな。
コンバットスーツ乗りの中にも、時代錯誤と言われながら、機体に独自のマーキングを施して搭乗している人もいた。
それが悪いとは言わないけど、同じ機体が二つあったら、交互に乗った方が両方とも長持ちしやすいのが現実だ。
機体の調子は、優れた整備士がいればまったく問題ないんだよな。
特にグラック家にも、バルクとヒルデがいるから大丈夫だ。
「一人で魔晶機人に乗っていた場合、現地でできることには限界があるか」
私も暇があれば魔晶機人に関する資料や書籍を読んで、たまに自ら簡単な整備や機体のチェックを実演して覚えていたが、プロの整備士に及ぶはずがない。
一人乗せられるのであれば、ヒルデに頼んだ方が安全係数も上がるであろう。
「バルクがなにか言わないかな?」
ヒルデは腕もいいし、なにより一人娘だからな。
魔物の巣に、魔晶機人一機で向かう私に同行するのは反対かもしれない。
「大丈夫ですよ。父はエルオール様の腕を信じていますから」
「ならば、安全に配慮して出かけるか」
私とヒルデは、グラック村より南方に百キロほど。
放棄された廃村へと向かうのであった。