第十八話 魔力測定
「そういえば、もうすぐ魔力測定だな」
「そうなのですか」
前は七歳の頃にしたらしいが、私にその記憶はなかった。
エルオールの記憶だから仕方がない。
「魔力測定ですけど、王都から人が来るのですか?」
「いや。こんな田舎なので、王都からは来ないな。ここから北に五十キロほど。ファーレ子爵家が魔晶機人を飛ばして来るはずだ。あそこは魔力量を測定する魔法道具を持っていて、王国の依頼で貴族の魔力量を測定して、それを報告するのが仕事なのだ」
なるほど。
ファーレ子爵家は王国から、貴族の魔力量を計る仕事をアウトソーシングしているわけだ。
「明後日には来るはずなので、エルオールは準備を……屋敷にいれば問題ないか」
「わかりました。魔物狩りなどに間違って出ないようにします」
「頼むぞ」
そんな話を父としてから二日後。
グラック村の屋敷の上空に、飛行パーツを着けた魔晶機人の姿があった。
私のと同じ五メートル級のようだ。
装飾への金のかけかたを見ると、貧乏郷士との差がよく出ているな。
ファーレ家は子爵家なので魔晶機神を持っているはずだが、運用コストの関係で普段は使わないのだろう。
魔晶機神を持っているってだけで、本物の貴族って感じだけど。
「リンダ・ブロワート・ラ・ファーレと申します。今日は王国からの依頼で、ご子息二人の魔力量を測定に参りました」
年齢は私よりも三つくらい上か?
未成年だが十歳は超えているので、魔晶機人に乗っているのであろう。
この世界では珍しい黒髪の美少女で、ツインテールがよく似合っていた。
操者の定番、乗馬服も様になっている。
「リンダ様は、ファーレ子爵家のご令嬢なのですか?」
「キミ、私に様つけはいらないわよ。同じ魔晶機人の操者じゃない。私は三女よ」
子爵家の三女か。
偉い……でも、本物の貴族令嬢だから、郷士の嫡男よりは偉いよな。
「今日はよろしくお願いします」
「私よりも三つ年下と聞いたけど、えらくしっかりしているわね。キミは」
「そうですか?」
貴族の子供は、みんなそういう教育を受けているのでは?
エルオールの中身が二十四歳なのとは関係ないと思うのだ。
「大貴族の子供でも、子供は子供なのよ。あなたは例外みたいだけど……」
不自然というか、疑われるから子供らしくした方がいいのであろうか?
前世自分が十歳の頃、どんなだったか思い出せないので、下手に子供らしくすると余計に不自然かも。
リンダ嬢も前世基準なら中学生になったばかりの年齢だけど、貴族として教育を受けているからか、随分としっかりしているよなって思った。
「挨拶はこれくらいにして、早速始めましょう」
リンダ嬢はそう言うと、魔晶機人から降ろした魔力を測定する装置を見せてくれた。
「(体重計みたいだな……)」
魔力を測定する魔法道具というよりも、大昔の体重計みたいに見える。
これの上に乗ると体重が……違うか。
「これに乗ればいいのよ。ええと、エルオール君は、七歳の頃魔力量が1200は凄いわね。マルコ君の四歳の時点で350も凄いけど」
三年前、私の魔力量が1200だったのは、以前に父から聞いている。
マルコが四歳の時点で350なのも凄いらしいけど。
「(問題は、私の魂というか意識が入り込んだ結果、魔力量がどうなっているかだな……)」
エルオールのままなら、相応に増えるか、案外早熟でそのままとか。
そういうこともあるかもしれない。
私の魂というか意識が入り込んだ結果、魔力量がどうなっているか。
魔晶機人の活動時間を考えると、かなり増えているような気はする。
この世界で目を覚まし、毎日楽しく魔晶機人の訓練をしていたら、恐ろしい勢いで魔晶機人の稼働時間が増えていた。
私の魂が、上手くエルオールの体に馴染んだからかもしれないな。
「兄様、まずは僕が乗ります」
「そうだね」
マルコが魔力測定に興味がありそうだったので、譲ってあげることにした。
体重計のように乗ると、マルコの魔力がデジタル数字のように表示される。
魔法技術の産物とは、魔晶機人もそうだが不思議なものだな。
「900です。凄いわね」
王族や上級貴族は知らないけど、マルコも郷士の息子なので七歳の時点で900は凄いと思う。
というか、もう魔晶機人に乗れるな。
「僕も魔晶機人に乗れるんですね」
「マルコ、搭乗の儀は十歳になってからだ。これは決まりなのだ」
あまり幼いうちから魔晶機人に乗せるのはどうかと思うので、私も父の意見に賛成だった。
私も人のことを言えない年齢だけど、十歳にはなっているからなぁ。
「乗りたいなぁ……」
「実機には乗れなくても、十歳になったらスムーズに乗れるよう稽古をつけてあげるから」
「ありがとう、兄様」
うんうん。
マルコはやっぱり可愛いな。
ちょっと女の子っぽい部分がなくもないけど、そのうち逞しく成長してくれるさ。
「次は、エルオール君ね」
「わかりました」
マルコの次は、私が魔力計測器に乗った。
別に魔力が吸われるとかそういうこともなく、魔力計測器の表示を見ると数字が記載されていた。
「ええと……(3610000!)」
いやいやいや。
その数値はヤバイだろう。
私の田舎暮らしと、プチリッチ生活が……。
特に、あの姫様に目をつけられるのは不味い。
幸いというか、リンダ嬢は私がマジッククリスタルを使わずに魔晶機人を長時間動かせる事実を知らないから、ここは誤魔化して……って、どうすればいいんだ?
「えっ? 三百六十一万ですって!」
「(ええい、下がれ数値よ!)」
こうなればヤケだ。
そんなことができるかどうか知らないけど、魔力計測器の測定値を下げる……気合を入れろ!
私が気に入っている今の生活のためだ!
「(下がった!)1500ですね」
数字が下がれと願うと下がるのか?
この魔法道具。
下手に聞くと薮蛇になるかもしれないから黙っておくか。
コンバットスーツ乗りにして、念波を使える私だからできた?
そういうことにしておこう。
「あれ? 1500」
「これが本当の数値なのでは? 機械の調子が悪くて、数値がブレることもあるでしょうから」
「実際、今の数値は1500か。機械の調子が悪かったのね」
リンダ嬢は、私の魔力量が1500だと思ってくれたようだ。
三年前が1200なので、別におかしなこともない。
もしあの姫様に本当の数値が知られたら面倒だからな。
上手くいってよかった。
「兄様、凄いですね」
「まあね」
「私とそんなに変わらないのね……私よりも三つ下なのに……」
リンダ嬢は、十三歳で魔力量が1800なのか。
子爵家の令嬢なので、あと二~三年したら魔晶機神に乗れるようになるはずだ。
さすがは上級貴族のご令嬢だな。
「エルオール君の1500は、郷士にしては凄いけどね。でも、もう限界のはずよ」
「郷士ですからね」
郷士で、魔力量が1500もある人は滅多にいないらしい。
ただ、郷士で魔力量が2000を超えて魔晶機神に乗れる人はもっと滅多にいないそうだから、私の成長はこれで限界であろうと、リンダ嬢は推察した。
「魔晶機神ですか」
「もしエルオール君の魔力量が2000を超えても、エルオール君が乗れる魔晶機神はないけどね」
「そうなのですか?」
「魔晶機人なら乗り手不在の機体が操者の倍以上あるけど、魔晶機神はほとんど余っていないのよ。わずかな操者不在の機体も予備機扱いで保管されているし、必要魔力量以外にも相性の問題もあって、郷士が乗れるなんてことはまずない。我がサクラメント王国では、現時点で二百五十六機を所有しているわ」
「それって、多いですよね?」
「サクラメント王国は魔晶機神と魔晶機人大国だから、他の国よりも多く所有しているわ」
魔晶機人に至っては、五千機近くあるそうだ。
半数以上が乗り手不在のようだけど。
「余っていないわけでもないけど、魔晶機神は大貴族家か王国管理の機体しかないからね。郷士であるエルオール君を乗せてくれないと思う」
魔晶機神は男爵家以上の当主か、その一族の占有物みたいな扱いなのであろう。
そこに郷士風情が、たまたま魔力量が多いからという理由で手を出すと反発も大きいと。
いつの世でも世界でも、既得権益に手を出すと反発が大きいのは同じだな。
別にいいけど。
魔晶機神に乗れてしまうとあの姫様に目をつけられてしまうし、面倒な仕事が増えそうなので、私のライフワークに合わない。
魔晶機神は、お上に任せるのが一番だ。
「そんなわけで、エルオール君がこの地の結界を一日でも長く維持し、跡継ぎの魔力が多いことを願うわ。優秀な魔晶機人の操者であることもね」
その辺が落としどころなのであろう。
魔力量が多い郷士の将来設計図は、
「王国にはそう伝えておくわね」
「わかりました」
私には、成り上がって魔晶機神に乗り、サクラメント王国の政治を変えるとかそんな野心もないわけで、リンダ嬢の言葉はありがたかった。
「(それにしても、魔力量3610000ってなんなんだ?)」
彼女がグラッグ村を去ったあと、私は最初の数値3610000について考えてみた。
なぜそんな非常識な値が出たのか……。
実際、マジッククリスタルがなければ数分しか動かせない魔晶機人を、私は今では一日中動かしてもまだ魔力に余裕があった。
ということは、3610000は間違った数値ではないのだ。
「(どうしてそんなことに?)」
色々と考えた結果、私はある結論に辿り着いていた。
「(このエルオールの体には、私の魂、意識も存在する。実は私にも魔力があるのかもしれない)」
前世は、科学全盛の世界と時代で、魔法なんて空想の産物だった。
私ケンジ・タナカに魔力があるかどうかなんてわからないし、測定する術もなかった。
もしかしたら私には元々魔力があって、それがエルオールの体に馴染む際になんらかの反応を起こした。
そう考えれば自然かな。
3610000という数字は、1900の二乗である。
つまり、エルオールと私の魔力量が共に1900で、これが私の魂、意識がエルオールの体に馴染んだ結果、掛け算のように効果を発揮した?
そう考えると、この数値もおかしくは……。
「(いや、こんなおかしなことはないな……)」
今回はなんとか誤魔化せたが、将来はわからないな。
王族や上級貴族たちが自らの保身に汲々とし、私の存在を世間に知らせないでいてくれることを願うしかない。
念波を用いて測定器を誤魔化せたのだから、これからもイケるか?
唯一の懸念は……。
リンダ嬢が去ったあと、集まってきた家族やラウンデル、バルク・ヒルデ親子に私は意味ありげな視線を送った。
彼らは、私がマジッククリスタルなしで魔晶機人を長時間動かせることを知っている人たちだ。
「エルオールがいなければ、グラッグ村の安定にはほど遠い。我ら地方貴族は、中央の王族や大貴族たちの駒ではないのだ。ここにいる者たちに告げる。エルオールの件は他言無用である」
なにが他言無用なのかは、言うまでもない。
「そうですね。私と旦那様だけでは、三つの村の結界維持はギリギリの状態。なにかあれば一瞬で破綻してしまう。エルオールこそが、グラック家にとって一番大切な存在なのです」
母も、父の方針に賛成であった。
彼女も、結界の維持で働いているから当然か。
「わかったな? マルコ」
「はい。いくら僕の魔力が多めでも、兄様には遠く及ばないですから。すでに兄様がグラック家の当主ですしね」
マルコは年齢の割に物分かりがいいな。
理解力も高いのであろう。
それと、父が名目だけでも急ぎ私に家督を譲った理由が、今わかったような気がする。
「旦那様の方針に異議などございません。若様あってのグラック家ということになりましたな」
「若様が高価なマジッククリスタルを消費しない分、他の魔法道具の製造や維持も順調です。魔導技師の観点から言わせてもらえば、これがなくなると、グラック家が三つも村を抱えたら破滅です」
バルクは新参者で、技術があるので最悪グラック家を見捨ててもすぐに他の仕官先がある。
だからであろう。
忖度なしに、私がいなければグラック家は窮地に陥ると断言した。
「そうですね。特にワルム村はすぐに放棄しないと危険でしょう」
ワルム村は飛び地……魔物の住処を挟んでいるので、私が中央に引き抜かれれば放棄を検討しなければならないはずだ。
ヒルデも、私の件は秘密にした方がいいと断言した。
「魔晶機人は整備できますし、私は今のままで不満はないですよ。飛行パーツを整備できるのもいいですね」
飛行パーツを所持している貴族家は一定数いるが、これを運用できる操者は少ない。
なぜなら、魔力を大量に使う飛行訓練ができないからだ。
『飛行』魔法が使えるごく一部の例外を除くと人間は飛べないので、飛行訓練ナシに魔晶機人で飛ぶのは難しい。
さらに、飛行パーツの維持には高度な整備技術も必要で、過去には整備不良で墜落、操者が死亡した事例も多かったと聞く。
グラック家に、バルクとヒルデがいたのは幸運だったというわけだ。
「エルオールのことで注意するに越したことはないが、中央もこんな南の辺境にいる郷士に注目するほど暇ではないだろう。無事に魔力測定が終わってよかった」
魔力量の誤魔化しに成功したので、少なくともあと三年経たなければリンダ嬢も来ないはずだ。
無駄にウダウダと考えても仕方がない。
私は、私のために明日からも頑張るとしよう。