第十七話 飛び地
「おかしい。なぜか私が忙しいではないか。ラウンデル、これはどういうことなのだ?」
「つい先日、元キューリ村を手に入れたばかりなのに、飛び地のワルム村も手に入れたからでしょう。ワルム卿は喜んで元キューリ卿の娘と離縁して王都に向かいましたね。まあ、彼は魔晶機人を動かせるので、いくらでも仕官の道がありますから」
「三つの村を行き来するのが面倒くさい」
王国政府から見れば、田舎者同士の喧嘩程度にしか見られない地方貴族たちによる戦争。
これにより、我がグラック家は三つの村を持つ郷士にしては広大な領地を持つ貴族になった。
爵位は相変わらず郷士のままで、新しく得たワルム村は魔物の生息地を挟んだ飛び地で、私はその行き来に苦労していたけど。
とにかく、新しく領民にしたワルム村からの陳情が多いのだ。
私は魔晶機人で道を均したり、開墾したり、新しい家を造るため重たいものをどかしたりと。
土木工事の日々だ。
私に負けたワルム卿が、さっさと逃げ出すわけだ。
彼も魔晶機人乗りであったが、そう簡単に長時間魔晶機人を動かせない。
魔晶機人を動かすには、高価なマジッククリスタルが必要だからだ。
私は自分の魔力だけで動かしてしまうので、なぜか戦争の勝者である私の方が扱き使われて忙しいという、奇妙なことになっていた。
ワルム村の住民たちは、すぐに動いてくれる新領主……私のことだけど……をすぐに受け入れたけど。
地方の郷士なんて、収入は当然領民よりも多いけど、出て行く金も相応に多い。
借金を抱えている貴族も多く、そりゃあワルム卿があっけなく領地を捨てて王都に退去した理由もわかるというものだ。
元キューリ卿の娘であった妻と離縁し、王都で法衣騎士として仕官してしまった。
戦争に負けて領地を奪われた時点で爵位を失ったが、操者だから仕官は楽だったりするのだ。
ワルム卿は、郷士をはく奪されてからすぐに騎士になった。
しかも、法衣騎士は余計な経費もかからないので、今の方がいい暮らしをしているはずだ。
独身に戻ったので、すごくモテるらしい。
彼を打ち破った私に、なぜか彼からお礼の手紙が届いていた。
あと、元キューリ卿だが、すでに貴族でもないのにやらかしたため、王都に連行されていった。
貴族同士の紛争……お上は戦争とは言いたがらないので、紛争らしい……ならともかく、元キューリ卿はすでに貴族でもないのに、郷士を唆して他の郷士に戦争を吹っ掛けた。
王国への明確な叛意だと断定され、今は鉱山で鉱物を掘っている。
その期間は死ぬまでらしいけど。
家族は王都の平民町に追放されたそうだ。
死刑じゃないだけ温情なのかな?
そして私は、魔晶機人の操縦訓練も兼ねて三つの村を行き来して開発の手伝いや、魔物狩りに勤しむ日々であった。
一応当主なのだけど、どうせ領内の統治については父が続けてやっているので、前とそんなに変わらないというか……。
父は文官としてなかなかの才能があるようだ。
マルコも、父に似て頭がいいようだし。
「父上、ただ今戻りました」
「エルオールか。ワルム村の領民たちは大人しいか?」
「グラッグ家に反抗的な者はいないですね。キューリ村の一部の連中とは違って」
「今ではキューリ村の住民も大人しいものさ」
それは、元キューリ卿によるグラック村侵攻に乗じて反乱を目論んでいた連中を追い出したからであろう。
少数ではあったが、彼らは遠縁ながらキューリ家の遠戚だったそうだ。
血は水よりも濃しだな。
「なにか困ったことはあるか?」
「なにより飛び地なので面倒ですね」
グラック村とキューリ村はいいのだが、ワルム村が魔物が住む森を一キロ弱進まないと到着しないので、魔晶機人で飛んでいける私はいいが、領民たちは商売もしにくいので困っていた。
飛び地は、貧乏貴族には負担でしかないからな。
「せめて結界で繋がればいいのですけど……」
多少距離があっても、途中魔物がいなければ子供でも歩いていける距離である。
となると、結界の範囲を広げる……無理だな。
結界の範囲は、水晶柱の性能で決まるのだから。
「我がグラック村とワルム村の結界を張っている水晶柱は、一番小さなものだ。これなら、魔力が少ない郷士でも結界を維持できる」
魔力量三百で結界を維持できるので、そう滅多なことで結界を維持できず困ることもない。
ちなみに、キューリ村の結界を維持するには魔力量五百が必要となる。
その分、キューリ村は大きいわけだ。
「水晶柱に込められる魔力量は決まっているので、沢山篭めたところで魔力の無駄となり、結界の範囲は広がらないのだ」
「そうですか……」
水晶柱に沢山魔力を籠め、結界の範囲を広げることは不可能だ。
なぜなら、王国より下賜される水晶柱の性能は、最初から上限が決まっていたからだ。
下手に魔力を篭め過ぎれば、水晶柱が壊れてしまうこともあるのだから。
「となると、有効なのは『ペンタグラム』かな」
「ペンタグラムですか?」
「既存の水晶柱の配置で、性能以上の結界範囲を得る方法だな。本当は禁じ手なのだが、王国もなにも言わないのだ」
父によると、ペンタグラムとは中心に水晶柱を一つ、それを囲うように均等に五本の水晶柱を設置し、魔力を篭める。
すると、中央に設置された水晶柱の二十五倍の広さの結界を張れるそうだ。
「つまり、キューリ村の水晶柱を中心にして、その周囲をグラック村とワルム村、そしてもう三つの水晶柱で囲い、すべてに魔力を注ぐ。必要な魔力量は合計二千となるが、中央の水晶柱の必要魔力量五百の二十五倍、一万二千五百分の結界が張れる」
理論上は、キューリ村の広さの二十五倍の結界か。
張れれば、ワルム村は飛び地ではなくなるな。
「しかし、水晶柱がもう三本必要になりますよね? どこにあるのです?」
「だから、本来ならあり得ない話なのだ。水晶柱を下賜されながら無法者によって領地を追われてしまうか、後継者が魔力不足で結界を維持できなくなって水晶柱が放置された。そういうのを目敏い者が拾ってきたら買い取るしかない」
「水晶柱の売買は禁止なのでは?」
「だから、絶対に転売はしないで自分たちで使うんだ。違法ではあるが、貴族が水晶柱を有効に使っていれば目を瞑られる。それで結界が広がって住める人間が増えているのだ。王国も文句は言えまい」
「グレーゾーンですね」
「そんなところだな」
王都に行った時、住む場所を魔物に追われた人たちがスラムを作って生活していた。
サクラメント王国はこの世界でも有数の大国だが、人間の支配領域よりも魔物の棲みかの方が広い事実に変わりはないのだから。
「ペンタグラムを維持できるのは、魔晶機神に乗れる魔力量を持つ大貴族のみだ。たまたまその貴族の魔力が多く、領地にペンタグラムを形成したのはいいが、その死後に後継者が維持できないとなれば目も当てられない。推奨はされないわけだ」
たとえ結界の効果範囲が広がっても、それを代々維持できなければ意味がないわけか。
「ペンタグラムのみならず、六本で囲むヘキサグラムから、十二本で囲むドデカグラムまで存在する。効果は大きいが、維持に手間がかかるのが難題だな」
せっかく広範囲に結界を張れても、それが代々続かなければ意味がないのか。
当主が死んだ途端、その地から結界がなくなれば、魔物の脅威に対応できないのだから。
「ゆえに、大貴族たちもそこまで無理はしないな。魔力量ギリギリの結界を張っても、それを跡取りが維持できる保証もないのだから。大貴族ほど魔力量の多さで妻を選ぶのが普通だが、多少のブレは出るからな」
子供の魔力がその家の平均値を超えていたり、逆もあるわけか。
「エルオールの魔力なら、ドデカグラムでも維持できそうだがな。なにしろマジッククリスタルを消費せず、己の魔力だけで何時間も魔晶機人を動かせるのだから」
魔晶機人を動かすには、最低でも魔力量が七百は必要になる。
ところがそれは稼働に必要な魔力量なので、動かしてしまうと急激に魔力を消費し、数分で動けなくなってしまう。
魔物から採取されるマジッククリスタルが必要で、それが非常に高価だからこそ、郷士や騎士の訓練不足が目立つわけだ。
『魔晶機人を動かすのに一番必要なのは金』とはよく言ったものだ。
魔力がない人がマジッククリスタルのみで魔晶機人を動かせないのということに疑問は残るが、魔晶機人が操者の思考で動く関係で、起動は操者の魔力でなければならないそうだ。
魔晶機人の場合、七百が最低値というわけだな。
私はというか、エルオールは七歳の時点で千二百あって天才児扱いだったようだが。
ちなみに、魔晶機神は最低でも魔力量が二千ないと動かないらしい。
使用するマジッククリスタルの量も桁違いで、ますます金がかかるわけだ。
魔力量二千は、男爵家の一族にはそこそこ出るらしい。
彼らが、魔晶機人の乗り手では一番多いらしい。
それだけ魔力量があれば、結界を張れる領地も広いわけで、魔晶機神を維持することも可能というわけだ。
男爵だと、魔晶機人の運用コストで借金がある人も珍しくないようだけど。
「私がもし、すでに放棄された土地などで水晶柱を手に入れ、ペンタグラムを発動、維持できたとします。私の死後が不安ですね」
「それが一番困るのだ。つまり、今の領地を維持するのが限界というか現実的なわけだな。郷士で騎士が所有していた村を一つと、郷士の村が一つ。そんな郷士は滅多におらん」
「いなくはないんですね」
「エルオールと同じような歩みの結果、そうなる家もなくはない」
それに、郷士でも魔力が高い家系なら、そのくらいの領地を維持するくらいはできる。
維持できなくて、また放棄される領地もあるそうだが。
「おかげで、このグラッグ村がある南方の開発はまったく進んでおらん。キューリ村の南方には、いくつも放棄された村があるのだから」
すべて、無法者に襲われて対処できなかったか、貴族が結界の維持に失敗して領地が魔物に襲われ、仕方なしに放棄されたものらしい。
グラック村のあるサクラメント王国南部地域は、この数百年、人間と魔物による過酷な生存競争が繰り広げられている。
厳しい世界ではあるが、私なら田舎貴族としてスローライフを送ることができるはずだ。