第十六話 対ワルム卿
「婿殿、グラック家の若造も操者だそうだが、ベテランである婿殿には勝てまい。これはチャンスなのだ」
「義父上の仰るとおりですな」
「キューリ家復興の暁には、お礼は弾むぞ」
「楽しみですね」
私の妻の父親、三年前に無法者の襲撃で領地を失った元キューリ卿は、はっきり言って無能な男だ。
自分が魔晶機人に乗れない件は仕方がない。
元々、半数の郷士と騎士が魔晶機人を動かせないのだから。
無法者が自分の領地に入ってきたのは不幸だったが、それに対処できてこその貴族。
貴族のくせにすぐ領地を捨てて家族と共に逃げてしまい、それが原因で王国に改易されるなど、貴族の恥でしかなかった。
たとえ自分が犠牲になっても無法者を追い払うか、私かグラック家にすぐ救援を頼むべきだったのだ。
それが、寄親が寄子に援軍を頼むなんて恥ずかしいと抜かし、自分は逃げ出してしまうのだから。
挙句の果てにどうにか改易を阻止しようと、領地を見捨てて王都に逃げ込み、多くの大貴族たちの支持を得ようと無意味な政治工作をして失敗。
その件も含めて、義父は王国政府から叱られたあとに改易され、三年も経ってから私の領地にやって来てグラック家に戦争を仕掛けようとしている。
正直、バカなのかと思わずにいられなかった。
こんな奴でも妻の父親だから俺は動かざるを得ず……うちの夫婦はそこまで仲が良好ではないが……すぐに離縁してしまいたい気分だ。
それができないのは、キューリ卿は王都の誰かから金を借りたようで、随分と羽振りがよかったからだ。
我が家も決して財政状態が豊かとはいえず、義父のお金をあてにしたかった。
そんなわけで嫌々元キューリ村に攻め込む準備をしているのだが、残念ながら元領民たちの支持は得られそうにない。
領主としての義父は領民たちに人気がなく、みんな喜んでグラック家の支配を受け入れているのだから。
そりゃあ、魔物が領地に入ってきたら自分たちを見捨てて家族だけで逃げ出したのだから当然だろう。
ごく少数、こちらに情報を流してくれる者たちもいるが、いつまでグラック家に見つからずに済むか。
もしかしたら、グラック家はとうに裏切者の存在を掴んでいて、彼らを泳がせている可能性だってあるのだから。
そしてそんな事情をまったく知らないワルム村の領民たちは、羽振りのいい義父を熱烈に支持してしまっている。
グラック領を併合すればもっと豊かな生活が送れると、領民たちを洗脳してしまったのだ。
結局我が領の男手の大半、二百名の兵で攻めることになった。
私の魔晶機人が先頭だ。
郷士にしては動員数が多すぎるが、旧キューリ領の住民の大半が義父の離反工作を無視したため、大量の兵で決着をつけるしかないという。
数日なら、畑仕事を女手に任せても大丈夫なはず。
「グラック家は、せいぜい五十人も出せばいいところ。キューリ村は兵など出せない。裏切りを怖れているだろうからな」
裏切りを恐れてというか、グラック家は元キューリ村は復興の最中なので、領民たちに負担を強いなかっただけだろう。
その前に、義父による離反工作が失敗しているのだが、義父は都合の悪いことはすぐに忘れる傾向にあった。
それにしても、キューリ家は数百年間も領主だったのに、領民たちからの人気がないな。
動員できる兵の数はこちらが有利で、魔晶機人も、まさかついこの前魔晶機人を動かし始めた十歳の子供には負けないだろう。
グラック村併合作戦は成功すると、見ていい。
我がワルム家は、旧キューリ村、グラック村も併合して三つの村の長になれるな。
えっ?
義父はどうするのかって?
彼は王国から改易されたのだ。
貴族に復帰なんて不可能だろう。
ならば、私が三つの村を治めるしかない。
そんなこともわからないから、義父は無能なのだ。
我々ワルム家が最後に勝利し、義父と妻は追放でいいな。
必要ないだろう。
もし彼らが私の処置に激高しても、貴族でもなくなった者が郷士である私に苦情を述べても王国は相手にしないさ。
「(どうしようもない策だが、乗ってやろう。私のためにな)」
私を先頭に、二百名の兵たちがグラック村を目指す。
早く終わらせて、兵たちを普段の仕事に戻してやらなければな。
「ワルム卿ですね」
『グラック卿か……わずか十歳にしてなかなかのものだが、私には勝てまい』
「やってみなければわかりませんよ」
『勝負はやってみなければわからない。その意見に同意するよ』
父の情報どおり、ワルム村は兵を出した。
当主であるワルム卿が魔晶機人に乗って先頭に立ち、二百人ほどの兵が続いている。
彼らの大半は職業軍人ではなく、領民たちだけど。
強いか弱いかと聞かれると、どうなんだろう?
田舎郷士の持つ諸侯軍なんて、普段も訓練イコール狩猟だったりするので、個人的な戦闘力では凄い人もいるかもしれないが、軍隊としてはイマイチだと思う。
隊列を組んで歩くということができておらず、素人の集団にしか見えなかった。
ワルム卿も、彼らの戦闘力をあてにはしていないだろう。
下手に戦って死なれると生産力が落ちるので、あくまでも見せるための兵でしかないはず。
本命は、ワルム卿が魔晶機人で私を倒すこと。
私が倒されれば、ワルム卿の魔晶機人に対抗する戦力はグラック家には残されていない。
犠牲も少なくグラック村を併合できるわけだ。
『行くぞ!』
ワルム卿の魔晶機人は、私と同じく五メートル級で、武器も同じ剣を使っている。
双方が剣を抜いて対峙を始めるが、ワルム卿は魔晶機人の操者としてはいい腕をしているようだ。
元キューリ卿が、彼を全面に押し出してグラック村を攻めさせるわけだ。
無法者の侵入で無様を晒して改易されたのに、無法者を倒して村を奪還したグラック家を恨む。
本当、無能な小物には参ってしまう。
ワルム卿も、そんな無能の言うことなんて聞かなければよかったのに……。
妻の父親だから仕方がないのか。
私も、結婚相手には気をつけないとな。
「(とはいえ、あの姫様に比べると……イマイチだな)」
年を取っている分、魔晶機人の練習時間がそこそこ多いからベテラン。
そんな感じだな。
魔晶機人を動かすマジッククリスタルが高価なので、貧乏な郷士はさほど実機で訓練出来ないから仕方がない。
消耗部品も決して安くはないからな。
金を出しても手に入らないこともあるし、いざという時に使えないと困るので、ずっと置物にしている貴族だっているのだから。
『さあ! かかってこい!』
「……(やはりな)」
待っていた甲斐があったというものだ。
マジッククリスタルの経費を考えてしまう貧乏郷士ワルム卿は、やはり戦闘時間が長引くと頭の中でソロバンを弾き、心に焦りが出てしまう。
その隙を突いて、勝利する戦法が非常に有効というわけだ。
私の体は子供で、いまだコンバットスーツのパイロット時代の腕を完全に取り戻していない。
使える手は、すべて使って勝たなければ。
「(やはり腕を狙ってくるか……)」
ワルム卿の攻撃は、私の魔晶機人の右腕を狙っていた。
同じ国同士の貴族が戦う場合、さすがに相手を殺すと問題になってしまう。
そこで、武器を持つ手を斬り落として攻撃手段を奪い、降伏させてしまうのだ。
これなら操者が死ぬこともない……稀に狙いが外れて操縦席を串刺しというケースもあるそうだけど、それは不可抗力というものだ。
あまり魔晶機人を壊すと再利用できなくなるという理由もあって、こういう限定的な戦い方になってしまうのだ。
動かす人がいない魔晶機人が余っているとはいえ、味方同士の争いで使用不能な機体が増えれば、王国もいい顔をしない。
その辺の配慮は必要というわけだ。
「(向こうが私の利き腕を狙うとわかるのならば、それに対応した戦術でいく)」
私はギリギリを見極めてワルム卿の一撃をかわしつつ、最小限の動きで敵の剣を持つ腕の内側、肘の関節部分にある腱を斬り裂いた。
『バッ、バカな! 俺がこんな子供に……』
この一撃により、ワルム卿は利き腕に持った剣を落としてしまう。
そしてそのまま私は、彼の機体の眼前に剣先を突き立てた。
これで降伏しなければ、そのまま頭、両腕、両脚と斬り落としていくだけだ。
そうした場合、ヒルデは悲しむかもしれないけど。
「どうします? このまま戦いを続けますか?」
『……私の負けだ……十歳にしてその腕前とは……負けたのに感動すら覚える』
そのまま魔晶機人を降りたワルム卿は、ラウンデルたちに捕縛された。
「降伏するのなら今のうちだぞ!」
私が魔法通信機越しに、大声でワルム家諸侯軍に降伏するように叫ぶと、彼らも武器を捨てて呆気なく降伏してしまった。
「ラウンデル、行くぞ!」
「はっ!」
大量に出た捕虜は父たちに任せ、私とラウンデルが率いる三十名ほどの軍勢……大半が猟師と農民だけど……でワルム村にある屋敷を取り囲んだ。
「バカな! 婿殿が敗れただと!」
「降伏しないのであれば、この屋敷ごとお前もバラバラに切り裂く」
「うぬぬ……」
人間が、そう簡単に魔晶機人に勝てるわけがない。
魔法を使う手もあるが、魔晶機人を動かせる操者は、もっと魔力量が多いのだから。
それは伊達に、魔晶機人と魔晶機神が戦略兵器扱いされていないわけだ。
「降伏するのであれば、無傷で退去できるが」
「……降伏する……」
ワルム卿の屋敷に籠っていた元キューリ卿たちは降伏し、私たちはワルム村の占領に成功した。
敵味方双方に、犠牲者が一人も出なかったのが幸いであった。
田舎郷士同士の戦争で、魔晶機人が戦ったのみで終わったからであろうが、多くの戦闘を経験した身としては、死者なんて出ないに越したことはないのだから。