第十五話 ワルム村
「エルオールの考えは正しいと思う。うちのような郷士が王女様とのお付き合いなんて、精神もお金も保たないからな。それに、周囲からのやっかみも酷いであろう。なにしろ身分が違うのだから」
お遣いと観光を終えて王都から戻った私は、父にリリー姫と魔晶機人で模擬戦を行った件を報告した。
負けてしまった……さすがに、わざと手を抜いた件は隠したけど。
父は、私の方針に賛成のようだ。
郷士は貴族の中でも最下級で、本物の貴族ではないとバカにする大貴族も少なくなかった。
そんな大貴族以上の王女様と交流なんてしたら、大貴族なのに王女様と交流できない連中に嫌がらせされるに決まっている。
大半の零細貴族たちは、身分が違うからと、彼らと交流したがらなかった。
特にエリート風を吹かした中央の法衣貴族に、郷士をバカにする人が多いらしい。
地方貴族は、多くの騎士や郷士を寄子にして管理しているから、少なくとも表立ってはそんなことは言わない。
裏では知らないけど。
「兄様は、王女様とお知り合いになったのですか?」
「お知り合いになっただけだけどね」
「兄様は凄いです」
マルコが褒めてくれたけど、郷士がお上と関わってもろくなことがない。
ああいう方々とつき合うと、とにかく金がかかるからな。
それでいて堅苦しい。
凄い方々と人脈は築けるのだろうけど、その前に私は領地に責任がある身だ。
お姫様とのおつきあいは、極力なしということで。
それに、もし私が姫様と仲良くなったとする。
嫉妬する大貴族も出てくるわけで……そういう連中に嫌がらせをされると、領地開発に悪影響が出るかもしれない。
人は身の丈に合った生活をしないと。
私と姫様は、それぞれの場所で頑張ればいいのだ。
まだ幼いマルコには難しい話かな?
「十歳でそこまで理解できるエルオールが凄いと思うが……。幼くして、サクラメント王国一の操者との呼び声が高い姫様のご尊顔を拝見できた。田舎郷士としては幸運であろう。そう思えばいい」
「そうですね」
個人的には、もう少し大人の女性がよかったけど。
これは、中身が二十四歳である影響かな?
「無事お遣いを果たしてくれたのはなにより。実は困った問題があってな」
「困った問題ですか?」
「エルオールは、ワルム村を知っているか?」
「確か、グラック村の東にある小さな村ですよね?」
グラック村の結界範囲内から一キロと離れていない小さな村だったはず。
私はラウンデルから、この村のことを聞いていた。
確か、うちと同じく郷士が治めていたはずだ。
「実は、グラック村を狙っているらしいのだ」
「ですが、ワルム村を治める郷士も、サクラメント王国の貴族ですよね?」
グラック村は他国との国境に近いわけでもなく、ワルム村も同じサクラメント王国貴族のはずなのに、うちの領地を狙っていいのだろうか?
「同じ国の貴族同士でも、そういう争いは度々あるのだ」
在地貴族はたとえ小なれど、自ら領地を治めている。
実質小国の主であり、サクラメント王国は数千人の郷士や騎士を管理している……できるわけがないか。
管理が甘いので、同じ国の貴族同士なのに争うことがあるってことか。
なんというか……。
ワルム卿は血の気が多いようだな。
「在地貴族で他の貴族を攻める奴がいるのだ。困ったことに、サクラメント王国のみならず、どこの国もこの手の問題ではなかなか腰を上げない」
郷士同士の紛争なんて、数十人同士の戦いが精々だ。
それに、そう片方が片方を滅ぼして……というパターンも少ないらしい。
結界が被る領地境の取り合いとか、水源、狩猟と採集ができる森の優先使用権、新しく見つかった鉱山の領有権争いなど。
主にそんなことが原因なので、ガチで殺し合うことは滅多にないそうだ。
たまに、片方が片方を併合し、その地を治めていた貴族やその家族を追い出すこともあるらしいが、サクラメント王国の中央にいる大貴族たちからすれば、一つ郷士家が減ったところでそんなに影響があるあけではない。
いちいち気にしていたら、いくら時間があっても足りないはずで、自国の領地が減らなければ、サクラメント王国が動くことはないそうだ。
「つまり、ワルム卿もその中の一人であると?」
「そういうことになるな」
「それは、旧キューリ村の取り込みに忙しい我らの隙を狙ったと見ていいのでしょうか?」
「それもあるが、一番の理由はワルム卿の妻が、元キューリ卿の娘なのだ。父の領地奪還に乗り出したわけだな。キューリ家の連中も王都で改易されてから、ワルム村に匿ってもらっていたそうだ」
まさに、血縁の呪いだな。
改易された元キューリ卿は、娘の嫁ぎ先であるワルム家の力を借りて元キューリ村の奪還を目論んでるわけか。
それが成功すれば、ワルム卿にも利益があると。
うちは堪ったものではないけど。
「キューリ家が爵位と所領を失ったのは、無法者のせいでグラッグ家のせいではないですけど」
「そんなことは、向こうも百も承知だ。領地を取り戻して昔の生活に戻りたいのであろうな」
これまで持っていた特権を失うと、それを取り戻すために暴走する人間が出てくるというわけか。
「こういう場合、寄親などに相談しないのですか? そうだ! グラッグ家には寄親がいますよね?」
実は、どこなのか聞いたこともなかったけど。
「いない。正確にはいただな」
「いた? ですか」
「実は、キューリ騎士爵家が、ワルム家とグラック家の寄親だったのだ。今は違うがな」
父によると、この地に最初に結界を張ったのがキューリ家であり、王国から騎士に命じられた。
そのあと、グラック家とワルム家も結界を張ることに成功し、両家はキューリ家の寄子になったそうだ。
「今のグラック家は、寄親がいない状態なのですか?」
「そういうことになる」
なら、無理をしてでも姫様に繋ぎをつけておくべきだったかな?
「いや、無理して姫様とのつき合いを密接にしても、郷士同士の争いに力を貸してくれるわけがない。そんな暇はないし、頼んでいる間にワルム家に負けたら結局は改易されてしまうので意味がない」
「ようするに、自分でなんとかするしかないと?」
「自分の領地は自分で守る。それができるからこそ、王家も貴族の自治を認めてくれているのだ。中央におんぶに抱っこでは、領地の独立が保てないではないか」
確かに、なんでも中央に頼ったら中央集権化の餌食になってしまうか。
「その代わり、もし我らがワルム村を逆に奪い取っても、中央はなにも言ってこぬ。そういうことだ」
「わかりました」
王都から戻ってきた途端に戦争か……。
慣れているとはいえ、なるべく犠牲が少ないことを望む。
「あっ、そうそう。ワルム卿だが、現役の操者なので気をつけるように」
「頑張ります」
同じ魔晶機人の操者同士の戦いか。
魔晶機人の戦闘力からして、これに勝てればワルム村も無傷で占領できるであろう。
ワルム卿の一族も追い出し、グラック家は騎士爵領一つ、郷士領二つの、合計三つの村を得て、それでも中央はなにも言ってこない。
ますます私は、プチリッチ生活に近づくというもの。
必ずや勝利して、ワルム村も占領してしまおう。
向こうが先に攻めてきたら、これは正当防衛なのだから。